2021/9/30

「結局、問題は別のところにあるのではないか」〜教職一年目ですでに辞めようかと迷っておられる先生方へC  教育・学校・教師


 教職に限らず、体を壊してまで続けるべき職業はない。
 しかしまだ多少の余裕がある人は、考えてみるといい。
 他の世界はどうなっているのか、
 いま感じていることがすべてだろうか、

という話。 
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(写真:フォトAC)

【辞めるに辞められない】
 教職一年目ですでに辞めようかと迷っておられる先生方の多くが、今もまだ、辞めることなく苦しんでおられます。なぜさっさと辞めないのか――。その最も大きな理由が、
「担任教師が中途退職することがどれほど多くの人たちに迷惑をかけるのか、分かりすぎるほどわかっているからだ」
ということ、私は十分に理解しています。

 教員志望の極端に少なくなった昨今、自分が辞めると次がいないことは多くの先生方がご存知です。私の住む地方都市でさえ、小学校だけで常時10人前後の欠員があると聞いています。一市内に担任のいない教室が10もあるのです。
 中学校と違って小学校には副担任という制度がありませんから、新任講師が来るまで、とりあえず代理ができるのは副校長(または教頭)だけです(*1)。普段でも勤務時間は14時間〜15時間といったこの人たちが、自分の仕事をすべて夜に回して担任代行をしているのです。尋常ではありません。それでも講師の見つかる見通しでもあれば耐えられますが、まったくないとなると絶望的です(*2)。
*1 校長は制度上「教員」ではないので、代理で担任を行うことはできません。
*2 こういうとき、昔だったら校長が伝手をたどって、退職教員を無理やり現場に戻すという奥の手があったのですが、教員免許更新制のためにことごとく失効していて代理が務まりません。これが更新制廃止の主因です(けっして先生たちのためではありません)。

 辞めずに、何とか今年度だけはと、骨身を削って頑張ってくださっている先生方にはほんとうに頭が下がります。しかし心身を壊してまで果たさなくてはならない恩義もないはずです。そんなときはどうぞ遠慮なく学校を後にしてください。校長先生たちが何とかします。
 しかしそこまで追いつめられているわけではないという先生方は、まだまだ思案の余地があります。ここで何を判断材料として、何を考えるかは重大な問題でしょう。


【世間はどこへ行ってもしんどそう】
 まず考えておかなければならないのは、次の仕事が果たして今より良いものかどうかということです。
 実家に稼業があってよく知ったその仕事を継ぐ気があるという場合はよいでしょう。古い友人や先輩からしつこく誘ってもらっている仕事があり、そちらで能力を試してみたいというような場合もけっこうです。
 問題は辞めてすぐに就く、次の職にアテがない場合です。

 私はいつだったか立体駐車場のエレベーターの前で、後ろから近づいてきたサラリーマン風の二人の男性の会話を小耳にはさんだことがあります。どんな話をしながら近くまで来たのか分からないのですが、年長の男性が若い男性にこんなことを言っていました。
「まあとにかく、いずれにしろ、9月が過ぎる辺りまでは、土日も休めるなんて思っちゃ困るよ」
 若い男性はかしこまって「はい」とだけ答えていましたが、私は心の中で深くため息をつきました。何か恐ろしい言葉を聞いたように思ったからです。現在だったらパワーハラスメント、即時に訴えてもいいような話ですが、若者がその企業にこだわるようなら耐えて土日も休まず働くしかありません。教員だったら夏休みもあるのにね――それが私の内心の声でした。

 教員の生活は確かに苛烈です。しかしそれ以外の仕事がすべて楽なわけではありません。
 公務員で言えば財務省や通産省の異常な働きぶりはつとに有名です。コロナ禍がなくても多忙だった保健所の職員はこの一年半、死ぬほど働かされてきました。児童相談所も警察も、誉められたり感謝されたりする何倍も非難されながら苛酷な労働に耐えてきましたし、市町村役場の職員の中に、心を病む人が少なくないのも事実です。

 民間は――勤める場所によってだいぶ差はありそうですが、企業案内に「ブラックです」と書いているはずもなく、入って見なければわからない面も少なくありません。あの日本最大の広告代理店「電通」でさえ過労自殺があったのです。名の知られていない中小零細企業は闇の中、ホワイトもブラックもグレーも見えてきません。


