2020/9/7

「校長たちの台風対策」〜台風に関するウンチク、あれこれB  教育・学校・教師


 台風10号が来ている。
 大きな被害にならなければいいのだが――。
 ところで予想される大災害に対して、学校は何をしているのか。
 今日は管理職について考える。

という話。
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(「雲」フォトACより)

【台風10号が来ている】
 このブログは毎回、投稿日の前日に書いて夜中の12時に公開するようセットしています。特に日曜日は、事情があって午後5時までには予約投稿しなくてはならないので、それ以降のことには対応しきれないところがあります。
 台風10号は昨夜9時ごろにはかなり九州に近づいて、今朝は五島列島から対馬・朝鮮半島方面へと向かっているはずです。大きな被害が出ないといいのですが――。

 九州各地の公立小中学校はすでに先週金曜日までに休校が決まっているところがほとんどで、中国・四国地方でも今日(7日・月曜日)を休校にしているところは少なくありません。

 新型コロナで長いこと学校が開けられなかっただけに、休校なんかしたくないに決まっていますが、これだけ危険が叫ばれる台風とあっては仕方ないことでしょう。授業は子どもの命を懸けてまでするものではありません。

 ところで、児童生徒は休みだとして、教職員の扱いはどうなっているのでしょう? 
 通常、台風などによる臨時休校は職員の臨時休業に連動しませんから、先生たちは出勤することになっているはずです。しかし事態が事態ですから先生たちにも積極的に年次休暇取得が呼びかけられ、学校の機能は閉じているのかもしれません。
 ただしそれも一般教職員に限ってのことです。


【管理職は違う】
 学校というのは非常に民主的な組織で、ベテランと新人、男性と女性を分け隔てする部分が少ないのが特徴です。大学を卒業したばかりの新任教諭が、わずか1週間で30年来のベテランと同等に、学級担任として教室で独り立ちさせられているくらいですから。
 学年主任とか研究主任とかいった指導的立場もありますが、選ばれてなったというよりは持ち回りで受けざるを得なかった役職といった感じです。1学年3学級以上の学年主任だと手当てがつきますが、1学級〜2学級だとそれもありません。もらえる額もスズメが恥じて涙を流さなくなるほど微々たるものです。

 そんな調子ですから校長・副校長(教頭)と言えど、形の上では立てても、心から尽くそうという教師はほとんどいません。
 私が子どものころは「校長、教師のなれの果て!」とか言って、年じゅう学校のあちこちでゴミ拾いしているだけの(そんなふうに見えた)校長先生を陰でバカにしたものですが、大人になって教員になってからもその気持ちは大きく変わったとは言えません。校長・副校長(教頭)は大したものではないのです。

 ところが一般教職員の枠を出て、管理職の世界に入ると、内部ではだいぶ違う感じになってくるのです。


【仕える者と仕えられる者との取引】
 先日の記者会見で菅官房長官が「安倍総理にお仕えして7年数カ月・・・」と語る場面があって“ああ似たようなものだな”と思ったのですが、学校においても管理職の世界では「お仕えする」という言葉が今も生きています(そうでない地方もあるかもしれませんが)。
 もちろん本気で校長に殉じようとする副校長(教頭)がいるとは思いませんし、校長も自分がそこまで尊敬・尊重されるべきだとは思っていませんが、「校長・副校長(教頭)は仕え・仕えられる関係」という擬制があって多くがそれに従っている以上、いちおう敬意を払っておこうと、そんなふうがあるのです。

 具体的に言えば、校長は副校長(教頭)がすべてを用意し、すべてを報告するものだと思い込んでいます。それが副校長(教頭)の仕事であり能力だと思っているのです。副校長(教頭)も同じように考えています。
 それには現実的な理由もあって、管理職としての具体的な仕事を校長と副校長(教頭)が分担すると、どうしても重複や間隙ができてしまいます。その点、副校長(教頭)一人に任せておけば問題はずっと少なくなります。

 副校長(教頭)は校内管理の仕事をすべて請け負って報告もきちんと行う、そして(ここがミソなのですが)責任は全部、校長に取ってもらうのです。難しい問題で判断が付きかねる場合も校長に判断してもらい、責任を取ってもらいます。ここに高度な取引があるので、副校長(教頭)は激務に耐えられるのです。

 学校に大きな問題が生じたても、校長が副校長(教頭)に責任を押しつけることはありません。内部で叱ることはあっても、外に対して「だって副校長(教頭)が――」と言ったら笑いものです。


【学校は市民からの預かりもの】
 話がだいぶ逸れました。学校は非常に民主的な世界だが管理職だけは少し違う、というところから始まった話でした。その「ちょっと違う」は災害に際してどういう形を取るのか、それがお話ししたかった本筋です。

 端的に言えば管理職にとって“学校”は、市民からお預かりしている市民の財産なのです。私が子どものころに見た“ゴミ拾いばかりしている校長先生”は、預かりものだから大切にしていたのです。校庭の樹木の剪定などをせっせとしていたのも、預かりものだからです。

 明治31年(1898)3月27日、長野県の上田町立上田尋常高等小学校で本館校舎が全焼し、そのさい御真影(明治天皇ご夫妻の肖像写真)も焼失してしまいました。御真影は政府からの預かりもので、そのため校長の久米由太郎は責任を取って割腹自殺をしました。小説家の久米正雄の父親です。
 現代の校長は割腹こそしませんが、気持ちとしては同じです。学校から火を出したり災害で校舎を毀損したりしたら、市民に申し訳が立たないのです。心からそう思っているのではないにしても、そういう擬制が生きています。

 昨日は日曜日にもかかわらず、特に西日本・九州・沖縄あたりの校長・副校長(教頭)は出勤して学校の内外を見回り、窓の閉め忘れや風で飛んでいきそうなものがないかなどの最終確認したはずです。本当に大きな被害が予想される地域では、相当な数の管理職が学校か学校のすぐ近くで一晩じゅう待機していました。もちろん実際に寝泊まりしたのは副校長(教頭)で、校長は自宅でいつでも飛び出せる準備をして待っていただけですが。

 彼らは夜中に市民から通報されて教育委員会経由で報らされるとか、朝、学校に行ったら壊れていたなんて真っ平だと思っています。管理職の先生たちも、実は世間で思っているよりもずっと生真面目で古風なのです

 今日または明日、校長先生に会ったら開口一番、聞いてみればいいでしょう。
「昨日一昨日と二日間、大変でしたね」
 それで、
「え? 何のこと?」
と答えるようならその程度の人です。たまにはそんな管理職もいますから。

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