2018/6/29

「虐待と躾を分けるもの」〜目黒女児虐待死事件より4  親子・家族


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(ピーテル・パウル・ルーベンス「ソロモンの審判」)
               
【“虐待”――その説明が分からない】
 目黒の女児虐待死のような事件が起こるとメディアは「ストップ!“児童虐待”」の一色になってしまいます。もちろんそれ自体は悪いことではありません。
 しかし「大声で怒鳴ることも虐待」みたいな極端な話がはびこるのは、到底健全な状況とは思えません。

「どんな理由があっても、子どもをたたいたり、怒鳴ったりしてはいけません」
とか、
「感情的になって叱るのは虐待です」
とか、
「無視、拒否的な態度、罵声を浴びせる、言葉によるおどし、脅迫、これらはすべて虐待です」
とか、
「『うまく子育てができないと思い詰めて苦しい』『子どもの行動が気に入らない、可愛いと思えない』『「この子がいなかったら」と自分を追いつめてしまう』。これらはすべて虐待のサインです」
とか。
 一応ごもっともですが、これらの言葉がどれほど親を追い詰め、育児不安に陥れていることか。
 私はもうその年齢ではありませんが、子育て真っ最中の二十数年前、これらの言葉を繰り返し投げかけられたらほんとうに苦しかったと思います。

 だって例えばわが子が悪いことをした時、感情的にならずに済ませられますか?
 子どもが万引きをした、よその子をイジメた、もっと幼い時期だったら包丁を遊び道具にし始めた、急に車道に飛び出した――そうした時でも感情的にならず、落ち着いて叱ることができるとすれば、私はむしろその冷静さに怯えます。

 叩いてはいけないとなれば怒鳴るしかない、それもダメとなると無視とか仏頂面とかその程度のことしか思いつきません。
 昔だったら「先生に言いつけるよ」とか「おまわりさんに連れて行ってもらいますからね」とか、地方によっては「ナマハゲが来るよ」とか、今から考えるととんでもない職業差別ですが「サーカスに連れていかれてしまうよ」とか、そんなふうに脅したものですが、それもダメ。

 じゃあどうしたらよいのかと訊ねれば、
「どうしたら叱らず叩かず子どもに伝えられるかを考え続ける事が愛です」
とか、
「それがどんなに小さな子どもでも、きちんと言葉で説明することが大切です」
とか、
「何が悪かったのか、どうすればよかったのか、きちんと話せば必ず子どもは理解してくれます」
とか。

 けれど私は平凡な人間で、「どうしたら叱らず叩かず子どもに伝えられるか」考え続けることはしますが答えが出ません。答えが出なければ次の行動が起こせないのです。
 それに私は、3歳児4歳児に「きちんと言葉で説明する」その話法を知らない。私が話しても子どもはちっとも分かったふうではありません。それで余計に不安になります。自信も失います。

「子どもの要求には、それがどんなことであっても応えてあげましょう。そうすれば要求はそれ以上エスカレートすることはありません」
 たしかにその通りかもしれません。けれど私はつまらない人間なので、子どもの要求を次々とかなえててもなお、わがままな子を育てずに済む、そういった自信がないのです。

 せめて「ここまでやったら虐待だよ」「それ以上はダメです」というハードルを、そこそこ高い位置に示してくれないとやっていける気がしません。私はそんなに立派な人間ではないのですから。

――二十数年前の私だったら、きっとそう叫んでいたに違いありません。


【虐待と躾を分けるもの】
 虐待と躾の違いについて話を始めると、「そこに愛はあるんか?」と金融会社のCMみたいなことを言い始める人がいますが、“愛”などという目に見えないものを持ち出すとかえって難しくなります。

 虐待と躾を仕分けるのは実はそれほど難しいことではありません。二つの篩(ふるい)にかけるだけでいいのです。

 一つ目は「それは今、必要なことか?」という篩です。
 5歳の子どもはひらがなをきちんとかけなくてもいいですし、モデルになるための体重管理だってできる必要はありません。この段階ですでに目黒の事件は虐待です。

