2018/10/7

「更新しました」〜学校の統廃合、田舎には事情がある  教育・学校・教師



「キース・アウト」

2018.10.07 進まぬ学校の統廃合 欠ける子供ファースト

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2018/10/5

「【実験】口中調味をしないで食べる」〜口中調味と偏食の話2  教育・学校・教師


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 妻に食べ方が下品だと言われて口中調味をやめ、一口ひとくち、口の中が空になったら次の食べ物を入れるという今日的な食べ方を始めたことについて書いています。

【試してみたらいいことも多い】
 新しい食べ方でまずよかったのは、食事の時間が延びるということです。
  
 現場の教員であった時代、給食は長くても6〜7分で食べ、残りの時間を子どもの日記を読んだり宿題のチェックをしたりするのが常でした。ですから家庭でもとにかく食べるのが早い。もしかしたら妻が私の食べ方に30年も気づかなかったのもそのせいかもしれません。二人とも教員ですからほとんど競うように食べていたのです。

 しかし私の方が先に退職し、健康のことを考えるとそろそろゆっくり食べるようにしなくてはと思ったのですが、習慣というのは恐ろしいもので、これがなかなかうまくいかない。
 ゆっくり食べるために一口につき最低20回、できれば30回は噛むようにと心掛け、これは定着したのですが15分かけるのが限度です。ところが「口中調味」をしない新しい食べ方だと、軽く20分はかけられるのです。
 
 それもそうで、例えばカツの一切れを口に入れてそこに白米を加えて食べるのと、カツを一切れ食べ終わってまた白米を口に入れる場合とでは理屈上、後者の方が2倍もかかります。1回で済むことを2度に分けるからです。
 もちろん実際には口に入れる量が違いますから2倍とはなりませんが、1・5倍くらいには簡単になります。ゆっくり食べることで胃の負担はずいぶん軽くなっているはずです。

 よかったことの二番目は、減塩に役立つということ。
 これも当たり前で、口中調味は口の中で白米と混ぜて味を薄める食べ方なのでおかずをそのまま食べると味が濃すぎるのです。特にソースと醤油の味は強すぎます。
 濃い味も慣れてしまえば平気なのでしょうが、とりあえず今までなら塩甘で醤油をかけたくなるようなサンマもそのまま食べたほうがおいしい、そのまま食べられる。目玉焼きの醤油もほんの数滴でこと足りる。
 ただし昨日の朝のサバの水煮は、大根おろしを大量に乗せて口に入れたものの味が濃すぎて(大根おろしがいかんのか?)閉口しました。
 食卓で調味料を控えるといった調整のできないものはしばらく見送った方がよさそうです。

 三番目の利点は、季節感のある食事ができそうだ、ということです。
 私は冷奴が好きで真冬でも湯豆腐にせずそのまま食べます。口の中で冷たい豆腐が熱い白米の中に溶けていく感じがいいのです。
 しかしそれはあまりにも季節を無視した食べ方で、季節感を重視する和食の食べ方としては邪道でしょう。これからは夏は冷奴、冬は湯豆腐と、それなりの食べ方をすることになります。

 良かった点の四つ目は、ダイエットに好都合ということ。
 とにかく白米だけの食事は味気ない、というか味がない。中には「ゆっくりと噛み続けるとお米特有の豊かな甘さが滲み出て・・・」とか言う人がいますが、私には分からない。そうした微妙な味覚がない。
 私の場合、白米を口に含んで30回も噛むと口の中が糊だらけになった感じですこぶる具合が悪い。量はこれまでの半分も食べれば、もうそれ以上はいらなくなります。

 糖質制限ダイエットというものに挑戦してあれほどうまくいかなかったのに、今はご飯茶碗半分でもう十分です。うまく痩せられそうです。

 以上、
「咀嚼の回数も増え、時間もかけるので胃の負担が少なくなる」
「減塩に都合がいい」
「季節に合った食事ができる」
「無理なくダイエットができる」
 そして「上品」
と、いいことずくめです。ただひとつの欠点を除けば――。


