2019/4/26

「私の平成10大ニュース」〜いよいよ平成が終わる  歴史・歳時・記念日


 テレビを見ていると10連休をどう過ごすかという話ばかりだけど
 やはりここは行く「平成」を惜しみ 来る「令和」を想うってことじゃないか?
 私の後半生は平成とともにあった 平成は私とともにあった
 だから平成について語ろう

という話。
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(30年前の私と妻)

【私の平成】
 今月就職した息子のアキュラに、最後の仕送りをしました。つい1週間ほど前のことです。初の給料日(今日か?)までタイムラグがあって家賃が払えないのと、年度当初であれこれ物入りなのでと、親としても奮発したわけです。奮発したといっても例月と同額を送っただけですが・・・。

 平成の最後の月に最後の仕送りをして、私の手元から旅立たせるというのも何かの縁です。

 私は「昭和史の学徒」(昭和史を中心に学んできた)という強い自覚があって昭和のうちに前半生にけりをつけたいと思い、昭和63年9月の末に今の妻と入籍しました。
 昭和天皇が危ういということで焦ってしたことなので結婚式自体は翌年に持ち越し、同居を始めたのも妻の転勤が成った翌年の4月のことでした。つまり、

 平成元年の最初の月に式を挙げ、平成元年度の最初の月(4月)に一緒に暮らし始めた。そして平成最後の月に下の子どもを独立させた。

 私の家庭生活は平成とともに始まり、平成とともに大きな一区切りを終えたことになります。あとは余生です。

 このブログも、今日で平成最後の記事となります。
 そこで私の心に残った平成を振り返ってみたいと思います。


【私の平成10大ニュース】

1.【女子高校生コンクリート詰め殺人事件】平成元年3月30日
 少年らのグループが埼玉県三郷市の女子高校生をだまして暴行し、東京 足立区にある16歳の少年の自宅に40日間にわたって監禁したあげく、殴る蹴るの暴行を繰り返して死亡させ、遺体をドラム缶に入れコンクリート詰めにして遺棄していた事件。未成年者の、凶悪で残虐な事件は、当時の社会に大きな衝撃を与えました。

 改元後の新時代の少年犯罪を予告するような陰惨な出来事でしたが、その際一部で「主犯の男に『高次微細脳障害』」があった」と報道され耳目を引きました。
「高次微細脳障害」はその当時「道徳性のLD」といった説明がなされ、「選択的に道徳性が身につかない、身につきにくい障害」という概念に愕然とさせられたものです。道徳は環境や教育によって、誰でも身に着けることができると考えていたからです。

「高次微細脳障害」はその後ADHD(注意欠陥多動性障害)と名を変え(概念が吸収され)今日に至っていますが、今となればADHDを「道徳性のLD」と説明するのは不適切でしょう。
 しかしこの事件は私にとって「発達障害」と初めて接した機会であり、子どもの非行を考えるうえで常に頭の隅に置き続けた事件だったのです。

《参考》
2013/3/5「発達障害」とのつきあい 

佐瀬 稔著 「うちの子がなぜ!」〜女子高生コンクリート詰め殺人事件〜(草思社 1990)


2.【ベルリンの壁の崩壊】平成元年8月31日
 東西冷戦が一夜にして終わった日。
 平成元年5月に天安門事件があって今日の中国の礎ができます。決して良い意味ではありません。
 そして8月31日に突然ベルリンの壁が崩され、秋には東欧革命と呼ばれる東ヨーロッパの一連の民主化運動があり、年末のマルタ会談で東西冷戦が終結。翌平成2年(1990)ソビエト連邦が崩壊します。ここまで一気呵成と言った感じでした。

 それまでの国際政治の見方は東西冷戦が前提でしたから、「これで世界が平和になる」と喜んだものです。まさか米ソ対立という大きな枠の中で中小の対立が抑えられているなどと考えもしませんでした。
 ソ連が崩壊すると世界中で一斉に紛争が噴き出たという感じでした。

《参考》
2012/2/13 予言成就


3.【神戸高塚高校 校門圧死事件】平成2年7月6日
 学校における暴力的な指導が否定され、校則が機械的に削減されました。しかし体罰・校則に代わる指導法の提示が遅れたため、生徒指導は一気に困難になり、深く考えさせられることになります。
 これについてはつい最近も記事にしました。