 しかし火のついたストーブに近づかないとか、母親が仕事をしている台所にはむやみに入らないとかいったことは、たとえ幼児だとしてもできなくてはなりません。できるだけ早いうちからできるよう躾けます。必要なことですから。

 第二は、「ちょっと頑張ればできることか」という篩です。
 ハイハイや伝い歩きの時期に、ストーブや台所の危険を言って聞かせても無理でしょう。
「今ね、お母さんは食事の用意をしているの。そういうときの台所ってとても危ないのよ。だって油がバシッて飛んでくるときがあるでしょ、熱いお湯の入ったお鍋を持って別のところに移そうとしている時もあれば包丁を握っている時もある。そんなときにあなたが突然足元にきて、『危ない! 踏んづけちゃう!』って慌てて避けたら、お鍋のお湯がかかっちゃったり包丁を落としちゃったりと、そんなことありそうだよね」
 などとハイハイの子どもに言いきかせている親がいたとしたら、それは滑稽です。
 言葉が通じない間は入り口に柵を設けるしかないのです。柵がつけられないなら料理の時間は赤ちゃんの方にベビーベッドに入っていてもらいます。
 しかし言葉が理解できるようになったら、そのときは言いきかせて柵を外すようにします。あんなもの、あったら不便ですから。

 オムツ外しも食事も、他人様への挨拶も、それらが躾として成り立つかどうかは、「ちょっと頑張ればできるかどうか」が目安です。
 とんでもなく頑張らなければできないことや頑張ってもできないことをやらせる(そしてできないと怒る)のは、“虐待の疑いあり”ということで避けた方がよいでしょう。できない間は台所の柵のように設備で対応するとか、親が代わりにやってやるとか、一緒にやるとか、そういった方策で対応します。
 できそうだなと思ったら、小出しに訓練を始めます。できるようになったら誉めます。それが躾です。
 学校では先生たちも言っています。
「できないことは叱ってはいけない。やらないことは叱らなくてはいけない」
と。


【私たちは人間だ】
 世の中には“天才”と呼べる多くの人がいます。それもかなりたくさんです。日本国内だけを見ても、総人口は1億2700万人ほどですから「1万人にひとり」という天才が1万2700人もいるのです。
 その中には“子育ての天才”といえる人もいっぱいいて、怒ることも叱ることもせず、子どもときちんと話し合い、良い子を育てることに成功しています。そうした成功例を本人が、あるいは取材した“子育ての専門家”たちが、本にしたり講演会で話したりするのです。
 彼らは自分たちができたからそのやり方には一般性があると信じていますが、どっこい彼らは天才なのです。その人たちにできたからと言って誰もができるとは限りません。
 いま流行りの言い方でいえば、
「あいつらハンパない。そんなん、できひんやん、普通」
といったところです。

 私たちは人間です。イライラするときもあれば意地悪になるときもあります。カッとなって我を忘れることも、無我夢中でしてはならないことをしてしまうことも。そしてそのたびに傷ついて、落ち込んで――仕方ないじゃないですか、人間だもの。(相田みつを風)

 しかしどうせカッとなって怒ったり怒鳴ったりして、後で反省して子どもに謝ったり優しくしたりするなら、この際、手順を逆にしてみたらどうでしょうか。
 結局自分を抑えられないのだから、怒鳴り散らすその日のために、日ごろから優しくしたり慈しんだり、必要以上に丁寧に対応しておくのです。落ち着いているとき、どうでもいいときにこそ、あふれるほどの愛の言葉をかぶせておきます。

 それだったら怒鳴った後の子どもも自分も、深く傷つかなくて済みます。笑って許せます。
 そうしたやり方を、私たちは愛情貯金と呼んでいます(2010/6/30 愛情貯金の話)。



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2018/6/29

こんなことが・・・  


 ワールドカップであろうと何であろうと、頑固に自分の生活習慣を変えない。
 そう思って10時半に床につき、何の問題もなく眠りについたのに、目が覚めたのが45分後。意地でも起きないぞと思ったのですが、私の生活習慣の中には「一度起きてしまったらもう寝られない」というのもあって、しかたなく起きて最後まで試合を見てしまいました。