【ただひとつの欠点】
 私が感じた「口中調味しない食べ方の欠点」はただひとつ、
「とにかくおいしくない、食事が全然楽しくない」
ということです。

 大好きなはずの白米がまるっきり糊。しかもそれを味の濃いおかずの後には必ず口に入れなければならない。
 そもそもその「味の濃いおかず」が苦痛。梅干しとか佃煮とかわさび漬けとか、みんな「熱いご飯と一緒に食べてこそナンボ」という気がしていたのに、単独で食べると味が強すぎておいしく思えないのです。

 さらに食べる時間が1・5倍ですから咀嚼の回数がやたら増えて、本気で食べると顎が疲れてしまいます。
 まだ食卓に出てこないのでいいのですが、黒豆なんかが出てきたときは皆様どうしているのでしょう? 一口30回噛むといっても黒豆だと一箸で一粒くらいしかつまめませんから、十粒食べるだけでも300回噛むということになります。大変ですよね。

 もっとも洋食では、
「イギリス人は、ころころ転がるお豆でさえ、器用にフォークの背に乗せて食べます」
といった話もありますから口中調味をしない人たちは、
「ころころ転がるお豆でさえ、器用に箸で5粒ほど、同時につまんで食べることができます」
といったことかもしれません。


【あの子はどんな食べ方をしていたのだろう?】
 さて、健康面を考えれば決して悪くはない、しかし「とにかくおいしくない、全然楽しくない」食事法を、妻の目を怖れて続けるのか、それとも元に戻すのかは現在思案中なのですが、その際ふと思い出したのが昨日書いた20年程前に担任した“何も食べられない女の子”です。
 あの子は給食の際中、どんな食べ方をしていたのでしょう?

 少なくとも思い出せるのは5o角に切り刻んだハンバーグやら魚の切り身やらを延々と睨み続けている姿です。
 そもそも配膳の段階で本人の希望によって極端に量が減らされいますから、残っているのは皿の中央の5o角のおかずだけです。しかしもしかしたらそんな状態だからかえって食べられなかったのかもしれません。嫌なものが単独で目の前にあったらやはり嫌だったろうな、と今は思うのです。

 もしあのころ「口中調味」という方法を知っていたら、食べやすいものが出た時に口の中でご飯に包み込んで食べる練習をさせ、嫌いなものが出た時もその方法で飲み込むことができた、そして次第に慣れていき食べられるものが増えて行った、そういう可能性もあったのかもしれません。

 もっとも知識があっても時間がなければそうした辛抱強い指導はできないわけで、結局しなかったのかもしれませんが、それでも可能性はあったなと、今頃になって思うわけです。

 あれから20年近く、あの子も20代の半ばです。どんな大人に育っているのか、宴会や会食会で困ってはいまいか、家庭人となって食事の準備に苦労していまいか、やはり気になるところです。

                                 (この稿、終了)



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2018/10/4

「あの子はどんな食べ方をしていたのだろう?」〜口中調味と偏食の話 1  教育・学校・教師


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【あの子はいったい、どんな食べ方をしていたのだろう?】
 と、唐突に思い出したのは20年近くも以前、小学校1年生の担任をしていた時にクラスにいた女の子です。
 入学式のその日の帰り際に、保護者のひとりが残って、
「来週から始まる給食が心配です。ウチの子は硬いものが食べられないので」
と相談をされた、そのお子さんです。
「大丈夫です、心得ました。そういうお子さんは多いです」
と請け負ったのですが、その「硬いもの」に「野菜・肉・魚」が全部入っているとは思いませんでした。
 虫歯だらけで歯がボロボロということもありますがとにかく偏食で、麺類とパン、牛乳、汁物、そして少々の米飯しか口に入らないのです。

 私は給食指導に自信と誇りを持っていましたから何とか食べさせようと、最後はハンバーグも5o角の粒1個まで譲歩して、
「このちっちゃなヤツでいいから食べてくれ、この大きさから始めよう」
と懇願したのですが、食べてくれません。
 そのくせ放課後は家に帰ると元気よく、
「ただいまあ、お腹すいた〜」
とか言ってケーキやお菓子をほおばっていることは知っていましたので、余計腹が立ちます。

 結局1年間、給食については何の成長も見られず、私も翌年には転任してしまったのでその後どうなったのかは知らないのですが、それから20年近くも経って、あの子は食べられるとき、どんな順番でどんなふうに食べていたのか、急に気になってきたのです。


