2021/6/14

「子どもたちがステージを上げる、新たな戦場」〜文科省のブラック校則見直しのあとにくるもの  教育・学校・教師


 ブラック校則については山ほど情報が上がっているが、
 なぜそうなったか、きちんと調査された例はほとんどない。
 ブラウスの胸を開いたりスカートをまくったりしての下着検査など、
 教師を辱める話も繰り返し出てくるが、学校名が明かされたことはない。
 それにもかかわらず服装指導や頭髪指導は間もなくなる。
 子どもたちはステージを上げ、新たな戦場が開かれる。
という話。
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(写真:フォトAC)

【問題の所在】
 土曜日のNHKニュースに「下着の色まで指定 行き過ぎた“校則” 見直しを文科省が通知」というのがありました。
 中を読むと、
生徒の下着の色まで指定するなど、行き過ぎた校則や指導が問題となる中、文部科学省は全国の教育委員会に対し、社会常識や時代に合わせて積極的に校則を見直すよう通知しました。
とのこと。通知の原文が見つからないので正確なことは言えないのですが、NHKによると
学校のルールで変更したい点を生徒が議論する取り組みや生徒会やPTAに意見を聞き取っている例
を参考に、
そのうえで、校則の内容や必要性について、児童や生徒、保護者と共通理解を持つことが重要だと呼びかけています。
とのことです。
 しかし最初に、
生徒の下着の色まで指定するなど、行き過ぎた校則や指導が問題となる中

と言ってしまうと、少なくとも下着の色指定については議論の余地なく「行き過ぎ」で、撤廃しなくてはなりません。また、
学校の校則については、大阪の府立高校の頭髪指導をめぐる裁判をきっかけに、各地で見直しの動きが広がり、(中略)合理的でない校則への指摘が相次いでいます。
となると、頭髪指導も話し合う前から不合理の烙印を押されていることになります。
(ただし大阪高裁の判決は「もともと赤っぽかった髪を強制的に黒染めにされた」という被告側の訴えを退けたもので、「頭髪指導に違法性はない」とまで言っていたはずです)

 さらに同じ内容を扱った読売新聞オンライン(2021.06.11下着の色指定・特定の髪形禁止…「ブラック校則」見直しを通知)では、
下着の色指定については、教員が目視で確認したり、違反したら脱がせたりするなどの指導方法も問題視されている。
とさえ書かれています。
 教師に言われたからといって中高生が唯々諾々と下着を脱ぐとも思いませんが、仮にできたとして、生徒はどうやって帰宅したのでしょう? ズボンが基本の男子はまだしも、スカートの女子も半日学校で過ごさせたうえで、一人で帰宅させたのでしょうか?


【「事実は小説より奇なり」と思わせる調査結果がある】
 実は読売新聞オンラインの記事には、自社が取材したかつての裏付けがあるのです。昨年(2020年)12月23日の『「下着の色は白」校則で指定、市立中の8割…「廊下でシャツ開け確認」「違反して脱がされた』という記事で、福岡県弁護士会が福岡市内69校を調査した結果を載せているのです。

 それによると弁護士会は、生徒や保護者・教職員計十数人に不合理な校則や指導を受けた経験などを聞き取って、
▽違反した下着を学校で脱がせる
▽廊下で一列に並ばされ、シャツの胸を開けて下着をチェックされる
▽体育館で男子がいるのに下着の色をチェックされる
▽眉毛をそったら、集会などで眉を太く書かれる
▽不登校の生徒が登校したのに、服装違反で学校に入れなかった
▽生徒総会で校則に関する議論を教師に止められ、意見すると「内申書に響くぞ」と言われた

等々の証言を得ているのです。天下の弁護士会が責任をもって調査したことだから間違いないだろう、というのが読売新聞の根拠です。

 ただしこれだけの事実をつかみながらも、弁護士会は刑事告発することもなく、
今後、校則見直しに関する提言をまとめ、来年2月に行われるシンポジウムで発表する予定だ。
と言っているのは何とも解せないところです。私たちは告発しないが、告訴したい人があればご相談を・・・ということなのかもしれません。