 やっぱり柴崎―香川―大迫―乾だったかな?
 何とも不完全燃焼ですが頑張ってもらいたいですね。

 さてまもなく1時半。これからどうしよう。(^o^;


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2018/6/28

「更新しました」〜虐待はどこの家にも起こり得る?  教育・学校・教師



「キース・アウト」

2018.06.28
「しつけ」の名で虐待 専門家「どの家でも起こりうる」

 
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 下の方へ記事を探してください。

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2018/6/28

「ランドセル改革は起こるのか」〜子どもの荷物が重すぎる問題について  教育・学校・教師


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【ランドセル7.7kg】
 以前からたびたび話題になっていましたが、登校時の小学生のランドセルの重さが7.7sにもなるそうです。つい先日のNHKニュースでもやっていました。ランドセルがすべての原因ではないでしょうが、腰痛や肩こりのために通院する子どもも確実に増えているといいます。

 重くなった原因としては「脱ゆとり教育」のために学習内容が1.3倍になり、副読本や練習帳が増えたこと、教科書がかつてのB5版(図工や音楽など一部はAB版または変型版)からA4版に変更されたものの字を大きくしてイラストなどを入れたこともあって厚さ自体はそう変わらず、したがって重量だけが増えたことなどが指摘されていました。
 しかしどうでしょう、本当にそうなのか。
 私に言わせればランドセルは昔から重かった。しかもかなり重かったはずです。


【通学かばんを軽くする方法―「置き勉」】
 NHKの番組では中学生の持ち物も扱っていました。中学生は部活動もありますからその重量もハンパありません。例として挙げられた剣道部の生徒は、通学バッグにサブバッグ、剣道の用具入れに竹刀、水筒等々、総重量26kgもありました。これでは大変なわけです。
 家で使わない教科書等は学校に置きっぱなしにできればいいのですが(これを「置き勉」と言うのだそうです。初めて聞きました)、最近「置き勉」を禁止する学校が増えてきて、何でもかんでも持ち帰らなければならないのです。

 余談ですが、ここで私はちょっと首を傾げました。私の知る限り、半世紀前から(つまり私自身が中学生のころから)一貫して学校というところは「置き勉」禁止だったからです。教科書やドリル帳を置いていくという発想自体がないので「置き勉」という言葉もありませんでした――それが私の地域の実情です。、

 番組は続けて、この「登校荷物重すぎる問題」について解決策を講じた中学校を紹介します。
 校長はまず、学校が「置き勉」を禁止する理由について2点、話をしました。

 一つ目は家で宿題をするため、そしてもう一つは毎日登校するための準備をするという習慣作りのためだそうです。それがこれまでの学校の考え方でした。しかしこの校長はここで英断をするのです。
 子どもの健康を考えたら26kgを持ち歩くのは異常です。そこで毎日、教師が宿題のために持ち帰るべき教材を指示し、あとは個人の判断で不要なものは置いて行っていいことにしたのです。
 おかげで生徒の荷物は軽くなり、校長に言わせると「けれど宿題を忘れる等の問題はほとんど出ていません」ととのことです。
 メデタシ、メデタシ。他の学校も真似をすればいいのに――といった流れですが、私はそれは違うと思うのです。


【ほんとうに学習に支障をきたさないか?】
 理由は二つあります。
 些末な方から言えば、家に持ち帰るべき教材を教師が毎日チェックして必ず伝えるという作業が、意外と難しいのではないかと思うのです。
 「何のそれきし」と思われるかもしれませんが、教師の多忙はそうしたロクでもない仕事の堆積ですから些細なことでも注意しなくてはなりません。

