2018/12/27

「毎年5000人もの教員が精神疾患で休職しているというのに、もう何の打つ手もないということらしい」  教育・学校・教師




 更新しました。

「キース・アウト」


2018.12.27
心の病で休職する教職員は5077人 10年間高止まり

 PC版 →http://www5a.biglobe.ne.jp/~superT/kiethout2018/kieth1812b.htm#i4

 スマホ版→http://www5a.biglobe.ne.jp/~superT/kiethout2018/kieth1812sh.htm#i4






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2018/12/26

「今年の振り返り、来年への怖れ」〜二学期ご苦労様でした。  教育・学校・教師


 今年も心配な出来事が多かった。
 しかし今年起こっているその不安な出来事は、
 もしかしたら来年から始まる新時代を予告するものなのかもしれない

というお話

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【私の2018年】
 多くの学校で二学期終業式が行われ、あと一週間も経たずして2018年が終わります。
 私にとっての2018年は、非常に当てが外れるとともに、混とんとして落ち着かない年でした。

 つい数年前まで、世界は緩やかな安定に向かい、私の子や孫や教え子たちの生きる21世紀中後半は、派手さも華やかさもないものの、落ち着いた静かな、平和に満ちた時代になるだろうと安心しきっていたのです。

 それがロシアのクリミア侵攻や中国の南シナ海進出によって、まるで19世紀のような領土・領海獲得競争が始まり、トランプ大統領の出現によってアメリカまでもが野心満々の独裁国家の様相を呈してきたのです。
 中東情勢は泥沼で、EUは崩壊に向かい始めます。

 ただしアジアに限って言えば悪くない話もあって、東アジアの喉にひかかったトゲである北朝鮮はそろそろじり貧で、2018年度中には金王朝も滅び、多少の混乱はあるものの全体としては、世界がアジア中心の時代に入ると思われたのです。

 まさかドナルド・トランプが中途半端に金正恩と手を結び、王朝の延命に手を貸すとは思いもよりませんでした。

 韓国に文在寅政権が生まれてそうとう北寄りになるだろうとは思ったもののここまですり寄ることは考えもせず、今や私は韓国が本気で「中ロを後ろ盾とした、金正恩の統べる統一核保有国」を目指しているのではないかと疑い始めています。
 米韓関係、日韓関係がここまで悪くなるとは全く想像していなかったのです。

 ヨーロッパではメルケルもマクロンもメイも、自国に山積する問題で手いっぱいで、世界に関与する余裕など微塵もありません。

 米中貿易戦争は地球全体に重苦しい網をかけています。


【2018年の日本】
 目を日本国内に転じると、クソ暑い夏と度重なる災害(西日本豪雨・大阪地震・北海道地震・台風21号等)がまず頭に浮かび、日本中の学校にエアコンが入りそうなのはいいことですが、今後猛暑を考慮したカリキュラム編成や防災教育、あるいは避難所運営といったことにも心砕いていかねばなりません。
 教師の働き方改革が叫ばれる中で、仕事は増える一方です。

 今年は特にスポーツ界に喜ばしいことと問題が多く、喜ばしいことから言えば平昌オリンピックでの13個のメダル・羽生結弦くんの連覇、野球の大谷翔平くん・テニスの大坂なおみさんの活躍、絶対だめだと思ったのに16強入りしたサッカーワールドカップ等々、浮足立つような話も数多くありました。

 他方、日大アメフト部や日本レスリング協会・日本体操協会などで相次ぐパワハラ事件は、中学・高校の部活動にも重大な問題提起を行ったと言えます。

 私にとって日本人を考えるうえで、元貴乃花親方の周辺で起こった一連の出来事がもっとも印象に残るものでした。伝統と格式、プロスポーツの在り方、選手育成、人間形成、暴力と指導――と様々に考えさせられる問題のてんこ盛りだったように思うのです。

 スポーツ以外では、本庶先生がノーベル生理・医学賞を獲ったことや藤井聡太7段の活躍、将棋の羽生善治さんと囲碁の井山裕太さんが国民栄誉賞を授与されたことなどは、子どもに勇気と希望を与えるできごとでした。2025年の万国博覧会が大阪に決まったことも、今後児童生徒と一緒に注目していきたい事柄です。

 さまざまなものが終わりを告げました。
 豊洲市場開場は私にとってはむしろ築地閉場問題です。
 日産からゴーン会長が去り、さくらももこさんや桂歌丸師匠が亡くなりましたが、影響力の大きさから言えば、オウムの松本死刑囚ら元幹部の死刑が執行されたことや歌手の安室奈美恵さんが引退したことの方が大きかったかもしれません。

