2020/5/30

「更新しました」〜キース・アウト  教育・学校・教師




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2020/5/29

「家庭に居場所のない子どもたちと、子育ての複線化」〜自分の居場所がない!B  親子・家族


 普通の家庭なのに子どもの居場所がなくなるのはなぜだろう。
 子どもは親をどうみているのだろう。
 親と子の双方の立場から、
 どうしたら居場所ができるのか、考えてみる。

というお話。
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(「滑り台で遊ぶ家族」フォトACより)


【普通の家庭に子どもの居場所がない】
 世の中には虐待を日常的に行っている家庭もあれば、崩壊家庭もあります。年がら年中、夫婦でいがみ合っている家もあります。これらの家で子どもが「自分の居場所がない」と言っても、それは何となくわかることで、対処の仕方も想像がつきます。

 原因が他にある場合でも、とりあえず目の前の問題を解決しないと先へ進めないのは、いま罹っている風邪を治さなければ頭痛の原因がわからないのと同じです。
 したがってここでは、ある程度の幅で「ごくありふれた家庭」を前提に話をしたいと思います。

 普通の両親、普通の家族、なのに子どもが「家に居場所がない」と言い出すとしたら、それはどういうことなのか、ということです。
 その点で私がいつも考えてきたのは、
「伝わらない真実の愛より、伝わる偽の愛の方が価値がある」
ということです。


【子どもの理解力は思ったより低い】
 例外はあるにしても、口下手の、何を言っているのかわからない男の愛の告白より、結婚詐欺師の流れるような饒舌の方が勝利を得やすいことは容易に想像がつきます。女性はバカだと言っているのではありません。大きなニュースになる結婚詐欺はむしろ女性によって行われていますから男も女も同じです。
 問題はそこにあるのではなく、 “愛”はきちんと伝えておかないと伝わって行かない場合があるということです。

 日本の男性は愛情表現が下手で、妻に「愛している」などとほとんど言わないといわれています。しかし言えばいいものでもないでしょう。欧米の男性たちは年中「I love you」とか言っているみたいですが、欧米の奥様方だって眉に唾をつけて吟味しているに違いありません。
 日本の場合、「愛している」は、私のように妻に叱られているときだけ使えばいいのであって、普段は黙って雰囲気を醸し出していればいいのです。夫婦間であれば。

 また社会生活を送る上で、私たちは友人、同僚や先輩、後輩に対して、いちいち「オレのこと、信頼しているよな」とか「俺たち親友だろう」などと言ったりしません。そうしたことはすべて“読み”の中で行うべきことで、いちいち確認するようだとむしろ胡散臭いと言えます、大人の社会では。

 しかし子どもは違います。
 彼らはとても未熟で、日本独自の高度な“読み”の対話についていけないのです。ひとことで言ってしまうと、子どもたちは私たちよりずっと「言葉通りにとってしまう」傾向があるのです。だから必要なことはきちんと言葉に出して言わなくてはならない。


【子どもに理解できない親の言葉遣い】
 私の友人に会話のキャッチボールをいちいち変化球で行う男がいます。まったく素直でなく、根はいい人なのに妙に悪ぶったりふざけたりするのです。
 そこが面白くて50年以上もつき合っているのですから仲間内ではいいのですが、同じ語法を子どもに対しても使うのは困ったものでした。

 例えばまだ息子が小学生のころ、彼は近所にある県内随一の進学校の前を通るたびに、「お前はいつかこの学校にはいるのだ」と暗示をかけているという話をしてくれたことがあります。飲み会の席でのことです。
 これが教育パパのまじめな話だったらまだいいのです。本気で息子をトップ校に入れたいと考えているなら、暗示をかける以外にもさまざまな支援を行い、その結果を一緒に確認しながら成長していけばいいのですから。
 ところが、私たちの誰もがわかっていたのですが、彼にはそんな気持ちはまったくなかったのです。面白おかしいからやっている、息子がその高校に合格すれば敢えて反対もしないが、基本的にどうでもいいことだと、そんなふうに考える人です。

 私はすでに教員でしたので“これは危険なやり方だ”と思ったのですが、子育ての上では彼は先輩ですし、教員風を吹かせるみたいでそれも嫌だったので敢えて言いませんでした。しかしずっと後になって、彼と一緒に後悔することになりました。


【実は親には余裕がある】
 今の話は極端な例ですが、似たようなことは普通の親もしています。例えば「何が何でも県立高校(都会の場合は私立高校)へ入れ」とか、「野球で○○高校をめざせ」とか言った具合です。
 ただ、これもどこまで本気の話なのか――。