 教科担任は授業の終わりごとに「今日の宿題はこれとこれ。だから教科書と問題集、そしてノートは必ず持ち帰るように」と指示しなくてはなりません。確認し忘れると、「だって先生が言ってくれないんだモン」と必ず文句を言われます。
 中学生は一度指示すれば全員が守るというものではないので、帰りの会では係が確認をします。
「数学係から連絡です。今日の宿題はこれとこれですから、教科書と問題集、そしてノートは必ず持ち帰るようにしてください」
「国語係です。国語は教科書と漢字練習帳を持ち帰ってください」
「英語係です・・・」
 もう面倒この上ない。しかし生徒の健康のためです。我慢しましょう。

 しかしそれだけの配慮をしても集中力のまったく効かない生徒もいます。そんな子は翌日、
「済みませ〜ん。昨日、教科書を持ち帰るのを忘れてしまったので宿題できませんでしたァ」
 そこで教師は思うのです。
(何もかも持ち帰ったって宿題を忘れるやつはいるのに、「教科書を忘れました」なんて、「置き勉」のおかげで絶好の言い訳を与えてしまったようなものだ。昔のままにしておけばよかったのに・・・)

 しかし「置き勉」は生徒の健康のためです。それに比べたら学習の定着なんて大したことではありません。


【「置き勉」を許さない現実的理由】
 「置き勉」を許さない方がいいと思うもう一つの理由は、ある意味でさらに深刻です。それは「置き勉」となった教科書・問題集はどこへ置けばいいのかという問題です。

――学校にはロッカーくらいあるだろう。
 もちろんあります。しかしそのロッカーは生徒が登校するとカバンやサブザックを入れる場所なのです。給食着や運動着が入っています。部活に必要な物品が入っていることもあります。
 時期によっては絵の具セットや習字道具、柔道着も入る場所です。そしてこの話題を6月に取り上げると分からないのですが、冬は分厚いコートやジャンパーを押し込まなくてはなりません。
 今でも入りきらなくて困っているというのに、この上どうやって「置き勉」を置くのでしょう?

――机の中は?
 それもダメです。机の引き出しは空にしておいて、朝、登校してきた生徒がその日使う教科書やノート、筆入れなどを入れる場所です。「置き勉」が入ったから今日使う教科書が入らないなんて、とんだ本末転倒です。

 ニュースで紹介された校長は「置き勉禁止」の理由を宿題と生活習慣で説明しましたが、一番大きくて決定的な理由は「置き勉の置き場しょうがない」ということ、それが普通の学校の姿です。
 教科書や問題集ですら置き場所がないのですから、部活で使う剣道の道具なんてさらに厄介です。高価なものですから体育館の隅にむき出して置いておくわけにはいきません。それ相応の場所が必要です(私の以前勤めた中学校には鍵のかかる専用の部屋がありました)。

 テレビで紹介された学校は「置き勉」ができたのですから、例えば生徒が急減してロッカーが大量に余っていたとか、市が予算潤沢でわざわざ作ってくれたとか、それ相応の事情があったのでしょう。そうでなければ容易にできることではないのです。


【子どもたち、ガンバレ!】
 もちろん根本的な解決策のひとつはロッカーを増設すればいいという単純なことです。
 ただし、私は児童館の仕事をしている時に20人分のロッカーの増設を企図したのですが、業者が持ってきた見積もり金額は30万円です。
 学校だとすべての教室でそれ以上かかるわけですから大変な額になってしまいます。まさかそれを市の土木費から回してもらえるはずもなく、教育予算の中をやりくりして生み出すしかありません。

 しかし社会科教師が怒って叫びます。
「そんな金があったら世界地図をもう一本買ってくれよ。ウチの学校の世界地図、3本中1本はいまだにソビエト連邦があるんだぜ!」
 図書館司書も悲鳴を上げます。
「図書費は絶対に削らないでくださいね。ウチの図書館の人名辞典なんて、いまだにガンジーが生きているんですよ!」
 それを聞いた校長がなだめます。
「ガンジーくらいが何だよ。隣の学校の人名辞典なんて豊臣秀吉が生きてるんだぜ」
(ソリャ、嘘ダロ)

 児童生徒諸君!
 済まないがたった3年間(小学校は6年間)のことだ。重い荷物で頑張ってくれ。
 大人はキミたちがどんなに大変でも、学習内容を減らしたり税金を増やしたりするのはまっぴらだと思っている。
 それにカバンが重いといったって、二宮金次郎の薪よりは軽いはずじゃないか。そうダロ?