 来年、平成が終わることは既に予告されていますが、平成を平成たらしめた事象のひとつひとつが、一足先に終わっていく感じです。


【来年、まったく新しい時代が始まる】
 江戸時代以前は吉事凶事のたびに年号を変えていったそうですが、明治以降は逆に年号が変わるたびに時代が変わっていった――私はそんなふうに思っています。

 この件についてはこれまでも何度か書いてきましたが、ふとそう思って調べたら、1年前の2学期終業式の日に、今日とそっくりな構成で、同じようなことを書いていました。

2017/12/22「ご苦労様でした」〜終業式、2017年のまとめと”時代の終わり”が始まる予感 

2013/9/11「年号や世紀が変わることへの思い」
 
 年号が変わると人々の気持ちが根底から変わってしまい、違う時代になってしまう。
 例えば明治は「欧米に追い付け追い越せ」の時代で、条約改正が成って欧米と肩を並べたことが確認されると(明治44年)、明治は終わってしまう。
 大正は「自由とデモクラシー」の浮かれた時代で、第一次護憲運動(大正2)に始まり普通選挙法(大正14)で終わります。
 昭和になるといきなりの金融恐慌(昭和2年)で、大正の浮かれた気分は一気に吹き飛ばされてしまいます。昭和元年は一週間しかありませんでしたので、実質的な元年である昭和2年は、ほんとうに一瞬にして時代が変わったみたいだったに違いありません。
 その昭和もバブルの中で終わり、平成は不況とともに始まります(平成3年バブル崩壊)。

 もちろん年号が変わると同時に一気に何もかも変わるというのではなく、その2〜3年前から予兆があり、新時代になっても2〜3年の間は旧時代を引きずる面があります。昭和の匂いのする治安維持法が大正時代につくられ、バブル経済が昭和と平成をまたいだように、新時代の訪れる前にその香りは漂ってくるのです。

 つまり、今起こっていること――大国が領土的野心をむき出しにしてお互いに争い、EUやTPPのように統合を目指したものが音を立てて崩れ、逆に一緒になってはならない者たちが集まり始める、それが来年から始まる“新時代”の基本的潮流なのかもしれないのです。

 皆様、心して子を育てましょう。


*「アフター・フェア」も明日から年末年始休業に入ります。9日の水曜日を再開の予定としていますが、それ以前に書き込むこともあるかと思います。よろしくお願いします。
 それでは皆様、良いお年を。



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2018/12/25

「“いじめ”はゼロではあってはいけない」〜文科省調査の裏側で  教育・学校・教師

 
“いじめ”事件はここ数年、爆発的に増え続け、今後も減る見通しはない。
今年も多くの見落としがあったみたいだから、来年はさらに増えるに違いない。
いじめ100万件時代も目の前かもしれない
というお話
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「平成29年度 児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査結果について」から作成)
 
【“いじめ事件ゼロ”は問題です】
 昨日(12月24日)のNHK朝のニュースで、「いじめ0件の学校 保護者などに公表確認 徹底されず」という話題を扱っていました。内容は、
 学校でのいじめを確実に把握しようと、国は、いじめの件数を0件とした学校に対し、保護者などに公表して確認を求めるよう通知を出しています。
 しかし、NHKが関東甲信越の1都9県を取材したところ、学校が公表したかどうかを確認したと回答したのは、長野県だけでした。

というものです。

 3年前、岩手県の中学校でいじめによる自殺事件が起こった際、学校側がいじめの件数をゼロと報告していた事実があり、国はいじめが年間0件と報告した学校に対して、保護者や子どもに公表して確認するよう求める通知を出していました。
 その求めに忠実に従った長野県は、調査の上で10件のいじめ事件を掘り起こし、さらにそれでも0と報告し続けた学校には職員を派遣していじめの定義等を詳しく説明し、追加で7校での掘り起こしに成功したというのです。
 その取り組みについては9月末に産経新聞が取り上げ、私もサイトの方で扱いました。
2018.09.29 いじめの認知「0件」の小中学校、定義の理解不十分な学校も 長野県教委の調査(スマホの方はこちらから→http://www5a.biglobe.ne.jp/~superT/kiethout2018/kieth1809sh.htm#i4

 昨日のNHKニュースは、同種の調査が他県でも行われたかどうかを独自に調べたものですが、少なくとも関東甲信越では他に例がなかったようです。長野県の丁寧さが分かります。
 さすが教育県と呼ばれるだけのことはあり、権力に対して素直で、しかも徹底しています。他の都県は文科省の意図が読めていない。


【子どもの心が少しでも痛みを感じたら、それは“いじめ”です】
 とにかく文科省も都道府県教委も「いじめ件数ゼロ報告の学校でのいじめ事件」にウンザリしているのです。教師は何を見ていたのだ、学校は何をしていたのだというところから始まると、まとまる話もまとまらなくなってしまいます。

