2019/2/14

「私たちは今もこういう教師を望んでいる(かもしれない)」〜ドラマ「3年A組」のリアリティと残念  教育・学校・教師


 日本テレビの「3年A組 今から皆さんは、人質です」
 教師の一面を鮮やかに映し出したなかなかの作品
 菅田将暉をはじめとする若い俳優たちがほんとうにすばらしい
 
 けれど私たちだって 昔はあれくらいの情熱で生徒に向かっていたのだ
 そして それにしても――


というお話(部分ネタバレあり)。




【最近、ドラマを見ていられない】
 数年前からテレビドラマが苦痛になって大河ドラマでさえきちんと見ることができなくなっています。つまらないのです。

 今期もこれといって感心するものはなく、次回を心待ちするというふうはありません。
 けれどそうは言ってもビデオレコーダーが自動的に連続ドラマを録画してしまいますし、無類のドラマ好きの妻が2〜3週間の間にスクリーニングして話してくれるので、その中から2〜3、気が向いたときには見るようにしています。

 現在目を通しているのは「ゾンビが来たから人生見つめ直した件」(NHK 土曜23時30分〜)と「みかづき」(NHK土曜21時〜)、そして「3年A組 今から皆さんは、人質です」(日本テレビ 日曜10時30分〜)の3本です。

 その中の「3年A組」ですが、とりあえず出てくる俳優さんたちがいい。
 高校を舞台とした推理サスペンス(プラス少々お笑い)といった感じで教室を中心に話が進むのですが、そこに登場する1クラス分の生徒と先生がまるまるいいのです。

 教師役の菅田将暉さんと生徒役の永野芽衣さんはもちろんいい。さらにその他の(私のような老人にとっては無名としか思えない)若い役者さんたちがいずれも凄くて、次世代の芸能界を背負っていく逸物ぞろいといった感じなのです。


【「3年A組」のリアリティ】
 中でも今週の日曜日(10日)は、水越涼音役の福田遥さんという女優が素晴らしい演技をしました。
 他人を誹謗中傷する動画をSNSに上げてしまった涼音が、あとで大きな誤解あったことを知って後悔し、さらに実は動画はアップされていなかったことを教えられて「よかった」と崩れ落ちる、そこから素晴らしい場面が始まります。

 菅田将暉演じる教師はうずくまる涼音の肩を蹴り上げたかと思うと、上着の襟をつかんで無理やり立たせ、
「何が“よかった”だ。お前が、この動画をネットに流そうとしたことにかわりはないだろう。違うか?」
と責めながら、肩を二度、三度と突き、入り口の扉の前に追い詰めます。
「この動画が世間に流れていたらどうなっていたのか、よく考えたのか?」
「お前たちはもう、感情に任せて過ちを犯せる歳じゃないんだ!それが許される歳じゃないんだ!」

 その後も長い長い台詞が続きますが、要するに言いたいのはそれです。

 教師は大声で怒鳴り上げながら、涼音を扉に押し付け、肩を突き、戸をバンバン叩き、襟をつかんで体を前後にゆすったあげく扉に叩きつけ、あるいは首を絞めるかのように手を喉元に当て、顔を寄せ、至近距離で叫びます。
「お前の他愛のない言葉ひとつで、誰かを救うことができるかもしれない、でもその一方で、傷つく誰かがいるかもしれないということを忘れるな! お前の言葉一つで、簡単に、命を奪えるってことを、忘れるなよ!」

 その間ずっと、涼音役の福田遥さんは目に一杯の涙を溜め、震えながら一心に教師を見つめています。
 泣いてはいけない、目を逸らせてはいけない、ここは人間として全身全霊で先生の言葉を受け止める場だ、倒れてもいけない、声を上げてもいけない、頑張り続けなくてはいけない・・・。

 迫真の演技は迫真の空気を広げます。
 二人のやり取りのあいだほぼ座っているだけの大半の生徒の目にも涙が浮かび、それがまた実に自然でした。私も、何か泣きそうな気分でした。

――と、そこまでは良かったのです。

 しかし、たかがテレビドラマに心動かされてしまった反動でしょうか、頭の隅にまったく別のものが浮かんで私に語り掛けてきます。

――なあ、これって要するに教師による対生徒暴力じゃネ?


