2020/4/6

「担任教師が、4月はじめやっておくべき一番大切なこと」〜もうすぐ入学式・始業式  教育・学校・教師


 学校ではつらく苦しい新年度準備の数日間が終わり、
 いよいよ子どもたちが登校してくる。
 教室の準備は万端か、最初の数日間の計画はきちんとできているか、
 いろいろ気にしなくてはならないことがたくさんあるが、
 初日の学級会の一番初めに教師として何を話すか、
 もしかしたらそれが一番重要かもしれない。

というお話。
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(ジャン・デルヴィル 「プラトンの学校」パブリック・ドメインQより)


【やはり学校の始まりはつらい】
 私のツイッターの通知に「おすすめ」としてこんなつぶやきが入ってきました。

 3日しか働いてないけど、
 公立中学、ブラックすぎて笑える。
 もう、辞めたい。 
 もう、辞めたい。
 もう、辞めたい。
 中学1年の担任、入学式とかやばい。


 この人が今、どういう目にあっているかは、先日も紹介した1年前の私のブログにありますので、興味のある方はぜひご覧になってください。
 2019/4/3「新年度の4種の教師たち」〜新年度・新学期が始まります 

 3日で嫌になる気持ちもわからないではありません。しかし今のご時世、辞めても派遣の仕事もありませんから「毒を食らわば皿まで」、退職してものちのち話のタネにできるよう、しばらく耐えてドップリ浸かってみるのもいいかもしれません。
 社会を知っている教員は少ないと言いますが、学校世界を知っている社会人というのも案外少ないものです。きっとモテますよ。

 頑張ってください(と他人事)。


【担任教師が、4月はじめやっておくべき一番大切なこと】
 さて、早いところでは明日にも入学式・始業式という学校もあるようですが、新年度に児童生徒が学校に来てからの最初の3日間を「黄金の3日間」と呼ぶ先生がいるように、この時期は一年の中でも最も重要な期間です。

 担任教師の学級運営にはさまざまなやり方があって、中には低い水準から1年計画でゆっくりと練り上げ、大きな成果を上げる先生もおられます。しかしよほどの力量がないとできない技で、あまり一般的ではありません。
 悪いものを極上のものへと引き上げることはたいへんです。

 普通の教師はそうではなく、最初の三日間に児童生徒を非常に高い段階にまで引き上げ、そこから一年をかけてゆっくりと、質が下がりそうになるたびに手を入れたり持ち上げたり、支えたりしながらなんとか年度の終わりまでつないでいく、というのがせいぜいです。
 4月というのはどんな子どもでも意識が高く「やり直し」の気分が強いですから、ここに「理想的なクラス」があるという擬制をつくりあげて、目指す姿を全員で確認してから一年を始めるわけです。

 ではそんな「理想的なクラス」をつくるために何を用意したらよいのか――。

 例えば、学級の年間目標というのはとても重要な道具です。個人目標を紙に書いて掲示することも大切でしょう。ただつくればいいというものではなく、そこに至る過程が重要です。十分に話し合いをしてみんなが納得してこその学級目標です。
 ただし話し合わせるのが苦手な先生は自分で決めて、『このクラスはこれで行く!』と宣言して終わりにしたってかまいません。下手な話し合いはむしろしない方がいい(私はそういう教師でした)。


 児童・生徒会の役割分担や学級内係を決める際も、安直にくじ引きやじゃんけんに任せるのではなく、できれば大きな理想を掲げ、高い意識をもって決めさせる工夫も必要です。
 お互いに思いやりと、高い志をもってあたれるといいですよね。

 そしてそれらすべての基礎になるのが、最初の学級会で行われる「担任の話」です。
 担任教師が自分のクラスをどうしたいのか、どんな願いをもって一緒に成長していこうと考えているのか、それを語る講話です。
 一年間を規定する最も重要な話ですから、半端な気持ちでやってはいけません。特に今年は、間違いなく空前であり、かつ絶後であってほしい緊急事態での学級始めですから、今でなければできない特別の話をしておく必要があります。

 高邁な理想を掲げ、気高い雰囲気で、最高のものを提供する気持ちで、情熱をもって、子どもたちに語り掛けなくてはなりません。

 私はすでに自分の教室を持たない身ですが、小学6年生か中学1年生辺りを念頭に、今だったらこんな話をするだろうといったことを考えてみましょう。


【仮想:私の第一回担任講話】

 皆さん、進級(進学)おめでとうございます。
 とりあえず、おめでとうと言っておこうね。
 
 しかし世の中はとてもではありませんが、おめでとうなどと言っていられる状況ではありません。
 キミたちもすでに一カ月以上、部屋に閉じ込められ強いストレスに晒される生活を送ってきました。それがいつまで続くのかわからないのです。

 幸い今日、私たちの学校は一学期を始めることができましたが、それだっていつまで続けられるのか分かりません。極端な話、今日、このあと、突然私が体調を崩して検査をしたら新型コロナ感染だったということになれば、今夜のうちに連絡網が回って明日の授業はなくなってしまいます。学校全体が休みになるはずです。
 キミたちはたった一日の登校で、また昨日までの日々と同じことになってしまいます。

 私も年ですから、入院となればこれが最後で、二度とキミたちの前に立てないかもしれない。つまりこれが私の、キミたちに対する最後の授業になるかもしれないのです。
 ですから心して聞いてください。いい加減に聞き流してはいけません。
(もちろん来週の私はすでに死んでいるかもしれないというのは少ない可能性のひとつでしかありませんが・・・・)


(以下、明日に続く)


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