 そこでは、
「特に自殺を引き起こすような重大ないじめは、学校に隠れて行われる」
とか
「自殺に至るような重大ないじめを知りながら、親にも知らせない学校はない」
とかいった論理は通用しません。
「とにかくいじめの調査はいつもしっかりやっていた(だからとても細かな部分まで承知していた)」
という事実が必要なのです。
 ですからどんな些細なものであっても数字に挙げてもらいたい――。

 昨日のNHKのニュースは、
「教員の間でもいじめの認識に差があり、子どものSOSを見逃さない環境作りが大切だ」
という長野県教委の担当官の言葉で結ばれています。その差を埋めるための指針というものがいくつも出ていて、それに精通しているかどうかが分かれ目です。

 例えば2016年3月18日に文科省から出された「いじめの認知について」「いじめの正確な認知に向けた教職員間での共通理解の形成及び新年度向けた取組について(通知)」には、報告すべき具体的な例がいくつも出ています。

 Aさんが算数の問題を一生懸命に考えていたところ、隣の席の算数が得意なBさんは、解き方と答えを教えてあげた。Aさんは、あと一息で正解にたどり着くところであり、答えを聴いた途端に泣き出してしまった。このことでBさんは困惑してしまった。


(定期的に実施しているアンケート調査で、Bが「いじめを受けた」と回答した。そこで、Bと面談で確認するなどした結果、以下の事実があったことを確認できた。)
 体育の時間にバスケットボールの試合をした際、球技が苦手なBはミスをし、Aからミスを責められたり他の同級生の前でばかにされたりし、それによりBはとても嫌な気持ちになった。見かねたCが「それ以上言ったらかわいそうだよ」と言ったところ、Aはそれ以上言うのをやめ、それ以来、BはAから嫌なことをされたり言われたりしていない。その後、Bもだんだんとバスケットボールがうまくなっていき、今では、Aに昼休みにバスケットボールをしようと誘われ、それが楽しみになっている

 これらはいずれも“いじめ”として扱い、報告すべき事例です。「いじめ」という言葉を使って指導するかどうかは別ですが(というのは「いじめ」と口にすることでこじれる問題もあるからです)、報告及び学校側の対応としては“いじめ”であると考えなくてはいけません。子ども同士の五分のケンカも双方による“いじめ”です。

 そう考えると「いじめ件数ゼロ」が、いかにあり得ない話かは自ずと知れてきます。


 タイトルに上げたグラフに見るような爆発的いじめ事件の増加は、そうした定義と文科省や都道府県教委の努力によって達成されたものであり、今回NHKが長野県以外の都県の不備を明らかにした以上、来年度はさらに徹底した調査・報告が行われるはずです。
 “いじめ100万件時代”は目の前に迫っているのかもしれません。


【今後何が変わって何が変わらないか】
 正直言って、私にはこのような“いじめ”のインフレ報告が良い状況を生み出すとは思えません。
 “いじめ”と名がつけば教師は対応せざるを得ず、始めれば徹底します。

 先日問題となった奄美中1自殺事件も、「消しゴムのかすを投げられた」とか「しつこく方言を言ってきた」とかいった訴えを担任が看過しなかったことから、加害者と目された生徒が追い詰められ自殺したとされる事件です。

 逆に、なんでもかんでも“いじめ”とすることで、いじめに対する感受性が薄れることも考えられます。1校で数十件も発生すると対応もしきれませんから、ほったらかしにするのが常態となってしまうからです。

 しかし実際問題としては、いじめに対する具体的対応は今とさほど変わらないのかもしれません。

 9月の産経新聞によると、長野県はいじめの報告件数がゼロの学校とともに、数百件に及んだ過剰報告の学校も訪問していますから、報告すべき適正な数というのがどこかにあるのでしょう。

 今後はその「適正な数」を探りながら、報告書には上げられるだけの数を上げ、実際にどう対応するか(担任レベルで押さえるか、学年対応か、はたまた校長を先頭に学校体制で当たるか)は、その都度考えるか別に内規をつくるしかないでしょう。おそらく大半は、これまで通り担任に任されるはずです。

 具体的対応はこれまでと変わらず、しかし仕事量は増えます。
「どんな些細な“いじめ”も報告しろ」ということは、「それに付随する書類を学校は用意しろ」ということです。担任は以前は書かなかった「こんな訴えがありました」「こんな喧嘩がありました」といった文書をたくさん書くことになります。

 働き方改革で早く家に帰らなくてはなりませんから、家に帰ってから書いてもらうことにしましょう。
 嗚呼!