 目指す高校へ入れなかったら高校進学自体をあきらめるのか、一家心中でもするのか、ということになればそうではありません。親にサラサラそんな気はない。子どもが頑張ってそれでもできなければ諦め次善の三善の策へと向かう、そのための覚悟も余裕もあります。ただし最初から余裕を見せたら子どもが頑張らないかもしれないので厳しく言っているだけなのです。
 けれど思い出してください。「子どもたちは私たちよりずっと言葉通りにとってしまう傾向がある」のです。

 受験を例に話を続けると、子どもから見た場合、親が受け入れてくれるのは “目指す高校に進学している自分”です。それ以外ではありません。親がそう言っているからです。「何が何でも県立高校へ入れ」と。
 したがって“県立高校生でない私”“県立高校をめざす努力もできない私”はその家にいなくてもいい子です。その観点から家庭を見れば、明らかに自分の居場所はありません。
 こうして「家庭に居場所のない子ども」は生まれてきます。
“県立高校生でない”を“良い子でない”に置き換えると、子どもたちの立ち位置の大変な状況はさらに見えてきます。

 しかしだからと言って親にとって、「高校はどこでもいいよ」は本心ではありませんし、子どもの悪い部分を放置して「別にいい子でなくてもいいんだよ」と言うことも躊躇われます。
 生活指導の問題に関して、専門家はしばしば、
「“今のままのキミでいいんだよ。そのままのキミで大丈夫なんだ”ということを伝えなさい」
とか言いますが、昨日から引きこもりに入った子、今日、万引きした子、まったく勉強しないで遊び呆けている子に、“今のままのキミでいいんだよ”は、言ってもウソ色満載、伝わるわけがありません。

 一方で厳しい言い方で努力を促しながら、他方でどうしても無理なら受け入れるよという優しさも見せたい二律背反、いったいどうしたらよいのでしょう?


【日常の二律背反】
 この問題はきわめて現代的なものではないかと私は思っています。
 昔の農家や商家ですと一日中家族で暮らしていますから、自然と夫婦の役割分担ができて楽だったのです。お父さんは厳しく、お母さんは優しくといったふうに。
 ところが現代の役割分担は共稼ぎであっても「外で働く人」と「子どもを育てる人」で、どこもかしこも実質ひとり親状態です。そうなると一人の親が厳しい部分と甘い部分を使い分けなくてはならず、それが大変なのです。

 実はこれについて、私は答えらしきものを持っています。それはもうひとりの私の友人が教えてくれたことで、指導の複線化、お隣の国の大統領の大好きな言葉を借りれば、指導のツートラックともいうべき方法です。


【子育ての複線化】
 私は結婚も遅く親になるのも遅かったので、先述の友人を含めて友だちの子育てを参考にすることが少なくなかったのですが、これはいいなあと思って真似したのは、三人の子どもを代わる代わる膝の中に乗せて、体を揺らせながら語り掛ける別の友人の姿です。
 彼はこんなふうに言うのです。
「お父さんの大好きな○○(子どもの名前)。お父さんが世界で一番大切な○○」
 そんなふうに遊んでしばらくすると別の子と取り換えて同じように、
「お父さんの大好きな△△。お父さんが世界で一番大切な△△」
 三番目の子どもも同じです。

 面白いのは子どもたちにとって「世界一」が三人もいることがまったく問題とならないことです。あとで聞くとさすがに「じゃあお姉ちゃんとボクとどっちが大事なの?」と訊ねられたこともあるようなので、それでどうしたと教えを乞うと、
「いや、そんなのは簡単。“今は○○が一番”って言っておけばいいんだよ」

 私もそれを真似して、上の子が三歳のころから、下の子が父親の膝の中に入るのを嫌がるまで、繰り返し同じことをしていました。
 下の男の子はある日、
「でも、お姉ちゃんを抱っこしているときはお姉ちゃんが一番っていうんでしょ」
とか言いましたが、それでも満足そうでした。姉を大切にしてくれる人は、自分も大切にしてくれる人です。

 子どもが問題を起こした、子どもの問題が常態化した、そういった段階で打つ手は限られています。その状態で”今のままのキミでいいよ“と言って通じさせるのは、不可能ではないかもしれませんが、神技に近いものがあるでしょう。
 受容的な言葉、愛を伝える言葉は、順風の時あるいはどうでもいいときに投げかけておくべきものです。子育てをする以上はいつかは厳しい親子対立を経験しなくてはなりません、しかも何回も。だからその日のために、どうでもいい時間には子どもに“お前が一番大切だ”という言葉を浴びせておけ、ということです。

