2020/5/30

「更新しました」〜キース・アウト  教育・学校・教師


4月〜8月生まれの子は、9月入学のために生涯賃金で1千万円損する〜どうやら先送りになりそうでよかったが。



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2020/5/29

「家庭に居場所のない子どもたちと、子育ての複線化」〜自分の居場所がない!B  親子・家族


 普通の家庭なのに子どもの居場所がなくなるのはなぜだろう。
 子どもは親をどうみているのだろう。
 親と子の双方の立場から、
 どうしたら居場所ができるのか、考えてみる。

というお話。
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(「滑り台で遊ぶ家族」フォトACより)


【普通の家庭に子どもの居場所がない】
 世の中には虐待を日常的に行っている家庭もあれば、崩壊家庭もあります。年がら年中、夫婦でいがみ合っている家もあります。これらの家で子どもが「自分の居場所がない」と言っても、それは何となくわかることで、対処の仕方も想像がつきます。

 原因が他にある場合でも、とりあえず目の前の問題を解決しないと先へ進めないのは、いま罹っている風邪を治さなければ頭痛の原因がわからないのと同じです。
 したがってここでは、ある程度の幅で「ごくありふれた家庭」を前提に話をしたいと思います。

 普通の両親、普通の家族、なのに子どもが「家に居場所がない」と言い出すとしたら、それはどういうことなのか、ということです。
 その点で私がいつも考えてきたのは、
「伝わらない真実の愛より、伝わる偽の愛の方が価値がある」
ということです。


【子どもの理解力は思ったより低い】
 例外はあるにしても、口下手の、何を言っているのかわからない男の愛の告白より、結婚詐欺師の流れるような饒舌の方が勝利を得やすいことは容易に想像がつきます。女性はバカだと言っているのではありません。大きなニュースになる結婚詐欺はむしろ女性によって行われていますから男も女も同じです。
 問題はそこにあるのではなく、 “愛”はきちんと伝えておかないと伝わって行かない場合があるということです。

 日本の男性は愛情表現が下手で、妻に「愛している」などとほとんど言わないといわれています。しかし言えばいいものでもないでしょう。欧米の男性たちは年中「I love you」とか言っているみたいですが、欧米の奥様方だって眉に唾をつけて吟味しているに違いありません。
 日本の場合、「愛している」は、私のように妻に叱られているときだけ使えばいいのであって、普段は黙って雰囲気を醸し出していればいいのです。夫婦間であれば。

 また社会生活を送る上で、私たちは友人、同僚や先輩、後輩に対して、いちいち「オレのこと、信頼しているよな」とか「俺たち親友だろう」などと言ったりしません。そうしたことはすべて“読み”の中で行うべきことで、いちいち確認するようだとむしろ胡散臭いと言えます、大人の社会では。

 しかし子どもは違います。
 彼らはとても未熟で、日本独自の高度な“読み”の対話についていけないのです。ひとことで言ってしまうと、子どもたちは私たちよりずっと「言葉通りにとってしまう」傾向があるのです。だから必要なことはきちんと言葉に出して言わなくてはならない。


【子どもに理解できない親の言葉遣い】
 私の友人に会話のキャッチボールをいちいち変化球で行う男がいます。まったく素直でなく、根はいい人なのに妙に悪ぶったりふざけたりするのです。
 そこが面白くて50年以上もつき合っているのですから仲間内ではいいのですが、同じ語法を子どもに対しても使うのは困ったものでした。

 例えばまだ息子が小学生のころ、彼は近所にある県内随一の進学校の前を通るたびに、「お前はいつかこの学校にはいるのだ」と暗示をかけているという話をしてくれたことがあります。飲み会の席でのことです。
 これが教育パパのまじめな話だったらまだいいのです。本気で息子をトップ校に入れたいと考えているなら、暗示をかける以外にもさまざまな支援を行い、その結果を一緒に確認しながら成長していけばいいのですから。
 ところが、私たちの誰もがわかっていたのですが、彼にはそんな気持ちはまったくなかったのです。面白おかしいからやっている、息子がその高校に合格すれば敢えて反対もしないが、基本的にどうでもいいことだと、そんなふうに考える人です。

 私はすでに教員でしたので“これは危険なやり方だ”と思ったのですが、子育ての上では彼は先輩ですし、教員風を吹かせるみたいでそれも嫌だったので敢えて言いませんでした。しかしずっと後になって、彼と一緒に後悔することになりました。


【実は親には余裕がある】
 今の話は極端な例ですが、似たようなことは普通の親もしています。例えば「何が何でも県立高校(都会の場合は私立高校)へ入れ」とか、「野球で○○高校をめざせ」とか言った具合です。
 ただ、これもどこまで本気の話なのか――。