【昔の私もそうだった】
 似たようなことは三十数年前の私だってやっていました。

 菅田将暉さんみたいに理路整然としてはいませんし、本気で頭に来ていますから声は上ずって内容はしばしば支離滅裂。おまけに悔しさのあまりこちらまで涙で顔をくしゃくしゃにしているので格好悪いことこの上ない。しかし迫力だけは菅田将暉に勝るとも劣らなかった――今もそう思っています。
 そしてそんなときの生徒の表情が、まさに「3年A組」の福田遥さんそっくりだったのです。
 
 目を大きく見開いて涙を溜めながら、しかし決して視線を逸らさない。震えながら一生懸命聞いている――ように見える。
 そうです。あれは本当は一生懸命聞いているのではなく、恐怖に引きつり、目と心が相手に釘付けになって頭が空っぽになっている姿なのです。空っぽで無色透明、だから教師の言葉が入っていく、話の内容が落ちていく――。

 よく「教師なんてロクなことを言わない」などと言う人がいますが、そんなことはありません。それはしっかり聞いていないからで、多くの先生たちは大切な時にはかなりいいことを言っています。

 いいことを言っても子どもたちはしっかり聞かない――それをきちんと聞かせるためには大声で相手を怖れさせ、いったん心と頭を空にしないとダメだと、昔の教師は考えました。言い訳や反抗心や疑念のある心には、言葉は素直に入っていかないと思ったのです。


【今は違う】
 しかし今やそんな時代ではありません。
 今週の回で「3年A組」の担任はどうやら病気で余命いくばくもないらしいということが分かってきました。そもそも第一回で校舎の屋上から落ちる場面がありましたから死を覚悟してのことでしょう。
 今や職や命をかけないと、あんなふうに生徒を追い詰め、二度と曲がった道に戻らないよう行動変容を図ることなどできないのです。

 ただし、もちろんそれが正しいやり方だというわけではありません。確実で効率がいいというだけです。
 現代の若い教師たちは事件が起こってから怒鳴り声を上げるようなことはしません。彼らは何もない落ち着いたとき、子どもに言い訳や反抗心や疑念のないときに、穏やかにきちんと話をするようにしています。それが正しいやり方です。
 彼らは、私たちに比べればはるかに優秀な人たちです。


【「3年A組」の残念】
 日本テレビの「3年A組」、ずいぶん持ち上げてきましたが、ではとても気に入っているのかというとそうでもありません。気に入らない点がふたつあります。

 ひとつは出てくる教師たちがあまりにも戯画化されていて愚かだということ。
 いくらフィクションとはいえ、教室が爆破されて教師が1クラス分の生徒を人質に立て籠ったその夜、体育館で待機している教師たちが勤務時間外だといって酒盛りをするなんてあり得えないでしょう。
 バカにし過ぎです。

 マスコミで売れっ子の教師は事あるごとにテレビクルーを引き連れて放送されることに余念がありません。ときどき著書の宣伝などもします。
 別の、水泳部の顧問である教師は指導の際中、棒をバンバン振り回していたりします。理由があって生徒を部活から遠ざけなければならないときは、盗撮まがいのことも平気でします。こんな人はいません。
 主人公の教師一人が立派であとはダメというのは昔かある形ですが、それにしても何とかならないものか。

 もうひとつ気に入らないのは、背景の貧乏臭さです。
 一時は生徒数人が殺されたかもしれないと思せるほどの大事件なのに、警察関係者も取材に来るマスコミも数人ずつ、駆け付けた保護者は十数名、やじ馬に至ってはゼロ。
 こんな寂しい事件現場なんてありません。民放はほんとうにお金がないんだなと改めて思わされました。

 以上、満点から2点引いて星三つのドラマ、そういうことにしておきましょう。
 

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