2021/6/1

「老人と若者で“コロナ禍”の意味が違う」〜コロナの生み出す社会の分断A  政治・社会・文化


 同じこの国に住みながら、なぜ私たちと若者とでは見る世界が違うのだろう。
 なぜあの人たちはこの非常時に、のほほんと平気で遊びあるいていられるのだろう。
 そこには世界を観るための道具の違いがあるのだ

という話。
 
(写真:NHK)

【高齢者に新型コロナのリアリティを保障するもの】
 政府の分科会の尾身会長の「いくら伝えても若者に危機感が届かない」と嘆きに対してEXITの「りんたろー。」さんはいくつかの答えを示します。
 そのひとつは昨日お話しした「若者は新聞も読まなければテレビも見ない。だから尾身会長の言葉自体が入っていかない。緊急事態宣言が出ていること自体知らない子もいる」というものでした。

 さらに重ねて言ったのは、
 重症化して命に危険を及ぼすことははっきりしているわけだから、そこをケアしなきゃいけないなっていうのはずっと思ってたんですけど。きょう友達と遊んでいることで、遠くの高齢者が命を落とすっていう、そこまでのリアリティーがやっぱり無いから、そこまで思いやれてないのが現実。
という話です。

 ニュースは毎日、感染者数や死亡者数をグラフで示し、病床の逼迫状況も数値として見せます。しかしそれがまったく現実感を持っていない。どこか遠くのできごとのようにしか思えないということなのでしょう。けれどそんなことを言ったら高齢者だって同じです。

 ステージ4のひとつの指標は「直近1週間の10万人あたりの新規感染者が25人以上」ということになっていますが、割合で言えば0.025%。普通の生活をしていれば感染者と会うことはめったにありません。
 実際、年金生活で世間が狭くなっている私などは、過去一年間、親戚にも友人にも、そのまた家族や近所の人まで手繰っても、感染者が出たと言う話はまったくありません。

 もちろん高齢者は重症化しやすいという話には私たちを怯えさせますし、何と言っても第一波感染拡大の際に志村けんさん、岡江久美子さんという超有名人を失っていますから、それが今も私たちの記憶から消えない、ということもあるでしょう。
 しかし志村さんは70歳、岡江さんに至っては享年わずか63歳です。現在ワクチン接種の中心的対象者になっている75歳以上よりずっと若く、岡江さんを念頭に置けば50歳代だって大いに恐れてよさそうなものですが、案外そうでもない。
 いずれにしろ高齢者を脅かす具体的な何かが身近にあるわけではないのです。その範囲で言えば私たちにとってもリアリティのある話ではありません。

 では何が若者と高齢者の間を隔てているのかというと、結局もとに戻ってしまうのですが、私たちが朝から晩まで新聞を読んでテレビを見て、恐怖心を増幅させているからに違いないと考えるほかないのです。日本の医療を救いたいという思いも同じです。
 落ち着いて考えれば身の回りにほとんど感染者のいない状態で、それでもワクチン接種だというと回線がパンクするほど夢中になって電話をかけるのはそのためです。


【若者たちにとってのコロナ】
 マスコミによって煽られた幻想だとしても、高齢者にとってコロナ禍は切実な問題です。
 私たちはウイルスが近づいたり遠ざかったりするのを、肌の感覚のように知ることができます。実際に見聞きしたわけでもないのに、医療の現場がどれほど苦しいか、医師や看護師や救急救命士や保健所職員たちが、どんなに切ない気持ちで日々を過ごしているか、とてもよく知っています。
 そしてコロナで家族を失った人たちの悲しみが、普通の状態で死者を送るのとは全く異なっていることも十分に承知しています。
 テレビで見ているから――。

 それに対して「りんたろー。」さんの言うように、若者たちが緊急事態宣言が出ているかどうかも知らなかったり、「きょう友達と遊んでいることで、遠くの高齢者が命を落とすっていう、そこまでのリアリティーがやっぱり無い」としたら、コロナ禍のとらえ方もとうぜん異なってきます。

 それについて「りんたろー。」さんはこんなふうに言っています。
「僕が特に感じたのは、お酒の販売をやめるとか、街の明かりを消すってなったときに、ツイッター上に若者の意見がぶわっと出てきたんですよ。これだけ若者が騒いでるのに、小池さんが何でこんなことをしたんだろうっていう疑問が浮かんできて、そのときに、あれ、もしかして、僕らって有権者の中にカウントされてないのかなステルス的な存在というか、やっぱ高齢者のかたがメインの政策・政治になってるのかなっていう印象を受けたんですけど」

 内容はふたつあります。
 ひとつは酒類の販売が止まり街の明かりが消えて初めて、若者にとってのコロナ禍は現実性を帯びた、リアリティーを持ったということです。
 しかしウイルスに対する恐怖や、医療現場への深い共感がないところに訪れる突然の制限は、若者を不安にさせ反発を呼び起こします。何も悪いことをしていないオレたちに、小池さんは何ということをしてくれたんだということです。若者たちにとって、コロナ禍とは自由が奪われる体験なのです。
 しかもSNS上で叫び声をあげても何も変わらない。大人は誰も聞いてくれない――。やがて若者たちは、政治の世界から自分たちが完全に疎外されていることに気づきます。
あれ、もしかして、僕らって有権者の中にカウントされてないのかな

 これでは素直になれるはずがありません。路上飲みして騒ぎたくもなるというものです。
 大人たちはすぐに「それは選挙に行かないお前たちが悪い」と言い、もちろん正論なのですが、私たちだって若いころは政治に関が心なく、選挙にも行かなかったのです。学生運動盛んなおりでさえ、国政選挙の投票率は最低でした。


【若者の知るべき情報は、私たちが渡さなくてはならない】 
 今の若者は新聞を読んだりテレビを見たりしないからダメだというのではありません。昨日もお話しした通り、若者たちは少しでも時間があればSNSやら動画サイトやらで忙しいのです。
 それに対して高齢者たちには、たっぷり時間があって、しかもスマホもLINEと通話ぐらいしかできないので朝から晩までテレビをつけ、同じ新聞を繰り返し読んでいる。
 そうした世代の違いを前提とせず、結局は新聞とテレビにしか向かわない記者会見で情報を発信し続けても、労の多い割に話は通って行きません。若者たちは新型コロナ情報弱者になっていくしかなくなります。

 若者は重症化しないと言っても、“生き死に”の問題まで行かないだけで後遺症に苦しんでいる人はたくさんいます。一生懸命に注意したうえでの感染ならまだしも、不用意に感染して家族や友人に広げ、それで苦しい思いをしている人もいます。そした情報は、やはり若者に届いていかなくてはなりません。

 またそれとは別に、医療関係を中心に、苛酷なコロナとの戦いを続けている同世代の若者がたくさんいることも、知っておくべき情報でしょう。

 彼らを「知らないままのひと」にしてしまわないよう、私たちが考えていくしかありません。


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