2018/5/7

「伏魔殿に子を送る覚悟」〜連休中に考えたこと1  親子・家族


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カール・ヴィルヘルム・ディーフェンバッハ 「死の島」(パブリックドメインQ)

【あれは何だったんだろう】
 5月2日のTOKIOの記者会見、あれは何だったろうと、今も首を傾げています。
 終わってみれば何も決まっていない、山口の処遇もこれから、TOKIOの今後も「考えていく」。事件の詳細が出てこないのは仕方ないにしても、メンバーそれぞれの想いを語って何を実現しようとしたのでしょう?

 邪推するに、先月末の山口達也の単独記者会見が大失敗で、「帰れる場所があるなら戻りたい」とか言って大バッシングを受け、事務所としては事態の落としどころが分からなくなってしまったのではないか、そんなふうに思うのです。
 山口の解雇だけで済むのか、TOKIOの無期限活動停止とか解散とか、そこまで行かなければならないのか、会社としてどのあたりを着地点とすれば一番非難が少なくて済むのか、そこでとりあえずTOKIOに謝らせてみた、そんな印象があります。

 しかし子どもじゃあるまいし、それぞれ別の生活を持ち、別々の活動をし、互いの私生活も十分に分からなくなってきた40歳過のおっさんが、「一人5人のために、5人は一人のために」とか言って連帯責任とは! 
「とうに滅びたと思っていたのに、これは現代の『五人組』か?」
とチャチャも入れたくなろうというものです。

 あんなもの、会社がさっさと処分を出してTOKIOのメンバーが深々と頭を下げ、
「山口を制御できなかった責任を取ってしばらく活動を自粛します」
とか言って時間をつくり、その間に体制を立て直すとか、個人活動の幅を広げておくといったふうにしていけばよかっただけのことです。これまでもそんなやり方で凌いできた芸能人、グループ、組織はいくらでもありました。
 それをあんな大げさな人間ドラマにしてしまうから話はさらに大きくなる。

「もうすでに崖から落ちている」
「山口のやったことは絶対に許されることではない」
「被害者とご家族の苦しみは計り知れない」
 そんな話を聞いているうちに、「たかがキスだろう」くらいに思っていた人たちも、「これは表に出ないだけで、本当はキスどころではなかったんじゃないか」と、邪推を重ねることになります。
 
 記者会見の最後の方で城嶋も言っていましたが、これが被害者と被害者家族の「そっとしてほしい」という願いにかなうものとは到底思えません。


【伏魔殿に子を送る覚悟】
 事件が長引くにしたがってネット上では被害者が特定され追跡され、ワイドショウでは被害者の非をあげつらう大御所レベルの芸能人が出て来て、
「夜、男のマンションになんかに行った女子高生にも問題がある」
とか言うので、メディアのポリティカル・コレクトネスに忠実なMCやコメンテータや、ネット上の「沸騰型正義漢」や「重箱のスミつつき隊」の集中砲火に会って炎上し、それで収まるかと思ったらさらに大物の大御所が出てきて同じことを言うので、お祭り騒ぎは延々と終わらない。
 被害者の女の子はこの先もずっと話を蒸し返され、山口の両親や元妻や子どもまで追い回される――これでいいのか?

 テレビでは話題が「酒」に振られると、
「いや、俺だって酒の匂いをさせて現場に来ていろいろ言われることはあっても、酒で人に迷惑はかけたことがない」
とか、
「酒を言い訳にしてはいかん」
とか。それに対して、
「いや、そういうことってあるよね」
と年がら年中酒臭いことで有名なMCが相槌を打ったりしますが、ちょっと待て!
 年がら年中酒臭くても勤まる職場って、酒場と芸能界以外にどれだけある?

 ついでに言えば、契約書や企画書(または台本)、口頭の説明にあって自分が納得すれば、初めての相手とでも抱き合ったりキスしたり、時には全裸になったりする職場って、芸能界と風俗以外にどれくらいある?