【あなた、昔からそんな食べ方してた?】
 ことの発端はこうです。
 つい先日の夕食時、妻が珍しく私の食事風景をしげしげと見ているので「どうした?」と聞くと、
「あなた、昔からそんな食べ方してた?」
 そんな食べ方と言われても別に変ったことはしてないのですから昔からそうなのでしょう。しかし、
「そんなって?」
「だってあなた、まだ口の中に物が残っているのに次々とおかずやご飯、放り込んでるじゃない」
 それには私もびっくりです。“そんな食べ方は”は60年以上も続けているやり方で結婚してからもずっと続けてきたものです。それを妻が30年間も気づかなかったというのも驚きですし、当たり前で誰もがやっていると信じ込んでいた方法が非難の口調で語られるのにも驚きました。
「いけない?」
「いけないに決まってるじゃない。そんなやり方、途中で食べているものが見えるのよ」
「いや、これは日本人の伝統的な食べ方だろう」
 そうは言ったものの、生半可な知識で妻と対抗してもロクなことはありませんから早々に切り上げて早速コンピュータの前に座りました。とにかく実態調査をしてからの再戦です。


【口中調味】
 検索にかけるとそれはすぐに出てきました。「口中調味」というのだそうです。
 基本的には好ましいものとしての記述が多く、
「口中調味は味のない白いご飯を口の中で咀嚼しながら、好みに合った量のおかずで味付けする極めて優れた方法で、基本的には欧米人にはできない高等技術です」
とそんな書き方をしているページもありました。

 同じおかずでも濃い味の好きな人はご飯を少なめにし、薄味が好きな人は多めのご飯で口の中で調味するという極めて合理的で多様性のある食べ方だと思うのですが、驚いたことにネット上では口中調味礼賛というわけにはいかなくなっているのです。

「よく噛まないうちに汁物で流し込むのでは咀嚼がおろそかになってしまう」
とか
「唾液の分泌に異常が生じ、口腔乾燥症になる可能性がある」
とか、あるいは
「(すべて自分好みにしてしまうので)純粋な味覚が育たない」
とかさまざまに説明はあるのですが、おそらく一番強い説明は「下品じゃないか」という妻と同じ発想です。

 そう言われると反論のしようがありません。下品か上品かはかなりの部分が感覚の問題ですから論理的な反撃ができないのです。「日本人の伝統的な」といっても時代は変化しますからそれが正しいとは言い切れません。

 ネット世界では賛成派と反対派がほぼ拮抗している感じでした。しかもある統計によると、小学生の4人に1人は口中調味の経験自体がないのだそうで、これでは妻を説得して「私の食べ方」を貫く根拠にはなりません。

 私は(妻に対して)素直ですし臆病なところがありますから、とりあえず翌朝から口の中が空になってから次の食べ物に手を出す現代的な食べ方に挑戦してみることにしました。そしてそこにも新しい発見があったのです。

                                   (この稿、続く)



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2018/10/3

「本庶先生のノーベル賞受賞を聞いて」〜免疫療法の希望と不安  知識


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(ストックホルム市庁舎 黄金の間)

【オプジーボ】
 京都大学の本庶佑先生がノーベル医学・生理学賞を受賞したと大きなニュースになっています。夢の抗がん剤「オプジーボ」の開発につながる重要な発見をした人です。

 私はちょうど一年前、義姉のがんの関係で「免疫チェックポイント阻害剤」に関する市民講座を受けていたので(2017/11/15「さまざまな病気についてあれこれ学んだ話」〜病院を3軒ハシゴしてきた)研究内容についてはよく理解でき、先生とは無関係なのに心から受賞を喜ぶことができました。

 オプジーボという薬は、言わばがん細胞が「仲間だから攻撃しないでね」と差し出した手(PDーL1またはL2)を、免疫細胞の手(PD―1)が握り返す前に押さえてしまう薬です。
 オプジーボが先に手(PD―L1)を出して免疫細胞と握手してしまうため、がん細胞は免疫細胞の手を握りたくても握れない、友だちだとは認識してもらえない――だからいったんスイッチが入ると手のつけられない暴れん坊のミクロの戦士(=免疫細胞)は、たちどころにがん細胞に襲い掛かるのです。

