2021/1/30

「更新しました」〜キース・アウト  教育・学校・教師


 再び、 「小学校5,6年生が教科担任制になるかもしれないといっても、教師にとって何もいいことはないのかもしれない 」





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2021/1/29

「なんでもハイハイと先生の言う通りにできる子の話」〜何とも言えない未来への不安A  教育・学校・教師


 合理化が進み、時短が図られ、技術革新が進展するたびに忙しくなる社会。
 そんな社会に向かって、これから成長していこうとする子どもたちは今、
 どんな教育を受けてどんなふうに育っているのだろう?
 そんなことをふと考えた

という話。
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(写真:フォトAC)

【公教育が何のためにあるのか分からなくなった日】
 教員になるまで、公教育は国民の平等を守るためのものだと思っていました。
 貧しい者が貧しさゆえに勉強ができず、読み・書き・計算ができないまま大人になってしまう、するとロクな仕事に就けず、高収入も望めないので貧乏が再生産される。貧しい家はずっと貧しいまま、豊かな家の子は教育をしっかりと受けてまた金持ちになっていく。それではいけない、というわけです。

 ところが初任で中学校の教師になり、しばらくすると奇妙なことに気づいたのです。
 中学校では、子どもはちっとも平等になっていないのです。

 典型的な例が英語です。
 当時は小学校英語もなければ英会話塾に通っている子もほとんどいませんから、全員が英語に関して無知な状態で中学校に入学してきます。無知で出発点が一緒なのです。ところがわずか半年後、二学期の中間テストが終わる10月ごろになると、およそ半数が遅れ始めます。
 そこを乗り切った子たちの大部分は1年くらいもつのですが、2年生の2学期半ばでまた半数が落ち、半数の半数、つまり全体の四分の一だけが曲がりなりにも「英語が分かっている」状態で、中学校3年生の終わりにたどり着くのです。

 私が観察していられるのはそこまでですが、さらにそこから三年間、高校を卒業する時点で英語科教師に及第点を与えてもらえる子は、どのくらい残っているのでしょう? 私は高校1年生の終わりあたりで置いて行かれ、二度と先頭の集団に追いつくことはありませんでした。気がつくと先頭の子は臆することなく外国人としゃべっていました。
 これが国民の平等を守る教育のあるべき姿なのでしょうか?


【『結局は能力の差』という身もふたもない話】
 「自分の不勉強を棚に上げて何を言うのだ」と言われれば一応黙ります。しかし黙っているだけで素直になっているわけではありません。

 大人になってから気付いたのですが、どうやら大した努力をしなくても英語が身についてしまう人はいるのです。中学校時代から半世紀以上のつき合いになる友人のYなどは、いまでも街ですれ違った初老の男性の顔の中に、50年以上前の同窓生を発見し、
「ホラ、隣のクラスの○○、2年生の冬のバスケットボールクラスマッチで勢い余って素手で窓ガラスを割って大けがをしたやつ」
とか平気で言います。Yの言うことですからおそらく間違ってないと思うですが、私はその話のどこにも記憶がないのです。○○という生徒がいたことも、それが隣のクラスだったことも、手から血しぶきがシャワーのように噴出したという鮮烈な光景も。
 Yとは記憶力に決定的な差がある――そして私は少しだけ自分に優しくもなれるのです。

「ああ、あんな恐ろしい記憶力をもったヤツと同じ高校に入学したのだから、オレもなかなか頑張ったのだ」
 おそらく私は彼の何倍も英語の勉強したのです。そしてなんとかYと同じ位置に立つことができた、立派なものではないですか。

 英語というのは個人の能力によるところの大きな科目です。私の知っている英語科教師はすべて記憶力の高い人たちでした。初任校の若い先生などは1200人もいた生徒のすべての名前とクラスと兄弟関係と、部活を言うことができました。
「しょっちゅう名簿や写真を見ていますからね」
と謙遜しますが、見て覚えられるから見る気になるのであって、私などは同じ生徒を何度も確認しているうちにすっかり嫌になって諦めてしまいました。


