2019/12/25

「教員採用試験競争率2.8倍は、採用数増加のせいではない」〜終業式だというのに腹が立つ  教育・学校・教師


 終業式の午後は、教師にとって至福の時間。
 教師がお互いに「ご苦労さん」とねぎらい合えばいいだけなのに、
 どうにもこうにも腹の立つことが多すぎて、
 今日も話が長くなった。
という話。
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(「学校の階段・踊り場」PhotoACより)

【終業式:先生方、ご苦労様でした】
 先生方、長い二学期、ご苦労様でした。
 無事通知票も書き終えて、さぞかし今はほっとしておられることでしょう。あとは子どもたちの心に残る話をして、穏やかに送り出すだけです。

 校長先生は、終業式にどんな良い話をしてくださるのでしょう?
 足りない部分があれば、担任の先生が補っておいてください。

 私は終業式が終わって子どもたちを送り出した後の、森閑とした校舎の雰囲気がとても好きでした。とりあえずこの時間だけは、何にも追われず、心安らかに過ごすことができます。


【腹に据えかねたこと諸々、そして一昨日】
 振り返ってみれば今学期も、実に腹立たしいことの多い日々でした。

「神戸の市立小学校の同僚いじめ事件は、ほんとうにあそこまで追いつめなくてはならなかったのか。いまだに懲戒処分の出ないのはなぜか、刑事告訴はどうなった?」
とか、
「20代以上の大人の英語力が諸外国に比べて低いのは、学校教育のせいなのか。PISAの読解力15位はそんなに問題なのか」
とか、
「『桜を見る会』で国会がバタバタしている間に、『変形労働時間制』を柱とする『教員の働き方改革法案』がマッハのスピードで決まってしまったが、それでいいのか? 人は増やさず仕事は減らさず、それで行われる『教員の働き方改革』って恐ろしくないのか?」
とか――。

 一昨日は一昨日で文科省から「令和元年度(平成30年度実施)公立学校教員採用選考試験の実施状況のポイント」が発表され、小学校の採用試験が全国平均で倍率2.8倍になってしまったと各界に衝撃を与えています。

 文科省の分析だと、
・採用者数が平成12年度以降ほぼ一貫して増加しており、近年の採用倍率低下は、大量退職等に伴う採用者数の増加の寄与するところが大きい。
・例えば、小学校において採用倍率が過去最高の12.5倍であった平成12年度においては、受験者数が46,156人、採用者数が3,683人であるのに対し、令和元年度においては、受験者数は47,661人とむしろ増えている一方、採用者数は17,029人と5倍近くに増えた結果として、採用倍率が2.8倍まで低下している。


 マスコミの多くもこの分析をもとに記事を書いていますが冗談じゃありません! 採用者数が最低で競争率が12.5倍もあった平成12年をもとに考えるのは、とんだ我田引水・牽強付会です。 
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 誰も10倍を超える競争率が必要などと言っているのではなく、教員採用試験なんて4〜5倍もあれば十分で、就職超氷河期の平成7年から15年あたりまでの特異期を除けば、ずっとその程度でやってきたのです。

 最近で言えば平成16年から平成25年までは大体そんなもの。ところが平成27年に4倍を切ってからわずか5年で2.8倍なのです。

 確かに採用者数は平成25年に比べると3400人も増えましたが、受験者の方は1万1000人も減っているのです。

 小学校において採用倍率が過去最高の12.5倍であった平成12年度においては、受験者数が46,156人(中略)であるのに対し、令和元年度においては、受験者数は47,661人とむしろ増えている

 だからこの言い方は汚いのです。受験者の減少をわざと低く見せようとしています。

 特別支援学級・学校を充実した、30人学級を増やした、定年退職が増えた、だから採用者数が増えて倍率が下がったが、受験者減は大した問題ではない。
――そうか? 