 小学生も高学年や中学・高校になったら、“大好き”は言いにくくなりますからどうでもいい時間に努めて誉めておく、問題のない時期の親子の会話は誉めて愛情を注ぐ時間としておく――指導の複線の一本は常に生かしておくことがいつ用です。。
 日ごろから「大好きだ」「素晴らしい」「いい子だね」と言葉のシャワーを浴びせられている子は、親の期待に反して“県立高校生”になれなくても、家に自分の居場所のあることをきちんと知っています。そんな子は、苦難の時も踏ん張れます。倒れても頼る家庭があるのですから。

 先日、孫のハーヴは母親に叱られて、
「お母さん、怒るけど、(ボクのこと)好きなんだよね」
と訊いたそうです。おそらくシーナも私と同じことをしているのでしょう。

(この稿、終了)

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2020/5/28

「不幸な組み合わせ、幸福な組み合わせ」〜自分の居場所がない!A  親子・家族


 子どもは、初めから異なった性格をもって生まれてくる。
 親にも、親になって初めて知る自分の性格というものがある。
 その組み合わせは千差万別、さらに他の要素も加えて複雑になる。
 だから、
 子どもの「居場所」をつくりやすい組み合わせと、そうでない組み合わせがあるのだ。

というお話。
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(「産まれたての赤ちゃん」フォトACより)

【人はそれぞれ異なるものを持って生まれてくる】
 いつもここではシーナと呼んでいる私の娘が昨年産んだ次男イーツが、つい最近、一歳の誕生日を迎えました。臨月前に破水してしまい苦労して産んだ子です。今は元気で、しかも体が軽くて動きやすこともあって、すでに歩き始めているようです。

 この子の特徴はそうした身軽さとともに感情が豊かなことで、楽しいとよく笑いますし赤ん坊らしいくっつき虫で、いつも母親のシーナか父親のエージュのどちらかにくっついて、そこを基地に遊びに行っては戻り、戻ってはまた遊びに行くということを繰り返しているようです。
 感情豊かですから笑いもしますが夜泣きも激しく、いったん泣き始めると頑として引かないところがありました。私も九州旅行の際は難渋したものです。

 四つ年上で間もなく5歳になる兄のハーヴはそれと全く違う赤ん坊でした。
 こちらは新生児仮死というイーツに増してたいへんな難産でしたが、生まれたころからとてもおとなしい子で、いまでも覚えているのは離乳食のころ、祖母に当たる私の妻が「エーンって二回泣いたらあげるからね」とスプーンを口元まで持って行ってしばらく様子を見ていた光景です。特に意地悪をしたわけではなく、ちょっと試してみた感じです。しかし泣かなかった。
 とても不愛想な赤ん坊で、生後三か月を過ぎたあたりで初めて声を出して笑った瞬間を、皆が覚えているくらいです。

 運動発達に遅れがあって初めての寝返りが生後10カ月、ハイハイを始めたのが1歳1か月、ようやく歩き始めたのが1歳4か月でした。確認ですが、弟のイーツは誕生日前に歩き始めているのです。

 ハーヴは徹底した屋内派で、部屋の中では放っておけばいくらでも一人遊びをしています。ですから今回の新型コロナ自粛でもシーナはまったく困りませんでした。何しろ親が促さないと散歩にすら出ないのですから。


【子の性格で親の育て方は揺れる】
 さて、二人の孫の話をしたのは別に孫自慢ではなく、子どもは生まれたときすでに強い個性を有しているということを確認しておきたかったからです。

 おとなしく、内向的で育てやすいハーヴと、陽気で活動的で泣き止まないイーツ。
 教員時代、多くの保護者から、
「兄弟、同じように育てたつもりなのに・・・」
といった言葉を聞くことがありましたが、そんなことはありません。これだけ違った個性を育てている以上、育て方にも相応の違いがあったはずです。

 例えば次男のイーツはくっつき虫で長男のハーヴは不愛想な赤ん坊だったと書きましたが、そのことが父親の養育態度に影響を与えます。
 イーツはべたべたとくっついてきますから自然に接する機会が増えます。抱き上げるとキャッキャと声を上げて手足をばたつかせて喜びますから、また抱こうという意欲につながります。しかし長男のハーヴは不愛想で体が重く、常に体が母親の方に向かおうとしているので何となく気が引けたりするのです。