【私の場合】

 私は29歳のときに闇雲に会社を辞め、1年間の浪人生活を経て30歳で教職に就きました。先も決めずに辞めたのは前の仕事があまりにもブラックだったからです。
 労働環境もブラックでしたが、それ以上に内容がブラックでした。
 今流の言い方をすれば「学習塾の起業コンサルティングおよび支援事業」といった感じの会社でしたが、「どう考えても成功しないだろう」と思われるような場所に、平気で資金と部屋を提供させ、塾を開かせるのです。当然あとは赤字に赤字を重ねて1年ほどで潰れてしまいます。

 私は教材をつくったり講師のやりくりをしたり、場合によっては自分自身が教えに行ったりする「教務」と呼ばれる部門の社員でしたが、「営業」の汚い仕事の後始末にもしばしば駆り出され、それが嫌でたまらなかったのです。

 ですから教員になってウソをつかずに済むことが本当に幸せでした。当時の学校だってそんなに暇だったわけではなく、新任の年に学校に行かなかった日数は年末年始の6日間を含めても12日間だけ、学期中は朝6時に出勤し、夜は6時過ぎに夕食に出てそれから学校に戻って10時前後まで仕事をする、しかもクラスは荒れまくりでまったく収拾がつかない、とさんざんでした。しかしそれでも、人を騙さずに済む生活、朝から晩まで教育の話ばかりしている善人たちと一緒に働くことの喜びは、手放せなかったのです。
 それがそののち30年も教員を続ける原動力でした。


【結局、問題は別のところにあるのではないか】
 教職一年目ですでに辞めようかと迷っておられる先生方、
「もしかしたら自分が辞めたい原因は、教職のブラック体質以外にあるのではないか」
 そんなふうに考えたことはありませんか?

 人間はどれほど大変であっても、どれほど苛酷であっても、それが楽しかった面白かったり、あるいはこの上ない達成感や自己効力感があったり幸福だったりすれば、かなりのところまで頑張れるものです。
 若いころの私は連日の徹夜麻雀も読書も、足を棒にして歩く美術館巡りも、1日100kmで数日間にわたるサイクリングも、全く平気でした。面白く楽しく、達成感や成就感があったからです。

 この3月、一緒に大学を卒業して別々の道に進んだ友だちの、みんながみんな面白おかしく暮らしているわけでもないことは、あなたも知っているはずです。ほかの道だって険しいのです。しかしそれにもかかわらず辞めたいと思うのは、この仕事が楽しくない、面白くない、達成感や自己効力感が持てない、だからではないか――そんなふうに考えたことはありませんか?

(この稿、続く)

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2021/9/29

「あなたは楽になるが学校全体は楽にならない」〜教職一年目ですでに辞めようかと迷っておられる先生方へB  教育・学校・教師


 教職は職人の世界だから、長く続ければ続けるほど楽になる。
 しかし楽になるのは個人であって学校全体ではない。
 それはこの国が子どもを丸抱えする伝統を持つからだ。
 しかし恐れるな、上に政策あれば下に対策がある。

という話。  
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(写真:フォトAC)

【保護者の年齢を越えるととたんに楽になる】
 教職一年目ですでに辞めようかと迷っておられる先生方に「今が一番苦しい時、この先どんどん楽になりますよ」と助言するのは、基本的には正しいことですが、あまり上品ではなく、“楽になる”といっても限度があって厳しい世界であることには変わりありませんから、大声で言うことには遠慮があります。しかし言いかけたことですからもうもう少し加えておきましょう。

 教員の仕事が楽になるいくつかの契機――初年度の後半、特に1〜2月(ただし受験生を抱えた学年は別)、2年目、10年ほど経って技能が身についたのち――これらについては既に書きました。ほかには、同じ学年を2年連続で担任したとき(授業や行事の中身が同じなので教材研究や事前検討が半分以下になる)、同じクラスを連続で担任したとき(児童生徒の特性、家庭の状況などに十分な知識がある)などがあります。しかし何といっても「保護者たちの年齢に肩を並べ、抜き去ったころ」の状況変化には、呆れるほどのものがあります。

