2021/1/26

「突然、ポスト・コロナについて不安になった」〜人間ドックに行って気づいたこと  生活


 人間ドックへ行ってきた。このご時世、人の多いところ、
 特に医療関係に長居をするのはいやだなと思っていたら、
 あっという間に終わってしまった。
 やればできるじゃんと思いながら、
 しかしこれがコロナ後の、標準規格になるのも嫌だと思った

という話。
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(写真:フォトAC)


【人間ドックに行ってきた】
 人間ドックに行ってきました。しかし行くまでに多少の葛藤がありました。
 現職時代は50歳を過ぎると県から補助が出て、それに個人加入の生命保険からの補助券を剥組み合わせるとほとんど無料だったのですが、退職し、個人保険も満期になって健康保険が国保に切り替わると、もらえる補助は市町村からの微々たる額のみ。自腹の支払いが3万円近くなるので年金生活者としてはかなり痛いのです。

 しかも若いころと違って褒められることがありません。せいぜいが、
「問題はありますが、心配はないでしょう」
です。喜んで行くというわけにはいかないのです。

 さらに今年は申し込んであったドックセンターの母体病院(センターに隣接)がつい先日、新型コロナの集団感染を起こしたばかりで、家族からも心配する声がありました。しかしこの歳になるとドックに行ってコロナに感染して死ぬも、キャンセルしたために病気の発見が遅れて死ぬも、可能性としては同じです。私の義理の姉(妻の実の姉)も数年前、キャンセルした翌年のドックでがんが発見され、手遅れで亡くなっています。

 胆管がんで、このがんは一昔前までは切ってみるまで分からない――切って何もなかったら「がんでなくて良かったね」、がんだったら「見つかってよかったね」と思うしかないと言われるほど厄介なものでした。ですから予定通り検査を受けていたところで見つかっていたかどうかは分かりませんが、家族にしてみればあのときキャンセルなどさせずに、もっと強く勧めておけばよかったと後悔が残りました。

――とさんざん迷って、行くも行かぬも同じものならこれまでしてきたことを続けましょう、それにもし私のように集団感染が気になってキャンセルする人が多ければ、いつもよりずっと早く終わるはずです。というわけで、いつもの通り行くことにして少し早めに家を出ました。


【異常な速さ】
 行ってみると受検者は心持ち少ないような気もしました。実際にキャンセルが出て数が減っていたかどうかわかりませんが、「早く終わるかもしれない」という密かな願いは、予想以上の形で実現しました。
 申し込んだ「一日ドック」は一日と言っても実際には半日なのですが、それでも例年は病院のレストランでいただく昼食を含めて1時半か遅くとも2時まではかかるのです。ところが今回は食事を終えて会計を済ませて時計を見たら、なんとまだ11時15分だったのです。いつもより2時間以上早く終わってしまったのです。

 コロナのせいで飛沫が飛びやすい「肺機能検査(努力性肺活量・1秒率・1秒量)」が中止になったこともあります。あるいはどの検査室も受検者と一緒にいる時間を減らすことで感染リスクを少しでも下げようと、急ぐ傾向があったのかもしれません。しかしそれにしても早すぎます。次から次へと呼び出されるので、せっかく持っていた文庫本を読む暇もないのです。
 
 胃内視鏡検査(胃カメラ)では、カメラが喉を通りやすくするためにいつもは盛大に行う「麻酔うがい」が、
「感染予防のために、静かに、控えめにお願いします」
 自然とうがいの時間も短くなりますが、それとて数分の節約。とてもではありませんが2時間短縮には寄与しているようには思えません。

 そして最後の内科検診。
 廊下の椅子に座って呼ばれるのを待っていると、ドアに張り紙が――。
「感染予防のために、内容を濃く、短時間で行うようにしていますのでご了承ください」
 “ああ、これだ”と私は思いました。

 「内科検診」は担当医が受検者の検査結果をすべて確認・検討し、それから本人を中に入れて胸の音を聞き、甲状腺の様子を調べたり手足の機能をチェックしたりして、最終的に向かい合い、ことこまかに説明・指導してくれる時間です。廊下に私を待たせたままデータを確認する時間も含めると20分以上もかかる部分で、今まではこれがいわば「フン詰まり」を起こしていたのです。
 内科検診が空かないから他も早めるわけにはいかない――そんな状況が新型コロナ対策で内科検診を大幅に短縮すると、一気に流れがよくなった、そういうことのようです。
 実際に、私の場合はそれでも10分そこそこはかかったと思うのですが、私の前に隣の部屋に入った女性などは(若かったからかもしれませんが)あっという間に出てきてしまいました。

 私のようにさっさと済ませて早く帰りたい人にとっては利益です。しかし十分に話を聞いてもらい、十分な説明を受けて堪能して帰りたい人にとっては、コロナ禍でなければ我慢できない話でしょう。ただ、同じ現象を経営者の側に立って見ると、大幅な時間短縮は受検者をさらに増やす道が開けたことにもなります。これまで定員のために断っていた分も、ある程度受け入れられるようになるわけです。

 新型コロナ状況が終わったあとで、10分以下に短縮された内科検診は元の20分以上に戻されるのでしょうか?
 私には何となくそうは思えないのです。


【ポスト・コロナについて不安になった】
 先日、私は別ブログで、
「コロナ禍が終わっても、一度始まった学校教育の効率化、学校行事の削減や新しい教科の詰込みは止まらないだろう。そしてそれは子どもたちにとっては決して良いことではない」
というお話をしました。
「新型コロナウイルスは、子どもたちの学校生活に深刻な影を落としているというが、それってコロナ以前から私たちがやろうとしていたことじゃなかった?」

 しかしコロナ禍で否応なしに進められてきたことが、コロナが終わっても続く可能性はあちこちにあります。
 例えばリモートワークはコロナ以前に比べると、終息後も格段に進んでいくことでしょう。それは高い家賃や通勤ラッシュに苦しむ労働者の願いにかなうからです。
 企業にとっても、都心の一等地に大きなオフィスビルを持たずに済み、通勤手当や住宅手当も節約できる上に、地方の優秀な人材を活用できるという願ったり叶ったりの夢の勤務形態です。

 しかしよく考えてみなくてはなりません。このWIN=WINの関係は、エリートと大企業の間だけでしか成り立たないのかもしれないのです。凡人や中小企業にとってはあまり面白味のある話ではないかもしれない――。

 コロナ禍のもとで一気に進んでいることのいくつかは、合理化に関わるものです。
 飲食も観光も潰されるのは中小零細がほとんどです。そしてかれらが手放したものを落ち穂拾いのようにかき集めている人々がいます。大手はそうやってさらに大きくなっていくのです。
 何だか私は気が重くなりました。
 私たちの子どもや教え子のほとんどは、エリートでも大企業経営者でもないのです。新型コロナに揺さぶられ叩かれて、状況が終わって気づくと社会の底辺からさらに底辺へと追いやられている――そんなことがあるかもしれないからです。

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