【ブラック校則の都市伝説】
 ブラック校則の大半は都市伝説だと、私は思っています。
 福岡県弁護士会の言うように、
▽廊下で一列に並ばされ、シャツの胸を開けて下着をチェックされる
▽体育館で男子がいるのに下着の色をチェックされる

という事実があったとしましょう。そのうえで現場の様子をできるだけ具体的に想像してみましょう。そこに誰がいますか?
 被害者の女生徒たちと指導の男性教諭、それだけでしょうか? 他の男性教諭はいてもニヤニヤ笑っていただけなのですか?
 女性教諭たちは何をしていたのでしょう? 同性の生徒がハラスメントを受けているというのに、放置して知らぬ存ぜぬを通したのでしょうか? 実際のそうだったとしたら特に養護教諭の罪は重い、校内セクハラの担当者であることが多いからです。
 
 指導を受けず、ただ見ていただけの生徒も多かったはずです。その生徒や、指導を受けた生徒本人は、家に帰って事件を親に話さなかったのでしょうか? 聞いた親たちの誰ひとり、学校に抗議したり警察に訴えたり、マスコミに持ち込んだりしなかったのはなぜなのでしょう?  私が親だったら自分の娘が被害者でなくても絶対に抗議に行きます。通らなければ警察に行きます。

 教師がつまらないことを言って子どもを傷つけただけでも全国ニュースになる時代に、これほど猟奇的な事件がまったく表に出なかったのはなぜか。
 答えは簡単です。
 ブラウスを引っ張って襟元から覗かれたとかスカートをまくって検査されたとか言った目撃談や経験談は山ほどあるのに、具体的な学校名や教師の名前が出てきた例はひとつもなく、刑事告訴も告発もなく、テレビの情報番組も週刊誌も追わない――それはひとえに、事件そのものがなかったからに他なりません。

 都市伝説の構造はいつの時代も同じです。
 細かな事実は山ほど伝えられて来るのに、肝心な情報がない。

 昭和に一世を風靡した「口裂け女」は、100mを何秒で走るとか、容姿も言葉遣いも年齢も、そればかりか街頭に出没するに至った半生までもがこと細かく知らされていたというのにただ一つ、誰が目撃したのか、実在の人物が実名で、目撃者として語ることは一度もありませんでした。

 平成に至っては「みんなで手をつないで一緒にゴールイン」の話がまことしやかに語られましたが、学校が特定され、取材陣が駆けつけたという話は一度もありません。東京都内の小学校の8割がそうしているという話もありましたが取材に行ったマスメディアはひとつもなく、関西ではタレントのつるの剛士さんやハイヒール・リンゴさんが、テレビや著書の中で小学校時代に自分が体験したこととして語っていたという情報もありますが、この件で二人に取材が殺到したということもありませんでした。さらに言えば、つるのさんもリンゴさんも、ここ数年の現役小学生ではないと、私は思います。


【新たな戦場、子どもたちはステージを上げる】
 ただし下着の色の指定や髪型に関する規定のある学校は今も存在します。それは必要だからです。
 教師は多忙ですから下着の色指定だとか髪型の規定だの、本当はつくりたくないのです。決まりをつくれば“守らせる”という仕事が発生します。実に面倒くさい――。しかしそれにもかかわらずやるのは、やるだけの理由・必要性があるからです。

 私はそれについて何度も書いてきましたから、改めてここで話すつもりはありません。それにもう、文科省から下着指導も頭髪指導もやめるように指示が出てしまっています。いまさら抵抗しても意味がないでしょう。
 性格異常に近い男性教師たちが、女生徒のブラウスの胸を開いたりスカートをまくったりして違反があればその場で脱がせる――、落ち着いて考えれば100%ありえない都市伝説に踊らされて、調査も事情聴取もなく、闇雲に校則改正を計る――あとに残るのは教師のおぞましい心象と新たな時代です。
 しかし大したことはない。

 下着の色や髪の色や形で“個性”を出したがった子どもたちは次のステージに上りますから、指導も一緒に上がればいいだけのことです。服装も髪も自由にさせられてしまった子どもたちが次に外見で自己主張するとしたら、その戦場は角ピアスかタトゥーといったところかもしれません。