 やはり年上の保護者に物申すのは大変なのです。私などは若い先生方に、
「そうは言ってもこちらは教育を学んできた教育のプロ、あちらは免許も持たずに親になった(とは言っても保護者免許などありませんが)子育て・教育のアマ。偉そうな顔をさせる必要はない」
と励ますのですが、40歳前後の社会的にバリバリの保護者を相手に、二十歳そこそこの教師が対決するのは容易ではありません。それがあるころから突然――具体的に言えば三十代後半あたりから、自然と優位に立てるようになるのです。年上の教員から教育について語られると、保護者もいったんは引いてくれるようになります。そこに生まれる余裕が様々なことを容易にします。

 大丈夫です、先生方。将来は暗くない!
(“将来は明るい”と言えないところがミソですが――)


【あなたは楽になるが学校全体は楽にならない】
 ただしこのさき、教職が8時〜5時の勤務で終わるといったふうに飛躍的に楽になることはありません。それは明治以来この国が「子どもは国家が責任を持って育てる」といった一種の全体主義と、ポピュリズムを同時に持っているからです。

 明治5年(1872)に発布された学制に「邑(むら)に不学の戸なく、家に不学の人なからしめん事を期す」とあるように、「すべて子どもを差し出せ、その代わり面倒はみる」というのが、近代日本の初等教育の出発点でした。
 また、前時代の寺子屋などで儒学が教えられたという経緯もあるのかもしれませんが、西欧諸国がキリスト教という精神的支柱を持つのに対して、日本には何もないことを怖れた明治政府が、極めて道徳性の強い、全人的な教育をめざしたこともひとつの特徴と言えます。
 つまり子どもの人格の隅々まで、すべてに関与しようと計ったわけです。その分、学校の負担は最初から大きいものでした。
 また他方で、貧しかった国民は労働力としての子どもを奪われた分、子育てや教育からは解放され、自由に働く時間を得ました。それが今日まで続いているのです。
 こうして子どもを国家に預け、日中の時間を自由に使うことは親たちの既得権となっていきました。彼らはそれを絶対に手放さない――。

 例えば、教員の働き方改革が話題となり、特に中学校の一部の先生からは部活動の外注、廃止ないしは縮小が強く求められていますが、私は絶対に無理だと考えています。
 外注といっても現在日本中にある部活動のすべてにボランティアをつけることなどできるはずもないし、雇い入れといっても1日3時間の労働に対して生活費に見合うほどの賃金を払うこともできません。
 残るは廃止か縮小ですが、そんなこと親が許すはずがないのです。考えてもみてください。いまの日本で部活がなくなることを真剣に望んでいるのは教員の、しかも一部だけです。
 子どもたちは何かスポーツや芸術活動がしたい、そこにしか活躍の場のない子もたくさんいます。親たちは子どもに戻ってきてほしくない。毎日4時に学校を出て、土日は家でウロウロしている――そう考えただけで気が狂いそうになります。
 もちろん子どもが嫌いなわけではありません。学校に行かない時間を子どもが家でじっとしているわけがなく、必ず外に行ってしまう、それが心配なのです。必然的に学習塾やお稽古事に出すことを考えるのですが、その費用はだれが負担するのでしょう?
――だから部活は絶対になくならないのです。

 同じように、子どもは学校が丸抱えしようという伝統はずっと続いています。
 昔の子どもだったら当たり前にしていた自然遊びや冒険遊びを、学校が用意してやろうというのが「生活科」です。いわば保育のやり直しです。子どもの就労についても一から十まで学校がしましょうというのが「キャリア教育」。最近ではプログラミングや基礎英語も学校でやっていこうということになっています。
「平和教育」も「人権教育」も「性教育」も昔はありませんでした。「総合的な学習の時間」「環境教育」「薬物乱用防止教育」「食育」「コンピュータ・リテラシー教育」「生命(いのち)の安全教育」・・・将来的には「金融教育」や「ボランティア教育」も小中学校に降りてきます。
 こうして、いわゆる「追加教育」は不断に増やされて行くのです。だから学校は楽にならない。


【上に政策あれば下に対策あり】
 しかしそれも恐れるほどのことではありません。
 学校に持ち込まれるものはすでに収容能力を超えてしまっています。新しいものが入ってくれば他のものを棄てるしかなくなります。
 かつてあれほど苦しかった「学校独自のカリキュラムづくり」や「絶対評価」を今もまじめにやっている学校はありません(本気でやれば信じられないほど大変です)。「薬物乱用防止教育」や「リテラシー教育」、「性教育」の一部はNPOなどの専門家に任されるようになり「小学校英語」もALT(外国語指導助手)に任されるようになってきています。