《参考》
2019/1/23「『神戸高塚高校の校門圧死事件』が残したもの」〜子どもたちは天使じゃない2

2019/3/6「みんなを自由にしようとすれば誰も自由でなくなる」〜子どもたちは、世間が思っている以上に子どもだ1 


4.【バブル崩壊】平成3年3月
 バブル経済は私たち公務員にはあまり面白くない出来事でした。世間が浮かれている時期にも、地道な仕事を続けていたのですから。
 職員の親睦と研修を兼ねて自腹で3万円もかけて国内を一泊旅行しているとき、民間に勤めていた友人は1万円で一週間のハワイ旅行に行っていたりしました。
 毎晩のように高い飲み屋で祝杯を上げ、経費で落としていた・・・後に「やっぱり公務員だよな」「楽をして税金で生きている」と言われるようになってから恨み節のように思い出すのはこの時期のことです。
 バブルが崩壊して公務員の人気が高まると、超がつくような優秀な人材が教員を目指すようになり、その点とても痛快でした。現在の30代〜40代の教員、本当に優秀です。


5.【PKO協力法制定】平成4年6月19日
 国際連合平和維持活動(PKO)に合法的に参加するための法整備ができたということです。
 私自身はPKOにも自衛隊の海外派遣にも反対する者ではありません。しかし戦争に対する痛烈な反省から自衛隊を決して海外に出すことのなかった昭和が終わって、わずか4年で海外派遣できるようになったということに、少なからぬ怯えも感じました。この先どうなっていくのかという恐れです。
 不良がかかった生徒に「自衛隊にでも入って根性を叩き直してもらえばいいんだ」といった言い方ができなくなったのもこの時からです。


6.【大阪 池田小学校事件】
 平成13年6月8日
 日中、刃物を持った暴漢に侵入され、8人もの子供が殺され15名もの児童・教師が重軽傷を負った事件。
 以後、学校開放の流れは停滞し、校地は中途半端に閉鎖される形になりました。
 塀に囲まれた都会の学校はまだしも、塀自体のほとんどない田舎の学校では1階のドアや窓を閉めておくといった極端な安全策が取られ、暴漢が突然襲ってくる「対不審者侵入訓練」が年中行事のように行われるようになりました。
 しかし同様の事件は20年近くも起こっていません。学校でも同じことはおそらく起こらない、起こったら防ぎきれないと感じています。
 しかし訓練はやめることができない――学校にはそういうことがたくさんあります。

《参考》
2010/5/25 子どもを守ること
2010/5/26 池田小事件のこと


7.【ゆとり教育始まる】平成14年
「円周率は3」といった悪意あるフェイク・ニュース(今で言う)が流布され、「先生が楽をするための“ゆとり”か!」などとメチャクチャ叩かれて迷惑な話でした。
 実際には「絶対評価」などという今は誰も覚えていないような特殊な評価法の研究のために死ぬほどの苦労をさせられ、「総合的な学習の時間」と言った何をするのか分からない授業を構成するために膨大な時間を使い、しかも自由に休んでいた夏休みも休めなくなった――教師の多忙化の引き金になったような事件だったのですが、誰もそういった観点から事実を見ませんでした。

 その「ゆとり教育」も平成23年に見直し。
 ただし完全に旧に復せばよかったものを、「総合的な学習の時間」はそのまま担任の授業として残し、夏休みも自由に休めない形で残したのです。
 10年の歳月をかけていったい何をしたかったのか、今も疑問に思っています。

《参考》
2018/11/14 「ゆとりですが何か?」〜羽生・大谷・藤井・梨花 



8.【奈良 小1女児誘拐殺人事件】平成16年11月17日
 翌年の「広島小1女児殺害事件」(平成17年11月22日)、「栃木小1女児殺害事件」(平成17年12月1日)と三つの誘拐殺人事件が延長線上に考えられて、全国の保護者を恐怖に落し入れました。
 全国の小学校区で「見守り隊」が結成され、集団登下校が始められた学校もありました。こうした「良いこと」は、しかしやめられない――。
 集団登下校がいじめの場になったりその列に自動車が飛び込んだりと、事件の余波も大きいものでした。保護者が子どもに携帯電話を持たせたがるようになったのもこのころからですが、その携帯のためにネットいじめの餌食になる子どもも少なくありません。
 また、人々は忘れてしまっていますが、奈良の事件の被害児童はGPS付きの携帯を持っていたのです。それを使って犯人は、被害児童の遺体写真を母親の携帯に送信したりしました。私が今も子どもにスマホ・ケータイを持たせたくないのはこうした理由からです。
 