 1980年代初頭に第二次ベビーブーマーが就学期を迎えたため、教員の大量採用がありました。そのとき教員になった人たちが今年度あたりをピークに定年退職を迎えつつあります。

 文科省の言う通りだとすると、今後採用者数は減っていかなくてはなりません。それにつれて倍率も上がっていくはずですが、どうでしょう。注意深く見ていくしかないですね。
(再任用のことを考えると、本当はもう減っていなくてはならないと思うのですが・・・)。


【それでは、皆さま、よいお年を】
 今日の記事はグンと短くするつもりでしたが、頭に来ているとどうしても話は長くなります。

 先生たち! 忘年会ですよね。
 自家用車で会場に向かわれる先生! 明日の朝にアルコールを残さないように!
 セクハラ・パワハラの加害者になることが心配な先生! “今日は飲まない”という選択肢もあります。
 セクハラ・パワハラの被害者になることが心配な先生! 心理的武装をして出かけましょう。 逃げること、戦うことも相手に対する親切です。酔いが元で懲戒免職になったら家族が困る先生もたくさんいますから。
 気の緩む日ですが、緩ませすぎないように。


 それでは皆さま、よいお年を!!


 *学校に合わせて書いているこのブログも冬休み入ります。再開は1月8日を予定していますが、腹に据えかねることがあれば書く日もあるかもしれません。
 来年もよろしくお願いします。



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2019/12/24

「昭和の忘年会と文化の終焉」〜#忘年会スルーに始まって  歴史・歳時・記念日


 「#忘年会スルー」が話題となって、忘年会の見直しが始まる様子。
 しかしすでに、昭和の忘年会文化は消えつつある。
 合理からすればなくなって当然の会だが、
 その役割は、ほんとうに終わってしまったのだろうか。

という話。
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(「銀山温泉の夜景(山形県尾花沢市)」PhotoACより)

【#忘年会スルー】
 いよいよ明日は終業式。
 “まだ”のところも“すでに”のところもあると思いますが、全国的には26日から冬休みというところが多いようです(特に根拠なし)。

 2学期終業式といえば忘年会、と昔の人間は考えます。しかし今月は「#忘年会スルー」が話題となったとかで、若者を中心に見直しの機運も高まっているようです。
 それはそうでしょう。日ごろは付き合いのない上司と好きでもない酒を飲むのに数千円も払い、その上で長々と説教されたのではたまりません。若い女性だって、いつどんなふうにオジサンにイエローカードを出すか、身構えながら飲む酒がうまいはずもない。

 一方オジサンたちからすれば、日ごろ腹を割って話すことのない若者の話も聞いてみたい、若い女子社員と合コンみたいな雰囲気も味わいたい、と手ぐすねを引いて待っているのですが、いざ話が始まってみるとなぜかいつも説教臭くなってしまい、自分ながら“これでは嫌がられるのも無理はない”――と分かっていてもうまく話ができない、そんなところかもしれません。
 かくいう私も “もっと面白い話はできないのか”と常に反省しながら、それを生かせないままサラリーマン生活を終えてしまいました。

 忘年会を忌避する若者の気持ちは、みんなが分かっています。
 忌避されて寂しい思いをし、「忘年会は出るのが当たり前だ」などとブツブツ呟いているオジサンたちだってかつては若者で、忘れているのかもしれませんが、彼らこそ昭和の忘年会を壊した人たち、まさに“#忘年会スルー”の先駆者なのです。


【昭和の忘年会】
 昭和の忘年会といえば企業人も公務員も、旅館を貸し切りにして一晩中騒いだものです。
 今でも老舗旅館に行くと何のためかと思わせるようなとんでもなく広い大広間があったりしますが、あれはみんな企業や官公庁がどんちゃん騒ぎ(この言葉自体が昭和!)をするためのものなのです。
 もちろん数人の企業では貸し切りとはなりませんから、実際に大広間を使ったのはある程度以上の組織だけでしたが、“昭和”のイメージとしてはそうなります。