 二人について父親のエージュが差別しているとは思いません。いつも同じように、よく子育てに参加してくれています。しかし毎日の小さな違いの積み重ねは、二人の成長に違った影響を与えることでしょう。どちらがいい、どちらが得ということでもありませんが。


【子どもが好きでなくてもよい親になれる】
 母親のシーナについて話しておきます。
 シーナは中学生のころから「一番の目標はお母さんになること」と言っていたくらいですから、四大を出て25歳で結婚し26歳で母親になったのはほぼ目標通りでした。しかし振り返って中学生だった頃のシーナが子ども好きだったかというと、まったくそういう記憶はありません。そこで聞いてみるとすんなり、
「別に好きじゃないよ。早く結婚して子どもを産みたかったのは、女の子どうしの恋愛・結婚・出産レースに巻き込まれるのが嫌で、その前に抜け出したかっただけ――」
 よくわかりませんが女の子の世界には難しいことがあるみたいです。

 さて、それほど子どもが好きでもないのに母親になったシーナはそれからどうだったか――。
 直接の父親である私が言うのも不適切かもしれませんが、よくやっている、非常によくやっていると感じています。普通の母親が期待されることは一通りできているみたいですし、夜泣きに苦労したり、特にハーヴの発達には心傷めることも多かったのですが、なんとかしのいできました。
 私は赤ん坊が大好きですからいつでも羨ましく、思わず「いいなあ」と言ってしまうことがあるのですが、「うん、幸せだと思ってるよ」と答えますから、まずは及第点でしょう。

 一般的な意味で「子どもが好き」でなくても、親は勤まるのです。


【不幸な組み合わせ、幸福な組み合わせ】
 そんな気はさらさらなかったのに、親になったらとんでもなく楽しい、自分に向いている、という人もいれば、まったくやっていける気がしないという人もいます。

 つい先日もテレビで、独身の頃は赤ん坊の泣き声が聞こえるだけでも舌打ちをしていたのに、親になったら面白くて楽しくて、今では保育士さん並みに歌って踊って大騒ぎをしているというタレント(?)さんが出ていました。こういう人は幸せです。

 しかし逆に、赤ちゃんが欲しくてほしくて、ようやく手に入ったと思ったら我が子がまったくかわいいと思えない、好きになれない、そういう人だっているでしょう。もちろんかわいくないからと言って育児放棄するわけでもありませんが――。

 いつまでたっても子どもが可愛いという人もいれば、ある時期からまったく関心を失ってしまったという人もいるでしょう。
 夫婦間の子どもに対する感じ方の不均衡というものもあります。

 私の家のトイレの格言カレンダーで今月の格言は「親の希望は押し付けすぎると子供の負担になる」で、毎日“こういうのも格言というのかな”と首をかしげていますが、親と子の願いの不整合ということもあるでしょう。

 夫婦の組み合わせ、親と子の組み合わせ、子と子の組み合わせ、それぞれの願いの組み合わせ――それらは無数にあり、その中の不幸な組み合わせから「家に居場所のない子ども」が育ってくる――今、私が考えているのはそういうことです。

 回りくどい言い方になりました。言わんとするところは、親にも罪はない、子にも罪はない、要するに組み合わせの問題なのだ、ということです。

(この稿、続く)


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2020/5/27

「学校に居場所のない子どもたち」〜自分の居場所がない! @  教育・学校・教師


 家にこもってゲームをし続ける子どもたちが共通に語る言葉、
 「ゲーム以外に自分の居場所がない」。
 私たちはこの言葉をどう解釈し、
 どう対応したらよいのだろう。

というお話。
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(「港の風景」フォトACより)

【自分の居場所】
 先週水曜日(2020.05.20)のNHKクローズアップ現代+「外出自粛の陰で…ゲーム依存は大丈夫?」の中で、部屋に引き籠ってゲームをし続ける子どもたちに共通な言葉として「自分の居場」が繰り返し出て来ました。

「家庭内に自分の居場所がない」「学校に居場所がなかった」「オンラインゲームの中にしか自分の居場所はなかった」という使い方をします。

 察するに「安心して居続けることのできる場」「評価して認めてもらえる場」「大切にされていると感じられる場」「少なくとも惨めだったり孤独だったりしない場」、そんな感じの言葉のようです。
 しかしこれ自体は新しい概念ではありません。そういう言い方をしたかどうかは記憶にないのですが、昔の非行少年はみんな学校や家庭に「居場所」のない子どもたちだったからです。