 オプジーボについては伝説的な話があって、元総理の森喜朗さんが肺がんで死の淵まで行った時、これで助かったと言われています。
 森さんはすっかり死ぬつもりでしたから「遺書」という本にJOCや小池東京都知事の悪口をありったけ書いて出版直前だったのですが、治ってしまったので仕方なく「遺」と題名を変えてそのまま出版してしまいました。本の中身を変えないのがいかにも森さんらしいところですが、これによって国立競技場建て替えや五輪会場見直しなどの内幕も明らかになり、同時にオプジーボの名声も定まったのです。
(「遺言」出版の事情は産経ニュース《2017.4.16【森喜朗の「遺書」】「JOC、もう最悪」「小池百合子さん礼儀が…」「文藝春秋も度量が狭いね」》に詳しい)


【免疫チェックポイント阻害剤の希望と失望】
 本庶先生の業績は免疫細胞の働きを抑制する手(PD―1)と対応する細胞の手(PD―L1またはL2)を発見し、その働きを明らかにした点です。この手と手が結び合う仕組みを「免疫チェックポイント」と言い、それを遮るオプジーボのような薬を「免疫チェックポイント阻害剤」と言います。本庶先生と共同受賞のジェームズ・アリソン博士が発見したのも別の「免疫チェックポイント阻害剤」につながる仕組でした。

 免疫細胞の動きを活性化させる(オプジーボについて正確に言えば「沈静化させない」)ことによってがん治療を行おうとする試みはすべて「免疫療法」ですが、これまでの研究ではほとんどの免疫療法に有効性(治療効果)が認められていません。
 現在のところ臨床研究で効果が明らかにされているのは「免疫チェックポイント阻害剤」などの一部に限られ、治療効果が認められるがんの種類も限られているのです。ここに一番の留意点があります。

 昨年11月の市民講座に出かけたのは義姉がまさにその「免疫療法」を行おうとしていた時期で、大いに期待をかけて出かけたのです。しかし義姉の胆管がんに適応する「免疫チェックポイント阻害剤」はなく、他の「免疫療法」は効果が怪しいとなると聞いた私自身は意欲を失いました。
 外見上すこぶる状況が良いように見えていて、新しいことに挑戦させる気になれなかったということもあります。


【心配なこと―怪しい「免疫療法」が山ほどある】
 しかし義姉はこのころからようやくあれこれ試してみる気になっていて、私もその流れに巻き込まれていきます。そして調べてみると世に「免疫療法」と呼ばれるものは何種類もあったのです。

 あるものは免疫細胞の数自体を増やそうという試みで、別のものは免疫細胞の活性化――いわば「やる気スイッチ」を押しまくろうというもの、また別のあるものは体内から免疫細胞を取り出して特殊な遺伝子を組み入れ「やる気」を増して体に戻すといった具合です。
 自由診療ですので費用も千差万別。基本的には超高額医療、保険対象外ですので全額自腹です。

 この「たくさんの『免疫療法』」については、国立がん研究センターのサイト「がん情報サービス」の「免疫療法 まず、知っておきたいこと」に分かり易く説明してあります。免疫療法を「免疫療法(広義)」と「免疫療法(効果あり)」に分けて説明しているところに、この治療法の問題性が垣間見られます。
 さらに続きの「免疫療法 もっと詳しく知りたい方へ」も、さほど難しいものではありませんから参考にしてみるといいでしょう。

 本庶佐先生のノーベル賞受賞によって免疫療法に対する注目は一気に高まるはずです。しかしオプジーボほどの効果の見られる薬や治療法は非常に少なく、その「免疫チェックポイント阻害剤」にしても副作用はあり、適応になるがんの種類もまだまだ多くはありません。

 そうした状況もはっきりしておかないと、一度覚悟を決めた人に無慈悲な希望を与えたり、無意味に大量の治療費をつぎ込んだりということになりかねません。
 ほんとうに夢のような治療法ですから、眉にツバをつけ、頬をつねりながら慎重に近づく必要があります。