 先生方、生徒の耳たぶに大穴が空いたり、全身が模様だらけにならないよう、がんばりましょう。

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2021/6/13

「更新しました」〜キース・アウト  メディア


文部科学省から学校に「行き過ぎた“校則” 見直し」が指示された。
児童生徒・保護者・地域・教職員――
どう転んでも誰かが猛反対しそうな案件。学校は大変だ。
こうして教員の「働き改革」の掛け声のもと、仕事はさらに増えていく。

kieth-out.hatenablog.jp


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2021/6/11

「子どもにコンピュータの何たるかを教える」〜”そもそも論””今さら疑問”への対応  教育・学校・教師


 タブレットコンピュータが子どもたちに行き届いて、
 いよいよ教員も研修を深めなければならなくなった。
 しかし世の中にはそもそも論のような疑問もあるのだ。
 子どものそうした“今さら疑問”に、どう答えていくか。

 という話。
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(写真:フォトAC)

【パソコンが行き届いて気になること】
「小中学生に配布のタブレット 当面使用中止に」 (2021.06.10 東海テレビ)というニュースがありました。名古屋市議会で本人の了承なしに操作履歴が記録されるのは「個人情報保護条例に違反」に当たるのではないのかという指摘があり、急遽、使用を中止したというのです。
 確かに、ウチの子のとんでもない成績と母親の年齢は極秘事項、という家庭だってあるかもしれません。しかし操作記録が残らなければ成績が伸びたかどうかも比較できないわけで、おそらくこの先あらためて同意書を書いてもらうということになるのでしょうが、それにしても面倒なことです。

 さて、すべての子どもたちにタブレット端末が行き届いて、中には面倒くさい質問をしてくる子どもも出てこないとも限りません。アプリの使い方ならこれから山ほどの研修がありますからどうにかなりますが(オイ!教師の働き方改革はどうなった!)、「そもそもコンピュータって何なの?」とか「中身はどうなっているの?」とかいった本質的な質問をされると困ります。こちらだってよく知りませんし、大人相手ではありませんから年齢に応じた答え方というものが必要です。


【電子小人の話――小さな子ども向け】
 もし小学校の1・2年生に、
「コンピュータって、なぜこんなにすごいことができるの?」
と訊かれたらどう答えます?

 まさかそんな小さな子に機械の構造とか動き方とかをきちんと教えようとする人はいないですよね。ここは、
「う〜ん、難しいよね。実は私もよく分からないんだよ。だから君が大人になったら、しっかりと勉強して私にも教えてくださいね」
で十分です。
 しかしもう少し捻った回答もあり得ます。

「実はコンピュータの中にはね、電子小人っていう、とっても小さな小人さんたちがたくさんいてね、みんなで一生懸命、キミ押したキーやキミの書いた字とか絵とかを見て、考えたり、相談したりし、それから答えを返してくるんだ。本当に大変なことをみんなでやっているのだから、しっかり応援してあげようね」

 そんなマヤカシが通るのかというと、たぶん通りません。
 しかし子どもは「そんなのウソだぁ」とか言いながらも、けっこう満足して引き下がってくれるはずです。大人がそう言うときはたいてい“今のあなたには分からないからそれなりに答えておくけど・・・”という言葉にはならない前置きがあることを、子どもながら知っているからです。それに、そもそもそんなに真剣な話でもないのです。

 さらに言えば、コンピュータの中を忙しく駆け回るものがあって、一生懸命情報を集め、計算し、それから出力するというのはあながちウソとも言えません。子どもが基礎とすべき印象としてはなかなか悪くないとも言えます。

 実はこれには下敷きがあって、夏目漱石の「吾輩は猫である」の中に『巨人引力』という名で地球の引力を説明する場面が出てくるのです。
*2013/6/11「巨人引力」

 しかし相手が5・6年生でも中学生でもこれでいいのかというと、そういうわけにもいかないでしょう。その年齢にはそれにふさわしい説明があります。私の知る最も簡単な説明を紹介します。


【中坊(中学生坊主)に厨房で説明する】
『コンピュータにできることっていろいろあるけど、突き詰めれば「記憶し」「計算し」「他の装置を制御(コントロール)する」というたった三つの働きしかしていない。しかも装置としては記憶装置と計算装置があるだけだ。その意味ではとても単純な装置で、だから簡単に説明しよう。