 未来は明るくはありませんが、そう暗くもないのです。

(この稿、続く)

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2021/9/28

「10年:教育と指導のザルツブルクの小枝」〜教職一年目ですでに辞めようかと迷っておられる先生方へA  教育・学校・教師


 学校の仕事は大枠で1年ごとのルーティーンワークだ。
 だから基本的なことはわずか1年で身につく。つまり2年目は別世界。
 さらに職人世界だから10年、まじめに取り組めば確実に身につく技能が多い。
 つまり先に行けば先に行くほど楽な面が少なくない、

という話。 
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(写真:フォトAC)

【2年目は違う】
 昨日は「年度の後半は適度に祝日があるよ」「行事も減って楽になるよ」というお話をしました。それとともに教員の生活は職人と同じで、同じ活動を繰り返す中で技量を高めるものだということも申し上げました。

 例えば大工さんのところに見習いとして入ったとします。雑用を別とすれば、最初に覚えるのは道具の扱いでしょう。縦に切るときは材木をこんなふうに固定して、こんな態勢で、ノコギリのこちらの刃を使ってこの程度の速さで引く、といった具合です。カンナの刃の出し入れの仕方、出す長さ、ノミの使い方、印のつけ方・・・覚えることは山ほどありそうです。しかもより速く、より正確に、より美しく、切ったり削ったりできるようになるためには、何年も修行しなくてはなりません。
 しかしだからといって2年目も3年目も同じように、縦挽きの時はノコギリのこちら側とか、カンナの刃を出すにはここを叩く、などとやっているわけではありません。いちど覚えてしまえば二度と覚え直さずに済むこともたくさんあるのです。

 教職で言えば、朝の会の進め方だとか班決めの方法、給食の配膳の手順といったことは2年目も3年目もバタバタとうろたえていいようなものではありません。年間200日もやってきたことですから自然にできます。教材研究の仕方だとか授業の進め方とかいったことも、基本的な部分は習得済みです。
 そうした基本的で細かな点こそ、実は初任の年に頭を悩ませ神経をすり減らし、ボロボロさせられた原因の大きなひとつです。それがなくなる。しかもありとあらゆることに一年先の見通しがつく。

 初年度と2年目は天と地ほど違う――。そのことは4月1日から始まる準備職員会ですぐに明らかになります。
 前年度とほとんど同じ内容の書類なのに、2年目は実によくわかる。担当者が強調する部分もなぜ強調されるのかわかる。わかるから余裕も生まれ、いまやっている部分は大丈夫と思ったら内職もできる。
 内職と言ってもやがて議題となる自分の担当部分を確認し、発表の心構えをするといったことですが、現在進んでいるところと自分の発表部分を交互に見ながら、時折思いついたように手を挙げて、他の人の部分についても意見を言ったり討論に乗ったりする、そうした姿はまさに一年前の先輩たちが見せていた姿そのものです。


【10年:教育と指導のザルツブルクの小枝】
 私は昨日「初日・ひと月・一年」というお話をしましたが、ここで新たな括りを提案します。それは「10年」です。
 世の中のたいていのことは10年間、まじめに真剣に取り組めば、ある程度かたちの見えてくるものです。経験の積み重ねが価値である職人の世界は特にそうで、岩塩の採掘場に枯れ枝を投げ込んでおくといつの間にか塩がびっしりとついてダイヤモンドのような輝きを放つという“ザルツブルクの小枝”のように、技能が自然と身に付いて輝きを増すのです。

 例えば朝、10分ほど遅刻してきた子が「医者に寄って遅くなりました」と答えたとしたら、教師の次の言葉はどうあるべきでしょう?
「ご苦労さん、席に着きなさい」では話になりません。子どもはウソをついているのかもしれないからです。したがってここで言うべきは、
「どこの医者だ?」
です。朝9時前から診察している医者などめったいるものではありません。しかし全くないわけでもなく、特に田舎の診療所などは7時前から診てくれるところもあります。
 ここですんなり病院名が出てきたら引き下がってかまいません。「わかった、確認しておく」と言って実際に確認すればいいだけのことのことです。口ごもるようでしたら、「後で話す」と言ってのちに指導します。