9.【東日本大震災(東北地方太平洋沖地震)】平成23年3月11日
「石巻市立大川小学校では先生の指示に従ったために74人もの児童が亡くなり、釜石市の小中学校では児童生徒が教師の指示を待たずに逃げたために全員助かった」といった俗説が流布して、学校はつらい思いをしました。実際には釜石の子どもたちも第一次避難場所からさらに奥へと移動するなど、教師の的確な判断によって命を拾ったのです。

 その他、避難所の開設や運営、ボランティアのあり方など、学んだことが山ほどあったのですがここでは二つのことを上げておきます。
 
 ひとつは、この不幸な出来事の中にも大きな光明があって、それは日本人が自分たちの実力に気づいて正当に評価するようになったということです。暴動も起こらず略奪もなく、粛々と避難所を運営し助け合う、そういうことのできる日本人は稀有な民族だということです。

 もうひとつは、私自身が教育の在り方を考え直したということです。
 それまでは「教育」を児童生徒個人の自己実現の道具、夢を実現するための実力をつける仕事だと考えていたのですが、これからは人を助けるための道具、いつか他人の役に立つために力を蓄える仕事――そういう側面を強調しようと思うようになったことです。
 教員としての年月はわずかしか残っていませんでしたが、それは私の人生でも最も重要な決心でした。

《参考》
2019/3/11「覚えておかなくてはならないこと、伝えなくてはならないこと」〜8回目の3・11に 


10.【クリミア併合】平成26年3月16日
 ロシアによるクリミア併合、中国による南シナ海埋め立て(平成26年〜)、米大統領選ドナルド・トランプ当選(平成28年11月9日)。この三つをセットにして私の「平成10大事件」の締めくくりとします。
 
 まさか21世紀に大国による領土拡張、自国第一主義が台頭するとは思ってもみないことでした。「地政学」といった言葉は私のような政治学徒が密かに胸にしまっている「死語」だと思っていたのです。

 いまから思えばクリミア併合はわずか5年前のことです。
 その瞬間まで、やがてロシアは広大な土地を持つだけの平凡な国になり、中国もいずれは良識ある民主主義大国となり、合衆国はオバマに代表されるような差別を乗り越えた、すべての人にチャンスのある民主主義国家のお手本であり続けるだろうと思っていたのです。
 アラブの春の混乱もやがて落ち着き、イラン合意で示された平和モデルに従って世界は次第に安定に向かう。北朝鮮は現状のまま生き残ることはできないから金一族の追放・亡命などによってゆっくりとした半島の統一が始まる――。

 それが全くの夢物語だったとは!

 いつ死んでもいいと思っていた私が、長く生きて子や孫や教え子たちの行く末を確認したいと思うようになったの、これらの事件のためです。



【令和の未来がここにある】

 しかしこうして平成の31年間を並べてみると、令和がどんな時代になるか、たくさんのヒントがあるような気がしてきます。

 令和が良き日々でありますよう!



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2019/4/25

「保護者を味方につける、保護者の支援を受ける」〜家庭訪問をやめてはいけない3  教育・学校・教師


 基本的に保護者は教師の味方をしてくれようとしている
 しかしそれがもたなくなるときもある
 教師と児童生徒は本質的に対立する関係だからだ
 保護者を強力な味方 学校の支援者として引き付けておかないと
 教育は大変な仕事になってしまう
 クレーマーをひとりでも生んでしまったら
 働き方改革どころではない だから家庭訪問をなくしてはならない

という話。

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【保護者が教師を守れなくなる時】
 セクハラにしろパワハラにしろ、犯罪レベルの事象でない限り、たった一回の言動で訴えられることはまずありません。逆に言うと訴えられた時点で、自分は気がつかなくても相手には傷ついた山ほどの経験があったのかもしれないと疑うのが賢明な態度です。
 もちろんそうでない場合もありますが、まず自問して調べて、その結果完全無罪ならそこから逆襲しても遅くはありません。まずいのは最初に突っぱねて、あとから反省することです。
 その原則は教師と保護者の関係についても同じでしょう。