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2018/12/21

「忘れられそうな可哀そうな冬至」〜冬至のウンチクと阿蘭陀冬至    歴史・歳時・記念日


明日は冬至。
すっかり忘れられているこの行事、もう一度調べて何かしてみたらどう?
阿蘭陀(オランダ)冬至もおもしろいよ。

というお話

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(カール・ラーション「冬至の生贄」)
 
【忘れられそうな可哀そうな行事】
 明日12月22日は二十四節季のひとつ「冬至」です。
 一年で一番日照時間の短い日で、明後日からはだんだん日が長くなっていきます。そう考えるとなんとなく気分が明るくなりますね。
 しかし今年は土曜日に当たり、24日(月曜日)のクリスマス・イブが天皇誕生日の振替休業で三連休になる人も多
く、気分はすっかりクリスマス。冬至なんてどこ吹く風です。

 もっとも冬至が虐げられてきたのは、今に始まったことではありません。同じ二十四節季でも春分や秋分のように休日だったりお墓参りがあったりするわけでなく、年によっては21日だったり23日だったりする分かりにくさもあって、今ひとつパッとしないのは昔からです。

 柚子湯や小豆料理もすっかり廃れてしまい、カボチャに至っては別行事に奪われて、今、台所に用意すれば、
「またハロウィーン?」
といったことになりかねません。
 可哀そうですね。


【冬至のウンチク】
 冬至を始めとする秋分・春分・夏至・立夏・啓蟄といった二十四節季の日付けが定まらないのは、地球が太陽を回る360度を24で割った“地球と太陽の位置関係”によって決まるからです。単純に暦に割り振るのではなく、実際の天体の運航に従って決めるため、冬至も年によって、あるいは地球上の位置によって22日だったり21日だったりするのです。

 ちなみに今後は2020年、2024年・・・と4年ごとに12月21日になりそれ以外は22日。2028年からは2年続けて21日、次の2年が22日というふうに、21日と22日の2年ごとの交互になります。
 その先はさらに変化していき、あと200年くらいたって2200年代に入ると2203年、2207年、2211年と、今度は4年ごとに23日が冬至になるそうです(2224年まで)。

 日が短くなるという意味で太陽が衰えているように見えた日々の最後日で、明日から日が長くなるという喜びの日。ですから世界中で祝う風習があります。
 特に日本や中国の陰陽道では「陰が極まり再び陽高まる(一陽来復)」の日として大切にされてきました。悪いことが続いた後で運気が上向いてくるという意味です。

 さらにそれが自分に回ってくるように、この日はニンジン、ダイコン、レンコン、ウドン、ギンナン、キンカンといった「ん(運)」のつく食べ物を食します。これを「運盛り」と言います。
 カボチャも別名は「南瓜(なんきん)」ですから「運盛り」の仲間に入れられますが、冬まで保存できる作物の中で特に栄養価の高いものとして重宝がられました。

 もともと邪気を払う力が強いとされ小豆も使われ、かぼちゃ合わせて煮物にすることもよくします。私も昔食べた記憶があるのですが、これを「いとこ煮」と呼ぶのは初めて知りました。硬いものをおいおい(甥々)入れて、めいめい(姪々)炊き込んでいくことからそう言われるのだそうです。

 柚子のような香りの強い柑橘系も魔除けとして使われやすく、鏡餅の上にみかんを乗せるのもそのためです(この間テレビで「それはやってはいけないこと」として説明されていたみたいですが)。冬至の風物としては風呂に入れて温まります。
 私の家は柚子を手に入れるのが面倒なので、大量のみかんを風呂に浮かべて、温まったところで甘味の増したみかんを、入浴しながら食べるのが毎年の楽しみです。
 それだってたぶん大丈夫でしょう。


【阿蘭陀(オランダ)冬至】
 この時期、江戸時代の長崎出島では閉鎖的な空間でストレスを溜めきった商館長たちが、毎年「阿蘭陀冬至」という行事を楽しんでいました。12月25日のことです。

 その日になると商人たちは何艘ものオランダ船に乗り込んでドラを打ち鳴らし、商館へと進みます。そして商館長たちに「阿蘭陀冬至おめでとう!」とか言いながらプレゼントを配るのです。
 商館から返礼のプレゼントや祝儀を受け取ると、今度は幕府の役人や貿易商仲間のところを回ってプレゼントを渡します。
 そして最後は商館の中で飲めや歌えのどんちゃん騒ぎ。

 幕府の役人たちも途中から気づいたと思うのですが、今さら止めるわけにもいきません。
「どうやらクリスマスというキリスト教の行事らしい」
と言い出せば先輩たちの失態を追及することになります。
 しかたなく(半分は喜びながら)、阿蘭陀冬至は幕末まで続いたようです。

 歴史秘話としては、私が最も好きな話のひとつです。

 明日の冬至、久しぶりに何かしてみたらいかがです?



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