 すると言った以上、確認は絶対にしなくてはなりません。その上でウソだったら改めて指導します。この場合、指導の時間まで、生徒はドキドキして過ごすはずですから、それだけでお仕置きの半分は終わったようなものです。しかし早朝から見てくれる病院が事実だったら――これは知識として蓄えておきましょう。公的にも私的にも役立つ情報です。
 この方法の最も優れている点は、クラス全員の前でやることで、「ウチの担任はそこまで調べる人だ」と恐怖心を植え付けられることです。以後、これに似たウソは誰もつかなくなります。

 以上は先輩から教えられたことであり、実体験です。10年ほど教員を続けているとこういう知識が山ほど溜まってきます。お決まりの言い方をすれば「指導の引き出しが増えてくる」のです。そうなると生徒指導はグンと楽に、たのしくなってきます。ああ言えばこう言う世界ですから、言葉のやり取りで他人を打ち負かすことの大好きな人間にとっては、ゲーム感覚で遊べるたのしい場です。自己効力感もハンパではない。
 生徒指導はゲームだと言うと不謹慎なようですが、こちらが楽しくてあちらが成長するなら、それに越したことはないじゃないですか?


【付録】
 それでは演習です。
「面談の場で、生徒に『オマエなんか大嫌いだ』と言われたらどう答えるか」
(これについてはこのブログで何度か書いています)
「授業中の教室に遅刻してきた生徒が荒々しくドアを開けて入ってきた。『静かに席に着きなさい』と注意すると『うるせえ、ジジイ!』と声を荒げてまた出て行ってしまった。このときどうするか」
 もちろん答えはたくさんあると思います。

(この稿、続く)

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2021/9/27

「初日・ひと月・一年」〜教職一年目ですでに辞めようかと迷っておられる先生方へ@   教育・学校・教師


 今月が終われば年度の前半も終わる。
 しかしわずか半年で、すでに教員の世界から足を洗い、
 別社会へ旅立とうとする若い先生方がおられる。
 しばし待てとは言わない、しかしもうひとたび考え直してもらえまいか――。

という話。 
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(写真:フォトAC)

【2021年度前半が終わる】
 間もなく9月が終わります。9月というのは学校にとっては特別の月で、この月が終わると学年の半分が終わる――30日・1日はその折り返し点だということになります。折り返しなのに新一年がいつまでも新入生のつもりでいるようでは困りますし、最高学年はそろそろ学校を去る準備をしなくてはなりません。受験生が気持ちの上でまだ受験生になっていないとしたら、やはり問題でしょう。

 ですから9月の末、または10月の頭のブログでは、「子どもたちに自覚させましょう」「学年の後半に向けて準備をさせましょう」といった趣旨の文を書くのが常でした。しかし今年は少し趣向を変えたいと思います。というのは特にツイッターの方で、今年教員になったばかりなのに早くも転職を考えている先生方の記事を、たくさん読んできてしまったからです。

 もちろん現在休職中だったり病院や診療所に通って治療中だったりする先生方にまで、無碍に続けろとは言いません。しかし私が生涯をささげた職業があまりにも悪く言われるのも傷つきますし、教職にはこんないいこともあるよとか、この先はこんなふうになっていくに違いないとか、今ある状況はこんなふうに整理されるだろうといったことを記して、辞めるか否かの参考にしていただきたいと思い、ひとこと添えることにしました。
 そんな話は聞きたくないということでしたら、ここでやめてくださってけっこうです。


【2学期以降は適度に祝日がある】
 さて、2学期が始まって一カ月ほどたちましたが今日までの日々はどうだったのでしょう?
 小学校では運動会、中学校では文化祭、あるいは部活動の新人戦と、まだまだ忙しい日々は続いていると思います。研究の秋とかいって公開授業の多くなるのもこれからの時期です。まだまだ気が抜けません。しかしちょっと考えてみてください。今月はもう2回も祝日(敬老の日・秋分の日)があったのです。
 来月(10月)は、今年に限って移動してしまいましたが「スポーツの日」(第2月曜日)があり、11月には「文化の日」(3日)と勤労感謝の日(23日)、12月は最後の方に冬休みが待っています。これは、いわゆるゴールデンウィークに祝日が集中して、あとはまったくない1学期とはかなり違った点です(海の日・山の日はすでに夏休み中)。
 変則的な休日があるというのは様々な調整を図る上でかなり有効なことです。日頃できないことを片付けたり次の準備をしたりできるからです。そんな有利な破調は3学期も続きます(成人の日・建国記念日・天皇誕生日・春分の日・春休み)。