 何らかの理由で保護者が教師本人に、あるいは学年主任・校長に訴えてくるとしたら、それはよほどのことであって、訴えた直接の事象以外に山ほどの事由が隠れていると考えなくてはなりません。
 ごくまれに、子どもが担任の悪口を言うと喜んで一緒に教師の欠点や不備をあげつらう保護者もいますが、普通はそうでなく、「きっと先生はそういうつもりで言ったんじゃないと思うよ」とか「先生の真意はこうじゃない?」とか言って陰で学校側を支えてくれているものです。

 それが破綻するのは、子の訴えが多すぎてそのたびに教師を庇っていたのでは親子関係が崩壊しかねない場合、あるいは保護者自身に強い疑念が浮かぶ場合です。子どもの味方をしないともたないんじゃないか、子どもが言っていることの方が正しいのではないか、ということです。
 ただし経験から言って、教師が真に悪い場合は100に1度もありません。


【教師と子どもは本質的に対立する】
 よく、
「先生は、頭の良い勉強のできる子ばかり可愛がる」
という言い方をされたりしますが、一面これは無理のない話です。

 教師の仕事の大半は子どもの前にハードルを置くこと――数学なんて見るのも嫌な子に問題を解かせ、歌なんか絶対に歌いたくない子にも歌わせるといったものです。
 俗に「頭が良い」「優秀」と言われる子たちはそうした課題を軽々と越えてしまいますから教師との間に緊張感は生まれにくく、対立も生まれません。だから怒られることもなく、可愛がられているように見えるのです。

 しかしあまり優秀ではない子、頭が良いと言うほどでもない子は違います。大したことはないから言ってその前から一切のハードルを取り除いてしまうわけにはいきません。その子にふさわしいハードルを設定して跳ばせようとします。するとそこに軋轢が生まれ、面白くないことも生じます。
 そうしたところから、担任に対する児童生徒の不満が家庭に持ち込まれるようになるのです。

 子どもは学校で逆上がりができるようになっても、
「お母さん! 今日学校で、先生のおかげで逆上がりができるようになった!」
などと報告したりはしません。手柄は自分のものです。そんなふうに教師が仕向けたからです。しかし子どもは、
「今日学校で、掃除中にちょっとしゃべっただけなのに先生にものすごく怒られた」
 そんな話は持ち帰ります。

「ものすごく」怒られたどうかは確かではありませんし、おしゃべりが「ちょっと」だったかどうかも分かりません。ほんとうに「ものすごく怒られた」のならそれなり理由があったはずですが、そこまできちんと報告する子は稀です。
 子どもは自分に都合の良い話しかしないというのではなく、徹底的に主観的だからです。彼らが常に客観的に物事が見えるようになったらすでに子どもではありません。

 教師は単純に「愛され、素直になってもらう」という訳にはいかず、たいていは「嫌われ役」を負わされています。だからどうしても誤解されやすい面があるのです。
 だったらどうしたら誤解を防げるでしょう。

 その手立ては二つ。
 ひとつは保護者と教師の間に、「子どもの訴えを早い段階から確認できる風通しの良い関係」を築いておくこと、もうひとつは保護者の心の中に担任に対する強い信頼感をつくっておくことです。


【保護者を味方につける、保護者の支援を受ける】
 家庭訪問のない学校で、教師はどうやって保護者との個人的関係をつくって行くのでしょう? 私は家庭訪問に頼ることの多い教師でしたので、家庭訪問が亡くなることに強い不安と空恐ろしさを感じます。
 とりあえず保護者の顔をどう覚えたらいいのか。街なかで会っても挨拶もできないじゃないですか。

 一度会えば決して忘れないというような教師ならいいのです。
 初めての参観日の学級懇談で、一通り自己紹介してもらったらそれで全員覚えた、そんな教師もいるでしょう。しかし私はそうではありません。
 少し話しただけでその人となりを判断できるという教師だっているかもしれません。けれどそれも私ではないのです。

 家庭訪問では挨拶のあと、
「○○くんは家ではどういう子ですか?」
と尋ねました。その答えを聞く前に、学校ではこんな子ですと、その子の学校での様子、特に良いところを具体的にお話します。

 4月当初の子どもですのでいい話がたくさんできます。なにしろひとつ学年が上がって張り切っている時期の姿ですから話題に事欠きません。小学生にしろ中学生にしろ、1年生なんかほんとうに張り切っていいところばかりを見せようとしています。

