2021/10/16

「更新しました」〜キース・アウト  教育・学校・教師


「日本経済の活力を削いでいるのは個人主義の欠如のためであり、日本はその教育の在り方を考え直さなければいけない」というが、ジョブズやザッカーバーグを生み出したアメリカの個人主義は、トランプや非科学的トランプ信奉者も生み出してるじゃないか




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2021/10/15

「プーさんはダースベーダーにしかなれない」〜気になる東アジアの動向  政治・社会・文化


 性格がしつこいので同じテーマで長々と書いていたら、
 メモしておくべきさまざまなできごとが置き去りになってしまった。
 中国や北朝鮮に気になる小さな出来事が続いている。
 だから今のうちに、メモ、メモ・・・。

という話。 
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(写真:フォトAC)

【死ぬ前の二つの想い】
 四半世紀ほど以前、重篤な病気になって死を覚悟したとき、家族のことは妻に任せるとして、「ロード・オブ・ザ・リング」とか「マトリックス」とか、続きのある映画については最後まで見ておきたかったなというのと、もしさらに数年の猶予が与えられるなら、東アジアの帰趨について見ておきたかったなというのが最後の想いでした。将来の自分の子や孫が生きる世界が、どんなふうになるのか見届けたかったのです。

 それから予想外のことが二つ起きます。ひとつは病気がほぼ完全緩解したこと、もうひとつは東アジア情勢が一向に変化しなかったことです。
 北朝鮮の金王朝はしぶとく生き残りましたし、30年も前から「明日にも崩壊する」はずだった中国経済はますます盛んで、私が普通に生きて普通に死んでも何ら変わることなく存在していそうな雰囲気です。韓国との関係も驚くほど悪くなっていきます。
 そんなこんなでなかなか死ぬことも、東アジアから目を話すこともできなくなっています。


【中国は若者の熱狂を許さない】
 今週、奇妙なニュースが入ってきたので紹介しておきます。それは中国政府が芸能やゲームコンテンツに対して規制をかけてきたという話です。

 芸能に関してはコンサートやファンクラブへの未成年者の参加制限、芸能人のランキング廃止などが通達されたとのこと――。
 あまり知らなかったのですが、特定の芸能人に心酔する若者は“飯圏(ファンクエン)”と呼ばれ、例えば韓国の人気グループBTSのファンは「航空機にBTSをラッピングしよう」と呼びかけてわずか1時間で4000万円も集めてしまうほどに大きな勢力となっているらしいのです。これはかつて日本のAKB総選挙が、中国系富豪の出方によって左右されたのとは少し違います。人数がケタ違いなのです。

 ゲーム業界も意外な規制をかけられています。
 オンラインゲームでは子どもを守るという名目で、未成年者は金曜日から日曜日の三日間および法定休日の、しかも8時から9時までしかサービスを受けられなくなりました。ゲーム自体の表現方法にも細かな規制がかけられ、宗教的な要素は認められないとされたため、開発中のゲームは急遽キャラクター変更をせざるをえなくなったそうです。
 プロゲーマーをめざす学校も生徒が激減。廃校を余儀なくされたと言います。
(2011.10.07 NHKニュースウオッチ9「中国『芸能界規制』強まる背景は」)


【まるで文化大革命だ】

 なぜそんな規制をかけるのか――NHKによると要するに、中国政府は「統制できない集団は認めない」「コントロールできない様子が見えたら芽を摘む」という方針で、「アーミー(BTSファン)」やゲーマーたちに網をかけたらしいのです。指導部はアイドルを応援する声が政府批判に変わることを警戒しています。

 一部ネット市民はSNSで「まるで文化大革命だ。国はひとつの声しか許さない」とか「中国社会はとっくに終わっている。誰も庶民の声を聞かない」とか書き込んで抵抗していますが、個人情報のほとんどが政府に吸い上げられる中国ではそんな抵抗も長続きはしないでしょう。唯々諾々と従っていくしかありません。

 ただ、可能性がまったくないわけでもないでしょう。
 いま取り上げたSNSの書き込みで、「まるで文化大革命だ」が平然と使われているのは、書き込み主がこの表現で多くの人々が状況を伝えることができると踏んだからです。つまり文革の中身を理解している若者が、現代中国には大勢いるわけです。
 32年前に不満をもった若者たちが何をしたか――それを知っているということは、いざというとき自分たちが何に注意して何をすればいいのか、知っているということです。
 指導部が芸能界やゲーム界に注目したのは当然と言えば当然ですが、すでに遅きに失しているのかもしれません。


