2020/11/9

「大統領なんてどちらでもかまわない――本質的な問題に比べたら」〜アメリカ大統領選挙とパンドラの箱@  政治・社会・文化


 時間のかかったアメリカ大統領選挙の開票もようやく終わり、
 ジョー・バイデンが次期大統領になる。
 しかし4年間のトランプ政治が残した傷はあまりにも大きく、
 アメリカはとんでもなくつまらない国になってしまった。
 分断なんて昔もあった。
 しかしかつてのアメリカはもっと賢明で忍耐強かったはずだ。
という話。
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(写真:フォトAC)

【2020アメリカ大統領選挙、終わる】
 長引いたアメリカ大統領選挙もようやくバイデン候補の勝利で終わりそうです。
 思えば4年前の今ごろは、あの野卑で下品な男が大統領になると知ってそうとうに腹を立て、苛立ち、気分を滅入らせていたものです。

 ただひとつトランプが大統領になってよかったことは、新型コロナ禍を筆頭にこの4年間、問題が起こるたびに「ドナルドなら何とかしてくれたに違いない」との声が合衆国から上がらずに済んだことです。ヒラリー・クリントンが大統領だったら常にそうした声に悩まされていたに違いありません。しかしトランプ大統領が誕生してくれたおかげで、「ドナルドならどうしたのか」は十分に分かりました。うんざりです。

 今回トランプからバイデンに投票先を変えた人たちの思いも、
「やっぱ変種じゃダメじゃん」
といったところだったのかもしれません。


【大統領なんてどちらでもかまわない――本質的な問題に比べたら】
 ただし今回のアメリカ大統領選挙について、正直に言って私はトランプでもバイデンでもどちらでもよかったのです。

 息をするようにウソをつく横柄なトランプのやり方にはうんざりしますが、それにも慣れてしまいました(オソロシイ)。TPPやパリ協定からの離脱、やみくもな金正恩委員長への接近、在日駐留経費の大幅上昇の問題等々、中国に対する強硬姿勢以外に何一つ同調できるものはありませんが、代々の日本政府には中曽根=レーガン、小泉=ブッシュ、安倍=トランプと、共和党政権とこそうまくやって来られた過去があります。

 トランプについてはだいぶ手の内も分かってきたので(トランプの手の内? カードゲームか?)、これままであってもさほど困りません。すでに総理の座から降りたとはいえ「猛獣使い」とあだ名された安倍晋三さんは議員として健在ですから、いざというときはトランプの鼻輪をつかんで引き回すことも可能だったでしょう。
 
 それに引き換えバイデンさんはどうみても「普通のおじさん」で、あまりにも魅力がない。何か大きなことをしてくれる感じはしませんが、普通のおじさんが政権を取れば少しは安定した政権運営が続き、合衆国も一息つけるのではないかといった思いもありました。
 どちらに転んでも日本の外交にとっておおきな変化はないはずです。

 ただしトランプでもバイデンでもどちらでもいいと言ったのは、世界の状況や両者の人格を比較してのことではなく、この4年間のトランプ政治と今回の大統領選挙を通して、アメリカがとんでもなくつまらない国になってしまった――その事実に比べたら、大統領がどちらかといったことは「どうでもいいこと」と思われたのです。


【分断も差別も昔からあった】
 トランプ政権下で合衆国の分断はさらに深まり、今回の選挙が決定的にしたという言い方があり、それに対して分断なんてオバマ政権のころから深まっていたのであり今さらトランプのせいだとは言えないという反論もあります。
 しかし私に言わせれば、「テロとの戦い」だとか「リメンバー・パールハーバー」だとか、一部の大きな戦争の初期にこそ大同団結・一致団結となるものの、基本的にアメリカはいつだってバラバラだったのです。

 1963年11月23日、ジョン・F・ケネディが暗殺されたとき、私はまだ10歳で何も分かりませんでしたが、大人になってアメリカ映画やアメリカン・ポップスに夢中になるころ、初めてケネディの業績について知ってショックを受けました。ケネディは公民権運動を強力に後押しした大統領で、その直前まで、黒人は白人と同じバスに乗れないほどの差別を受けていたのです。

 自由とチャンスの国、民主主義の牙城、フラッグシップのアメリカは、実は差別と暴力の国だった――その事実は私をずいぶんと傷つけました。私はアメリカを信じていたからです。
 しかし私が失望した時期のアメリカは、同時に、暴力や差別や分断を乗り越えようとしていたアメリカでもあったのです。


【かつてのアメリカには困難を乗り越える気概があった】
 私の大学の先生は元外交官で、欧米人と丁々発止のやり取りをしてきた人です。その人がある日、こんなことを教えてくれました。
「アメリカ人と話していて、決定的な理由もないのに何か押し込まれている、この議論に負けるかもしれない、そう思ったらとりあえず“It’s not fair(それは公平じゃない)”と言ってみるといい。すると相手は一瞬ひるんで考え込んでくれるから、その間に態勢を立て直すんだ」

 英語の苦手だった私がそんな場面に出くわす心配はなさそうだと思いましたし、そもそも何の脈絡もなく「フェアじゃない」と言って相手の気勢を削ぐのはそれ自体がフェアじゃないような気もしたのですが、どんな場合も自分のやっていることがフェアかどうかを気にかけてくれるアメリカ人というのも素晴らしいものだと、そのときは思いました。

 しかしその後、意識して見ているとアメリカ人というのは日本人以上に建前を大切にする人たちだということが分かってきます。
 差別はいけない、社会的少数者を守ろう、人類は平等だ、自由は何よりも大切だ――現実のアメリカは差別がはびこり、社会的少数者が端に追いやられ、貧富の差は極限まで大きくなっている国です。「自由が何よりも大切だ」は「だから自由を守るためにも銃は持っていなくてはならない」ということで結局みんなが不自由になってしまう国でもあります。

 しかしそれでも自由と平等と民主主義を叫ばずにはいられないアメリカがありました。すくなくともドナルド・トランプ大統領が出現するまではそうだったのです。
(この稿、続く)

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