 もちろん派手さのない子、おとなしい子、印象の薄い子もいます。クラスの三分の一はそんな子でしょう。ボーッとしていたのでは特徴の掴みずらい子ですがそこは家庭訪問、そんな子は1日に換算するとせいぜい3〜4人ですから丸々半日、その子たちだけを観察して話すに足る事実を押さえればいいのです。必ずいいところが見つかります。4月ですから。

 その子のいいところを十分に話した上で、保護者の語る子どもの姿や親の願いを統合し、「この一年間、この子にはこんなふうにやっていきましょう」というお話をします。
 子どもの目標を定め、保護者と担任で進むべき指導の方針を決めます。そしてその部分だけはメモしておきます。

 なぜかというと秋の個人懇談ではその方針に則して中間報告をし、3学期の通知票では事業報告をしなくてはならないからです。逆に言うと個人懇談で話すことや3学期の通知票の内容、さらには指導要録に記録する内容はこの時に決めてしまうのです。

 家庭訪問の時間はたった15分か20分です。その中で真に意味ある時間は10分とないでしょう。しかしその10分間は、担任と保護者がその子のことだけを真剣に語り合う時間なのです。
 そんな濃密なことを、参観日の学級PTAで代用できますか?


【家庭訪問をなくしてはならない】
 担任教師として、お子さんのことを真剣に見ています、考えています、本気で取り組みます、一生懸命やらせていただきます――そういったメッセージをきちんと送るのに、家庭訪問より優れた方法があるでしょうか?

 この部分を省略して十分な信頼関係のないまま学級経営を進めれば、保護者は指導の背後を守るどころか攻撃の先兵となって学校を訪うようになるかもしれません。保護者をひとりでもクレーマーにしてしまったら、教師の働き方改革どころではありません。

 いくら時短だ改革だと言っても、プロドライバーが始業点検を怠ったり、営業がアポイントメントや記録を怠ったりしたら大変なことになります。

 すでに担任だったころの緊張感を忘れた校長が保護者の要望に応えて家庭訪問を辞めると言ったら、全職員でその袖と裾を掴んで、
「殿! ご乱心!」
と叫んで止めなくてはなりません。四月当初に校長が怠ったことで、一般職が死ぬほど苦しい目にあうことは、まったく割に合わないからです。

                    (この稿、終了)



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2019/4/24

「家庭訪問で持ち帰るもの、置いてくるもの」〜家庭訪問をやめてはいけない2  教育・学校・教師


 家庭訪問をなくすなんてとんでもないことだ
 担任する児童生徒の家庭から持ち帰るものはたくさんある
 それは全部 教育にとって必要なものだ
 そして保護者のもとに 置いてくるべきものもある
 それも とても大切なものが

という話。
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【情報は多いほどいい】
 スリランカで大規模な同時多発テロが起こったというニュースを見ている最中、現地の救急車のフロントガラスの上部5分の1ほど、およびフロントバンパーの上にかかれているambulance(救急車、傷病者輸送機など)の表記が鏡文字になっていることに気づきました。
 今どき写真の裏焼きかなと思ったのですが、背後のホテルのエンブレムは正しい並びに――そこで調べてみると、日本でも名古屋市消防局を始めとするいくつかの消防署で、フロントの「救急」を鏡文字にしているところがあるようです。
 なぜか。

 救急車などは緊急時にサイレンを鳴らし、赤色灯(正式には「警光燈」)をガンガン回しながら走ってきますが、人は気づかないときはほんとうに気づかない。カーステレオを鳴らし看板の派手な街の中を走っていると背後から迫る緊急車を見逃してしまうらしいのです。そんな場合も何とか気づいてほしい――鏡文字の「救急」はそうした場合の一助らしいのです。

 そこまでしなくてもいいような気もしますが、ルームミラーやドアミラーに映った背後の白い車の文字が普通に読めてしまう(鏡文字になっていない)違和感にハッと我に返り、慌てて道を譲る人が千人にひとりだったとしても、その千人にひとりのために鏡文字にしておくことは価値があると考えたらしいのです。

「救急」が鏡文字だからといって普通に正面から読む人に問題が発生するわけでもありません。塗料代だって変わりません。だったら千人にひとりのためにそうしておいても損はない、そういうことでしょう。

