2019/11/13

「日本は韓国や中国を見倣わない」〜日本の英語教育についてB  教育・学校・教師


 日本の英語力はタイやベトナムにも追いつかない
 学力全体も含めて 中国や韓国には完全に置いて行かれている
 ――そんなふうにアジアの国々を踏み台に危機意識は煽られる
 しかしそれは違うだろう

という話。
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(「寺院にいる白いアオザイの女性2」PhotoAC より)


【タイやベトナムにも追いつかない】
 11月8日付の文春オンラインに載った「『英語のできない英語教師』に縛られ英語ができない“身の丈”ジャパンの諸問題」の中で筆者は、
 英語教育だけで見るならば、日本はタイやベトナムにも後塵を拝しています。
と書いています。

 どうやらEFランキングの古い版を参照していたようで、記事と同じ11月8日に発表された最新版(2019年版)では、ベトナムは日本よりひとつ上の52位、タイに至っては74位に急落しています。ベトナムやタイを例にあげたのは不運だったとも、自国を貶めるのに他国を踏み台にした罰だとも言えます。
(いまEFランキング2018を調べたら49位の日本に対してベトナムは41位で上位でしたが、タイは64位でした。文春の筆者は何を見て“タイやべトナムの後塵”と書いたのでしょう? 別のところで“日本は49位”と書いているので同じ資料を見ていると思うのですが)


【東南アジアの事情】
 もちろんタイやベトナムは今のところ日本ほどに教育制度が充実しているわけではりませんから、“そんな遅れた国とどっこいどっこいでは困る”という理屈はあるのかもしれません(差別主義者には)。しかしタイやベトナムの人たちもそれなりに頑張っているのです。

 東南アジアの多く国々は日本とは違って国内に自前の大企業がほとんどありませんから、就職の際、豊かになろうと考えたら第一志望はどうしても外資系ということになります。したがって大学生に限って言えば、英語力は日本よりかなり上だと言えます。
 また一般の人々にとっても、一旗揚げるにはタイやベトナムは機会の少なすぎる国です。本気で豊かさを求めるなら海外に出るしかありません。そのための努力もします。

 例えばベトナムの田舎に生まれ、アイドルに憧れたある蓮っ葉な女の子は、独学で英語を学び、やがて外国人と話したり外国のテレビクルーと海外ロケに出たりするようになりました。
 結局、彼女はクアラルンプールの空港で太っちょの中年男性の顔に薬を塗りつけて殺してしまいますが、貧しい暮らしから抜け出して華やかな生活を送るには、容姿とともに英語が欠かせないと知って努力したのです。それが彼女の英語を学ぶ「必要性」で、これを笑うことはできないでしょう。
 東南アジアにはそんな若者がたくさんいるのです。バカにしてはいけません。
(参考)
ベトナムで英語は通じない?ベトナム人の英語力と発音の特徴
タイで英語は通じるのか? - 2年バンコクで働いていた僕が話す



【中国や韓国の存在】
 目をEFランキングのトップクラスや下位クラスから転じて「標準的」とされる枠組みを見ると、まず、ここにもEU加盟国があることに驚かされます。フランス・ラトビア・スペイン・イタリアです。
 ラトビアは別として「やはり大国はダメだなあ」と考えるべきか、巷間いわれるようにフランスは国語に自信を持ちすぎて、イタリア人は怠け者といった個別の理由があるのか迷うところです。

 また、イギリスのお隣のフランス・スペインですらこの程度なのだから日本が一段低いランクでも仕方ないじゃないかといった緩い気持ちにもなったりします。しかしそんな甘えた気分に冷や水をかけるのが、同じ枠にある韓国・台湾中国・中国の存在でしょう。

 EFランキング2019年版では日本の53位に対して、韓国は37位、台湾中国が38位、中国は40位とかなり上位です。
 しかもこの三つの国と地域は、昨日お話ししたような「小さな洋服屋でも外国で販売できるEUの加盟国」でも「人口の少ない国」でも、今日最初に取り上げた「貧しい国」でもありません。
 そこで俄然注目されるのが“小学校3年生から行われる英語教育”です。


