2020/3/27

「日本は必要なPCR検査もしなかったのか」〜今さら聞けない新型コロナC  政治・社会


 新型コロナウイルス発祥の中国の隣で、
 しかも最も早い時期に最初の感染者を出した日本は、
 それにもかかわらず感染者も死亡者も少ない。
 だが世界はそれを評価せず、疑いの目で見ている。
 いったい、どうすればよかったのか。

というお話。
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(「研究」フォトACより)

【日本は完全に信用を失った】
 PCS検査をもっとした方がいいという考え方と、今のまま抑制的でいいとする考え方の論争は今も尽きません。
 もっと検査した方がいいとする人たちは、「感染の全体像が見えなければ対策の打ちようがないではないか」とおっしゃいますが、それ以外に、あまりにも少ない検査数は国際的信用にかかわると考えておられるからかもしれません。

 PCS検査優等生のお隣・韓国には、アメリカ大統領を始めフランス・スペイン・スウェーデンなどの首脳から問い合わせや支援要請がひっきりなしのようですし、信用ならない日本からの渡航に制限をかけている国・地域は、韓国のそれよりもずっと多くなっています(3月20日現在で、対日本209か国・地域、対韓国174か国・地域)。
 新型コロナ対応に関して、日本はまったく世界から信用されていないのです。

 昨日のハーバード・ビジネス・オンラインにも、
 米在住内科医が提言。日本も直ちに大規模な新型コロナウイルスの検査を実施し、真の感染の広がりを把握せよ
という不満の記事が載っていました。

 しかし私はこの「大規模な新型コロナウイルスの検査を実施し、真の感染の広がりを把握せよ」の意味がよくわからないのです。


【日本は必要な検査もしていないと思われている】
 大規模検査の実施といっても、まさか東京で東は江戸川区、北は足立区、南は品川区、西は八王子あたりから中心に向けて、絨毯爆撃のように全戸検査をして行け、などということではないでしょう。そんなことをしていたら半分も終わらないうちに新型コロナの流行期が終わってしまいます。毎日1万件ずつ検査しても3年近くかかるのですから。

 “いやそうじゃない、咳や発熱などの症状のある人とその周辺だけでいい”ということになればかなり絞られてきますが、例えば今日まで一人のコロナ感染者も発見されていない岩手県、ここでも咳や発熱のある人を掘り起こせば1000人くらいは出てくるでしょうが、その濃厚接触者も含めて一人につき10人を検査対象とすれば全部で10の1000倍、1万件の検査をやればいいことになります。

 ところでPCR検査1件の費用はどれくらいかかるかご存知ですが?
 日本の場合は分かりませんが、量産体制ができている韓国で1件16万ウォン(約1万4470円)だそうです(2020.03.26中央日報)。
 そうなると1万件で1億4470万円。確認しますが、まだ一人のコロナ感染も発見されていない岩手県でこれだけの費用をかけるのです。そして今ならたぶん一人の感染者も発見できない。
 意味ある検査とは言えません。
 やはり検査は感染の可能性のあるところから行うものなのです。

 しかしそうなると「真の感染の広がりを把握」できていないとされる日本は、諸外国から「感染の可能性のあるところでも検査を行わなかった」「すべき対象者をわざとふるい落としている」と思われていることになります。
 不本意ですね。


【思い出した二つの事例】
 そこで思い出したのは2月の中旬、テレビの情報番組で繰り返し出されたある診察室の情景です。
 医師の前に、カメラを背にして初老の男性患者が座っています。
 医師はレントゲン写真を見ながら、「ここに肺炎らしい影があります。コロナ検査を受けてみますか?」などと訊ね、その場で保健所に電話をします。当時は保健所を通して検査を行うかどうか決めたのです。
 ところが電話が通じない。男性は家に帰され、テロップには「後日、電話は通じたが、規定に合わないということで検査は見送られた」といった文章が流れるのです。

 ネットでは30歳代の夫が高熱と肺炎で救急搬送されたという女性が、「持病もなく喫煙もしない、ふだんかぜすらひかない夫が、過去にない酷いせきと強いけん怠感を示し、血たんやおう吐をしたのです。しかも人生初の入院、そして肺炎です なのに、検査ができません」と嘆いています。

 この人たちは「PCR検査をすべき対象者」「検査の必要な人」だったのでしょうか? この人たちの検査をしなかったことが、後々、日本の信用を落とすことになったのですから、ぜひとも検討しなくてはなりません。

 そこで私は、こんな寓話を思い浮かべました。


【真夏のインフルエンザ】
 ある暑い9月初旬の朝、私はびっしょり汗をかいて激しく咳き込みながら目を覚まします。
 のどが痛く、軽くめまいがする。熱を測ると38度5分。そこで病院に行き、診察を受ける。
「おやおや、この時期に珍しい。少し肺炎っぽくなっているかな」
 レントゲン写真を見ながら医師がそう言うので、私は、
「インフルエンザの検査をしてください」
と申し出る。
「いや、いや、いや、それはないでしょう。この時期インフルエンザの報告なんてこの辺りに一件もありませんよ」
 しかし私は引かない。
「私が今年最初の患者ということもあります」
「そりゃあ、ないわけじゃないけど・・」
「だから検査してください」
「しかしキミねぇ」
 押し問答はいつまでも続く・・・。

 残暑厳しい9月の初旬、県内にひとりの感染者もいない状況で、何が何でもインフルエンザの検査をしろというのは愚かしい行為です。しかし調べてみると9月のインフルエンザはないわけでもありません。昨年9月第1週(9月3日〜9月9日)には、全国で338件もの報告がありました(厚労省「インフルエンザに関する報道発表資料 2018/2019シーズン」)。
「私が今年最初の患者ということもあります」
も、あながち世迷いごとではありません。

 今年2月中旬、例えば20日の国内の新型コロナ感染者は94名でした。
 9月初旬にインフルエンザの検査を要求するのが愚かなら、今年2月の中旬にPCR兼査を求めるのはさらに愚かと言えるでしょう。国内で135万分の1の確率しかいないコロナ感染を恐れているわけですから。

 しかし「今は検査を求める時期ではない、陽性と出たところで本人に何もいいことはない」と説得すべきマスメディアは、全力でこれを支持し、一緒に憤りました。国会でも野党が「この国では検査の必要な40人もが保健所から拒否された」と政府を追及します。さらに政府も、安易に「検査能力を高めます」と本筋ではない約束をしてしまいました。

 こうして日本は「必要な検査もしない国」「正確な数字を出してこない国」「信用ならない国」になったのです。

(この稿、続く)

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