【学校は子どもの港、たくさんの係留柱】
 日本の義務教育学校というのは非常に多彩な場所です。教科だけでも九つもあります。国語・社会・数学・理科・英語・音楽・美術・体育・技術家庭科――これだけあれば一つぐらいは得意な科目、好きな科目は持てるのではないか、そう思いたくなるほどです。
 私の息子のアキュラは、教科担任が好きなこともあって音楽だけは「5」を取りたいと言って結局中学校3年間、音楽だけはすべて「5」でした。親のひいき目で見ても音楽的センスのあるような子ではありません。しかし中学校くらいだと努力だけで何とかなるものです。
 
 ところが9教科全部パッとしない子、得意があっても一つ二つでは生き生きとできない子もいます。そのためにあるわけではないのですが、学校には教科学習以外に部活動と生徒会という二つの大きな柱があって、特に部活動では「生き生きできる」「そこが生きる場所である」といった子も少なくありません。
 朝、部活動のために学校に来て、入場料を払うがごとく、じっと我慢しながらよく分からない授業を午後まで受け、放課後になると目を輝かせて勇んで練習場に向かうような子たちです。

“そんなの学校の本筋ではないじゃないか”
などと言ってはいけません。教科ではさっぱり活躍できず、興味ももてない子というものもいるのです。そういう子が部活動で生き生きとできるなら、何だってかまわないじゃないですか。
 生活の中に生き生きとできる場のあること自体が素晴らしいのです。

 こうやってみると、学校はどこかしらに子どもが繋がる係留柱をもっている多彩な場所だということが分かってきます。しかしこれほどの多様さにもかかわらず、実際には学校に居場所のない、係留索をつなげる柱を持てない子もいるのです。

 部活動は有力な柱と言いましたが、大きく分けるとスポーツと芸術がほとんどで、両方ともダメな子はここでも切り捨てらます。生徒会活動にも向かない子はいます。学級という集団自体が嫌な子だっています。

 最後の頼みは“友だち”です。
 実際に“友だちに会うために学校に来ている”という子はかなりの割合でいますし、教科や部活動・生徒会は二の次で、友だちとしゃべったり遊んだりすることだけが楽しいという子は意外と多いものです。
 ところがその“友だち”すらいないとなると、学校はまるっきり「自分の居場所のないところ」といった感じになってしまいます。周囲が異邦人ばかりなのですから。

「安心して居続けることのできる場」ではなくなり、評価し認めてくれる人もいません。そして孤独です。


【その学校に居場所のない子どもたち】
 私は四半世紀も前に、引きこもりの専門家の富田富士也さんの講演会で聞いた次の一言を、今も印象深く覚えています。
「登校拒否(不登校を当時はそう言った)の子たちが学校が嫌なのは、そこが人間関係を強制するところだからです」

 学校は知・徳・体を育てるところです。
「知」は教科学習に代表され、「体」は運動や保健衛生のことです。そして「徳」は“道徳を始めとする人間関係の教育すべて”のことを言います。
 見方を変えれば、部活や生徒会・学校行事と言った特別活動も、教科学習の中で行われる指導のすべても、みな円滑な人間関係を築くための力をつける「徳の教育」だと言えます。

 ところが実地研修のような形で「徳」の学習をさせようとすると、前提として、学級活動とか生徒会活動とか部活動とかいった場で、拙いものであっても人間関係を結んでもらわなくてはなりません。
 拙いですからしょっちゅうぶつかり合う、問題が起きる、そしてその問題解決を通して、より良い人間関係を結ぶ力が育ってくるのだと教師たちは信じているのです。

 ところが学校の活動のどの部分でも生き生きとできる場がなく、さらに友だちもいない子にとって、この人間関係の強制は苦痛以外の何ものでもありません。

 大昔は、そういう子たちが学校に寄り付かず、街に出るようになりました。そこにはタバコを吸ったり酒を飲んだり、バイクを乗り回したりすることで仲間から賞賛を受けるような場があったからです。

 1970年代の後半、なぜか街を徘徊していた子どもたちが学校に戻ってきて校内で暴れるようになります。校内暴力の時代です。そこには権力に反抗した70年までの学生運動の影響もあったのかもしれませんし、あるいは社会秩序が回復してきて外での活動が難しくなったという面もあったのかもしれません。とにかく彼らは学校に戻り、校内に自分たちの「居場所」をつくってしまったのです。
 当時の学校の先生の、
「なんで不良少年たちは学校が好きなんでしょうね?」
という言葉を私は忘れません。

