2020/10/8

「子どもに苦労させてはいけない国の、薄っぺらな教科書」〜学校の教科書がデジタル化されるらしいA  教育・学校・教師


 アメリカの教科書は、何もかも情報が山ほど入って、
 百科事典のように厚いらしい。そしておもしろい。
 しかし日本の教科書は、ひたすら薄く、軽く、
 フルカラーで・・・そして分かりにくい。

という話。
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(写真:フォトAC)

【アメリカの教科書は面白いらしい】
 アメリカの公立学校で使う教科書が、昔の百科事典みたいに分厚いという話を聞いたことがあります。
 なぜそうなるのかというと、1冊の中に日本で言う教科書と参考書と場合によっては問題集が、全部入っているからです。そうなると当然、「そんな巨大なものをどうやって持ち帰りするんだ」ということになりますが、答えは簡単。持ち帰りはしません。
 教科書は日本のように児童生徒に給与されるものではなく、「貸与」されるものなので、個人が持ち帰ってはいけないのです。教室に据え置きで、学年が上がるときはそのまま置いていきます。

 次に出る質問は、「じゃあ宿題はどうするんだよ!」ということになりますが、これも答えは簡単。「(少なくとも)教科書を使うような宿題は出ない」です。
 計算練習などはプリントで出せばいいのです。しかし実際に宿題の出し方は州や学校区や学校や、そして先生によって全く異なるようです。

 1年の時の担任は死ぬほど計算練習のプリントを出したのに2年生の担任は「親子で工作」とか「親子で交通標識調べ」といったものばかり、そうかと思うと3年生になってから宿題というものは一度も出たことがない、といった場合もあるようです。

 合衆国という国はドナルド・トランプが大統領になってバカをやっているみたいに、基本的にいい加減な国なのです。すべて自己責任で済みますから、優秀な連中が自己責任で頑張って世界最強の国を支えていると、そんな感じなのでしょう。

 しかし一方で、見る人が見るとアメリカの教科書はほんとうにおもしろいといいます。何しろ何でもかんでも入っていて、先生のレベルや考え方に関わりなく、本人にその気があれば教科書を読んだだけで、高級な授業を受けた以上の効果があるからです。

 欲しい情報が何でも入っている教科書は楽しい――何となくわかりますよね。だからジョブズのようなスーパー・エリートが育ってくる、そう言うことなのかもしれません。


【子どもに苦労させてはいけない国の、やたら薄っぺらな教科書】
 日本の教科書は逆です。
 何しろ教育評論家が、
「サッカーの試合のあと日本人サポーターがゴミ拾いをしている光景が海外から称賛されるなど街なかにゴミが少ないことは清掃指導の効果かもしれません。だからといって毎日・強制的に子どもたちに掃除をさせる必要があるのでしょうか」2020.09.29 NHK「学校の掃除ってなんで子どもがやるの?」
 などと平気で言う国です。
 子どもたちが掃除で苦労するくらいなら、日本人サポーターが誉められたり街なかにゴミが少なかったりといったことはなくてもいいというのですから、その潔さにはむしろ頭が下がります。

「重い教科書をあんなに持たせたら子どもが可哀そう、あんなに勉強させられるのは可哀そう、子どもが小指の先ほどの苦労もせずに天よりも高い学力がつけられるよう、どうぞ先生たち、精一杯、がんばってくださいね」
とやってきたのが日本の教育です。おかげで教科書はどんどん薄くなり、がんがん分かりにくいものになってしまいました。


【薄い教科書は分かりにくい】
 薄い教科書がどれだけ分かりにくいかという話は、このブログで5年ほど前に書きました。
2015/4/23「教科書の話」A

 結構一生懸命書いたので、詳しくお知りになりたい人はそちらを読んでいただければありがたいのですが、簡単に言えば、子どもにとって歴史の教科書の、
「1560年、織田信長は桶狭間の戦いで今川義元を破って天下統一の道を歩み始めました」
は、Wikipediaの、
「阿波では三好長治の実弟・十河存保と三好康俊が激しく抵抗しましたが、長宗我部元親は1579年、重清城を奪って十河軍に大勝しました」
と同じように難しいという話です。

 私たち大人にとっては俄然、上の方が簡単です。なぜなら「織田信長」も「桶狭間」も「今川義元」も「天下統一」もよく知っているからです。
 しかし後ろの文となると、とりあえず読み方すら分からない。

 「阿波(あわ)」はいいにしても「三好長治」ですら難しいという人もいるかもしれません(サンコウ・チョウジ?)。「長曾我部元親」はとりあえずどこで区切ったらいいのか分からないという人もいるでしょう。「十河存保」にいたってはおそらくほとんどの人が読めない。実弟と書いてなければ何かの四文字熟語と勘違いしかねません。私自身は「重清城」で躓きました。

 正解は「アワではミヨシ・ナガハルの実弟のソウゴウ・マサヤスとミヨシ・ヤストシが激しく抵抗しましたが、チョウソカベ・モトチカは1579年シゲキヨ城を奪ってソウゴウ軍に大勝しました」ですが、読みが終わったところで、一体それがどういう歴史的意味を持つのかは、全く別問題です。

 同じように子どもは初めて出会う人物である織田信長の名前が読めません。オリタ・シンチョウなんて読む子がいても不思議はないのです。
 桶狭間と聞けば私たちは山の中の小さな盆地を思い浮かべます。知らなくても「狭間」という部分からなんとなく狭い場所を思い浮かべるはずです。砂浜や大平原が浮かぶようでは困ります。しかし子どもの多くはこの部分で圧倒的な「桶」のイメージに支配され、身動きが取れなくなってしまうのです。
 そして、おそらくこの文で一番難しいのが「天下統一」です。

 この言葉を理解するためには、それまでの権力の分立状態が理解されていなくてはなりませんし、統一が権力の集中であることがイメージとして理解されなくてはならないからです。「天の下で統一」と考えたら、それだけで訳が分からなくなってしまいます。

 だから信長に関する部分は、せめて、
「日本中の武将が戦い合った戦国時代を終わらせ、日本を一つの国にまとめようと最初に立ち上がったのは尾張(オワリ:現在の愛知県)の織田信長(オダ・ノブナガ)でした。1560年、信長は東の大大名、今川義元(イマガワ・ヨシモト)を桶狭間(オケハザマ)という場所で戦いの末に破り、全国に名を知られるようになりました」(カタカナ部分はルビにする)
くらいには書いてもらわなくてはならない――それが5年前の文の趣旨でした。別な言い方をすれば、文章の長さを3倍にしろということです。そのくらい長くないと、内容は入っていかないのです。

 薄い教科書は索引と同じで、それだけでは意味が理解できません。もちろん、
「だから授業が大事」
という言い方にはなりますが――。

(この稿、続く)



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