 特に民間企業の場合、会社の補助が莫大で、個人の持ち出しは些少。そうなると“忘年会スルー”自体が損ですから参加者も当然多くなります。
 本田技研はその昔、京都に8000人の社員を集めて大宴会をやったといいますが、参加が義務だったというより、“参加が得”な時代でした。その“得”に誘われて行ってみると、これが結構楽しかったりするのです。

 今も企業風土として忘年会を続けている会社の中には、新入社員の出し物が伝統になっているところもあるようです。お店選びや予約、当日の司会も新入社員にやらせて企画力や協働性を見る――そういうことなのかもしれませんが、かつての“出し物”は新人に限られたものではありません。

 部あるいは各課ごとに毎年出し物を出さなければならないところもあって、それは大変で面白かったと聞いています。
 それこそが“昭和”で、まったくスマートではない。泥臭く、ウザい世界でもあります。


【学校の忘年会】
 学校の忘年会もかつてはそうでした。
 学校には「学年会」という相当に自立性の高い下部組織があって、それが出し物の基礎単位となります。例えば中学校なら1学年から3学年までの3チーム、それに校長・教頭、学年に属さない事務の先生や校務員の先生が「4学年」という臨時の学年組織をつくって4チームで競うわけです。

 特に数寄者の主任がいる学年などは12月に入ると毎日「学年会」で、密かに芝居の練習などをしています。
 「女系図(おんなけいず)」の「別れろ切れろは芸者のときにいう言葉。今のあちきには『死ね』と言っておくんなまし」とか「金色夜叉(こんじきやしゃ)」の「今月今夜のこの月を、俺の涙で曇らせて見せる」とかはみんなこのとき覚えたセリフです。

 昭和歌謡に必ず出てくる「お富さん」は歌舞伎の「与話情浮名横櫛(よわなさけうきなのよこぐし)」を演歌にしたものですが、通称「お富・与三郎」「切られ与三」と呼ばれるこのお芝居の、「ご新造さんへ、おかみさんへ、お富さんへ。いやさお富、久しぶりだなあ」は、私の場合、忘年会がなければ一生触れることのないものでした。

 名誉のために言っておきますが、これらの演目は私が教員になった30数年前でも相当に古いもので、教師たちは教養としてそれをやっていたのです。まだ教員が文化人の影を引きずっていて、教養を磨くだけの余裕のあった時代の話です。


【忘年会文化の終焉】
 こうした忘年会文化は昭和の終焉、バブルの崩壊とともに終わってしまいました。
 資金のなくなった企業は忘年会への補助を出し渋るようになり、全額自腹となると不参加者も増えてきます。そしてなにより、収益が悪く会社が倒産するかもしれないという状況で、旅館を借り切って飲んでもさっぱり盛り上がらなかったのでしょう。気がつくと旅館で泊りがけの忘年会をするのは教員を含む公務員だけ、といった時代になっていました。

 もちろん公務員が金持ちで脳天気だったからではありません。税金で賄われる組織として、地域の旅館・ホテル・料理屋さんを下支えする使命があったのです。直接そういった圧力を受けたわけではありませんが(市役所などではあったのかな?)、地域を守るという意識は、特に中堅以上の先生方にありました。

 地域が衰退すると子どもたちの環境も悪くなります。教員が落とす資金など大したものではありませんが、ないよりはマシだとそんなふうに思っていたのかもしれません。

 学年の出し物がなくなったのはバブル崩壊とは関係なく、やはり教員の多忙化が原因です。平成に入ると、とてもではありませんが練習などしている暇はなくなったのです。
 経験の浅い若い先生たちがまず悲鳴を上げます。引き出しの多いベテラン教師と異なり、通知票ひとつとっても短い期間に完成させるのは大変なのです。