 元気のよい子が戻って来て、元気のない子たちが学校に寄り付かなくなりました。この子たちは外でたむろしたりせず、家に籠ってしまいましたから最初は目立ちませんでしたが、気がつくと大変な数になっていました。
 不登校時代の始まりです。

(この稿、続く)

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2020/5/26

「結局分からない、日本でPCR検査が増えない理由」〜健康長寿村と金属ボウル、一粒で二度おいしい  知識

 
 中・韓はもちろん、ヨーロッパ・アメリカでもふんだんにできるPCR検査。
 なぜ日本では増やせないのだろう。
 すでに4カ月にわたって答えの出せないこの問いに、
 果敢に立ち向かうメディアは出てこないのか。

というお話。
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(「実験」フォトACより)

【結局分からない、日本でPCR検査が増えない理由】

 昨日は安倍内閣の支持率が大きく下がったという話から、結局、日本にはPCR検査を大量に行う能力がなかったのだから、そこのところをきちんと説明し、検査なしで感染を抑えていく道筋を示せば、国民も納得し協力したはずだ、ということで文章を締めくくりました。
ところが書いている自分自身が、やはり納得できないのです。

 日本はなぜPCR検査を増やさないのか、という話は以前にも書きました。
2020/5/7「PCRって、どんだけ簡単な検査なんだ?」〜新型コロナについて分からなくなったこと、分かったこと@
 その時の疑問がいまだに解決していません。

 感染症の専門家の話を聞くと、どうやらPCRはけっこう難しい検査らしい、という気がしてきます。例えば、『2020.05.13 東洋経済on line 「PCR検査せよ」と叫ぶ人に知って欲しい問題』では、感染症専門の医師が、
 昔からPCRはたいへんだといわれる。その技術を持つ人の養成は一朝一夕にはいかない。
 テレビのコメンテーターになっている医師たちが、「(簡単ですよとは言わないまでも)私も研究で何百回となくやりましたが」とか、「人をかき集めて訓練すればできますよ」などと言っているのを聞いて、正直、腹が立ちますね。現場を知らない、完全に上から目線。「検査技師なんて」という一段下に見る感じも透けて見える。

とおっしゃっています。私はそれが本当だと思います。だから厚労省がいくら予算を出しても検査数は伸びないのだ、人間は簡単に用意できないのだからと・・・。

 ところが他方では京都大学の山中伸弥先生ですら「もっとPCR検査を増やさなくてはなりません。必要ならウチの研究室も貸します」くらいのことを平気でおっしゃるし、それより何より、爆発的な感染の広がった欧米諸国では、例えばイタリアで感染者数が最も多かった3月21日は6557人、スペインで9222人(3/31)、アメリカに至っては4万5675人(4/24)もの新たな感染者を掘り起こすことができるのです。陰性だった人も含めると、そのときいったい何人のPCR検査を実施したのでしょう。


【医療先進国ドイツの場合】
 一昨日のNHK「これでわかった!世界のいま」ではドイツの取り組みを紹介していましたが、驚いたことに1週間で100万件も検査ができる体制が整っているのだそうです。

 国内の100以上の民間検査機関がかかわっており、全自動検査機をつかって同時に人間の数倍から数十倍の能力で検査を進めているといいます。欧米ではすでにかなりの数の機械が入っていて、中には日本製ものまでたくさんあります。
・・・・と、ここまで来て、私はふたたび、みたび、アレ?何回目かな? 脳内パニックになってしまいます。
 疑問満載!

@ 日ごろは血液検査などを行っている民間の検査機関って、その日常の検査がなくなるわけでもないのに、週に1施設平均1万件もPCRを請け負う余力がどこにあったのか? コロナがなければ年じゅう暇だったのか?
A PCR検査なんてコロナ以前はそんなにしょっちゅうやるものではなかったと思うが(インフルエンザには簡易キットがある)、欧米は何の必要があってそんなに大量の全自動検査機を買っていたのだ? コロナのおかげで役立っているだけで、それ以前はほとんど邪魔者扱いではなかったのか?

 さらに番組では「ドイツでは、医師の判断で町のかかりつけ医でも検体を採取し、検査機関へ送ることができる」と紹介されていました。しかし私の記憶だと、ひとりのPCR検査をするために、医者は使い捨てのマスク・フェイスシールド・手袋・防護服・サージカルキャップを装着し、検体採取後はいちいち部屋の消毒をしなくてはならなかったはずです。
 だからドライブ・スルー方式やウォークイン方式が始まったと聞いたつもりでしたが、ドイツでは町医者が気楽にそんなことをやってくれるのでしょうか? 1回1万5000円もする検査を、保険適用でバンバンやられてドイツ政府は困らないのでしょうか?