 労働時間に何の規定もなく、一発当てれば20代でも月収が数千万円という職場――思いつくのは芸能界と闇社会くらいなものです。

 それだけ芸能界は異常な世界であって、常識では測りきれない場所なのです。だから普通の親たちは子が芸能界に入りたいと言えばこぞって反対する、な不安になる、怯える、それが当たり前です。逆に言えば親も子も、何らかの形で芸能界に関わろうとするなら、それなりの覚悟をしなければいけない。


【一般社会であり得ない話だろう】
 今回の事件について言えば、これが芸能界でなく、大型デパートのアルバイト高校生と正社員、46歳バツイチ、との話だったらどうでしょう。夜、電話でマンションに呼び出されて、高校生はホイホイと出かけたでしょうか、親はどう考えたかでしょう。そもそも一般社会は、自分の会社にバイトできている女子高校生を、自宅に呼び出すような行為にも許容的でいられるでしょうか?

 16歳の女子高生に、そこまでの分別を求めるのは酷だというのは一応受け入れられる説です。しかし芸能界のような特別な場所で仕事をさせる以上、親は相応の手を打っておかなければならなかったはずだ――それが私の内なる声です。

 まだ娘のシーナが高校生だったころ、数人の仲間とともに女友だちの家に一泊させてもらうというときですら、私は手土産を持たせた上で電話を一本入れ、「よろしくお願いします」と挨拶したものです。それが他人の家に泊まるときのしきたりだと娘に教えることがひとつ、保護者としてそうした特別の状況には深くかかわっていくと伝えるのがもうひとつの目的です。
 帰宅が8時を過ぎるような特別な場合は必ず迎えに行くようにしました。それは学園祭だとか、部活の遠征とかいった場合で、中年男のマンションを訪ねるといったことは親子双方にとってとてもではありませんが、考えられないことでした。

 芸能界は特別な場所です。ですからそこで持つことになった人間関係によって、山口達也のマンションに「行かない」という選択肢がなかったのかもしれません(とメディアは説明します)。そうだったとしたら、高校生は親に言って電話をかけてもらえばよかったのです。保護者から「よろしくお願いします(きちんと扱えよ、妙なことをしたら許さんぞ)」と言われれば、それだけで行動は抑制されたはずです。もしかしたらその時点で「けっこうです。やはり話は、明日、会ったところでします」という話になったかもしれません。

 もっともシーナが高校生だったのは10年も前の話です。当時とは時代が違うと言われればそれまでですが、それでも私は「いったい親はどういうつもりだったのだ」と問いたいのです。


※この記事を書いて予約投稿をした後で、「山口達也契約解除」のニュースが入りました。よく練られた文かと思いました。ただし、余りにも遅きに失した感は否めない。やはり特殊な世界です。



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2018/5/4

「更新しました」〜部活短縮=非現実的なことが守れるはずがない  教育・学校・教師




「キース・アウト」


2018.05.04
<中高の部活動指針>スポーツの現場困惑 私立校「一律には無理」



 
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2018/5/2

「お月様の話」〜月はどっちを見ているの?  知識


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ジャン=フランソワ・ミレー 「月明かりの羊小屋」(パブリックドメインQ)

【雨月】
 昨日、5月に関するウンチクを書き並べようと思って調べているうちに、wikipediaに5月の別名として、
ななえづき(稲苗月)、いろいろづき(五色月)、うげつ(雨月)、けんごげつ(建午月)、つきみずづき(月不見月)、さつき(皐月)、さなえづき(早苗月)
等々が並んでいるのを見つけました。
 私としては、どうしてそういう名がついたのか、一つひとつ調べて記録しようと思ったのですが早くも「雨月」で躓きます。私の記憶では、「雨月」は暦の月の話ではなく、雨や曇りのために見えない月、つまり天体の月を表す言葉だったのです。「雨月物語」は「五月の物語」じゃないと。

 そこで調べると、
1 名月が雨で見られないこと。雨名月。雨の月。《季 秋》
2 陰暦5月の異称。

(デジタル大辞泉)
とあります。
 私の知識の価値は、暦の「雨月」を知らなかったことで半分以下になり、単なる月でなく、名月でなければいけないということで半分の半分以下に減ってしまいました。半可通ならぬ四分の一可通といったところです。
 ただし、かつて「雨月」と聞いて、
「ああ日本人は雨が降っても月見かよ」
と感心したのは正しい見方で、その点ではホッとしています。