※ちなみに5日発表される平和賞について、イギリスのブックメーカー各社は「トランプ&金正恩」を候補の第1位に上げており、中には1倍の倍率をつけたところもあるそうです。
 恐喝まがいの貿易交渉で名を馳せ、人種差別主義の守護者でもあるトランプ大統領と、核ミサイルの開発に余念なく、東アジアに緊張感を生み出し、親族でさえ平気で手をかける独裁者金委員長が「平和賞」を取るようなら、世界の秩序は滅びます。

 もっとも1倍の賭け率では買う人もいませんからブックメーカーによるタチの悪い話題づくりだと思うのですが、こうした冗談が公然と語られるのは、やはりヨーロッパがあまりに遠く、東アジアの緊張感が全く伝わっていないからかもしれません。




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2018/10/2

「心の中に鬼を置き、神を住まわせ」〜ビビリのハーヴをビビらせる  親子・家族


【絵本を紹介します】
 以前、孫のハーヴがとんでもないビビリで困ったもんだというお話をしました(2018/8/20「ビビるハーヴ」〜ウチの臆病者とアインシュタイン 1)。

 つい先日もテレビで「鼻かみ練習器」というものが世の中にあることを知って、まだ鼻のかめないハーヴに買い送ったのですが、練習するどころか母親のシーナが見本を見せたところでビビってしまい、使い物にならなかったみたいです。

 払った555円は惜しくはありませんが、これでは新しいことは何もできない――と改めて考え込んでいたところ、今度はまたテレビで、世の中に『「こわい」と「いやだ」がなくなる絵本』というもののあることを知って、その瞬間にネット通販で買って送ることにしました。おまけに自分用にももう一冊買ってしまった――。
 それが『大丈夫だよ、モリス』(カール=ヨハン・エリーン (著), 中田敦彦 (翻訳) 2018/9/14 飛鳥社)です。


【『だいじょうぶだよ、モリス』】
 アマゾンの紹介文によればこうです。
「子育ての“こんなとき、どうすればいいの?"をたった1冊で解決してくれる絵本です」
 1週間の物語に、子どもも親も困りがちな場面を網羅!

 月曜日:新しい環境への不安
 火曜日:さみしい気持ち
 水曜日:虫など苦手な生き物
 木曜日:けがや痛み
 金曜日:苦手な食べ物
 土曜日:暗闇への恐怖
 日曜日:月曜日から土曜日のおさらい

 そして巻末に、物語の心理学的な意味が解説されています。

 この絵本は“前書き”に「本書を最大限に活用するため、お子さんに読み聞かせる前に、一度ご自身で解説まで読み通すことをおすすめします」とあるように、どちらかというと親のための教則本みたいな感じで、子どもに読み聞かせるより内容を汲み取って実践に生かす方が得な本です。手品をするまえにタネ明かしをしてはいけないのです。

 タネというのは“あとがき”にもありますが、ひとつは「痛いの痛いの飛んでけ」方式で怖いもの嫌なものをうまく丸めて遠くへ送ってしまうというやり方、もうひとつは「相手にも生活がある」方式でつまり実態がよく分からないものを分かる形にしてしまうという方法です。
 そのやり方に熟達すれば、きっとさまざまな場面で役に立つのではないかと思いました。
 さらに折よくシーナがハーヴを連れて遊びに来てくれたので、いよいよ試してみるチャンスです。


【ビビリのハーヴをビビらせる】
 ところがこの三連休(三日目は東京都民の日)は台風がらみの悪天候で、屋外に怖いものがいっぱいあるハーヴも外遊びが一切できません。
 仕方がないので一日はハーヴの大好きな科学技術館で遊ばせ(だから怖いことはない)、あとは我が家や曾祖母の家で、慣れた屋内遊びばかりということになってしまいました(だから怖いことがない)。
 せっかく勉強したのに生かす場面がありません。