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2018/6/27

「娘を生贄に捧げるとき」〜目黒女児虐待死事件よりB  親子・家族


クリックすると元のサイズで表示します【嫌いだからといってイジメるわけではない】
 ウサギを三羽飼っていたことについてはこのブログで何回かお話ししました。
 好きで飼っていたのではありません。よんどころない事情で我が家にやってきたので面倒を見ていただけです。それでも先日、そのうちの一羽が死んだ時は少し悲しい気がしました。

 動物はどれもこれも特に好きではないのですが、ネコだけははっきり苦手です。
 まだ10歳くらいの頃、泊まりに行った祖母の家で夜中に寝苦しくて目を覚ましたら、胸の上に祖母の飼いネコが座っていて、目の前20pくらいのところでじっと私を見ていたのです。それでビビっていまだにいやなのです。

 しかしだからと言ってそれでネコをいたぶるとか殴るとかいったことをするわけではありません。私自身がしないばかりか、誰かがそれをしているとしたら、それを見るのもいやです。嫌いであることと虐待することとは全く違います。それはあたりまえです。


【絶対的服従】
 目黒の女児虐待死事件の母親は、毒親、毒婦、鬼女、悪魔と言われていますが、まだ前夫と一緒の頃、義理の両親の家に遊びに行ったときなどは、3人仲良く、娘のことも可愛がっていたといいます。仮にそののち子どもに対する興味をうしなったとしても、それと虐待とは別でしょう。
 自分のお腹を痛めて産んだ子だから可愛いはずだなどとは申しません。しかし仮にも人の子なのです。一個の命がのたうち回って死んでいこうとするとき、それを黙って見ていることができるとしたら、そこには何かの説明が必要になります。

 母親はそれについて、
「自分の立場が危うくなるのを恐れ、夫に従い見て見ぬふりをした」
と説明しています。
 見て見ぬふりをしなければ壮絶な暴力にさらされたということでしょうか。それとも妻であるといいう立場を心配してのことなのでしょうか。
  いずれにしろ神の前に息子を差し出したアブラハムのごとく、彼女は黙って娘を生贄にしたのです。その絶対的服従は何に由来するのでしょう?

 
【アダルトチルドレン】
 「アダルトチルドレン(AC)」という言葉は現在どの程度まで有効なのでしょうか。ネット上では今も散見しますが、ここのところ長らく耳にしない言葉です。
 実は1990年代の中ごろ、この言葉を紹介した本が出た当初から「アダルトチルドレン」は揺らぎの大きな用語でした。一時は「大人になり切れない子ども」「子どもっぽい大人」と言った意味でも使われましたが、現在は「機能不全家庭で育ったことによるトラウマを抱えた子どもが、そのまま大人になった」――という考え方、現象、またはその人を指すことになっています。
 しかし家庭問題に限らず、幼少期に追ったトラウマを抱えたまま大人になる例はいくらでもあるわけで、その意味で「アダルトチルドレン(大人になった子ども)」とあえて言う必要もなく、だからこの用語が廃ったという側面もあるのかもしれません。

 私も「アダルトチルドレン」が輸入されブームになったころには一時期夢中になって調べたものですが、今はまったく使うことがありません。もうほとんど忘れかかった言葉です。
 ただしそれでも気になるのは、「アダルトチルドレン」という概念がつくられた経緯について深く思うことがあるからです。


【あの人たちは似ている】
 それは1970年代、アメリカのアルコール中毒治療院での話です。
 ある時期からそこに勤める看護師たちが不思議な事実に気づき始めたのです。それは患者に付き添って来院するアル中患者の妻や娘たちが、それぞれ生まれも育ちも違うのに見た感じがそっくりだということです。