【日本は韓国や中国を見倣わない】
 韓国・台湾は1990年代から小学校3年生以上が週2時間、中国では2001年から同じく小学校3年生以上が週4時間の英語学習を始めています(アジア諸国における英語教育の取組み英語非公用語国を中心として)。
 だから日本もということで2020年度から3年生以上に週1時間の英語学習が必修化されることになったのですが(週1時間で対抗!?)、小学校からの英語教育がこれらの国・地域の英語力の源かどうかは不明です。
 少なくとも中韓の英語力の高さに驚いた文科官僚や大学関係者、マスメディアが一斉に視察に出かけたという話は聞きません。

 実は学力の国際比較で毎回話題になるOECDのPISAテストでも、多くの場合、中国(受験したのは上海のみ)・韓国・台湾中国・香港は日本の上位にいて、特に上海にはまったく歯が立たない状況です。それにも関わらず誰も膝を屈して教えを乞おうとはしない。フィンランドが世界一だった時にはあれほど多くが出かけ、フィンランド教育関連本は何冊も出ていたというのに――。

 しかしこれは「欧米からは学んでもいいが東アジアからは学びたくない」といった傲慢な話ではないのです。
 私たちは薄々感じているのです。もしかしたら中国や韓国の学力・英語力の高さは、公立学校の教育内容や教師の質のおかげではなく、世界的に有名な、あの過酷な受験体制のためではないかと。

 超一流大学のさらに一流の学生だけが望んだ未来を手に入れ、そうでない者は就職すら難しい。
 中国では蟻族と呼ばれる、都会で安定的な職に就けない大卒者が100万人もいて、韓国では25%に近い若年失業者がいる。そういう状況だと若者も死に物狂いで学習せざるを得ない、英語の必要性も最大限まで高まると、そういうことではないか――。


【日本の学力が世界一だったころ】
 日本では昭和40年代(1970年前後)がまさにそうでした。
 雑誌「蛍雪時代」が受験バイブルとしてあがめられ、高石友也が「受験生ブルース」を歌い、「四当五落(よんとうごらく:4時間睡眠に耐える者は合格して5時間眠る者は落ちる)」がまことしやかにささやかれた時代です。

 当時きちんとした学力の国際比較はありませんでしたが、国際数学・理科教育調査(TIMSS)の前身で1964年に行われた第一回国際数学教育調査中学校の部では、日本は第2位(12カ国中)、1981年の第二回では第1位(20カ国中)でした(小学校はいずれも不参加)。
 理科では1970年の第一回国際理科教育調査が小学校・中学校ともに1位(それぞれ16カ国中、18カ国中)、1983年の第2回でも小学校1位(19カ国中)、中学校2位(26カ国中)だったのです。
 日本が世界一の学力を誇った時代の若者の状況は、いま学力世界一を争う中国・韓国の状況とそっくりです。

 受験地獄と言われたあの時代を、私たちはなんとか振り切って今日に至っています。ほとんどの人はあの時代が良かったともあの時代に戻ろうとも思いません。
 学力や英語力で中韓に負けても、だれも本気で“中韓に負けるな”“中韓に倣え”と言わないのはそのためです。


【結局、日本人が英語ができないのは教師の質が低いからだ】
 さて、英語力の向上という意味で、我が国は「EUのようでなく」「人口が少ないわけでもなく」「貧しくもなく」「受験地獄を再現しようとする国でもなく」、つまり英語の必要性の極めて低い、英語信奉者にとっては残念な国です。

 さらに重ねて、言語構造のあまりの違い、発音される語の周波数帯のずれ(*注)といった言語の本質的な問題を指摘する人もいますが、ここではそれ以上深追いはせず、日本人が英語を勉強するのはとても大変だと言うにとどめておきます。
(注)
「日本人は英語の周波数が聞き取れないの真意と対策」


 しかしこれだけは言っておかねばなりません。
 そうであるにもかかわらず、一般に日本人の英語力の低さは我が国の英語教育、特に教員の質に問題があるからだと考えられている
ことです。

 再三取り上げている文春オンラインの記事も言います。
素人の適当な英語を時間かけて教わる小学生が可哀想であることぐらいは容易に想像がつきます。お前に英語教えてる担任教師、海外行ったことすらもないかもしれないんだよ。

                   (この稿、続く)



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