 目指す高校へ入れなかったら高校進学自体をあきらめるのか、一家心中でもするのか、ということになればそうではありません。親にサラサラそんな気はない。子どもが頑張ってそれでもできなければ諦め次善の三善の策へと向かう、そのための覚悟も余裕もあります。ただし最初から余裕を見せたら子どもが頑張らないかもしれないので厳しく言っているだけなのです。
 けれど思い出してください。「子どもたちは私たちよりずっと言葉通りにとってしまう傾向がある」のです。

 受験を例に話を続けると、子どもから見た場合、親が受け入れてくれるのは “目指す高校に進学している自分”です。それ以外ではありません。親がそう言っているからです。「何が何でも県立高校へ入れ」と。
 したがって“県立高校生でない私”“県立高校をめざす努力もできない私”はその家にいなくてもいい子です。その観点から家庭を見れば、明らかに自分の居場所はありません。
 こうして「家庭に居場所のない子ども」は生まれてきます。
“県立高校生でない”を“良い子でない”に置き換えると、子どもたちの立ち位置の大変な状況はさらに見えてきます。

 しかしだからと言って親にとって、「高校はどこでもいいよ」は本心ではありませんし、子どもの悪い部分を放置して「別にいい子でなくてもいいんだよ」と言うことも躊躇われます。
 生活指導の問題に関して、専門家はしばしば、
「“今のままのキミでいいんだよ。そのままのキミで大丈夫なんだ”ということを伝えなさい」
とか言いますが、昨日から引きこもりに入った子、今日、万引きした子、まったく勉強しないで遊び呆けている子に、“今のままのキミでいいんだよ”は、言ってもウソ色満載、伝わるわけがありません。

 一方で厳しい言い方で努力を促しながら、他方でどうしても無理なら受け入れるよという優しさも見せたい二律背反、いったいどうしたらよいのでしょう?


【日常の二律背反】
 この問題はきわめて現代的なものではないかと私は思っています。
 昔の農家や商家ですと一日中家族で暮らしていますから、自然と夫婦の役割分担ができて楽だったのです。お父さんは厳しく、お母さんは優しくといったふうに。
 ところが現代の役割分担は共稼ぎであっても「外で働く人」と「子どもを育てる人」で、どこもかしこも実質ひとり親状態です。そうなると一人の親が厳しい部分と甘い部分を使い分けなくてはならず、それが大変なのです。

 実はこれについて、私は答えらしきものを持っています。それはもうひとりの私の友人が教えてくれたことで、指導の複線化、お隣の国の大統領の大好きな言葉を借りれば、指導のツートラックともいうべき方法です。


【子育ての複線化】
 私は結婚も遅く親になるのも遅かったので、先述の友人を含めて友だちの子育てを参考にすることが少なくなかったのですが、これはいいなあと思って真似したのは、三人の子どもを代わる代わる膝の中に乗せて、体を揺らせながら語り掛ける別の友人の姿です。
 彼はこんなふうに言うのです。
「お父さんの大好きな○○(子どもの名前)。お父さんが世界で一番大切な○○」
 そんなふうに遊んでしばらくすると別の子と取り換えて同じように、
「お父さんの大好きな△△。お父さんが世界で一番大切な△△」
 三番目の子どもも同じです。

 面白いのは子どもたちにとって「世界一」が三人もいることがまったく問題とならないことです。あとで聞くとさすがに「じゃあお姉ちゃんとボクとどっちが大事なの?」と訊ねられたこともあるようなので、それでどうしたと教えを乞うと、
「いや、そんなのは簡単。“今は○○が一番”って言っておけばいいんだよ」

 私もそれを真似して、上の子が三歳のころから、下の子が父親の膝の中に入るのを嫌がるまで、繰り返し同じことをしていました。
 下の男の子はある日、
「でも、お姉ちゃんを抱っこしているときはお姉ちゃんが一番っていうんでしょ」
とか言いましたが、それでも満足そうでした。姉を大切にしてくれる人は、自分も大切にしてくれる人です。

 子どもが問題を起こした、子どもの問題が常態化した、そういった段階で打つ手は限られています。その状態で”今のままのキミでいいよ“と言って通じさせるのは、不可能ではないかもしれませんが、神技に近いものがあるでしょう。
 受容的な言葉、愛を伝える言葉は、順風の時あるいはどうでもいいときに投げかけておくべきものです。子育てをする以上はいつかは厳しい親子対立を経験しなくてはなりません、しかも何回も。だからその日のために、どうでもいい時間には子どもに“お前が一番大切だ”という言葉を浴びせておけ、ということです。