 どの女性たちも控えめで献身的で、どこか自信なげで自己否定的、総じて考え方がネガティブなのです。さらに話を聞いていくと、ほとんどがアルコール中毒患者の親の元に生まれ悲惨な成育歴を持っているのです。つまり妻たちはあれほど苦労させられた父と同じタイプの男性を配偶者としており、その娘たちもまた、似たような男と結婚しているのです。

 この認識はやがてケースワーカーの間で共有され、似たような性格を持つ家族は「Adult Children of Alcoholics(アルコール依存症の親の元で育ち、成人した人々)」と呼ばれるようになります。
 さらにその後、研究者によって単にアルコール中毒患者の家族だけでなく、機能不全家庭(内部に対立や不法行為、DV、虐待などが恒常的に存在する家庭)で育った子どもにも、同様に特徴が認められると考えられるようになります。


【だめんず・うぉ〜か〜】
 それを「アダルトチルドレン」と呼ぶかどうかは別として、アルコール中毒に限らず、どう見てもロクでもない男に好んで近づいていく女性たちのいることを、私たちは知っています。
 古いところでは演歌の中に「悪い男に無性に魅かれる女性」という構図が出てきます。「悪い男とひとは言うけど・・・」といやつです。
 比較的新しいところでは評判になったマンガ『だめんず・うぉ〜か〜』に登場する「ダメ男(だめんず)」の大部分はロクでもない男か悪人です。
 また、実体験としても、そうした関係をいくつも見てきました。

 余談ですが若いころの私は“いつまでも結婚できない男”のひとりでしたので、「ロクでもない男と従順な妻」という組み合わせにはずいぶんと首を傾げたものです。私も大したことはありませんが「アイツよりはマシ」、そんなふうに思っていたのです。
 なぜ私を差し置いて、あんなつまらない男が美女を手に入れることができるのか、あんな悪い男の周辺にウブな女性が絶えないのか、それは大きな謎でした。


 「アダルトチルドレン」は、目黒女児虐待死事件の母親を説明するのに都合がいい概念です。彼女が「だめんず・うぉ〜か〜」であったかどうかは分かりませんが、今回亡くなった娘を二十歳のときに産んで、わずか2年後には現在の夫と再婚しているのですから、常に男性の近くに貼りついていなければ生きて行けない女性だったのかもしれません。
 今の夫はロクでもない人間ですが、前夫についても、現在は実家で出入り禁止となっているそうですから、かなり難しい人だったのでしょう。

 しかし実際にどういう育ちをしてきた、どんな女性なのか――。普段は詮索好きで人の気持ちなどお構いなしにズカズカと入り込んで報道するマスメディアが、今回に限って、彼女の経歴や周辺取材の結果を出さないのは、むしろ暗示的でもあります。あえて報道しないか報道できない――。
 しかしその部分をしっかりと分析しなければ、この種の児童虐待は根本的な解決どころか、そのとば口にさえ立つことはできません。


【娘を生贄に捧げるとき】
 目黒虐待事件は基本的に、妻を殴ったりいたぶったりする代わりに連れ子に暴力をふるった変種のDVです。それによって自己の優越性や自己効力感、万能感、あるいは生活そのものを手に入れようとする卑劣な男の仕業です。
 ところが妻の方は破れ鍋に綴じ蓋、そんな悪魔の要求に果てしなく従順になれる女性、そうなるべく育ってきた人なのです。
 依存的で自己肯定感が低く、自立性に欠け、男にすがって生きるしか生きるすべをもたない女性。
 先ほどの証言をもう一度引用すると、
「自分の立場が危うくなるのを恐れ、夫に従い見て見ぬふりをした」
 そう生きるべく運命づけられた女性なのです。

 その最期のとき、
「もうご飯を食べられない」
と呟く5歳の娘の口に食事を運びながら、母親は涙も出さない無表情でその時間に耐えていたに違いありません。
 何に耐えるのか、何のために耐えるのか――何も分からないまま耐えることには子どもの頃から慣れていました。