【プーさんはダースベーダーにしかなれない】
 インターネットは世界と繋がっていますし、昨日まで見てきた通り、人々を集団としてまとめることも分断することも簡単にできるのです。いちどネットでゲームやアニメ、アイドルや外国映画を知ってしまった人々に、忘れろといってもできることではありません。

 また、自由主義のもとで育った芸能やゲーム・アニメは、本来、権威主義とは相いれない要素を持っています。
 若者に限って言えばBTSは習近平首席よりもはるかに高い集客能力を持っているはずですし、習指導部の言うことは聞かなくてもBTSの言うことはきくかもしれません。つまり権威を二分することができるのです。

 さらに、ゲームやアニメ、娯楽映画では、多くの作品で“正義”が主題として扱われます。正義の若者が巨悪を倒すというのは基本的な形です。
 ところが「スター・ウォーズ」あたりを思い浮かべると、どう考えても習首席はルーク・スカイウォーカーでもハン・ソロでもなく、ダースベーダーです。人民公会堂前での軍事パレードの様子は、帝国軍のそれとそっくりと言えます。

 もしかしたらバーチャルの世界にどっぷり浸かっていた若者が、制限のために否応なく見ることになる現実は、「スター・ウォーズ」にそっくりなものなのかもしれません。そしてそこにいるのは、かつては「ぷーさん」と揶揄され、いまはダースベーダーにしか見えない“あの人”なのです。

(追記)
 実は先日報道された北朝鮮の“列車搭載型弾道弾”のことも気になっていて、なぜ他の国に類を見ないのかずっと考えていました。その結果思いついたのは、「あんなもの役に立つはずがない」ということです。経路のはっきりしている移動ミサイルなんて、ちっとも怖くない。
 では、なぜそんな「役に立たない発射台」をつくったのかと考えたとき、ハタと気がついたことがあります。それは「カッコウいいから」ということです。もしかしたら北朝鮮には戦略というものがなく、金正恩氏は日本の子どもがプラレールを集めるのと同じように、あれこれ幾種類ものミサイルを手にしては遊んでいるのではないか――。
 考えていくと面白そうなのですが、すでに今日も長すぎるほど長い文になってしまいました。このあたりでやめておきます。

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2021/10/14

「その難しい世界に、私たちは子どもをいざなう」〜反ワクチン派なぜかくも頑固なのかC(最終)  政治・社会・文化


 インターネットのおかげで私たちの人間関係や活動範囲が広がり、
 世界は狭まった。
 しかしそれで人間たちは幸せになったのだろうか。
 しかもその難しい世界に、私たちが子どもをいざなおうとしているのだ。

という話。 
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(写真:フォトAC)

 かつて熱烈な進歩主義者で科学万能を信じていた私は、さまざまなコミュニケーション・ツールの発達によって世界が狭くなり、人と人とが触れ合って多くを語り合えば、きっと分かり合え、誤解はとけて平和な世界が生れると思い込んでいました。
 まさか情報が増えれば増えるほどお互いが遠ざかり、理解不能になっていくなど、考えてもみないことです。
 反ワクチンと接種推進という分かりやすい例で考えてきましたが、いま起こりつつあるのは、まさにそういう事態です。


【半径50mほどの生きていく世界】
 科学や社会の進歩、特にコミュニケーションの広がりが必ずしも私たちを幸せにしないという事例はいくらでもあります。

 私が子どもだった半世紀ほど前、人々の生活範囲は半径50m程度のものでした。
 私の生まれ育った家は2軒一棟の平屋が10棟ほど集まった市営住宅の中にありましたが、そこは地方の中級河川の、堤防を降りた袋小路のような場所であって、外部とはゆるく隔たっていました。父はそこから毎日出勤し、母も毎日500mほど離れた商店へ買い物にいったりするのですが、基本的に線香花火のようにそこから出たり入ったりするだけです。

 私たち子どもも学校に行くために集落を出たり入ったりはしますが、帰宅してからの遊ぶ場も休日の活動の場も、ほぼその枠の中にしかありませんでした。当時の小学生は自転車など持っていませんでしたし、親も気軽に自家用車で子どもの送り迎えをするというわけにはいかなかったからです。
 必然的に異年齢も含めた近所の子どもと遊ぶしかなかったのですが、これがなかなか厳しい世界だったのです。上下関係は明確で6年生の言うことは絶対でしたし、仲間外れにされると行き場がありませんからどんな不条理にも絶えざるを得ません。ジャイアンやスネ夫ばかりでなく時には“お局様”も一緒にいたりしましたから、下っ端はほんとうに苦しかったのです。