 同様に、教師にとって児童生徒に関する情報は多ければ多いほどいいのです。
 保護者に書いていただいた家庭環境調査票や小学校から送られてきた指導要録のコピーがばっちり記憶できている教師ならそれで十分かもしれませんが、私のように記憶力に難のある教師はそれこそ総動員で、個々の子どもの情報を体にしみ込ませておかなくてはなりません。

 家庭訪問はその絶好の機会です。
 文字情報だけでなく映像として保護者の様子・家の様子・その他諸々の情報を頭と心に叩き込んでおく、耳からも鼻からもさまざまな情報を入れておく、それは私のような普通以下の教師だけでなく、優秀な教師にとっても有益なことではないでしょうか。
 家庭訪問をなくしてはならないと考える理由の一つがそれです。

 では私たちは家庭訪問から何を持ち帰るべきなのでしょう?


【家庭訪問から持ち帰るもの】
 家庭訪問で嗅ぎ取って記憶に留めておくべきもの、それを箇条書きするのはむしろ矮小化することになりますが、「雰囲気を持ち帰れ」では何のことか分からないので一応書いておきます。

 ひとつはその家庭の経済的豊かさです。
 もし貧困の香りがし、就学援助や生活保護を受けていないようなら、いざという時には声をかけられるよう準備しておかなくてはなりません。世の中には資格があるにもかかわらず頑張って受給しない家庭は意外と多いものです。
 中学生の場合は3年生になった時に安易に私立高校を勧められませんから、その点も留意しておかなくてはなりません。

 記憶に留めるべき第二の点は、部屋の片づけ具合・整理の状況です。
 もちろん担任教師が来るからには一通り片付け、掃除も済ませてあるのが普通でしょう。それできれいになる家は問題ないのです。けれど来客がある程度のことでは絶対に片付かない家もあるのです。ゴミ屋敷に近い家です。それはそれで心に留めておかなくてはなりません。

 保護者に何らかの依存症の気配があるのかもしれませんし、子育ても含めて物事をマメに丁寧に行おうという気持ちの全くない家なのかもしれません。
 あるいは逆に、仕事と子育てをしすぎるほどするために、アップアップで部屋の片付けまで手の回らない家庭なのかもしれません。

 またゴミ屋敷とは逆に、これで生活できているのかと呆れるほど生活感のない家もあります。外食とコンビニ弁当だけで生きている家はそんなふうになりがちです。
 部屋はかたづいてむしろがらんとしているくらいなのに、饐えた匂いの消せない家というのもあります。さまざまな事情があってのことでしょうが心の隅に留めます。

 場合によっては年度当初から支援の手を差し伸べた方がいいこともあれば、何か起こってから動いても遅くないこともあります。その答えが家庭訪問当日に出せるかどうかは別にしても、学年の教師間、養護教諭、管理職と相談して心の準備をしてもらった方がいい場合もあります。

 特に留意すべきは虐待です。
 確率的には千にひとつもないのかもしれませんが、心に留めてそうした観点から児童生徒を観察するのとそうでないのとでは結果はまったく違ったものになってしまいます。

 弟や妹が極端に手のかかる家庭というのがあります。担任訪問の際中も跳んだり跳ねたりして親も会話どころではないといった雰囲気で怒ってばかりです。
 そういう乱雑な中でその子は勉強し成長しているということを頭に入れて帰ります。もちろん“だからかわいそう”ということもあれば、“だからこんなに立派なんだ”ということもあります。

 おとなしすぎる弟や妹がいたら、それもよく見てきます。とてもよく躾のできた子どもという場合もありますが単に怯えて静かにしているだけかもしれません。担任している子、つまりその子のお兄ちゃんお姉ちゃんたちの性格と対照すると、別に分かってくることもあります。

 学区の地域性にもよりますが、ほとんどの家庭はこれといった印象を持つことなく家を出ることができます。まったく問題がなく、理想的とも思える家だって少なくありません。その場合はそうしたものとして記憶に留めます。

 特にきちんとした、あるいはごく普通の家庭のお子さんが学校で突然、教師に向かって「馬鹿野郎」とか「ふざけるな!」とか悪態をついたら、それこそもう救急車が30台も駆けつけていいほどの緊急事態ですから授業をすぐに止め、全員を自習にしてでも対応しなくてはなりません。それも精神のトリアージです。
 ちょっとひねくれたお子さんが騒ぐのとはレベルが違うのです。