【月はどっちを向いてるの?】
 ところで天体の方の月について、
「三日月って、どっちを向いてる月なの?」
と聞かれ、返事に窮したことがあります。子どもではありません。妙齢の女性からです。
クリックすると元のサイズで表示します もちろん「顔を描いたとき左を向いてるのが三日月だよ」と言ってやるのは簡単です。しかしそんなことすぐに忘れてしまいますよね。
 これが子どもだったらたっぷり時間をかけ、月の運航から説明して知識がしっかり定着するよう配慮するところですが、大人の他愛ない会話の中で出てきた質問です。そんなに大真面目に話すことでもありません。それで困りました。

 そのときはうまく説明できなかったのですが、後に先生方の間で話題にしたら、やはり知恵者はいるものです。こんなふうに教えてくれました。
「普通の人が、右手にペンを持って、自然に描く月が三日月です」
 なるほど。

 ペンというのは「引く」ように使うのが基本ですから、右手多くで自然に描くとどうしても三日月になりやすいのです。逆の月を描くには、ペンを少し送るように使うので抵抗があって描きにくくなります。
 ただしアルファベットの「a」や「s」、数字の「8」や「9」も右から左にペンを走らせます。ですから右向きの細い月を描く人もいるかもしれません(実際にいます)。
 そこで言い方を変えて、
「たくさんの人に三日月を描かせたとき、より人が描く月が三日月です」
 これだとだいたい正しい答えになります。


【上弦の月、下弦の月】
 もうひとつ厄介な問題に、
「上弦の月ってどんな形?」
というのがあります。
 三日月の延長で言えば、左を向いたまま膨らんだ半月が「上弦の月」なのですが、これもなかなか定着しにくい話です。そもそも右半分の月が「上弦」というのが分かりにくい・・・。
 
 実は「上弦の月」「下弦の月」の由来には諸説あって、有力なもののひとつが、
「太陰暦で、新月から十五夜の満月に向かっていく、ひと月の前半に見えるのが『上(半期の)弦の月』、満月から新月に向かう後半の月が『下(半期)弦の月』」
というものです。これだと「三日月が太ったのが『上弦の月』」ということで覚えやすくなります。
 
 またもう一つの有力な説は、
「上弦の月が西に沈むとき、月の弧の部分が下になり、弦の部分が上になるので『上弦の月』という」
というもので、こちらの方がむしろ「上弦」をうまく説明しているような気もします。

 ところがそう言うと、
「でもそれだと昇ってくるときは弦が下、弧が上の『下弦の月』じゃないのか」
という疑問が当然浮かんできます。
 しかしこれはあまり問題にならないのです。「上弦の月」は昼の12時ごろに昇って来て、深夜12時ごろに沈む月なのです。だから昇ってくるところは普通は見ない、見てもあまり風情のいいものではないのです。

 「上弦の月」は以上の説明でいいのですが、「下弦の月」は厄介です。というのはこれは夜中の12時ごろ昇って来て昼の12時ごろ西に沈む月で、沈むときに弦を下にしているのはいいのですが、真昼間のことですから普通は見たりしません。
 もしかしたら深夜に「下弦の月」が昇ってくるのを見る人はいるかもしれませんが、このとき弦は上に(弧は下に)あるので、どうしても「下弦の月」といった印象はなくなります。
 しかし多くの人は深夜、眠って過ごしますから、「下弦の月」を話題にすることはめったにないと思います。それでいいのです。


【旅の宿、月明かりの羊小屋】
 大昔(と、言っても私にとっては“ちょっと以前”ですが、なにしろ46年も前なのでそういう言い方にしておきます)、吉田拓郎という歌手がいて「旅の宿」という曲をヒットさせました。その歌詞に、
「上弦の月だったっけ、久しぶりだね。月見るなんて」
というのがありますが、夜中の12時ごろ沈む月なのでこういう風流な話になるのでしょうね。12時に昇ってくる「下弦の月」では無理でしょう。それが見られるのは、4次会までやってべろべろになった酔っ払いだけです(べろべろの酔っ払いは月なんか見ないと思いますが)。