 この時期に学校で「もう学年の出し物はやめましょう」と提案した若い先生たち、そして企業では「もう、泊りがけの忘年会とかは勘弁してください」と身を引いた新人たち、彼らが今、40代〜50代として“#忘年会スルー”に遭っているのです。

 確かに「酒がつくった友情は、酒のように一夜で醒める」と言います。合理的な考え方をすれば忘年会などなくても構わないでしょう。特に最近はセクシャル・ハラスメントやパワー・ハラスメントの危険もありますから、忘年会は危うい場とも言えます。

 やめ時かもしれませんね、寂しいですが。


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2019/12/23

「大人の相談はどこに持って行けばいいのか」〜人生の最期をきれいに終わらせるために  親子・家族


 今年起きた老人による二つの大きな事故・事件。
 「東池袋自動車暴走死傷事故」と「元農水事務次官長男殺害事件」。
 もちろんよそ事ではないが、我が身に置き換えたとき、
 どう対処したらよいのか。

という話。
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(「夕空と木の側のベンチと老人」パブリックドメインQ より)

【心配で母を温泉に連れていけない】
 夜は一緒にいるのですが、日中は独り暮らしをさせている92歳の母が“退屈で仕方ないから温泉に連れて行ってほしい”と言います。しかし私は言を左右にしてはっきりした返事ができないのです。
 現職の教員で土日も忙しい妻が、合間をみて一緒に行ってくれるならいのですが、私一人では連れて行く気になれません。一度やって懲りているからです。

 どう懲りたのかというと、男湯で湯船に浸りながら、隣から聞こえてくる女湯の会話や物音になんとなく耳を傾け、母が誰かと話す声が聞こえたり桶がタイルに当たる音や蛇口から流れる水の音が聞こえている間はいいのです。それがひとたび止んで何も聞こえなくなり、静けさが延々と続くと気が気ではなくなります。母は20分や30分で上がってしまう人ではありません。脱衣場に向かったのではないとしたら、この静けさは何なのか?

 たまらず上がって着替えると旅館の仲居さんを探して女湯の様子を見に行ってもらいます。
 本気で心配していたわけでもありませんが一抹の不安を抱えながら待っていると、戻ってきた仲居さんは「気持ちよく入浴しているようですよ」とのこと。思った通りですが、やはり不安はぬぐい切れない。
 それから20〜30分しても、それでも出てこないのでまたさんざん迷った挙句、再び仲居さんにお願いして行ってもらうと、
「今、着替えて出てくるところです」
 それでようやく一息つけます。

 心配の中身は単純ではありません。
 もう92歳ですから急死ということがあっても仕方ないのですが、その歳で全裸で発見されるのも気の毒ですし、倒れて頭でも打って、血を流すような状況だったら誰が後始末をするのか――。
 血を洗う仕事が嫌だというのではなく、女湯に入るのがはばかられるのです。実際問題として、倒れた母に対応している間は、風呂の清掃といった仕事はできません。
 母の最期が“さんざん人に迷惑をかけ、嫌な思いをさせて――”といったものになることは、できれば避けたい――それが一番の願いなのです。

 その気持ちは8年前に死んだ父が、最後まで運転したがって困ったときと同じです。人を死なせるような大きな事故はもちろん、自損で怪我をする程度であっても、
「その歳で、何を考えての運転だ」
と後ろ指をさされるような晩年を送らせたくなかったのです。


【人生の最期をいかにきれいに終わらせるか】
 今年、その意味で深く考えさせられた事件が二つありました。
 ひとつは4月に起こった元経産省官僚による、いわゆる「東池袋自動車暴走死傷事故」。
 もうひとつは、つい先ごろ一審判決の出た、これもいわゆる「元農水事務次官長男殺害事件」です。
 ふたつとも“功成り名遂げた人生”の、最後に大きな汚点をつけた取り返しのつかない事故・事件でした。