 今は違います。子どもは生まれた直後から親の広い人間関係のもとで育ちます。親たちは自家用車や電車であっという間に遠くの友人のもとに子連れで出かけて、そこで気の合うもの同士で、似たような養育環境で子どもを育みます。

 子どもは子どもで、ある程度の年齢になると50mの枠を越えて遊びに出かけます。自転車がありますから、どこに行くのも自由です。地域に縛られて嫌な奴と付き合う煩わしさもいじめられる危険もありません。
 そういう点で一義的には幸せな生活を送れるようになったのですが、それが生涯の幸せにつながるかというと難しい面も残ります。というのは嫌な奴と付き合う技術とか、理不尽な連中をうまくかわす術とか言ったものの学習は、小さい時から始める方が有利だからです。
 正しいか間違っているかは別にしても、これをやったらひとは怒るとか、こうしたら面倒くさい先輩でも篭絡できるといったことは、経験によってしか学べないからです。


【社会の広がりは人を必ずしも幸せにしない】
 考えてみると歴史も、人間関係や社会の広がりが必ずしも幸せにつながらないことを証明しています。
 家族を中心とした小さな集落が、それぞれ離れて点在していた縄文時代は争いといってもたいしたものではありませんでした。それが稲作の始まりとともに人々が水辺に集まり、巨大な集落をつくり始めると穏やかではいられなくなります。
 それから千年たっても、光源氏が明石に流罪になって涙を流しているような状況では、九州の豪族が京に攻め込むような事態は起こりようがありませんでした。
 16世紀になってヨーロッパ人が訪れるようになっても、日本がインカ帝国のように滅ぼされなかったのは、距離の問題も大きかったからでしょう。しかし20世紀になるとそうも言っていられなくなります。
 もしかしたら今の地球が全体として安泰なのは、地球人にも異星人にも互いの関係を詰めるだけの技術がないからだけなのかもしれません。


【その難しい世界に、私たちは子どもをいざなう】
 インターネットというのは、21世紀が生みだした最初の、偉大な発明(*)と言えるのかもしれません。しかしこうして20年以上使い込んできて分かることは、そう簡単な仕組みではないということです。
*発明自体は20世紀末でしたが、20世紀中はたいして使い物になるものではありませんでした。

 情報の過剰がかえって人々を理解不能な存在にいくこと、遠くの人がすぐ隣にいるかのように錯覚させると同時に、物理的に近くにいる存在がどんどん遠ざかっていくこと、現実と仮想空間で人間関係が二重構造になっていくこと、インターネットを通して人間関係が広がっているのか閉じているのか、それすらも分からなくなってきたこと――ちょっと考えただけでもさいくらでも課題が浮かびます。

 しかしそんなことを考えている間もなく、子どもたちがこの世界に触れ、私たちがそのあと押しをしていることこそ、最大の問題かもしれません。


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2021/10/13

「エコーチェンバーとフィルターバブル」〜反ワクチン派なぜかくも頑固なのかB  教育・学校・教師


 インターネットこの方、世界はむしろ分かりにくくなった。
 声が大きいだけなのか多数なのか。
 そこにはネット特有の陥穽があり、
 唯々諾々とはまってしまう恐ろしさがある。

という話。 
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(写真:フォトAC)

【反ワクチンがワクチン派をノックする】
 この夏、NHKは専門家と協力して反ワクチンの中でも特にワクチン接種と不妊を関係づけた約20万件のツイートを分析しました。
(2021.08.10 NHK「“ワクチンで不妊”のデマ なぜ拡散し続けているのか」

 それによるとこの情報の発信者及び拡散者は極めて少数で、上位20の発信者だけで全体の約4割をも占めていたというのです。最も多い発信者では2500ものアカウントにシェアされていました。
 もちろんこれを打ち消そうとするツイートも少なくなく、8万アカウントが否定側に立ち「ワクチンで不妊や流産」を訴える5万アカウントを凌駕しています。ところが投稿数に目を転じると打ち消す投稿が17万件なのに対し、危険を訴える投稿は28万件と圧倒しているのです。

