2020/3/4

「始まってしまった臨時休校。こうなったら支えていくしかないじゃないか」〜最悪のことを考えて、素早く!  教育・学校・教師


 国民に負担を求めない政治家やマスメディアの甘い言葉にはウンザリだ。
 我々は多少の苦痛なら背負う覚悟を決めている。
 危機管理は「最悪の場合を考えて」「素早く」やるものである。
 拙速大事。とりあえず始めて、不備は今から直して行けばいいじゃないか。

という話。
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(「海岸で遊ぶ子供たち」フォトACより)


【甘い言葉は、もうたくさんだ】
サルは木から落ちてもサルだが、選挙に落ちた議員は議員ではない。
政治的な理想や政治的野心を持つ者は、したがってどのような手段を使っても当選しておかなければならない。
落ちてしまえば、理想も何もあったものではない。

ニュースは商品である。
どんなすばらしい思想や理念も、人々の目に届かなければ何の意味もない。
ましてメディアが大衆に受け入れられない情報を流し続ければ、伝達の手段そのものを失ってしまう。

かくして商店が人々の喜ぶものだけを店先に並べるように、 メディアはさまざまな商品を並べ始めた。
甘いもの・優しいもの・受け入れやすいもの、本物そっくりのまがい物のダイヤ。
人々の妬みや個人的な怒りを一身に集めてくれる生贄 。
そこに問題が生まれれば、今度はそれをまた売ればいいだけのことだ。

 これは今からちょうど20年前、当時、現場を知ろうともしないで次から次へと、学校に対して勝手な要望と批判を繰り返す政治家・マスメディアに、そうとうに苛立って書いた短文です。
 そして今日、私はあの時と同じように苛立っています。
 いくら政治やマスメディは弱い立場に着くべきだと言っても、時と場合があるでしょう。できもしない甘いささやきを国民の耳に注ぎ込み、政治不信を引き起こし、国家の分断を謀るのもいい加減にしてほしい。

 そりゃあ、突然学校が休校になれば困る人はいる、社会的混乱も半端じゃない。しかし唐突だ、勝手に決めた、何の準備もなかったと政府のやり方を追求する人々の中に、誰一人として「2週間程度の猶予をもって3月第三週あたりから休校にすべきだった」とか「今からでも遅くはない、その要請をすぐに撤回しろ」と迫る者のいないのはなぜか?
 批判は大事だが、代案のない批判は単なる不平不満にすぎない。

 まだ余裕のあった1月の下旬、「桜を観る会」の話なんてやっていないで新型コロナ対策法の審議でもしておくべきだった――そう発言する猛者もいない。早い話が、みんなぬかっていたのだ。覚悟も準備もできていなかった。
 だとしたら今、目の前でできることをするしかないじゃないか、
――と私は思うのです。


【根拠がないのはどちらも同じ】
 政府の上意下達が気に入らないのなら長野県の池田町教育長も「2日遅れの休校『ささやかな抵抗』」(2020.03.03 朝日新聞)などと言わず、兵庫県の小野市のように「予防徹底で授業」(2020.03.03NHK)と突っ撥ねればよかったのです。
 尾木直樹もこの期に及んで「休校する・しないで教育格差『はっきり言って出る』」(2020.03.03サンスポCOM)ばどと言わずy、最初から大反対すればよかった。
 2週間と言えば授業日数で10日余り、それで教育格差がつくようなら日本の8割程度しか授業のないフィンランドなんか世界最低の学力しか保障できません。半日学校のドイツはさらに悪い。しかし実態は必ずしもそうではありません。

 そもそも3月のこの時期は、卒業学年の児童生徒は卒業準備や進学準備で大した授業はしていないのです。その他の学年は積み残したって次年度にやればいい。
 新型コロナウイルス拡散の可能性を考えたら、そうしたことはぜ〜〜〜〜んぶ、どうでもいい部類に入ります。


【最悪の場合(=子どもが発症もしないでうつしまくっている可能性)を考えて】
 いや、そもそも学校を休校にすることで感染症が広がらないことに科学的根拠がない――。
 ホラ、また出た。
 もう何度も繰り返しましたが、科学的根拠だってどうでもいいのです。
 危機管理の基本は「さ・し・す・せ・そ」
「さ:最悪の事態を考え」
「し:慎重に」
「す:すばやく」
「せ:誠意を持って」
「そ:組織的な対応を」

 中でも大切なのは、「最悪のことを考えて」「素早く」です。

 新型コロナウイルス感染症対策専門家会議が「見解」として発表した中に、
全国の若者の皆さんへのお願い
 10代、20代、30代の皆さん。
 若者世代は、新型コロナウイルス感染による重症化リスクは低いです。
 でも、このウイルスの特徴のせいで、こうした症状の軽い人が、
 重症化するリスクの高い人に感染を広めてしまう可能性があります。
 皆さんが、人が集まる風通しが悪い場所を避けるだけで、
 多くの人々の重症化を食い止め、命を救えます。

というのがありました。
 早い話が、
「君たちは自ら発症せず、病気をうつして回るだけのペストのネズミかもしれない。そのことを本気で考えて気をつけろ!」
ということです。この中に「一ケタ代」が入らなかったのは単にゴロが悪かっただけでしょう。いずれにしろ“疫学的根拠”なんかない。
 あらゆる感染症で感染リスクが一番高いのは家庭内だとことはだれでも知っています。若者が家に持ち帰りハイリスクにうつすことこそ、いま考えられる最大の危険なのです。
 
 拙速大事――今回の政府の決定は穴だらけの拙いものですが、慎重に扱って遅きに失するよりはるかにましです。


【アイデアはこれから出てくる、ださなくてはならない】
 休校にして子どもを学童保育に、あるいはどうしても困る場合は学校で預かるといった話が出たとき、私も猛然と反対しました。その方が感染リスクは高いと考えたからです。
 しかし早くも学童保育を学校の施設や教員の力を借りて行う、というアイデアが出てきています。

 実際始まってみるとその学童保育も案外すいていて、保護者が何とか自助努力でこの危機を乗り切ろうとする様子もがうかがえます。企業の中には子連れ出勤を認めたり、社内に遊び場を設けたりと、最大限の協力を惜しまないところも出て来ました。

 日本人は真面目で被統治能力(governability)に優れていますから、なんとかしてくれるのです。それをわざわざかき混ぜる必要はありません。

 ワタワタと慌ただしく始まった臨時休校です。今後ようすを観ながら、医師や看護師あるいは介護士、さらには保育園等を子どもの預け場所として予定するなら、保育士・学童保育担当者・幼稚園教諭・小学校低学年教諭の子どもを優先的に預かって、親には仕事に行ってもらうといった工夫も始まるかもしれません。

 今さらああだこうだ言うのではなく、とりあえず今考えられる最善の策を次々と打って、反省と吊るし上げは後に回していきたいものです。


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