 記憶装置にはUSBやSDカードなどいろいろあるけど、普通のパソコンに組み込まれているのはメモリとハードディスクだ。なぜ二種類あるのかというと、メモリは情報の出し入れがものすごく速くて使い勝手がいいのだけど、容量は小さく、何といっても電源を落とすと中身が消えてしまうのが欠点だ。それに対してハードディスクは容量が大きく、電源を落としても中身が消えない、けれどとにかく遅い。電気がバシバシ走っているだけのメモリに対して、中で円盤がブイブイ回っているようではハードディスクには限界があるというものだ。

 計算装置の方はたった一個、聞いたことがあると思うけどCPU(Central Processing Unit:中央演算処理装置)というやつがあるだけだ。こいつはムチャクチャ不器用で、決められたことを決められた通りにしかできないくせに、やることがメチャクチャ速いという変わり者。料理に例えれば、切った食材をまな板の端においておけばいいものを、いちいち仮置きテーブルにもどす。レシピも一行一行確認しないと気が済まない。そういう律義さはほとんどアホなのだが、それを矢のような速さでやるからすごい。

 いま、料理を例にしたけど、二つの記憶装置とCPUがやっている仕事は厨房になぞらえられることが多い。ハードディスクが屋外倉庫、メモリが厨房の仮置きテーブル、そしてCPUが料理人というわけだ。その流れで言えばデータが食材、アプリ(プログラム)がレシピということになる。ただし普通の料理と違って、コンピュータではレシピも屋外倉庫に置かれている。だから料理を始めようと思ったら屋外倉庫から食材とレシピを持ってきて、仮置きテーブルに置くところから始めなくてはならないのだ。
 昨日つくったエクセルファイルを開こうとすると時間がかかるのは、食材(昨日までのデータ)とレシピ(エクセルプログラム)を屋外倉庫(ハードディスク)から仮置きテーブル(メモリ)に移しているからなんだよ。

 さて、準備が整ったら調理を始める。新たなデータはキーボードやインターネットから次々と仮置きテーブル(メモリ)に送り込まれてくる(正確に言えば材料の受け取りもCPUの仕事なのだけど、見えない速さでやってるので無視できる)。CPUはそこから食材(データ)を取り出すと、同じメモリ上にあるレシピ(プログラム)をちょっと覗いて適切な処理をし、答えを仮置きテーブル(メモリ)に戻す。例えば5と3を取り出してレシピを覗き、たし算をすると知って計算して答えの5を出す。それをメモリにもどす。またレシピを見ると次の仕事はモニタへの表示なので、再び5を取り出して所定の位置に表示する、といった具合だ。
 次はなんだ?
 キーボードからの入力を待つんか?
 ホイ来た、今度は8だ。メモリに置いとこ。
 で次は? ――ああ、また待ちか。
 おお、6が来た。メモリに入れたぞ、で何するんだっけ?
 え? さっきの8と今の6をまた取り出して、
 今度もたし算をやってメモリの戻すんか、ホイ!

とこんなふうだ。

 そうやって調理が終わると料理のコピーをプリンタやネットに送り、仮置きテーブルの上のものを全部屋外倉庫に戻す(メモリ上のデータをハードディスクに移す)。このことを「上書き保存」という。これでいつでも電源を落とすことができるのだ。
 分ったかい?

 ん? 分からん?
 まあ、しゃあないな。だったら分からないなら分からないまま、この話を覚えておくといい。ある日ストンと、「ああ、これだったんだ」と分かる日が来るから』

 「この話を覚えておくとある日ストンとわかる日が来る」というのは、私が実践してきた中で最も有効な支援のひとつでした。世の中にはそんなふうに、切り上げなくては必ずドツボにはまることもたくさんあるのです。


【この話、意外なところで役に立つ】
 さて、厨房の話は大人にとっても意外な時に役立つ場合があります。
 例えば先日、妻のパソコンが異常に遅くなって作業が進まなくなりました。タスク・マネージャで調べるとハードディスクの使用率が100%のまま、メモリも80%前後です。動かしているつもりのないプログラムが背後でいくつも動いているのです。
 厨房でいえば、同時にいくつもの調理をしているので仮置きテーブルがいっぱいになってしまい、仕方ないので食材を倉庫に戻し、できた料理も倉庫において、必要になるとまた倉庫に取りに行き、ということを繰り返しているのです。これではスピードが落ちるわけです。