 小学生も高学年や中学・高校になったら、“大好き”は言いにくくなりますからどうでもいい時間に努めて誉めておく、問題のない時期の親子の会話は誉めて愛情を注ぐ時間としておく――指導の複線の一本は常に生かしておくことがいつ用です。。
 日ごろから「大好きだ」「素晴らしい」「いい子だね」と言葉のシャワーを浴びせられている子は、親の期待に反して“県立高校生”になれなくても、家に自分の居場所のあることをきちんと知っています。そんな子は、苦難の時も踏ん張れます。倒れても頼る家庭があるのですから。

 先日、孫のハーヴは母親に叱られて、
「お母さん、怒るけど、(ボクのこと)好きなんだよね」
と訊いたそうです。おそらくシーナも私と同じことをしているのでしょう。

(この稿、終了)

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2020/5/28

「不幸な組み合わせ、幸福な組み合わせ」〜自分の居場所がない!A  親子・家族


 子どもは、初めから異なった性格をもって生まれてくる。
 親にも、親になって初めて知る自分の性格というものがある。
 その組み合わせは千差万別、さらに他の要素も加えて複雑になる。
 だから、
 子どもの「居場所」をつくりやすい組み合わせと、そうでない組み合わせがあるのだ。

というお話。
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(「産まれたての赤ちゃん」フォトACより)

【人はそれぞれ異なるものを持って生まれてくる】
 いつもここではシーナと呼んでいる私の娘が昨年産んだ次男イーツが、つい最近、一歳の誕生日を迎えました。臨月前に破水してしまい苦労して産んだ子です。今は元気で、しかも体が軽くて動きやすこともあって、すでに歩き始めているようです。

 この子の特徴はそうした身軽さとともに感情が豊かなことで、楽しいとよく笑いますし赤ん坊らしいくっつき虫で、いつも母親のシーナか父親のエージュのどちらかにくっついて、そこを基地に遊びに行っては戻り、戻ってはまた遊びに行くということを繰り返しているようです。
 感情豊かですから笑いもしますが夜泣きも激しく、いったん泣き始めると頑として引かないところがありました。私も九州旅行の際は難渋したものです。

 四つ年上で間もなく5歳になる兄のハーヴはそれと全く違う赤ん坊でした。
 こちらは新生児仮死というイーツに増してたいへんな難産でしたが、生まれたころからとてもおとなしい子で、いまでも覚えているのは離乳食のころ、祖母に当たる私の妻が「エーンって二回泣いたらあげるからね」とスプーンを口元まで持って行ってしばらく様子を見ていた光景です。特に意地悪をしたわけではなく、ちょっと試してみた感じです。しかし泣かなかった。
 とても不愛想な赤ん坊で、生後三か月を過ぎたあたりで初めて声を出して笑った瞬間を、皆が覚えているくらいです。

 運動発達に遅れがあって初めての寝返りが生後10カ月、ハイハイを始めたのが1歳1か月、ようやく歩き始めたのが1歳4か月でした。確認ですが、弟のイーツは誕生日前に歩き始めているのです。

 ハーヴは徹底した屋内派で、部屋の中では放っておけばいくらでも一人遊びをしています。ですから今回の新型コロナ自粛でもシーナはまったく困りませんでした。何しろ親が促さないと散歩にすら出ないのですから。


【子の性格で親の育て方は揺れる】
 さて、二人の孫の話をしたのは別に孫自慢ではなく、子どもは生まれたときすでに強い個性を有しているということを確認しておきたかったからです。

 おとなしく、内向的で育てやすいハーヴと、陽気で活動的で泣き止まないイーツ。
 教員時代、多くの保護者から、
「兄弟、同じように育てたつもりなのに・・・」
といった言葉を聞くことがありましたが、そんなことはありません。これだけ違った個性を育てている以上、育て方にも相応の違いがあったはずです。

 例えば次男のイーツはくっつき虫で長男のハーヴは不愛想な赤ん坊だったと書きましたが、そのことが父親の養育態度に影響を与えます。
 イーツはべたべたとくっついてきますから自然に接する機会が増えます。抱き上げるとキャッキャと声を上げて手足をばたつかせて喜びますから、また抱こうという意欲につながります。しかし長男のハーヴは不愛想で体が重く、常に体が母親の方に向かおうとしているので何となく気が引けたりするのです。