 どうしてこんなことになるのか。NHKによるとこうです。
「根拠が無い情報を否定する人は『これはデマだと1回発信すればそれで役割は終わり』と思ってしまいますが、それを信じている人は『またこんな情報が出てきた』と新しい情報が出るたびに内容を更新して拡散するということだと考えられます」(東京大学大学院 鳥海不二夫教授)

 つまり肯定派と否定派は対等な立場にいるのではなく、肯定派が発信したことを否定派が受けて投げ返す非対称の関係にあるのです。これは例えていえば野球のノックのようなもので、次々と打ち放たれるボールを拾っては投げ、拾っては投げ返す方が疲れるに決まっています。
 次々と”新資料“を持ち出す反ワクチン派に対して、否定派はいつか疲弊しきって論争の場から退室していきます。もちろん否定派は以後も繰り返し供給され、それがアカウントの多さに反映するのですが、投稿自体は反ワクチンを圧倒することができません。


【エコーチェンバーとフィルターバブル】

 私は大昔、「2ちゃんねる」(当時)の教育板で、今でいう“論破”に励んでいた時代があります。
 現場を良く知る現職の教員で、自分が有利に働ける場を選んでの参戦ですから圧倒的に強く、しばしば完全勝利して全員を黙らせることに成功します。ところが同じスレッド(特定のテーマでくくられた議論の場)に誰も書き込みをしなくなって数週間後、それまでのすべてのやり取りを無視して、「だが、やっぱりなあ」と話を振り出しに戻す輩が出てくるのです。すると私が論破したはずの考え方が次々と参戦してきて、あっという間に元の状態に戻ってしまいます。
 いちど黙った人たちが再びしゃべり始めるといった感じではありません。新しい参加者が過去の書き込みを読まずに話し始めるのです。延々と続く果てしないモグラたたきです。それでその世界から足を洗いました。勝っても勝ち切ることは絶対にできないからです。

 やがて私の去ったスレッドは私と異なる考えをもった人々に占領され、そこで発せられるひとことひとことは多くの賛同者によって増幅・強化され本人のもとに戻ってくるようになります。つまりその世界で「自分の声」はいつまでも響き続けるわけです。これを「エコーチェンバー」または「エコーチェンバー現象」というのだそうです。

 彼らは自分の意見を補強するために、さらに探索と研究を続けます。自分の足で情報を集めようとするのです。
 しかし(私たちも同じですが)、この人たちが実際に図書館に行ったり、大学の研究室に足を運んで先達の教えを乞うたりすることはめったにありません。探索と研究はもっぱらインターネットの中でのみ行われるのが普通です。
 そしてネットの世界独特の影響を受けることになります。

 具体的に言うと、フィルター(検索サイトやSNSが提供するアルゴリズムが、ユーザーが見たくないような情報を遮断し、欲しがる情報を優先的に提示する機能)に支配されるわけです。聞きたいことしか聞こえてこなくなる――この状況をフィルター・バブルというのだそうです。

 ネットを使って情熱的に調査・研究を続ける限り、私たちは自分の聞きたいことしか聞こえなくなり、SNS等で発信すると同じ声ばかり響き渡り、間違った場所で自信を深めることになりかねません。
 しかも調査・研究は誰から強制されたわけでもない「自らが主体的に行動し、自らが判断して、自ら決定した」ものです。これほど強い確証はありません。


【テレビや新聞も侵されているのかもしれない】
 そうした囚われから自由でいるためには、できるだけ多くの情報に接していくしかありません。ネット上では意図的に自分とは異なる意見に耳を貸すこと、そしてネット以外のメディアを多く活用するようにすること。
 書籍・雑誌についてはできるだけ幅広く目を通すようにします。テレビや新聞はその会社の特徴をよく確認し、可能な限り偏らないように配慮します。
 情報源は多ければ多いほどいい――。

 ただしそんなふうに言いながら、私は一般人である自分たちにそんなことが可能かどうかと、訝ります。ネットではフィルターに囚われないよう検索ワードに常に気をつけ、毎朝、新聞は朝日と産経を同時に読み、テレビでNHKと民放で同じニュースを確認する。しかもそれで十分というわけではありません。
 最近のテレビや新聞が、ネット情報に侵されているかもしれないからです。

・オリンピックの開催反対派は実は少なかった。
・白鵬の支持者は意外と多かった。
・国民の多くは必ずしも眞子内親王の結婚に反対ではなかった。
・レジ袋有料化反対は思ったよりはるかに多かった。
・日本の若者に反ワクチンは必ずしも浸透していなかった・・・。
のですから。

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