 まるきりのド素人で、難しいことのわからない私でも思いつくこれらの疑問を、NHKを始めマスコミの人々はまるで不思議がる様子がありません。肝心な部分は分からないまま、ひたすら「ドイツはすばらしい」「日本もドイツを見習うべきだ」と言っても、ことは進まないでしょう。


【健康長寿村と金属ボウル、一粒で二度おいしい】
 私は子どものころ、数学がとても好きでした。結論までの通り道はたくさんあっても、結局いきつく先はひとつだという透明さが好きだったのです。
 小説家の村上龍も「反比例の漸近線はたとえ目視でx軸やy軸に接しているように見えても絶対に接していない、その透明さが好きだ」と言って『限りなく透明に近いブルー』を書き、芥川賞を取りました。

 同じように科学と呼ばれるすべての学問は、どんな分野でも突き詰めていけば人々の意見は必ず一致する、貝合わせの貝のように寸分の狂いもなく合わさるはずだ――若いころはそんなふうに思っていたのです。
 ところが実際にはそうでないのです。

 例えば福島原発事故の際、放射線はある程度までは浴びても問題ないという説(閾値説と言います)と、たとえ1万分の1マイクロシーベルトであっても害があるという説がぶつかり合って、最後まで解決できませんでした。逆に「多少の放射線は浴びた方がいい。飯館村は50年経ったら健康長者村」などと暴論を展開する輩まで出て、マス・メディアは侃々諤々だったのです

 さらに遡って松本サリン事件の際、マスメディアは「サリンは直前の段階の薬品さえあれば、調理用の金属ボウルの中でも生成できる」という科学者の意見を繰り返し紹介し、おかげで現場の近くに住む男性は9カ月に渡って最重要参考人として扱いを受けました。

 オウム真理教が摘発され、当時の上九一色村のサリン製造工場の内部が公開されると、私たちは「サリンの直前の段階の薬品」をつくることがどれほど大変かを初めて知りました。科学者はウソを言ったわけではありませんが、普通のサラリーマンにできる仕事でないことは十分に分かっていたはずです。マスコミもうすうす分かっていながら、最後まで金属ボウルを離しませんでした。

「なぜPCR検査は増えないのか」
 あるいはそれに類するタイトルの記事・ニュースはいくつも見てきましたが、ダイヤモンド・プリンセス以来4カ月経ってもいまだに分かりません。
 おそらくマスコミは真実を知りながら、それを言ったらニュースが終わってしまうので言わない――そんな感じがしてきました。
「一粒で二度おいしい」のはグリコ・キャラメルだけではありません。


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2020/5/25

「メルケルさんの爪の垢でも煎じて飲め!」〜丁寧な説明をしない政府への苛立ち  政治・社会


 安倍内閣の支持率がついに27%まで落ちた。
 コロナ対策では日本よりはるかにうまくいっていない国々、
 絶望的な経済的な困難を抱えている国の首脳が、
 それでも支持率を上げている中で、この数字は異常だ。
 とにかくこの国の政府は、呆れるほど丁寧な説明をしていない。

というお話。
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(「試験管」フォトACより)

【安倍内閣支持率27%】
 先週末の毎日新聞によると、安倍内閣の支持率は27%まで落ちて不支持率(64%)の半分以下、ほとんど絶命寸前といった状況です。

 今回のコロナ事態で、文大統領が69%、メルケル首相80%、トランプ大統領でさえこれまでの最高値の49%と、各国首脳のほとんどが支持率を上げる中で、いくらさくらを見る会やもりかけ問題、定年延長・黒川問題があったにしても、安倍政権の支持率低下は尋常ではありません。コロナ対策も悪評芬々、世界最低と評されて“安倍・自民党政権にウンザリ”の声はネットやマスコミ上で日々高まっています。

 中には「もう自民党以外ならどこでもいい」などという声もありますが、私たちは同じ思いで10年ほど前に民主党政権を生み出してしまい、さんざんな目にあっています。やはり政治は「何でもいいという」わけにはいきません。また困ったことに、安倍はダメでも代案もない。