【いちおう納得、しかしまたわからなくなった日】
 基本的人権を守るための公教育というのはおそらく小学校までの話です。さらに重ねて3年間の中学校過程を行うのは社会人としての適性を明らかにするためで、その意味では「諦める教科」が出てくるのは当然なのかもしれません。
 あるいは小学校6年間に3年の付録がつくのは、「それだけ余計に勉強すれば、小学校6年間分の内容はほぼ完ぺきに身につくだろう」といった配慮があってのことかもしれません。どちらにしても中学校の3年間は必要な教育課程と言えます。

 中学校の教員を10年もやって、ようやくたどり着いたのはそういう結論でした。
「中学校は大人になるための学校。だからそれぞれが違った存在になるのは当たり前」
 そう考えて心を落ち着かせたのです。
 ところが1980年代になって「新学力観」が提唱され、20世紀の最後の年に総合的な学習の時間が始まったあたりから、またわからなくなってきたのです。


【新学力観と「なんでもハイハイと先生の言う通りにできる子」】
 新学力観というのは「『旧来の学力観が知識や技能を中心にしていた』として、それに代えて学習過程や変化への対応力の育成などを重視しようと考える学力観」(Wikipedia)のことです。
 80年代にささやかれるようになり、87年の教育課程審議会答申で提起され、89年改定の学習指導要領に採用された考え方で、その後、小学校1〜2年生の生活科や総合的な学習の時間などの中に生かされました。
 「ゆとり教育」は子どもたちをゆっくり休ませるのが目的だったように思われがちですが、元々は生み出された多くの時間で、創造的な力をつけさせようとするものでした。ひとことで言ってしまうと、
「『なんでもハイハイと先生言う通りにしているようでは21世紀の(グローバル)社会は生きていけない』と信じる人たちの考える教育」
が目指されたのです。
 しかしそれは現場の教師にとってはたいへんな衝撃でした。なぜなら、
「なんでもハイハイと先生言う通りにしている」生徒なんて、教室内にほとんどいなかったからです。
 
 挨拶をしましょう、清掃は丁寧に、友だちには思いやりを持ちましょう−―何でもいいのですが、私たちが身に着けさせようとしていることに関して「なんでもその通りできる子」って、ものすごく優秀な子じゃないですか。
 教科について言えば、数学でも英語でも「なんでも先生の言う通りできる」子は「テストで満点を取ってしまう子」です。
 確かに、そんな天才児がいつまでも教師の指示通りに動いているようでは困ります。しかしたいていの子は「先生の言う通り」にできないから苦労しているのです。

 しかしともあれ生活科も総合的な学習の時間も、始まってしまった以上は教師も児童生徒も頑張るしかありませんでした。そしてそこに新たな課題も見えてきたのです。

(この稿、続く)

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2021/1/28

「合理化、時短、ICTが人々を追いつめる」〜何とも言えない未来への不安@  教育・学校・教師


 人間ドックから戻って来て、なぜか天から不安が下りてきた。
 健康上の問題はなかったのに、
 このさき何十年も生きていくわけでもないのに、
 未来がほんとうに心配なのだ。

という話。
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(写真:フォトAC)

【時短が人々を苦しめる】
 おそらく人にも会えず、飲みにも行けず、会話をすると言えば妻と母と、稀にお店の兄ちゃんと、という状況で、気分を曇らせる一番の原因はもう何カ月も娘にも息子にも、孫たちにも会えずにいるということです。
 人間関係がほとんどない状態で、核となる家族関係も不確かになっています。
「もうノイローゼ直前」というほどでもありませんが、かなり陰々鬱々として、目下もっとも頭を悩ませているのは、私の教え子たちはこの次の世界を生きていけるのだろうかという問題です(アレ? 文章は繋がっているかな?)。

 直接のきっかけは月曜日の人間ドックなのです。以来、ちょっとした妄想に捉われています。
 コロナ対策で最後の内科検診を大幅に時間短縮したところ全体の流れがよくなって一人につき2時間近い時間短縮が可能となった――ということはコロナ終息後、その空いた時間にさらなる受検者を入れればもっと儲かると経営者たちは考えないだろうか。