 こういう時にすべき第一は不要なプログラムを止めてしまうことです。しかし素人ですのでどれを止めていいのかよくわかりません。今は使わない調理器具のメンテナンスマニュアルなら捨ててもいいのですが、調理器具そのものを捨ててしまうと取り返しがつきません。
 もちろんこういうことも勉強すればいいのですが、老い先短い人間は、この先どれだけ生かせるか分からない学習をするのは面倒なのです。
 そこで必殺技を使います。仮置きテーブル(メモリ)を増やして、食材や料理の置き場を広くすればいいのです。

 私は二階の古いコンピュータから4GBのメモリを外し、妻のパソコンに入れました(これ、簡単です)。すると案の定、速度は一気に上がって問題は解消したのです。4GBのメモリは買っても1万円以下です。

 知恵のある者、知恵を出せ。
 知恵のない者、汗流せ。
 両方ない者、金を出せ
というじゃないですか。

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2021/6/10

「生涯、十字架を背負って生きる」〜付属池田小学校事件から20年B  教育・学校・教師


 学校は、どんなミスを犯しても子どもを死なせなければなんとかなる、
 しかし死なせてしまった教師たちは、その後をどう生きていけるのだろう?
 2001年6月に附属池田小学校に赴任していた教師たちが、
 その答えを教えてくれる。

という話。
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(写真:NHK)

【子どもの死を防げなかった教師たちは、その後どうなったか】

 おそらくどんな仕事であってもミスをしないということはないでしょう。私も現職のころ、会計でミスをしたり物品の発注数を間違えたりとミスの少ない方ではありませんでした。授業の重要なところで指示を誤ったり、生徒指導となると「ああしておけば」「こうしておけば」の連続です。
 しかしそのひとつひとつに傷ついたり落ち込んだりしていては、とても勤まる仕事ではありません。そこで私は何か失敗を犯すたびに、年下の同僚から教えてもらったオマジナイのことばを心に呟くようにしていました。
「子どもを死なせさえしなければ、たいていのことは何とかなりますよ」

 しかしその最後の砦を守り切れず、子どもを死なせてしまった教師たちの胸の内はいかばかりか――東日本大震災の津波で74名もの児童失ってしまった11人の教員たち(うち10名は死亡)、そして付属池田小学校の20名あまりの先生たちはその代表です。

 事件のあった2001年当時、附属池田小学校に在籍した先生方はその後どうなったのか。特に多くの児童を教室に残したまま数名と園芸花壇の様子を見に行き、途中で犯人・宅間守とすれ違ったのにやり過ごしてしまった2年生の担任――。彼のクラスからは最も多い5人の犠牲者が出ています。
 その隣のクラスの、犯人が教室に入って子どもを刺すのを見た瞬間、避難の指示も出さずに職員室に走って警察に連絡した女性教師――その人は引き続き教員であり続けたのか。
 そして状況把握を怠って刺された多くの子どもを放置することになってしまった副校長は?
 犯人・宅間守に椅子を投げつけて応戦したものの、結局、児童の刺されるのを防げず、子どもを抱きしめながら、誰も助けに来ないことに泣きながら怒っていたあの先生も気になります。


【罪は問えない】
 最終的な結論として、私はこの先生たちの罪は問えないと思っています。
 最初に犯人とすれ違ってしまった担任の行動も、そのころの学校の状況を考えれば自然なものだったと言えます。当時は「開かれた学校づくり」が盛んに言われた時代で、「いつでも、だれでも、自由に参観できる学校」は目標ですらあったのです。

 確かに附属池田小事件の2年前には京都の日野小学校校庭で児童が殺されるという、通称「てるくはのる事件」がありましたが、「開かれた学校づくり」には何の影響も与えませんでした。私は当時、無制限の「開かれた学校づくり」が学校を無防備にすると、ネットで強く警告したのでよく覚えています。しかし事件は何の教訓も残さず、授業時間に校地内を犬を連れて散歩する人がいたら、それこそ望ましい地域密着型の学校だと、そんな雰囲気さえあったのです。

