2021/6/29

「“できない子はできなくてもいい”とはならない」〜学級というルツボの扱い方A    教育・学校・教師


 できないことも個性だ、他に評価できることがあればいい――。
 それが論理の当然の帰結だが、そういうわけにはいかない。
 この国の個性とは基礎的な力に上乗せされる高い能力のことだ。
 諸外国とはその点でも、子どもを育てる環境でもまったく違っている。

という話。
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(写真:フォトAC)

【“できない子はできなくてもいい”とはならない】

 発達障害に限らず、他の子と同じような行動がとれない、ひとよりもどうしても一歩遅れる、そういう子はクラスに一定数います。算数でかけ算九九を教えてもあっという間に覚えてしまう子もいれば、習得に何週間もかかる子もいるのです。
 教科で新しい単元に入ったときですらそうなのですから、生まれながらの積み重ねである道徳性とか社会性とかで成長に差があるのは当然なのですが、その凸凹を公平・平等を基礎とする教室内でどう定着させるかは、とても難しい問題です。

 よく「子どもの個性を大切にしろ」とか「児童生徒個々の多様性を重視せよ」とか言ったりしますが、「この子は気立てがいいから算数はできなくてもいいや」とか「この子はやがてオリンピックにも行きそうな逸材だから多少我儘でも身勝手でもいい」とか、あるいは「いつもニコニコと明るいから給食がほとんど食べられなくてもいいや」といった多様性を受け入れる雰囲気は、この国にまったくありません。
 現在この国で言われている「個性」や「多様性」は、「普通の人間が期待されるすべてのことができた上で、その基礎の上に載せられる特別な才能」のことです。
 「できない」ことは個性でも多様性でも何でもありません。


【諸外国の個性教育・多様性を認める教育】
 ちなみに諸先進国はどうなっているかというと、移民で国家が成立したアメリカ合衆国はもちろん、ヨーロッパの国々も近年大量の移民を受け入れていますから、求めなくても最初から多様性に満ち溢れ、個性だらけです。

 例えばフランスはサッカーも強ければオリンピックのメダル数でも日本をはるかに凌いでいますが、よく見ると肌の黒い選手ばかりで、“こんなスーパーマンばかりをため込んで、卑怯じゃないか」と言いたくなるほどです。しかし当然、移住して来たばかりで会話もおぼつかないフランス人もたくさんいます。ですから学校も「同い年なら同学年」というわけにはいきません。
 そこで、
 2009年のOECDの調査では15歳生徒のうち初等教育で17.8%、前期中等教育で23.5%の生徒が留年したことがある(Wikipedia)
ということになります。

 さらにそこに伝統的な制度が絡むと教育の多様化はさらに進み、例えばドイツだと10歳での成績で、エリートコース、普通コース、職人コースといった感じで進路がわかれてしまいます。イギリスでも11歳くらいになると私立学校(イートン校などのパブリック・スクールへの道)へ進む子どもが出てきます。基本的にオックスフォードやケンブリッジに進み、将来はヨーロッパの支配階級に属する子どもたちです。

 かつて学力世界一で名を馳せたフィンランドの留年は、15歳生徒のうち初等教育で2.4%、前期中等教育で0.5%の生徒が留年したことがある(これもWikipedia)と少な目ですが、この国には「就学猶予」という素敵な制度があって、義務教育年齢に達しても十分学校の学習に堪え得ないと考えると、一年間就学を遅らせ、勉強のできる態勢をつくってから小学校にあがることになります。
「親たちは我が子に不安を感じると、進んでこの制度を利用します」
というのはマスコミから得た情報なのでマユツバですが、これを利用した方が幸せな子がたくさんいることは、日本の小学一年生を見ると十分に想像できるところです。

 近いところでは韓国が日本と同じ6−3−3制度を取っていますが、優秀な子は1年早く(5歳で)就学できる制度があるそうです。

 しかし日本では義務教育における飛び級・落第など、口に出すことさえはばかられます。勉強ができてもできなくても、人間的に育っていてもいなくても、6歳になると就学し、9年の義務教育期間を終えると自動的に卒業させられます。

 その違いを簡単にまとめると、諸外国では多様多種な学校のさまざまな学年に子どもを振り分け、それぞれの教室には同一性の高い子どもを集めて教育するのに対して、日本では学力も意欲も目標もバラバラで多様な子を、小学校または中学校という単一の学校の同質な教室に入れて、同じように教育しようとしているのです。
 だから難しいのです。


【答えは、いらなくなったころに出てくる】
 私は小中学校の学級担任をしている間じゅう頑固な平等主義者でしたから、クラスの中に大きく遅れた子どもがいることに特に苦しみました。その子を何とかしてやりたいという気持ち、その子が何とかならないと学級が危ういという気持ち、そして私がどんなに頑張ってもその子が頑張らないとどうにもならないという現実――その狭間で、打つ手に窮して悩んでいたのです。

 難問の答えは、ときどき使えなくなったころに現れたりします。
 答えを見つけたのは、学級担任を離れ管理職となってからのことでした。

(この稿、続く)

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