 お世話になっているセンターを邪推するのも気が引けますが、コロナのためにどの病院も赤字経営、その赤字を何年もかかって補填するとしたらひとり5万円にもなろうというドックの収入は素晴らしく魅力的でしょう。私ですら考えることですから、経営者やその周辺の人々が気づかないわけはありません。
 しかしせっかく生まれた時間的余裕を潰されたのでは、医師も看護師も、検査技師やその他の人々もたまったものではありません。流れがよくなっただけで仕事が減ったわけではないのです。そう簡単に受検者を増やされても困ります。
 そもそもコロナ以前のドック経営の方が異常だったのです。最後の方で2時近くに昼食を食べる人がいるということは、内科医もそこに詰める看護師や担当者も、同じ時刻まで食事が取れないということです。
 受検者の最も遅い人々でも12時にレストランに入れるようになった現在が正常なのです。


【オンラインが教師を追いつめる】
 新型コロナウイルス事態は、可能なあらゆる場面で合理化を推し進めました。
 小中高校ではあまり進みませんでしたが、大学では講義の大部分がオンラインで行われるようになり、学生も講師も、わざわざ着替えて電車に乗り、長い時間をかけて学校まで行く必要がなくなりました。のべで考えればたいへんな時間とエネルギーの節約で、その意味では合理的な方法と言えます。
 うがった見方をすれば、この経験によって将来、教室はマンションの一部屋のみ、講師も学生も全国に散らばったままの在宅学習で4年の教育課程を済ませる新しい通信制の可能性も見えてきたわけで、それで有名大学の肩書が持てれば、特に経済的に苦しい学生にとっては願ったりかなったりでしょう。

 しかし忘れてはいけません。オンライン講義のためのコンテンツは、講師たちの献身的な努力によって用意されているのです。
 テレビに出てきた人などは、「以前ならチョーク一本を持って行けばよかった講義のために、数時間も準備しなくてはならなくなった」とぼやいていました。 その通りでしょう。私にはよくわかります。


【昔の授業】
 私の知っているのは義務教育ですが、そこですらICTの進展は教師をより苦しい立場に追いつめました。
 私が社会科の教員として教職に就いた三十数年前、例えばエジプトについて学ぼうとしたら、研究室にある地球儀と大型地図、それからB2判(515mm×728mm)の教材写真(たぶん「ギザのピラミッドの前のラクダに乗ったアラブ人」とかが写っていた)を持って行くだけで授業ができました。あとは教科書と資料集を、生徒と一緒に見ながら進めればいいのです。

 もちろん書籍を丁寧に調べればもっと都合のよい写真も図版あったでしょう。しかし全員に見せる方法がない。40数名もいる教室では本をかざすわけにもいきませんし、一時は写真スライド(ってわかるかな?)もつくって壁に投影するやり方をしたこともありますが、手間よりも金がかかってかないませんでした。
 見せたい風景やグラフがもっとあると分かっていても、方法がないのなら仕方ありません。手元にある材料だけで勝負するだけです。それが限界で、あとから考えれば限界があってありがたいことも少なくないのです。


【現代の資料づくりは無制限】
 ところが現在、資料収集は無制限です。その気になればいくらでもインターネットから集められます。それをプレゼンテーション・ソフトで編集して電子黒板で提示すれば、かつては考えられなかったようなすごい授業ができます。文科省もその辺を見越してIT化を急いでいます。

 しかしどうでしょう?
 ソフトや電子黒板の扱いは慣れればどんどん楽になりますが、資料集めはそういうわけにいきません。もっといい写真、もっといい図版と探っていくと終わりがないのです。
 私は情報教育の専門家ではありませんが素人の教員としてはかなり早い時期からIT化に取り組んできた人間です。したがってその大変さは骨身に浸みています。選択肢が山ほどあるというのは必ずしも幸せなことではないのです。

 学校のIT化は教師を絶対に楽にはしません。今のこの時間でさえ、日本のどこかの学校ではとつぜん子どもの人数分くばられてきたノートパソコンの、セッティングで悪戦苦闘している教師が山ほどいるはずです。それが終わったら教材作りです。

 しかもそうやって進める授業が、必ずしもすべての児童生徒のためになるわけではないのです。

(この稿、続く)


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2021/1/27

「卒業:十五の君へ」〜10年近く前に生徒の卒業文集に載せた話  教育・学校・教師


 古い書類を整理していたら、
 10年以上まえに中学校の卒業文集のために書いた文章が出てきた。
 そろそろ卒業式の具体的な内容を考えなくてはならない時期。
 何かの役に立つかもしれないと考え、ここに載せる。
という話。
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(写真:フォトAC)