 二人について父親のエージュが差別しているとは思いません。いつも同じように、よく子育てに参加してくれています。しかし毎日の小さな違いの積み重ねは、二人の成長に違った影響を与えることでしょう。どちらがいい、どちらが得ということでもありませんが。


【子どもが好きでなくてもよい親になれる】
 母親のシーナについて話しておきます。
 シーナは中学生のころから「一番の目標はお母さんになること」と言っていたくらいですから、四大を出て25歳で結婚し26歳で母親になったのはほぼ目標通りでした。しかし振り返って中学生だった頃のシーナが子ども好きだったかというと、まったくそういう記憶はありません。そこで聞いてみるとすんなり、
「別に好きじゃないよ。早く結婚して子どもを産みたかったのは、女の子どうしの恋愛・結婚・出産レースに巻き込まれるのが嫌で、その前に抜け出したかっただけ――」
 よくわかりませんが女の子の世界には難しいことがあるみたいです。

 さて、それほど子どもが好きでもないのに母親になったシーナはそれからどうだったか――。
 直接の父親である私が言うのも不適切かもしれませんが、よくやっている、非常によくやっていると感じています。普通の母親が期待されることは一通りできているみたいですし、夜泣きに苦労したり、特にハーヴの発達には心傷めることも多かったのですが、なんとかしのいできました。
 私は赤ん坊が大好きですからいつでも羨ましく、思わず「いいなあ」と言ってしまうことがあるのですが、「うん、幸せだと思ってるよ」と答えますから、まずは及第点でしょう。

 一般的な意味で「子どもが好き」でなくても、親は勤まるのです。


【不幸な組み合わせ、幸福な組み合わせ】
 そんな気はさらさらなかったのに、親になったらとんでもなく楽しい、自分に向いている、という人もいれば、まったくやっていける気がしないという人もいます。

 つい先日もテレビで、独身の頃は赤ん坊の泣き声が聞こえるだけでも舌打ちをしていたのに、親になったら面白くて楽しくて、今では保育士さん並みに歌って踊って大騒ぎをしているというタレント(?)さんが出ていました。こういう人は幸せです。

 しかし逆に、赤ちゃんが欲しくてほしくて、ようやく手に入ったと思ったら我が子がまったくかわいいと思えない、好きになれない、そういう人だっているでしょう。もちろんかわいくないからと言って育児放棄するわけでもありませんが――。

 いつまでたっても子どもが可愛いという人もいれば、ある時期からまったく関心を失ってしまったという人もいるでしょう。
 夫婦間の子どもに対する感じ方の不均衡というものもあります。

 私の家のトイレの格言カレンダーで今月の格言は「親の希望は押し付けすぎると子供の負担になる」で、毎日“こういうのも格言というのかな”と首をかしげていますが、親と子の願いの不整合ということもあるでしょう。

 夫婦の組み合わせ、親と子の組み合わせ、子と子の組み合わせ、それぞれの願いの組み合わせ――それらは無数にあり、その中の不幸な組み合わせから「家に居場所のない子ども」が育ってくる――今、私が考えているのはそういうことです。

 回りくどい言い方になりました。言わんとするところは、親にも罪はない、子にも罪はない、要するに組み合わせの問題なのだ、ということです。

(この稿、続く)


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2020/5/27

「学校に居場所のない子どもたち」〜自分の居場所がない! @  教育・学校・教師


 家にこもってゲームをし続ける子どもたちが共通に語る言葉、
 「ゲーム以外に自分の居場所がない」。
 私たちはこの言葉をどう解釈し、
 どう対応したらよいのだろう。

というお話。
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(「港の風景」フォトACより)

【自分の居場所】
 先週水曜日(2020.05.20)のNHKクローズアップ現代+「外出自粛の陰で…ゲーム依存は大丈夫?」の中で、部屋に引き籠ってゲームをし続ける子どもたちに共通な言葉として「自分の居場」が繰り返し出て来ました。

「家庭内に自分の居場所がない」「学校に居場所がなかった」「オンラインゲームの中にしか自分の居場所はなかった」という使い方をします。

 察するに「安心して居続けることのできる場」「評価して認めてもらえる場」「大切にされていると感じられる場」「少なくとも惨めだったり孤独だったりしない場」、そんな感じの言葉のようです。
 しかしこれ自体は新しい概念ではありません。そういう言い方をしたかどうかは記憶にないのですが、昔の非行少年はみんな学校や家庭に「居場所」のない子どもたちだったからです。