【ほとんどの重要行事が10月までに終わる】
 先ほど、“運動会に文化祭、新人戦に公開授業と、忙しい日々はこれからも続く”と言いましたが、それも11月を過ぎるとパタッと少なくなります。私はこれを“あまりありがたくないこと”として意識しました。
 というのは学校に来ずらい子を、やれ合唱祭だクラスマッチだ、修学旅行だ遠足だ、水泳が始まるぞ、運動会だ・文化祭だ等々と、何かと楽しい行事をエサに引き付けて来たのに、10月以降はほとんどなくなってしまうからです。日常的な学校生活が淡々と続くわけですから、子どもを引き寄せるということがなかなかできない、それが学校の一年の後半で私が不満だった点です。

 しかし同じことを教師の働き方という観点から見ると、教育活動の大半がルーティーン・ワークに落とし込まれていくということになります。
 特に教員一年目は行事があるたびに「それは何なのか」「自分の係は何なのか」「どういう仕事があるのか」「どういう点に注意すればいいのか」「子どもをどう動かすのか」と、一から勉強して、一から心配しなくてはならないので大変なのですが、後半は行事も少なくなって「授業だけをしていればいい」に近い状況になるとかなり楽なのです。中でも1月から2月にかけては、びっくりするほど気持ちが楽です。
 

【初日・ひと月・一年】
「三日・三月・三年(みっか・みつき・さんねん)」という言葉をご存知ですか?
 昔は芸事や修行で「三日我慢できれば三か月は耐えられる。三月耐えられれば三年頑張れる、三年頑張れば一生耐えられる(だから頑張れ)」という意味で使われたようですが、現在は新しい職に就いたあと、転職を考えるまでの日数・年数をいうみたいです。
 三日で仕事の大変さに気づいて辞めようかと迷い、三か月目、慣れてきたところで思っていたのとは違うことに気づいて悩み、「石の上にも三年」と頑張って来たけれどやはり将来が見えてこないからと辞める気になる、そんな感じかもしれません。しかし教員の場合はせいぜいが「初日・ひと月・一年」というところでしょう。

 大手・中堅の企業と違って教員には新人の就業前研修というものがありません。4月1日から戦力で、数日後には教壇に立たなくてはなりません。そのために子どもが来るまでの数日間は、一年間の教育計画を確認し合う職員会議や学年会、教室や授業・行事の準備などでギュウギュウ詰め。真面目にやっていたらベテランですらパニックになりそうなのを、新人は手の抜き方も分からないので1日でパンクしてしまいます。

 しかも子どもが登校してくればパンクしている暇すらなくなり、学級開きや班づくり、委員会・係決め、部活を決めたり遠足の計画を立てたり、家庭訪問に出かけたりと・・・死ぬほどの思いを続けてふと気がつくとゴールデンウィークで、「オレ、絶対にこの仕事を続けてなんかいけないな」と思うのですが、教員になるような若者はみんな真面目で誠実ですから、いま辞めたら同僚にも校長先生にも、そして何より児童生徒に迷惑がかかる、なんとか一年間だけは続けていこう、そう考えて無理をする。一部は直後に息が絶え、別の一部は12月か1月ごろ、上司に退職の意思を伝える――それが「初日、ひと月、1年」の意味です。

 ただし想像してみてください。教員の場合、1年を終えるというのはその仕事の全体を経験してしまうということです。大枠で見ると教職は1年を単位としたルーティーン・ワークで、景気に左右されて事業規模や形態を変えるとか、新商品を売り出すとか、市場を開拓するとか、大きなプロジェクトを立ち上げるということはなく、ただ同じことを毎年毎年繰り返して腕を磨く――その意味では職人の生活と同じなのです。仕事を一巡りしたことに価値があり、あとは地道に頑張ればいいだけの世界です。その最初の1年が、あと半年で終わるのです。 

(この稿、続く)

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