【卒業:十五の君へ】
 数年前、アンジェラ・アキの「手紙 〜拝啓 十五の君へ〜」という歌が流行ったことがあります。
 人生が見えなくて不安な十五歳の少年が、未来の自分に対して「何を信じて歩けばいいの」と問う、その問いに「未来の自分」が答える形式の歌でした。
 その中に「未来の自分」がこんなふうに言う場面があります。
自分とは何でどこへ向かうべきか 問い続ければ見えてくる
人生のすべてに意味があるから 恐れずにあなたの夢を育てて

 ここには見過ごしてはいけない深い意味があります。

 人間をつくるのは資質と環境です。オリンピック選手やノーベル賞受賞者は、「誰でも努力すればなれる」というものではありません。人並み外れた体力や運動神経・頭脳といったものがないと努力だけで到達できるものではないのです。 しかし才能があればどうとでもなるというものでもありません。
 その才能を生かし、伸ばすような環境(良き師や友に恵まれること、保護者の十分な協力や支援が受けられること、あるいは自由に活動できる社会に支えられていることなど)がなければ、才能は単なる宝の持ち腐れとなってしまいます。
 もちろんオリンピックやノーベル賞は特殊な例であって「普通」の私たちは「普通で望める最高のもの」を目指すしかないのですが、そのときに必要なことも、「自分の才能を見極め、自分が持っている環境を良く知ること」です。

自分とは何でどこへ向かうべきか 問い続ければ見えてくる
 というのはそういうことです。
 
 自分はどういう願いを持ってどういう方向に向かって行きたいのか、そのために自分の中で使える力は何なのか、その力は十分育っているのか、他に育てるべき力はないのか。自分の一番すぐれているところは何なのか。
 今、自分はどんな教師のそばにいるのか、どんな師を望むことができるか。どんな友だちと生きているのか、その友だちは何を持っているのか、そしてその友はどんな人間に育っていこうとしているのか。
 自分の周囲には何があり、何が欠けているのか――。
 それらを見つめ考えることが、
 自分とは何でどこへ向かうべきかを問い続けることなのです。

 しかしただボーッと考えていても分かることではありません。自分の力は実際に試しながら把握するしかありませんし、自分の環境はさまざま活動の中で、周囲がどう反応し、どう動くかを通して理解することができないからです。
 
 今、キミが手にしている卒業文集には、三年間のすべての活動が盛り込まれています。そのページの一枚一枚をめくるごとに、友だちのこと、クラスのこと、生徒会で行ったこと。文化祭のこと、修学旅行やキャンプのこと、部活動のこと、日々の生活のこと――、それらが思い出され鮮やかに甦ってくるはずです。
 自分の文章からはもちろんですが、友だちや先生の文章からも、その人なりの見方・考え方で、その人にしか気づかなかった風景が次々と見えてきて、記憶をさらに豊かなものにします。
 さらに友や師の言葉の中に、自分のしたかったこと、自分のできること、自分を支えてくれた友や家族の姿、先生の姿も鮮やかに浮かび上がってくるのです。
 それがキミの持っている、現在の資質と環境なのです。

「手紙 〜拝啓 十五の君へ〜」の中にはこんな歌詞もありました。
大人のぼくも傷ついて眠れない夜もあるけど 苦くて甘い今を生きている

 もっともそれは二十代か三十代の「ぼく」の言い方であって、私くらいの年寄りになるとそう簡単に傷ついたりはしませんし、人生も苦くて甘いといったものではなくなっています。
 そして落ち着いた話し方で、こんなふうに言うこともできるのです。
「世の中は、今キミが考えているほど甘くはないけど、今キミがおびえているほど恐ろしいものでもない。
 きちんと努力を積み上げ、まじめに生きていけばきっと明るく楽しい未来が現れる。なぜなら世の中はそのようにつくられているからだ。そのように私の先輩や仲間たちがつくったからだ。
 今、もしかしたらキミは努力したってムダだと思っているかもしれない、がんばったって意味がないと感じているかもしれない、しかし努力し積み上げたものには必ず意味がある。それはキミが望んだ『意味』とは別のものになるかもしれないが、必ず意味はある。だから不安がらず、今の生き方を続けなさい」


「手紙 〜拝啓 十五の君へ〜」では、それをこんな言い方で歌っています。
人生のすべてに意味があるから 恐れずにあなたの夢を育てて

 がんばりましょう。

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