2018/1/30

「やっぱ先生たちはすごいや」〜教師の見る目  教育・学校・教師


 「不惑同窓会」の話の続きです。

 自慢ではありませんが、私くらい物忘れがひどいと、世界はいちいち新鮮です。
 このブログも投稿数が2800を超え、「教育・学校・教師」のカテゴリだけでも今日で2002です。こうなると初めの方で書いた文はほとんど記憶がなく、特に調べながら書いたような記事は書き終えた瞬間に頭から消えてしまって、いま読むと感動するほど新鮮です。
「ああ、世の中こうなってるんだ。この記事に巡り合ってよかった! だれが書いてるんだろう?」
(オレだよ!!)
てな調子です。

 ですから同窓会などは鬼門で、昨日のカレーライスの話ではありませんが、「ああ自分ならやりかねないな」とか「ありうるな」「そうかもしれんな」と感じるものの、記憶としてはまったく甦ってこないのです。
 酒宴の途中で男の子(もはや40歳の!)が声をかけてくれたときもそうです。
「先生のノストラダムス、当たってました」
「・・・・・・・」

 ホラ見ろ、分からない。
“先生のノストラダムス”って何なんだァ〜〜?

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【『諸世紀』〜ノストラダムスの大予言】
 1973年に大ベストセラーとなった五島勉の「ノストラダムスの大予言」は、16世紀のフランスの医師で占星術師のミシェル・ノストラダムスが書いた予言詩集、「諸世紀」を紹介したものでした。
 ノストラダムスは自分が仕えた国王アンリ2世の死を予言するなど、存命中からすでに予言者として有名でしたがその詩集の中に、
  1999年7の月、
  空から恐怖の大王が来るだろう、
  アンゴルモアの大王を蘇らせ、
  マルスの前後に首尾よく支配するために。

というのがあって、これが人類の滅亡、地球の最期を予言していると大騒ぎになったのです。

 空から来るという「恐怖の大王」も核ミサイルのことだとか、巨大彗星だとか、天変地異全体のことだとかいろいろ言われましたが、予告された1999年が近づいても一向にそれらしい雰囲気はなく、やがて「実は西暦1999年のことではなく、ノストラダムスの誕生日から1999年目のことだ」とか(これで人類滅亡は一気に1500年ほど先延ばしされた)、何かよく分からない複雑な計算式から割り出された年数をたさなければいけないとかいった話になって、肝心の1999年にはほとんど忘れられた(直前にちょっと思い出された)ものでした。

 しかし「不惑同窓会」の子どもたちが中学校を卒業したのはそれより5年前の1994年ですから、予告された年まであとわずかということで再流行というようなこともあったのかもしれません。それで何かを話したのでしょうか?
 しかしそれにしても「先生のノストラダムス」とは言わないでしょ。何のことだろう?

 そんなことを考えながらキョトンとしていると、別の子が、
「先生忘れちゃったんじゃないよね、自分の書いたノストラダムス」
 え?


【『新諸世紀』by ノストラダムス・SuperT】
 それは卒業文集の生徒のページの最後につけられた、担任からの「ひとこと」のことでした。「ひとこと」のはずなのにA4用紙1ページも割り振られて困った私は、そこで、
『タロットカード「新諸世紀」 ノストラダムス・SuperT 作』
という文章を載せたのでした。

 これは生徒一人ひとりタロット風のカードに見立て、「諸世紀」風の謎めいた文章を添えて1995年時点でのその子の人物評と「こうなってほしい」「こうなるといいな」といったことを記述したものです。例えば「あたっていました」と言ってくれた男の子のものはこうです。

(カード番号)No.6(カードの名前)「未完成のオタク」(カードの意味)『いまさら誉めるまでもない。だが完成ではない。すべて揃っているように見えながら、まだ恐ろしさが十分ではない。人を驚かせ、とてもかなわないと舌を巻かせるほどの力にはほど遠い。何かのプロであること、そのためにすべてを自分の周囲に集めること』