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2018/6/26

「アパートの片隅のイサクの犠牲」〜目黒女児虐待死事件よりA  政治・社会


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(カラヴァッジョ 「イサクの犠牲」)

【続報】
 東京目黒区の女児虐待死事件についてはやはり衝撃が大きかったこともあり、いまだに続報が絶えません。先週末にあったのは次ような話です。
「もうご飯を食べられない」。捜査関係者によると、結愛ちゃんは3月2日に死亡する数日前、食事を与えようとした母親の優里容疑者(25)(保護責任者遺棄致死容疑で逮捕)に弱々しく話したという。
2018.06.21「衰弱女児『もうご飯食べられない』…死亡数日前」読売新聞 )
 ほんとうにやりきれない話です。この唾棄すべき夫婦に対する非難の声はマスメディアにもネット上にも無数にありますから、それにそれに重ねて言うほどの何事もないのですが、この『食事を与えようとした母親「もうご飯を食べられない」と弱々しく話した』という状況を想像すると、何か荒涼とした風景をみるような暗澹たる思いに駆られます。母親はどんな表情で、どんな気持ちで食事を与えようとしていたのでしょうか。

 もちろん食べさせようとしていたわけですから暴力をふるっている最中の怒りとか憎しみの表情ではなかったはずです。しかし同時に、そこには慈しみとか優しさとか、あるいは哀しみとか切なさとかは一切ありません。あれば抱き上げて病院に走っているはずです。
 憤怒も憎悪も慈愛も優しさもない。すると残るのは砂のような無表情だけです。冷淡すらない――。

 なぜ母親はそんな無表情で、体の弱った5歳の子に食事を与えていたのか。
 それは彼女が心を閉ざしてしまったからです。何かを感じる力を失って無表情になり、何も感じず、何も考えず、しかし子どもに食事を与えるのは母親の義務ですから機械仕掛けのように与えている、それがそのときの母親の姿なのです。


【この虐待は違う】
 私は十日ほど前、事件に関して
 たとえどんな生き物であっても子どものうちは可愛いものです。哺乳類に限れば可愛くない子どもなどひとつもいません。ましてや人間の子どもです。
 そんないたいけのない存在を、殴り、蹴り、寒風に曝したり水に漬けたり、あるいは食事をさせなかったり病院に連れて行かなかったりと、どうしたらそんなことができるのでしょう。まったく理解できません。その分からなさ、おぞましさ、残虐さが、私の目を事実から背けさせます。
と書きました(2018/6/15「三つの児童虐待、地域の力」〜目黒女児虐待死事件より)。

 カッとなってとか我を忘れてといった虐待なら分かるのです。先日も東京で「4歳の女児の背中に熱したフライパンを押しつけて」といった虐待事件がありましたが、容疑者の夫は「(妻は)出産後、育児で精神的に不安定だった」といった証言をしており、異常な精神状態の中で起こったことだと分かります。
 しかし目黒の女児虐待死は違います。そこにあるのは激情や憤怒ではなく冷淡です。非常に落ち着いて着々と進める、暴力の連続的な過程です。
 なぜそんなことができるのか?

 先日の記事では「目黒のような事件を説明する論理はネット上でも『支配欲』くらいしか見つからない」といった書き方をしましたが、それで納得できたわけではありません。5歳児を自由に操って満足できるのはせいぜいが小学校低学年までです。いい年をした大人が幼児に言うことをきかせて満足しているとしたら、その人間の卑小さにため息すら出てきます。普通はまず、そんなことはありません。
 だとしたらどういう支配欲なのか、何を支配したくてそんな行動をとっているのか――そう考えたとき、突然のひらめきがあって、私は児童虐待のひとつの構造を掴んだような気がしました。