【学校は子どもの港、たくさんの係留柱】
 日本の義務教育学校というのは非常に多彩な場所です。教科だけでも九つもあります。国語・社会・数学・理科・英語・音楽・美術・体育・技術家庭科――これだけあれば一つぐらいは得意な科目、好きな科目は持てるのではないか、そう思いたくなるほどです。
 私の息子のアキュラは、教科担任が好きなこともあって音楽だけは「5」を取りたいと言って結局中学校3年間、音楽だけはすべて「5」でした。親のひいき目で見ても音楽的センスのあるような子ではありません。しかし中学校くらいだと努力だけで何とかなるものです。
 
 ところが9教科全部パッとしない子、得意があっても一つ二つでは生き生きとできない子もいます。そのためにあるわけではないのですが、学校には教科学習以外に部活動と生徒会という二つの大きな柱があって、特に部活動では「生き生きできる」「そこが生きる場所である」といった子も少なくありません。
 朝、部活動のために学校に来て、入場料を払うがごとく、じっと我慢しながらよく分からない授業を午後まで受け、放課後になると目を輝かせて勇んで練習場に向かうような子たちです。

“そんなの学校の本筋ではないじゃないか”
などと言ってはいけません。教科ではさっぱり活躍できず、興味ももてない子というものもいるのです。そういう子が部活動で生き生きとできるなら、何だってかまわないじゃないですか。
 生活の中に生き生きとできる場のあること自体が素晴らしいのです。

 こうやってみると、学校はどこかしらに子どもが繋がる係留柱をもっている多彩な場所だということが分かってきます。しかしこれほどの多様さにもかかわらず、実際には学校に居場所のない、係留索をつなげる柱を持てない子もいるのです。

 部活動は有力な柱と言いましたが、大きく分けるとスポーツと芸術がほとんどで、両方ともダメな子はここでも切り捨てらます。生徒会活動にも向かない子はいます。学級という集団自体が嫌な子だっています。

 最後の頼みは“友だち”です。
 実際に“友だちに会うために学校に来ている”という子はかなりの割合でいますし、教科や部活動・生徒会は二の次で、友だちとしゃべったり遊んだりすることだけが楽しいという子は意外と多いものです。
 ところがその“友だち”すらいないとなると、学校はまるっきり「自分の居場所のないところ」といった感じになってしまいます。周囲が異邦人ばかりなのですから。

「安心して居続けることのできる場」ではなくなり、評価し認めてくれる人もいません。そして孤独です。


【その学校に居場所のない子どもたち】
 私は四半世紀も前に、引きこもりの専門家の富田富士也さんの講演会で聞いた次の一言を、今も印象深く覚えています。
「登校拒否(不登校を当時はそう言った)の子たちが学校が嫌なのは、そこが人間関係を強制するところだからです」

 学校は知・徳・体を育てるところです。
「知」は教科学習に代表され、「体」は運動や保健衛生のことです。そして「徳」は“道徳を始めとする人間関係の教育すべて”のことを言います。
 見方を変えれば、部活や生徒会・学校行事と言った特別活動も、教科学習の中で行われる指導のすべても、みな円滑な人間関係を築くための力をつける「徳の教育」だと言えます。

 ところが実地研修のような形で「徳」の学習をさせようとすると、前提として、学級活動とか生徒会活動とか部活動とかいった場で、拙いものであっても人間関係を結んでもらわなくてはなりません。
 拙いですからしょっちゅうぶつかり合う、問題が起きる、そしてその問題解決を通して、より良い人間関係を結ぶ力が育ってくるのだと教師たちは信じているのです。

 ところが学校の活動のどの部分でも生き生きとできる場がなく、さらに友だちもいない子にとって、この人間関係の強制は苦痛以外の何ものでもありません。

 大昔は、そういう子たちが学校に寄り付かず、街に出るようになりました。そこにはタバコを吸ったり酒を飲んだり、バイクを乗り回したりすることで仲間から賞賛を受けるような場があったからです。

 1970年代の後半、なぜか街を徘徊していた子どもたちが学校に戻ってきて校内で暴れるようになります。校内暴力の時代です。そこには権力に反抗した70年までの学生運動の影響もあったのかもしれませんし、あるいは社会秩序が回復してきて外での活動が難しくなったという面もあったのかもしれません。とにかく彼らは学校に戻り、校内に自分たちの「居場所」をつくってしまったのです。
 当時の学校の先生の、
「なんで不良少年たちは学校が好きなんでしょうね?」
という言葉を私は忘れません。

 元気のよい子が戻って来て、元気のない子たちが学校に寄り付かなくなりました。この子たちは外でたむろしたりせず、家に籠ってしまいましたから最初は目立ちませんでしたが、気がつくと大変な数になっていました。
 不登校時代の始まりです。

(この稿、続く)

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