 一時期勢いのあった小泉進次郎議員は姿が見えず、石破がいい、岸田がいいという話もなく、ましてや枝野待望論があるわけでもありません。コロナ対策にしても「自民党じゃだめだ、立憲民主なら(維新なら、共産なら・・・)、もっとうまくやったろう」という話も出て来ません。

 代案がない以上は少しずつお灸をすえながら、今の政権を盛り立てていきましょう、新宅を立てる前に旧宅を壊してはいけません、などと言おうものなら袋叩きにあいそうなので私も言いませんが、このまま政府を信じない風潮が広まったままというのも不安です。


【口下手な政権、説明に労を尽くさない人々】
 もしかしたらこの政権は、多弁な割に口下手ではないかと思うことがよくあります。
 森友問題でも安倍首相は「妻がかかわっているようなら辞めます」などと言わなければ問題の半分以上なかったように思うのです。さくらを見る会でも、謝るべきところはさっさと謝ってしまえばよかった。定年延長問題は明らかに説明不足です。

 さらに言えば、新型コロナ対策のいちいちはあまりにも説明不足で、いつも唐突の感がありました。状況は常に変化していてその場その場の判断を求められる大変さはあります。しかしそれでもより丁寧に説明していけば、これほど非難されることもなかったでしょう。

 いま振り返ってもクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」の扱いにあれ以上のものがあったようには思えません。もちろんアメリカのように数千人の乗員・乗客を同時に隔離できる遊休軍事施設でもあればよかったのですが、チャーター機の数百人でさえ苦労している状況で3700人を運び入れる場所など見つけようがありません。

 当時、「早期にPCR検査をしたうえで、陰性の乗客だけでも早く降ろすべきだ」という主張もありましたが、船内は濃厚接触者だらけで、その日の検査が陰性でも決して安心できる状況ではなかったのです。やはり2週間隔離して発症しないこと確認してからでないと帰せなかった、それは正しい判断でした。
 しかし当時、そのことに十分な説明があったとは言えません。

 弁当が届かないこと、薬が届かないことにも理由がありました。けれどなぜそうなっているのかの説明はほとんどなく、担当者が何かの理由で意図的に仕事を控えているのだといった印象しかなかったのです。

 そんなこんなでクルーズ船対策は内外から猛然と批判され続けましたが、終わってみれば結局あれしかなかったのです。前例のない巨大クルーズ船での検疫に不備があったとしても、日本だけを責めるのは酷です。

 4月に入ってアメリカ大使は米国民が受けたケアについて、
「これは優秀な地域医療だけでなく日本の素晴らしい“おもてなし”の心を映し出すものです」
と感謝の気持ちを表しました。

 ダイヤモンド・プリンセスとその前の屋形船、ふたつの船での感染を最小限で抑えて2カ月の猶予をつくったことが、いかにその後の日本にいかに有利に働いたかははかり知れません。遅れてきた分、中国・韓国・東南アジアの国々、そしてその後のヨーロッパ各国の様子を見ながら、良いところ、真似のできるところは全部吸い上げて、後追いができたのですから。

 さらに、苦労された乗客乗員には申し訳ないのですが、「小武漢」「巨大な実験室」と呼ばれたダイヤモンド・プリンセスから得られた多くの知見は、その後の政策決定に大きな影響を及ぼしました。それも日本の運のいいところです。


【自分には“能力がない”と言えない】
 3月に入ってからは韓国の成功の影響もあって、PCR検査の少なさが問題となり、今も尾を引いています。結論から言えば、当時も今も、韓国中国並みの検査をする能力がなかっただけの話です。
 政府は4月中に検査体制を1日2万件にしますと約束しましたが、これも予算をつけるという意味で人員配置まで保証したものではありません。人員配置と言えば、地域の保健を統括する保健所の人員も、圧倒的に不足していました。政府の行政改革のおかげです。

 日常生活にサイズを合わせた人員配置だから、緊急時に即応できない、それだけのことで政府はきちっと説明すればよかったのです。
 中国や韓国、台湾やイスラエルなど休戦中もしくは準戦時体制で、自由の制限や余剰人員を抱えることが常態化しているのです。それにふさわしい税負担にも耐えています。
 だから日本は中韓・台湾イスラエルのようにはできない、そう言えばよかったのです。そのうえで、日本には過剰なCTスキャンがあるから大丈夫、日本人の特性のこの部分を信頼してクラスター対策で対応していく、そんな説明をしつくせば、国民も納得し、政府を信頼したはずです。しかし言わない。

“メルケルさんの爪の垢でも煎じて飲め”と思うのは、そのためです。


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