 前者についていえば事故後のインタビューで加害者男性は、
「体力に自信はあったが、おごりもあった。安全な車を開発するようにお願いしたい」
などと語ってバッシングを受けましたが、そもそも自分のことを棚に上げてしゃべる傲慢な人だったのか、加齢による判断能力の衰えから場にそぐわない発言をするようになったのか――昔の様子を知らない私には分からないことです。

 事故以来、全国で高齢者による運転免許返納が相次いだと言いますが、一方、同じ時期に起こった高速道路の逆走事故では、運転者が免許を返納したこと自体を忘れてしまっていて、この問題の一筋縄ではいかない難しさを世間に知らせました。

 私は後期高齢者ではないのでまだ少し余裕はありますが、将来、こんな片田舎で車のない生活を送ることを考えると、かなり憂鬱です。歩いて行ける範囲にスーパーマーケットもショッピングセンターもありません。友だちに会いに行くこともできない。
 そんな環境で、しかもまだ判断力や運動神経にある程度の自信がある場合、それでも後期高齢者だからといって免許を手放せるのか、手放したとしてあとをどうするのか――今から徐々に考えていかなくてはならないと思っています。


【自分が殺されて子が殺人犯になるか、子を殺して自分が殺人者となるのか】
 元農水省事務次官による長男殺害事件はさらに深刻な問題を私たちに突きつけます。
 裁判では弁護士の勧めもあったのでしょう、長男に殺されかかった被告がとっさに包丁を手にした突発的な事件とされましたが、私は覚悟があっての計画的殺人だと思っています。

 被告は逮捕直後、川崎市で起こった登校中の児童等殺傷事件に触れて、
「長男が近所の小学校の運動会の音を聞いて『ぶっ殺す』と言ったのを聞き、長男が危害を加えてはいけないと思った」
と語っていました。それが事実なら、十分な殺害動機と言えるはずです。少なくとも私にとってはそうです。

 息子が大量殺人の加害者となって自殺または逮捕されるか、自分が殺されて息子が殺人犯となるか、息子を殺して自分が殺人犯となるか――選択肢が三つしかないとしたら私も間違いなく三番目を選びます。自分の子の不始末は自分で責任を取らなくてはなりません。

 裁判は選択肢が三つしかなかったわけではなく、専門家に相談するなどいくつもあったことを指摘して被告に実刑を課しました。妥当な判決と言えます。
 しかし“あの時点ではそんなこと思いもつかなかった”という想いも、被告にはあったのではないでしょうか。
 専門家を探しているうちに誰かが殺されてしまう――そこまで切羽詰まった状況だったように思うのです。
 

【大人の相談はどこに持って行けばいいのか】
 二つの事件は、高齢ドライバーを抱える家族、大人の引きこもりを持つ家族、家庭内暴力の子を持つ家族、“発達障害の診断を受けた”とさかんに報道されましたから発達障害の子を持つ家族――そういった家族を恐怖のどん底に叩き込みました。それでいてマスコミは「一刻も早く専門家に相談するように」くらいの助言しかしません。

 対象が子どもの場合はまだましです。学校もあれば児童相談所もあり、警察の生活安全課や少年育成課など、相談するところはいくらでもあります。しかし大人相手となると、パッと思いつくのは精神科くらいなものです。

 どこに相談に行けばいのか、行けば確実に対応してくれるのか、そういった情報があまりにも少ない。やはり私自身がきちんと調べて、いつでも対応できるようになったり、場合によっては「どこに相談に行けばいいのか」などに答えられるようにしておかなくてはならないのでしょうね。



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2019/12/22

「更新しました」  メディア


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「キース・アウト」

先生たち!教育委員会が「『小児性愛』の傾向が自分にあるのか自覚してもらう」とか言ってるよ。

 
                          
 PC版 →http://www5a.biglobe.ne.jp/~superT/kiethout2019/kieth1912b.htm#i3

 スマホ版→https://kieth-out.hatenablog.jp/entry/2019/12/22/111647


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