2022/5/6

「不満を言う人、拾い上げるメディア、そして分かってきたこと」〜私たちの大型連休  教育・学校・教師


 平日の日中、テレビでいわゆる情報番組を見ていると、
 実に丹念に、しかし整合性なく庶民の不満を拾い上げている様子がうかがえる。
 SNSにも焦燥や苛立ち、怒りの声は満ち満ちている。
 そういった不満を見聞きしているうちに、私には分かってきたことがある。

という話。
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(写真:フォトAC)

【不満を言う人、何でも拾い上げるマス・メディア】

 現職再任用教員の妻は、ひとの声がしないと落ち着かないという悪い癖があって、バックグランド・ドラマとかバックグランド・バラエティとかを平気でやりたがります。私も無音は苦手ですが日本語が聞こえてくるのはさらに苦痛で、だからたいていはアマゾン・ミュージックでアメリカン・ポップスをガンガンかけてノリノリで仕事をしています。アメリカン・ポップスは老人の耳にほぼ全曲おなじように聞こえるので、気分を揺さぶられる心配がないのです。
 夫婦で嗜好がまったく違いますので、今回のような大型連休の場合は私がヘッドフォンで体を揺らせ、やや耳の遠くなった妻が以前よりはるかに大きい音量で、テレビをチラチラ見ながら仕事を続ける、という不思議な光景になります。それが私たち夫婦の休日です。

 妻にとってただ大型連休や夏休みが普段の土日と違うのは、週日の日中に放送される情報番組を見られるという点。すると昨日の午前、コーヒーを入れようとヘッドフォンを外した私に、こんなことを言い出します。
「あなた、毎日こんな不健康な番組を見ているわけ?」
 妻が目を向けているテレビ画面をみると、ちょうど大型連休中の街の様子、中間報告、みたい話題を扱っているところでした。
 特に規制のない大型連休は2年ぶりで、観光地にはたいへん数の観光客が押し寄せています。おかげで接客業の人々は、座る暇もないほど忙しくて大変。
 そんなふうに言うと「だったら接客業を辞めればいいじゃないか」という人がいますが、たいへんなのは客が多いことではなく、長い列に苛立ったひとがクレームを入れたり怒鳴ったりすることです。

 テレビ司会者はそこで話を切り上げました。妻はすかさず、
「クレームや怒鳴り声が嫌なら(接客業を)やめればいいじゃないか、という話にはならんのか?」
などとチャチャを入れます。この点についてはまったく同意です。

 私たちの世界で、教員が不満を言って「だったら辞めれば」と反撃されるのは、大昔からずっと続いてきたことです。
「だったら辞めれば? 代わりはいくらでもいるんだから」
 さすがに近年は本当に辞められては困るので、教職についてこの言い方もなくなりましたが、不満を言う人への反撃のかたちはいつの時代も、どんな世界でも同じようなものです。いちいち取り上げて反撃の反撃をするほどのこともないと思うのですが――。

「コロナ自粛で客が来ないときは“客が来ない”とか“接客業だけが感染の場ではないだろう”とかいった不満の声ばかりを拾っておいて、いざ千客万来となると“忙しすぎる”“いちいち怒鳴るな、クレームをいれるな”と、今度は客が来たことへの不満ばかりを拾う――ちょうどバランスのよい来客数に、なんてことはできないのにね。テレビはバカか?」
 もちろんこうした下品な物言いは私のものではありません。


【私たち夫婦の大型連休、そして分かってこと】

 孫がコロナ感染した娘一家の様子を聞いて、すっかりビビってしまった私たちは、大型連休中もひたすら家にこもって静かに暮らしていました。
 今や感染状況は都会よりも田舎の方が悪く、私たちも3回目のワクチン接種を終えて重症化リスクは低くなったとはいえ、いったん感染者もしくは濃厚接触者になってしまったら、妻は最低でも五日間は学校に行けません。子や孫の自宅療養・自主隔離の様子を見て、ようやくその現実的な意味が分かってきたのです。

 おかげで妻は仕事をしながらのテレビ漬け。私も畑づくりが終わっての小農閑期かつブログもお休みなので、ネットニュースとティックトック、そして今回はツイッターにどっぷりはまり込んで暮らしていました。
 連休中ですので現職の先生たちのツイートも、いつもより幾分多くなっているような気がします。

 学期中は仕事の多さ、うまくいかなさに窒息直前で、本気で心配しなくてはならなかった先生も、いまは少し余裕がでてきて、安心して見ていられるように感じます。
 連休中、なかには日常から一歩下がったところで、学校教育を見直しておられる方もいますし、どうしたらこのような苦境から逃れるか、あれこれ算段しておられる先生方もおられます。
 学校から部活をなくせと叫んでおられる先生も、いつもの通りおられます。一日の授業時間を4時間にできないのかとか、校長は自らの持つ巨大な権限をなぜ使わないのかとか、あるいは教育委員会は何をしているのか、文科省は何を考えているのかと、そんな物言いをされる方もいます。

 私はもう第一線からかなり離れたところにいて、よく言えば全体が見渡せるようになり、悪く言えば現場が分からなくなっています。しかしそれなりに先生方のツイートに、心の中で答えたり反論したり、「ああ、そうですね」と相槌を打ったり、逆に首を傾げたり、ときどき本当にツイートしたりといったことを繰り返しているうちに、全く想像していなかったいくつかのことが理解できるようになってきました。

 項目的に言えばそれは、
「消費者としての保護者の消費行動」とか「既得権としての教育」とか、「結局、権益の奪い合いでしかない教育行政」とか「行政の諦め」とか、「法整備」とか、そういうことです。
 来週はそれについて考えて行きたいと思います。
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