 以上、――しかしこうして書き並べてみると、やはり家庭訪問で手に入るものの10分の1も記述できなかったような気がします。


【家庭訪問で置いてくるもの】
 せっかく子どもの自宅まで赴くのです。それに担任する子どもの家に上がり込むなんてそれが最初で最後かもしれません。だったら単に持ち帰るだけでなく、置き土産もしておくといいでしょう。
 土産ですから相手が喜ぶものでなくてはなりません。

 保護者が担任からもらって一番うれしいもの――それは言うまでもなく「お宅のお子さんを大事に思っています、一生懸命支えます、けっして嫌な思いはさせません」というサインです。
 家庭訪問でなくても教室でできることですが、相手の懐に飛び込み、相手の土俵でそれを伝えることには特別な意味があります。こちらから出向いてお話ししているわけですから、呼びつけて学校で行う面談とは意味が違うのです。

 私たちはそれを「信頼関係を築く」と言って、学校教育の中でも最も大切な柱のひとつと信じてきました。

 先生たちが忙しいからやめましょうとか、保護者に仕事を休んでもらうのは忍びないからやめましょうといった安易な話にならないのはそのためです。

 この件については、明日、改めてお話ししましょう。

                         (この稿、続く)



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2019/4/23

「心のサイン発生装置と精神のトリアージ」〜家庭訪問をやめてはいけない1  教育・学校・教師


 教師の働き方改革や授業時数確保の観点から
 家庭訪問を廃止したり希望制にしたりする学校が出てきたという
 自宅の位置や通学路の様子などはインターネットで十分わかるし
 たかだか15分〜20分で実りある話もできないから
 というのが理由だそうだが
 それはとんでもないことだ

というお話。

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【岐路に立つ家庭訪問】
 日曜日のインターネットニュースに「家庭訪問”岐路”に 授業増で時間確保や教師の働き方改革で 『やめる』『希望制』も」(2019.04.21 丹波新聞)というのがありました。
 それによると、
 小中学校の教師が児童生徒の家に出向いて懇談する「家庭訪問」を見直す動きが広がりつつある。兵庫県丹波市、篠山市の全小、中学校計48校に取材した結果、丹波市内の2校が今年度から「やめる」と回答。また、一斉訪問をやめ、家庭からの「希望制」に切り替える、あるいは切り替えた学校は両市であった。背景にあるのは来年度の学習指導要領改訂に伴って増えた授業時間数を確保することや、教職員の「働き方改革」の一環があるよう。ほかにも次年度以降、実施を検討する学校もある一方、「今後も必要」とする学校もある。長年、”当たり前”のように続いてきた家庭訪問が岐路に立っている。
ということです。

 やめた理由としては、
1. 今はインターネットの地図で自宅がわかるようになった。また、緊急時には保護者の携帯電話に連絡して迎えに来てもらうのが一般的。
2. 人数が多いクラスを受け持つと、1日で10数軒を回ることになり、”分刻み”のスケジュールに追われながらこなすことになる。
3. 労力がかかる一方、各家庭では短い滞在時間でじっくり話を聞くことができないなどの課題がある
4. わずかな時間のために、保護者に仕事を休んでもらうことになり、負担をかける
5. 教員の業務を見直して、子どもたちと向き合う時間を確保するのが第一
等々のようですが、要するにポピュリズムです。

 記事の最後の方にあるように、
 ベネッセ教育情報サイトが13年に2335人から回答を得たアンケートでは、「家庭訪問をしてほしいか」という問いに否定的な回答が70・6%を占めた。
という現状があり、他にも、
「10分ほどの訪問のために仕事を休まないといけない。話す内容も他愛のないこと。先生も大変だと思うのでやめたほうがお互い良いのではと思う」
「『自宅を見に行く』ことはプライベートの領域に踏み込むことになる」
「家に来てほしくない保護者や児童もいる。保護者と懇談する場所は学校でもいい」

 といった訴えや考え方があります。

 しかし保護者や世間の要望があるからと言ってむやみに応えて、必要なことを放棄してはいけません。教師の負担軽減という錦の御旗を担いで保護者におもねるやりかたは、卑怯でもあります。


