2019/6/6

「勉強のできる子に有利な社会」〜川崎無差別殺傷事件から何を学ぶか(拾遺)    親子・家族


 私はそう考えないが
 川崎事件の容疑者には同情すべき一点の事実があるという
 複雑な家庭環境と成育歴だ
 しかし世の中には不幸な家族関係を抱えてもなお
 普通に生きる人がいくらでもいる
 その人たちとは 何が違っていたのだろう

というお話。
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(ローレンス・アルマ=タデマ 「クローヴィス王の子供たちの教育」)

【何が彼をそうさせたか】
 ほんとうに小指の爪の先ほどの同情も与えるつもりはないのですが、川崎事件の容疑者の複雑な生い立ちが事件に与えた影響はもちろん少なくないと思います。

 子どものうちに両親が離婚して祖父母に預けられたものの、どういう経緯かそこを出て伯父のもとで育てられる。事情の分かる年齢での移動だったら、ずいぶん肩身の狭い思いもしたことでしょう。
 親に捨てられたという想いをもって育てば、とてもではないが素直になれない。
――そんなふうに娘のシーナに話していたら突然、
「でもね、お父さん。友だちのエリカのご主人、あの人もとても複雑な育ちをしているでしょ? なのにきちんと育って立派に生きている、その違いは何なのかしら」

 私はすぐに答えを思いたのですが一瞬ためらいました。口に出すのが気分のいい話ではなかったからです。
「ほら、あのさ」
 それでも私は答えざるを得ません。


【勉強のできる子に有利な社会】
「彼、東大だろ? きっと子どものころから勉強ができたんだよね。勉強さえできれば普通の子は、学校でもとても気分よく過ごせる。先生からも友だちからも褒められながら育つことができる。悪いことをして目立つ必要もない。

 悪いことをせず、勉強もきちんとやれば、保護者――お祖父ちゃんだったかな――とも対立する可能性はほとんどない。家でもきっと褒められながら育ったのだろう、自慢の孫だ。だからあんなふうに人柄もいい」

 “同じように不幸な生育環境でも、頭さえよければ何とかなる”
 身もふたもない話で、言っている私自身が胸糞悪くなる。しかし大枠は間違っていないから、シーナも黙って引き下がります。
 世の中は頭の良い子に有利なようにできているのです。


 しかし世の中のおよそ半分の子どもたちは、平均点も取れないいわゆる“勉強のできない子”たちです。彼らはどのようにしてこの社会を生きてきたのでしょう。

 これも答えは簡単です。
 勉強ができるかどうかなんて実は大した問題ではないのです。確かに、限界を超えて分からないと毎日が苦しいので何らかの手を打ってやらなくてはなりませんが、普通にできないのなら、励まして、ともに歩んであげればいいだけのことです。普通の親はそうしています。

 気の毒なのは勉強ができないうえにできない自分を受け入れてくれる家族を持たないこと、あるいはそういう家族関係ができる前にたらいまわしにされてしまうことです。

 授業が分からないことで不貞腐れて生きていれば自然と教師からも叱られるようになり、それが繰り返されといつか保護者の関係が悪くなります。そして叱られたことが原因でまた不貞腐れる・・・。
 悪循環に嵌るとなかなか抜け出せません。


【やはり教師しかいない】
 子どもが子どもでいる間に、一人ひとりと真剣に向き合ってくれる大人は、普通は保護者と教師だけです。
 だからそんな難しい子をだれかが見守ってやらなくてはならないとして、保護者にそれができないなら、必然的にそれは教師の仕事になります。

 おそらく川崎事件の容疑者の周辺にもそんな教師はたくさんいたはずなのに、かみ合わないときはかみ合いません。
 それがニュージーランドの首相に倣って私も名前を呼ばない川崎の事件の容疑者の、一番かわいそうなところです。





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