 目黒の父親の支配欲を満たしていたのは亡くなった5歳児ではなく、その母親なのです。


【イサクの犠牲】
 今日の表紙に掲げたカラヴァッジョの「イサクの犠牲」は「イサクの燔祭(はんさい)」とも呼ばれる旧約聖書上の事件で、概要は次のようになります。

 アブラハムには年老いてから生まれた子「イサク」がいました。神との約束で100歳という年齢でもうけた奇蹟の子です。
 目に入れてもいたくないほど可愛がった子ですが、あるとき神はアブラハムに言われるのです。
「あなたの子、あなたの愛しているひとり子イサクを連れて、モリヤの地に行きなさい。そして私があなたに示す一つの山で、全焼の生贄としてイサクを私に捧げなさい。」(創世記22:2)
 耳を疑うような神の言葉でしたがアブラハムはすぐに従う決心をして、翌日の早朝、イサクを連れて神が示される山へと向かいます。
 途中、息子のイサクは燔祭(生贄を捧げる儀式)のための羊が用意されていないのを不審に思い父アブラハムに尋ねます。しかしアブラハムは「神が備えてくださる」と答えるのみで黙々と進んでいきます。
 ついに指定された場所へ着くとそこに祭壇を築き、アブラハムはイサクを縛って焚き木の上に寝かせます。そして短刀を振り上げ、今まさにイサクをほうふらんとするとき、天使が現れてアブラハムを制止するのです。
「あなたの手をその子に下してはならない。あなたが神を恐れることがよく分かった」 
 アブラハムは近くにいた羊をイサクの代わりの生贄として、神にささげます。

 それがこの物語の終り、神は自分の命に従ってアブラハムが最愛の子どもを殺そうとするのを見て、その信仰の篤さ、絶対の服従を確認するのです。


【アパートの片隅のイサクの犠牲】
 4か月前まで、目黒の小さなアパートで起きていた虐待事件の、心理劇的な側面はそういうものでした。

 主人公は北海道出身で東京の大学を出た三十代前半の男。逮捕時の写真を見るとこざっぱりとした服装で顎髭を蓄え、丸メガネの似合うエリート風の優男です。
 同じ大卒ならそろそろ家も購入して、安定した生活を送ろうかという時期です。美しく素直な妻と可愛い子どもが二人。悩むことと言えば順調に進んでいる来週の仕事のことか、今度の日曜日に家族でどこに遊びに行こうかといった平和な問題だけです。それが普通です――と彼は思っている。
 しかしわが身の現実として、この男には何もない。職もなく満足な棲家もなく、一緒に暮らす女と言えば子持ちの出戻りで、眉を落とした見るからにヤンキー崩れの仏頂面。本来そうであるはずだった自分とはあまりにもかけ離れているのです。
 この世にあって彼は何者でもない。誰も尊敬しなければ、讃えられるほどの仕事もしていない。いてもいなくても誰も困らない、単なる社会のゴミ、そんな人間です――と彼は感じている。

 ただしこの男にはひとつだけ、彼の満足感を支えてくれる存在がありました。それは妻、他ならぬ自分が拾ってやった子連れの出戻り女です。
 この女だけが自分に絶対的な服従を誓う、この女だけが自分の価値を認めてオレにひれ伏す、この女だけがオレのためにすべてを捧げるーー。
 そして男は妻の服従の絶対性を、神のように測ろうとするのです。
「お前の愛が本物なら、オレが娘を殴っても我慢できるはずだ」
「お前が本当にオレのことを思うなら、子どもを犠牲にしてもオレに尽くすはずだ」
「お前がほんとうにオレのそばにいたいなら、娘がどんな目にあっても耐えられるはずだ」
 もちろんあからさまにそう言ったわけではありません。あざといことに男は、連れ子のしつけを熱心にする義父のふりをしているのです。もちろんそれがしつけないことは母親にも分かっています。しかし逆らえない。

 連れ子を虐待することで妻の絶対的服従を確認し、繰り返すことでさらにその絶対性を高めていく、それがあの冷酷な児童虐待の本質だ――。
 今のところ私の心に落ちる説明はこれだけです。しかしこの仮説だけでは夫婦のあり方、とくに母親のあり方を説明することはできません。
 それはそれで別の物語だからです。

                             (この稿、続く)


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