2021/4/16

「この30年間に増えもの、そしてなくならないもの」〜教師の働き方改革の行方D(最終)  教育・学校・教師


 政府に不都合がなければ制度は変わらない、
 学校に持ち込まれるものは“善きもの”ばかりで、善きものだからなくなることもない。
 増える一方だ。
 だからもうしばらくこのままを続け、
 学校が完全に終わるまで待つしかないのかもしれない。

という話。
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(写真:フォトAC)

【政府に不都合がなければ制度は変わらない】 
 「公立学校における働き方改革の推進(全体イメージ)」には教員の負担軽減のために、
教員免許更新制や研修を巡る制度に関して包括的な検証を進め、その結果に基づき、必要な見直しを実施
するという記述があります。更新制の見直しについては先月も、萩生田文部科学大臣が中央教育審議会に抜本的な見直しを議論するよう諮問したというニュースが流れました(2021.03.12 共同通信「免許更新見直しへ教員に実態調査 文科省、中教審に改革を諮問」
 しかし文科省がこんなふうに急いで仕事を進めるときは、たいていが教師のためというより政治か己のためです。

 教員免許更新制のため退職教員の免許が次々と失効してしまい、産育休や療休の教員が出た際、代わりとなる講師がほとんどいなくなってしまったのです。育児や介護が終わったから再び現場へと考える人はこれから更新講習を受けて来年の春には間に合わせてくれるかもしれませんが、来週あるいは来月から来てくれと言われても間に合いません。もちろん、今や教採浪人の若者なんてほとんどいませんから、穴の空いた担任の席は教頭先生が臨時で埋めたりしている状態です。

 しかし教員免許更新制は「指導力不足の教員がいる」との批判の高まりを背景に(前述の2021.03.12 共同通信)始まったものですから止めるのは難しそうです。まさか「十分に指導力がついたのでやめる」とは言わないでしょう。

 この制度は日本の学校教育は死んだ、もしくは瀕死だという認識から始まった「教育再生会議」が言い出したことで、乱暴な言い方をすれば「オマエらは能力が低いから10年おきに自分で金を出して研修を受けろ。でなければ免許失効だ」という、教師にとっては耐えがたい屈辱的な制度です。ですからなくなるに越したことはないのですが、日常の業務の軽減になるかというとそうでもありません。
 更新講習をできるだけ近い場所で、しかもより安い受講料で受けようとすると申し込みは大変ですが、講習自体は長期休業に受けるのでさほど日常に影響はないのです。負担軽減のために廃止ないし削減すべきことは他にいくらでもあります。


【学校に持ち込まれることで、悪いものはひとつもない】
 学校ですから、ここに持ち込まれることで悪いものはひとつもありません。いいことばかりが次々と持ち込まれ、いいことだからいつまでも残り、学校は窒息しかけています。

 例えば「特別な教科道徳」
 もちろん悪いことではありませんが、「教科の中に含めるので評価が必要、点数は馴染まないので記述式」と言われた瞬間から、通知票と指導要録に膨大な時間がかかるようになります。そもそも「総合的な学習の時間」が創設された時点で記述欄が一つ増えているのです。これに本来からある「総合所見」を合わせ、三つの記述欄を30数人について書き分けるというのは容易なことではありません。

 中学校3年生の担任はさらに調査書(内申書)が加わります。これもかなり昔、文科省が「調査書重視」の方針を出したとたんに記述量が膨大になったものです。最近は専用ソフトのおかげで手書きせずにすみ、ずいぶん楽になったように言われますが、ワープロの文字は手書きの1・5倍から2倍近くも入るのです。生徒を何とか合格させたいと思うと空白部分はできるだけ少なくしたい、「本当はもっと良いところがたくさんあるのに欄が少ないので書ききれません」という体裁をとりたい、そう考えるとどうしても分量は増えます。さまざまな事情によって公立の工業高校と私立普通科を受験するといった生徒がいると、二種類以上の調査書を作成しなくてはなりません。。


【教員評価・学校評価・児童生徒の評価・保護者評価】
 なくすべきは、あるいは「教員評価」。これだって悪いものではなく、自分の授業や教員としての活動を見直すという点では必要なものです。
 しかし毎年新たな野心的な目標を立てたところで、日常業務に追われていては達成しようがありません。そこで目標は無理なく達成できる小さなものにし、これも記述欄だらけの評価票に作文していくしかなくなってきます。

 校長にとっても大変な制度で、職員数10人程度の学校ならまだしも、小中高とフルセットで、寄宿舎職員も入れると100名を越える職員のいる特別支援学校の校長など、どうやって面接し、どうやって評価しているのか謎です。一人3分間のベルトコンベア式面接をやっても5時間以上、それを年3回もやってさらに評価欄に記述するのです。
 その校長の評価をするのが教育長ですが、月に一回、会議で会うだけの校長をどうやって評価するのか、これも謎です。結局、形骸化していくほかありません。

 その他、学校評価・児童生徒の評価・保護者評価――これらを実施・集計し、説明するのは容易ではありませんが、その後、文科省や都道府県教委から指導を受けたこともありません。
 もしかしたら文科省は指示を出したきり、忘れているのかも知れません。


【新しい制度と活動、追加教育】
 文科省は忘れているのかもしれない――自分で書いておいて自分でびっくりしています。
 そうです。現場で教師たちが死ぬほど苦労しているというのに、もしかしたら政府・文科省・世間の人々は、かつて決めて指示を出したことが今も守られていることに気づいていないのかもしれません。

 制度や活動としては学校評議員制度、開かれた学校づくり、地域交流、学校マネジメント等々。その中には先日お話しした競争を煽る全国学力学習状況調査も入ります。
 教育内容としては性教育、人権教育、平和教育、国際交流教育、環境教育、薬物乱用防止教育、コンピュータ・リテラシー教育、キャリア教育、防災安全教育、等・等・等・・・。
 これらの大部分はこの30年あまりの間に追加されたいわゆる「追加教育」です。今もほとんどが続けられているますが、それを文科省は忘れてしまい、だから小学校英語をやりましょうとかプログラミング学習が必要だとか平気で言えるのかもしれません。


【政府・文科省に教員の仕事を増やしているという自覚がない】
 昨年6月、文科省は「学校における携帯電話の取扱い等に関する有識者会議」を開催し、中学校では一定の条件のもとで携帯電話等を学校に持ち込んでいいという方針を示しました。これに素直に従った自治体は少ないと思いますが、文科省の通達を盾に、これから便利を優先する保護者達が圧力をかけてくるのは必至です。いずれすべての中学校で持ち込みが可能となるでしょう。
 それに付随する学校の困難については別のところに書きました。

2020.06.27 キース・アウト『万が一の危機に備えて、日常の危機を甘受できる大人たちがいる〜文科省は「学校に携帯を持ってくるように」と子どもたちに言った』

2019.01.22 アフター・フェア『「町田都立高校教師暴力事件」〜子どもたちは天使じゃない1』

2021.03.29 キース・アウト『文科省が学校への持ち込みを許可したスマホで、子どもたちが盗撮をすることがあるからしっかり指導しろって、オイ! 「教師の働き方改革」「時間労働の削減」はどうなってるんだ!』


 学校へのスマホの持ち込みを許可するということは、これほど大変な事業なのです。しかし教員以外に、それがとんでもない負担だと理解する人はいません。

 こんなふうに、学校の仕事は今後も増え続けるしかないようです。そして若い教員がさらに減り、にっちもさっちも行かなくなったら、そこに新しい可能性も生まれてくるかもしれません。
 それまで待つしかないというのが、とりあえずの私の結論です。

(この稿、終了)

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