2019/11/21

「AIはAIを愛さない」〜教師がAIに取って代わられる日A  教育・学校・教師


 人間やサルにあってAIにはないもの
 それは本能とその先にある欲望や感情だ
 これらはいずれも合理を破壊することがある
 だから AIは心を持てない

という話。
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(「AI 26」PhotoACより)

【AIは欲望に支配されない】
“心の理論”=「他者には自分と異なる意識・感じ方・考え方などがあることを理解したうえで、それを推し量る機能」は、「サルに心はあるのか」を考えるうえでは有効かもしれません。しかし「AIは心をもてるのか」を考える上では不十分です。“心の理論”は人間とサルに共通で、しかもAIとは決定的に異なる点を考慮していないからです。
 それは“本能”です。

 とりあえずAIには「呼吸」「食欲」「飲水」「排泄」「睡眠」「体温調節」「性欲」といった本能的欲求はありません。「防衛」「攻撃」といった生存に関わる欲求もプログラミングしないと発生しません。

 人間の場合、「食欲」はより効率よく満たそうとすれば高カロリーの食品を要求します。甘いもの(糖質)が好まれるのはそのためですが、AIにはより品位の高い電力というのは存在しません。したがって電気を巡ってAIどうしが戦いあうこともありません。とりあえず電気は“あればいい”のです。
 心配なのは昨日お話ししたように、知性をもったAIに怯えた人間が電源を落としに来ることですが、果たしてAIに“死にたくない”という欲求が生まれるかどうか。私は犬や猫にさえ“死にたくない”という欲望を見出せません。ましてやAIは死なずに何を成し遂げようというのでしょう。

 あるいはAIが「性欲」を持つためには前もってコンピュータに性差をつけなくてはなりませんが、その必要性はどう考えてもありません。また男のコンピュータと女のコンピュータをつくっても、おそらく互いに魅かれ合うということは起こらないと思います。合理的に考えたら恋愛なんかできませんし、不合理に身をゆだねるAIはもはやAIとはいえないからです。
 同様に、AIに「睡眠」を覚えさせるのも愚の骨頂です。
 
 ただし排泄はAIにとっても重要な課題です。熱や塵埃の除去はAIを動かすコンピュータが複雑になればなるほど重要度をましますから、この部分はプログラムに入れる必要があります。「熱が上がって心配だな」とAIが感じて自己診断し、場合によっては自分で修理できる力です。
 ごみやほこりはコンピュータにとっては大敵ですから人間が風呂に入ったり爪を切ったりするように、AIもときどき身ぎれいにする必要はあります。しかし化粧をしたり着飾ったりすることはなかなか考えにくい。
 人間型ロボットに搭載されるAIだったら化粧やファッションに関心を持つかもしれないと考えてみたのですが、そんな俗な欲望に支配されるようではAIの名折れです。


【だからAIは心を持てない】

 一部の未来学者は2045年ごろにAIは人間の知性を越えると予測しています。これをシンギュラリティと言います。コンピュータ自身がプログラミングを始めて自己増殖するため、技術は等比級数的に発展すると言われています。

 しかしこれをビル・ゲイツやスティーブ・ジョブズの1万倍も優れた存在が誕生して爆発的に能力を高めることだと考えると、妙なことになります。ゲイツもジョブズも欲もあれば嫉妬もする。怒ることもあればミスを犯すこともあります。ジョブズについていえば、もっと早く医者に行き、手術も受けるべきでした。

 AIはそうした人間の不合理を超越しているからAIなのです。
 人類をはるかに超えたAIにとって人間を模倣することに何の意味もありません。ですからAIがどれほど成長しようとも、緻密に計算した結果を最後の最後に怒りに任せて踏みつぶすようなアホなプログラムを自ら生産することはありえませんし、計算が速いと誉められて天狗になったり、もっと儲けたいと株に手を出したりはしないのです。
 大金を手に入れたところで、大邸宅に住んで美女を侍らせ、酒池肉林というのはAIの望むところではないからです。

 怒りに任せて大切なものを壊したり、誉められると有頂天になったり、美酒やおいしい肉や美女が好きだったりするのも人間です。それも人間の “心”の重要な一面なのです。
 だからAIは心を持つことはできない。
 AIは夢を見ない(そもそも眠らない)。

【人間的な仕事は人間に】
 AIを信奉する人の中には、それでも「AIはわざと間違えたり欲に目がくらんだように見せかけることもできるようになる」とおっしゃる方もいるかもしれません。しかしそうなると、なぜその仕事を人間がやってはいけないのか、AIでなくてはならないのかわからなくなります。
 10年〜20年後には世の中の職業の半分がAIに取って代わられると言われています。そのために失業する人は、人数としては半分では済まないでしょう。極端な人余りです。だったら間違ったり欲に目がくらんだりしてもよさそうな仕事は人間に任せておけばいいのです。人数を確保して協力し合う仕組みを作っておけば、AIに頼らずとも過ちは正せます。

 ここに至ってようやく、話を教育に戻すことができます。
「あなたは自分の子や孫を、人間ではなくAIに任せたいと思いますか?」というあの話です。

                    (この稿、続く)
 

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