 2番目に襲われた教室の女性教師について言えば、この人はのちに保護者説明会で責められて、思わず、
「私にも子どもがいるのです(だから逃げる必要があった)」
と答えて大変なひんしゅくを買います。
 しかしこれは答え方を間違えたのです。
「怖かったのです。わけが分からなくなって、足が勝手に動いて逃げてしまったのです。パニックでした」
 そう答えればよかったのです。
 宅間守は自衛隊経験もある身長180cmを越える大男です。それが血糊のついた出刃包丁を持っていきなり現れ、子どもを刺し、血走った目でこちらに向かって来たのです。“怖くてパニックになった”という説明の方が、“瞬間的に自分の子どものことを考えて、家族を守るために逃げました”よりよほど現実的です。もちろん望ましい行動ではありませんが、理解できるものです。

 パニックという点では宅間守を取り押さえた副校長も、教室で子どもを泣きながら児童を抱きしめていた2年生の担任も同じです。皆、子どもの倒れている事件現場が4つもあるなど想像だにしなかったのです。

 想像もしなかったと言えば、ある教員は警察官が到着してから「犯人はひとり(ということ)でいいですね?」と問われて絶句します。侵入者が複数いて、逃走中かどこかに潜んでいるかもしれないという可能性に、まったく気づいていなかったからです。しかしそういうものでしょう。
 池田小事件のあった今でこそ考えることもできますが、暴漢が小学校に入って児童を次々と刺すなど、可能性としても話し合われたことはなかったのです。

 2001年6月8日の附属池田小学校では、すべての教員が多かれ少なかれパニックに陥っていました。もしかしたら副校長が刃物を振り回す大男に立ち向かっていったことさえも、パニックのおかげだったのかもしれません。


【生涯、十字架を背負って生きる】
 さきほど「事件のあった2001年当時、附属池田小学校に在籍した先生方は、その後どうなったのか」と書きました。これに関する情報を私はずっと持っていなかったのです。

 ただ、“私だったら教員は続けられないな”という思いはありました。あれだけの子どもを死なせてしまった自分が、どういう立場で教壇に立ったらいいのか分からないからです。特に子どもを置き去りにして職員室に走った女性教諭は続けていくのが難しいだろうな、とも思っていました。
 ところが一昨日の「ニュースウォッチ9」によると、20名あまりいた当時の教員は、誰ひとり教職を去っていなかったのです。

 番組では現場にいた一人の教師が、顔を出さず名前もあかさない条件でインタビューに答えていました。血を流す子どもを抱きしめて泣いていた人です。自分が事件を経験していることは、これまでどの学校でも明かしてこなかったといいます。

 彼の最初の言葉は、静かに、ゆっくりと押し出す、
「あそこで見たものは、ずっと、消えない」
というものでした。事件直後に胸の内をつづったノートには、
「自分への怒りは、消えない」
「もう帰らないあの子たちに、今、私ができることって何なのでしょうか」

と、自責の念と無力感が記されていたといいます。

「一言、廊下に出て声を上げれば、テラスへ出れば、誰かいたのかもしれない。もう1分・2分(早く)来てくれた救急搬送の方の手に渡れば、ひょっとしたらまだ助かったかもしれないと――ひとを育てる仕事をしているのに、最後にそういう(子どもの亡くなる)原因をつくったのは自分かなと思ってしまうと、ちょっと大げさですけれど、生きていていいのかなあと・・・」

 子どもたちと向き合う明確な答えがない、その答えを見出したいと、もがきながらその後の20年間、教員を続けてきたといいます。
「違う仕事に就いていたら、自分を許せなかったかもしれない。逃げた、結局逃げたのだと――」

 ここでようやく私は答えにたどりつきます。
 
“私だったら教員は続けられない”と書きましたが、この話は行くも地獄、残るも地獄なのです。
 学校を去れば教職員や保護者の目からは逃れられますが、 “子どもの命を救えなかった”という思いは、何年たっても、どこへ行ってもついて回るのです。辞めれば、そこに“逃げた”という新たな思いが積みあがるだけ、それに学校にいれば、いつか子どもたちのためにできることが見つかるかもしれないのです。

「子どもを死なせさえしなければ、たいていのことは何とかなりますよ」
 しかし死なせてしまった教師は、生涯、十字架を背負って生きるしかないのです。

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