2021/9/2

「肉体は魂を乗せる船、借り物」〜新型コロナ禍で見えてきた西洋人の死生観@  政治・社会・文化


 新型コロナ過では世界中でたくさんの人々が亡くなったはずだが、
 その悲しみの実像はあまりにも報道されない。
 どの国も自国の報道で精いっぱいなのだ。
 しかしその中からも、世界の独特の死生観は見えてくる。

という話。 
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(アルベルト・エデルフェルト 「子供の葬式」)

【新型コロナ禍におけるスウェーデン人の合理性】
「助かる見込みのない高齢者よりも、“助かるはず”の若い重症者・中等症者を優先的に入院させるべきだ」
 そうした考え方は日本の放送局の独創ではありません。よく知られたことですが、新型コロナ事態の初期の段階から、スウェーデンが政府の方針として行っていたことです。具体的に言えば、80歳以上の患者を集中治療室入れることを拒否したのです。70歳台でも基礎疾患のある人は入れません。
 その代わり若い患者は必要に応じてかなり長い期間(ときには100日以上も)入院することができ、医療崩壊も起こしませんでした。
 経済活動を重視して他のヨーロッパ諸国のような厳しい歳封鎖はせず、飲食業を始め、店舗の活動も極力制限しませんでした。市中感染を静かに広げることで、国民全体の集団免疫を早く獲得することを目指したのです。

 人々が政府を支持し恐慌も起こらなかったためスウェーデン方式は当初ずいぶんともてはやされ、世界的に有名になりました。しかしそれもやがて暴落します。あまりにも多くの死者を出してしまったからです。
 イギリス・フランスといった西ヨーロッパの国々に比べるとまだましですが、近隣の北欧諸国と比較すると10万人あたりの死者でフィンランドの7・7倍、ノルウェーの9・4倍、デンマークの3・2倍。その数1万4692人(昨日まで)は日本の1万6141人よりも少ないですが、総人口で日本の8%(1023万人)しかない国です。そう考えるといかに多くの犠牲を払ってしまったかがわかります。

 これほど死なせてしまえばやはり防疫に成功したとは言い難いのですが、それでもスウェーデン国民は他国に比べて自由を謳歌した、経済的損失を最小限にとどめることができた、というのも事実です。また保健相の言い訳を信じるなら、たまたま老人養護施設へのコロナの侵襲を防げなかったために死者が多かっただけで、その部分さえうまくやり過ごせば正しい方策だったのかもしれません。
 ただしその合理性は、私にはしっくりこない――。


【肉体は魂を乗せる船、借り物】
 80歳以上はICUの対象としないという話を聞いた時、真っ先に思い出したのはナチスによるユダヤ人虐殺です。時代も内容も全く異なり、並べて語るのは礼を失していてやはり気が引けるのですが、合理性というただ一点で状況が重なって見えたのです。

 戦争中のことですから日本軍も殺戮を行い、ソ連兵も大量虐殺を行っています。アメリカ軍は東京と沖縄と、広島と長崎で、おんな子どもを含む数十万人の無辜の日本人を平然と焼き尽くしました。戦争に大量殺戮はつきものです。
 しかしその中にあってナチスドイツのユダヤ人虐殺が際立つのは、それがきわめて合理的に、その場限りではない永続的な方法として行われ、しかも維持されたという点です。まるで屠畜場で家畜をほふるように人間を殺していった――そこには日本人には理解できない、何かしらのまったく別の理念・信念・人間観・死生観そして肉体観があるようなのです。

 それは言ってみれば、「肉体は魂を乗せる船、借り物」といった感じ方です。肉体と魂の間に有機的なつながりはなく、真に大切なのは魂で、肉体はいつでも未練なく捨てられる、それが人間だという考え方・感じ方です。
 キリスト教では、善人は死んで天国に生まれ変わるのではありません。いつの日にか確実に起こる神と悪魔の最終戦争(ハルマゲドン)のあと、この地上が神の主催する楽園となり、こころ正しき人々は死者も新たな肉体を得てその世界に生きるのです。
 だとしたら、老人の古く傷んだ肉体を放棄することも、さほど悲しむべきことではないのかもしれません。

(この稿、続く)

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