【家庭訪問縮小の本筋は学校の事情ではない】】
 そもそも記事の最初の方で、
 家庭訪問は、▽担任と保護者の顔合わせ▽自宅の場所の確認▽通学路の確認▽家庭の状況を把握する―などを目的に実施されてきた。
と書いて、インターネットや通信手段の発達によって自宅や通学路の確認は必要なくなり、短時間では十分な話もできないと意義の薄れてきた事情を説明しておきながら、肝心の家庭の状況を把握するという目的についてはひとことの説明も代案もないのはなぜでしょう。
 
 もともと家庭状況の把握以外の理由なんて大したものではなく、実際には一日に何軒も回らなければならない家庭訪問をきちんと果たそうとすれば、初めての担任は休日に下見するくらいはあたりまえでした。自宅の場所や通学路の確認などはその時点で済んでいたのです。
 保護者が「話す内容も他愛のないこと」というのも当たり前で、年度当初から深刻な話があちこちで出るようでは困りものです。もし仮に深刻な話があるとしても、それを定例の家庭訪問の15分か20分でやっつけようというなら、保護者も担任もあまりにも愚かでいい加減だと言えます。重要な話は日と場所と時間を選んでするものです。

 要するに位置確認、通学路確認、顔合わせという意味では最初から重要ではなかった家庭訪問を、これまでなぜ行ってきたのか――それこそ家庭の状況目で把握するためであって、他にはなかったのです。

 家の中に入り込んで他愛ない話をしながら、その家庭の雰囲気を吸い込んでくる。建物の様子、玄関の様子、部屋の雰囲気、匂い。教師をもてなす態度、テーブルの上に並ぶもの、清掃の具合。
 家にいるときの子どもの服装、態度、兄弟姉妹の様子、調度品や掲示物、空気の淀み。
 一つひとつを分析的にとらえてくるのではありません。感じ取ってくるわけです。

 何のために?
 もちろん担任をしている子の、健やかな成長のためです。
 そして子どものために努力することが結局、自分たちの仕事を楽にすると知っているからです。


【心のサイン発生装置と精神のトリアージ】
 教育や子育てについてよく「子どものサインを見逃がすな」と言う言葉が使われ、教育評論家などはすぐにそういう言い方をしますが、その実“サイン”の見方について説明してくれる人はほとんどいません、実際にはかなり厄介だというのに。

 なぜ厄介なのか。
 サインの読み取りが難しいのには二つの理由があります。ひとつは子どもたちから出てくるサインが多すぎること、そしてもうひとつはほんとうに深刻なサインは手遅れになったころに出てくるからです。

 実際、教室というのは30人もの子どもが一斉にサインを出しているような場所で、玉石混交、どうでもいいサインから深刻なものまでいつでも常に点滅しています。

「腹、減ったよー」から始まって、「勉強が分からなくなってるよー」「頭が痛いよー」「好きな子にコクりたいよ」「お腹痛い」「何かもモヤモヤしている」「意地悪されています!」「親が離婚しそうです」「何か死にたい」・・・。

 そうした全部に対応できるはずもありませんしする必要もありません。自分ひとりで、あるいは友だちの手を借りて解決しなくてはならない、それでなんとかなる問題もたくさんあります。
 しかし中には教師がすぐにも手を伸ばして、助けてあげなければならない場合もあります。そして助けてあげるためには、教師は前もってたくさんの情報を持ってすぐに反応できるようにしておかなくてはならないのです。

 それにはいくつかのやり方があります。

 ひとつはサイン発生装置をつくることです。心の問題を可視化するのです。
 例えば服装の決まりがそれで、心に乱れのある子は服装や化粧で困難を表現する場合があるので早い段階で察知できます。それを「服装の乱れは心の乱れ(だから教育者は注意深く見て、心配な場合はすぐに対応してあげなさい)」という言い方をします。対応というのは服装を直すことではありません。その奥にある心の乱れに手当てをすることです。

 もうひとつは「精神のトリアージ」、つまり緊急度の高さに応じて対応の順位付けをすることです。しかも素早く反応するためには、知識ではなく肌の感覚として危険を察知できなくてはなりません。
 家庭訪問で大きく深呼吸して雰囲気を吸い込んでくるのはそのためです。言葉にすると矮小化してしまうものをすべて感じ取ってくるわけです。

                              (この稿、続く)


 
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