 ところで表紙に飾ったミレーの「月明かりの羊小屋」。画面にあるのはどう見ても「下弦の月」です。描かれたのはそれが昇ってくる12時過ぎの風景だということです。そう思ってこの絵を見直すと、改めて別の感慨も浮かんできます。


*なお、ミレーの絵を見て「羊は立って眠るのか?」という疑問を持った方もおられるかもしれません。
 調べたら、羊のことは分からなかったのですが、馬は横になって寝るそうです。ただし15分ほどの短い睡眠で、それ繰り返し、総計3時間くらい眠るようなのです。睡眠時間がとても短い。
 猛獣に襲われやすい草食動物というのはそういうもののようで、ゾウやウシ、羊も同じだと言われています。
 ですからミレーの絵は極めて正確に現実を映したものなのです。、





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2018/5/1

「朝の会でいい話をしなさい」〜5月になりました  教育・学校・教師


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朝日が射し込む小道(パブリックドメインQ)

【朝の会でいい話をしなさい】
 新任で中学校の教員になった時、先輩から教えられた珠玉の言葉――とてもたくさんあるのですが、そのひとつが、
「朝の会でいい話をしなさい」
です。教えてくれたのは美術の先生でした。

「Tさん(私のこと)なんか社会科だからいいけど、オレなんて授業で自分のクラスの子を教えるの、週1回だよ。道徳と学級活動を入れても週3回4時間。それでどうやって学級づくりをしろって言うんだ?
 だから朝の会に、一日で一番いい話をするんだ。
 帰りの会なんかダメ。みんな頭の中は部活に行くことばかりで、浮足立って人の話なんか聞いちゃいない。
 朝の、まだ半分眠っているような無防備な頭の中へ、その日一番の“いい話”を入れていくのさ。だからオレは朝の話がすんだ直後から、次の日の朝の話のネタをずっと考えている、探している。
 毎日一話、一年で200話。そうやって精進していれば一つぐらいは、その子の心に響く話はできるものさ」

 私は素直な性質でしたので、その言いつけをずっと守ってきました。学級担任をしている間はもちろん、管理職になってからは先生方に、退職してからは30年も続けた習慣のために、今も毎日何かしらを考え、書くようにしています。習慣を守っているので、昔と同じように学校の休日は私も休むことにしています。


【それで役に立ったのか】
 そんなふうに続けてきたことですが、では先輩の言う通り「そうやって精進していれば一つぐらいは、その子の心に響く話はできるものさ」ということになったのかというと、それがよく分かりません。
 同級会などで出てくる、「先生にこんなふうに言われた」という話はほとんどがその子自身に向けられた一対一の話で、「みんな」に向けてのものは、真っ直ぐに心に入って留まる、ということがないようなのです。

 ただ稀に、教え子の話の中に「あ、それ、オレの持ちネタだ」と思うような話が出てくることがあります。私のいるところで我がことのように堂々と話しているのですから、きっと私の話だと覚えていないのでしょう。けれどそれはとても気分の良いことです。

 私の中では、聞いた側が全く覚えていないような話が下品(げぼん)、覚えてもらっていて話したのが私だと紐づいているようなものが中品(ちゅうぼん)、覚えていて誰から聞いたのかすっかり忘れてしまっているような話が上品(じょうぼん)なのです。それだけ血肉になっているのですから。
 そういう話がたくさんできたらいいなと、いつも思っていました。


【5月になりました】
ただし先輩に言われて「朝のいい話」に心掛けるようになってから三十有余年、文章にするようになってからだけでも14年3000話。アラビアンナイトのシェヘラザードだって千一夜3年で済んだわけで、さすがに話題に困ることがあります。

 そんな時の回避策のひとつが「〇月になりました」で、その月の由来や主な行事を並べることでお茶を濁したりします。もちろん、月初めの一日こっきりの回避策ですが。
 しかし「5月になりましたは」は過去に4年連続でやったりしていますから、今日はリンクをつけるだけで終わりにしましょう。

 例えば、2013/5/1「5月」

 よかったら今朝、朝の会で子どもたちに話してあげてください。
「5月って、こんな月だってよ」といったふうに。


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