 それどころか久しぶりの田舎で絶好調のハーヴは、怖れを知らぬ活動ぶりで昼寝もしなければ夜が更けても眠ろうともしません。
 8時過ぎには寝室に入ったのに10分としないうちに母親を残して「眠れな〜い」と戻ってきます。あれこれ言い聞かせて寝室に戻すものの今度は5分もしないうちに戻って来て、そんなことを何回か繰り返すうちにシーナも根負けして、
「まあ今日は眠くなったら寝ることにしようか」
と言ってそこから一時間近く。
 9時もだいぶ過ぎて改めて寝室に連れって行ったのですがまたしても5分もしないうちに長さ1メートルもある新幹線のおもちゃをガーガーと動かしながら、ハイハイで廊下をこちらに向かってきます。
 目もらんらんと輝いてとてもではありませんが眠るという雰囲気ではありません。ジジとしてもお手上げです。
 そこでハーヴの前に静かにしゃがみこんで話しかけます。

「眠れないの?」
「ウン、寝れん」
「さっきからお母さんが何回も行っても眠らないよね」
「・・・・・・」
「ジジのところは田舎だからね、夜、眠らない子のところにはナマハゲが来るんだよ。『言うことを聞かん子はおらんか〜』『早く寝ない子はおらんか〜』ってね。ナマハゲ、怖いぞ」
 するとハーヴは「目がテン状態」(古いな)になり、新幹線を置き去りにして走って寝室に駆け込んでいきました。もちろんその夜は二度と居間に戻ってくることはありませんでした。

 子どもの成長の過程で「こわい」「いやだ」が全部なくなってしまったらそれも困りものです。

 小さいうちは心の中に鬼がいて、悪いことから子どもを守ってやらなくてはなりません。大きくなってからは心の中に神を住まわせ、誰も見ていないところでも善き行いができるようにしなければならない、それが普通の人間の生き方だと思うのです。




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2018/10/1

「尊い犠牲の上に立って」〜災害に対する、早すぎる対応  教育・学校・教師


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(アルフレッド・ギユ「さらば!」)


 この記事を書いている現在(30日21時30分)は台風が紀伊半島に上陸したばかりですが、大きな被害を及ぼすことなく、一刻も早く遠くに去ってほしいものです。

 今回の台風24号に際してはこれまでなかった対応がいくつも見られました。関西空港は早やばやと閉鎖し、首都圏JR在来線は青空の下であるにもかかわらず午後8時以降の運転取りやめを発表してしました。新幹線はそれ以前に運転を停止しています。
 日曜日ということもあって各駅それで混乱があった様子は見られません。仕事のあった企業も可能なところは時間短縮で社員を帰宅させ、ディズニーリゾートなどでも鉄道の利用者は滞在を切り上げて帰宅を急いだみたいです。
 日本全国で開設されている避難所にも、続々とひとが集まっています。

 もちろんこうした異常に速い対応と混乱のなさは、ここのところ続いた自然災害が背景としてあります。

 台風21号の際の関西空港の惨状を思い出せば、今回早やばやと閉鎖を決めたことに不満を持つ人は少ないでしょう。首都圏の運転見合わせも新幹線の停止も、そして各地における避難所の開設も、おそらく今回もほとんどが空振りになるはずですが、それで文句を言う人はいないと思います。私たちは懲りているからです。
 何回むだ足になっても万全の対応を取っておくことには意味がある――それが今年学んだ大いなる教訓です。

 そしてこれほどまでの大規模かつ迅速な対応が一度でもできたということは、今後に良き前例となることは間違いありません。
 これからは大型の台風が近づきつつあるとなれば、少なくとも関西空港はためらうことなく閉鎖し、進路に関東地方があればJR在来線はすべて運転停止になる可能性が高いのです。
 そしてそれが常識となれば官公庁や企業の対応も違ってきます。前もって分かっているのですからできることも少なくありません。可能なところ前日までに休業を決めてしまうでしょうし、できないところでも「いざとなれば業務を切り上げます」と取引先に予告することができます。旅行客がキャンセルした分、ホテルも押さえやすくなるでしょう。企業同士、お互いに了解しているだけでも済むこともたくさんあります。

 忘れてはならないのはそうしたことがすべて、尊い犠牲の上に成り立っているということです。多くの人たちの死や困苦が、早めで過剰な準備の必要性を訴え、実現しているのです。

 この国で生きて行く以上、自然の猛威に曝されるのは当然のこととして引き受けざるを得ません。しかし犠牲を最小に留めることは可能です。
 多くの人々の命と引き換えに手に入れた災害対応の知恵、ぜひとも無駄にしたくないものです。




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