 改めて読んでみて、ああ自分はこの子をこんなふうに見ていたんだと思うと同時に、25年前はこの子の能力をとても高く買いながら、何か決定的でないことにイライラしていたんだろうなと想像できたりします。
 たしかに優秀でしたが、マラソンのトップ集団の最後から、まるっきり意欲のない走り方で集団についている、そんな感じの子なのです。
 この子は中学卒業後、地域のトップ校におそらく最下位近くで合格しましたが、半年後には上位10位以内に入っています。花卉農家の息子で、花の出荷は待ったなしで徹夜でもやらなければなりませんから、それを手伝ってきた彼はいざとなれば強いのです。
 その話を聞いたときは、高校に入学するや否や「すべてを自分の周囲に集めること」に成功したのかなと思ったりもしましたが、40歳になった今、改めて「当たってました」というのは、もしかしたら今も「ほど遠い」と感じているのかもしれません。


【他のカードたち】
 同窓会の場にはたくさんの子が卒業文集をもってきていたので、一冊を借り、慌てて自分の25年前の文を読みます。そこには例えば、
No.5「ひとり歩くジョーカー」『独立不偏。周囲に惑わされず我が道を行く。しかし人々を置いていくのではない。忘るなかれ、彼の名はジョーカー。自分を笑いの種にできる者は強者の特権なのだ。その力をもて、他に手を延べよ。ひとり歩く者が周囲を携えるとき、おまえの力は最大となろう』
などというのもあります。陽気でおっちょこちょいで、ちょっと寂し気な、頭の良い子でした。人間関係はうまくいっているようでその癖どこかよそよそしい、友だちらしい友だちがいない、そんなところを心配してこうした文になったのかもしれません。

No.34「山頂に立つ鷲」『独立不羈。受け入れると見せて受け入れない、受け入れないと見せて受け入れる。常に心にあるのは判断と整合。それが価値だ。いつでも孤独になれる者は、だからこそひとりになることもない。しかし生きる場の選択は難しくなるだろう。意志が意志ゆえに、今をはるかに上回る力も必要となるはずだ』
 昨日の「水商売に入っても生きて行ける子」(やっぱ言ってないぞ!)です。その強さ逞しさに信頼を置きながら、一方で心配もしていました。

No.37「鏡の国のアリス」『鏡よ鏡、私に欠けたものは何? 繊細なまでに自己を見つめる。常に自分を省みて、高めることに怠りはない。美しき内省。だが言っておこう。だれからも嫌われない生はあるが、全てに愛される生はないのだ。絶大に愛される者は、時に憎まれる者でもある』
 私はこの子の自己探求癖や不器用さが心配でした。あとから聞くと小学生時代はずっといじめられていたとか。内省的で探究的になるのも致し方ないかもしれません。
 今回久しぶりにあって5児の母になっていると聞き、みんなでびっくりしました。私も驚くとともに、予言が良い方向に外れたことで安心しました。

 外れたと言えば、
No32「流れる雲」『たおやかに流れる雲の豊かさ。低く垂れ籠めた雷雲の激しさ。このカードの意味は多様で複雑である。いかようにも姿を変える雲の行方はいかにも予想しがたい。時を置き改めて見れば、様々な意味で意外なその姿を見ることになろう。自らをどう捉えるかだ』
 外見上、全く想像できなかった姿で現れた、という意味ではまったく正鵠を射たようなものですが、ここまで「意外な姿を見る」とは思っていなかったのでその意味では外れです。
 おとなしくて目立たない子でした。でも秘めた激しさのある子で、どう出るのか分からない怪しさと希望を感じる子でした。


【やっぱり先生は凄いや】
 どうしてこんなことをしたかというと、与えられたA4の広さに困ったのが一番ですが、同時に「担任がそれぞれの子をどう見ていたか」子どもたちに知っておいてもらおうという意図があってのことかと思います。

 本人に対する評価や期待は通知票や個人面談を通じていつも伝えていましたが、他の子たちに評価について生徒に知らせることはまずありません。言葉の端々や、何かあっての時に口にすることはあっても、まとまった形で話すことはないのです。

「(キミたちの見ているその子とは違うかもしれないけど)担任はこんなふうに見ていた」「いつも厳しい態度だったけど本当は温かい目で見ていた」、逆に「ひいきしているように見えたこともあるけど、意外と厳しかった」「基本的には公平な見方をしていた」、そんなことを知らせたかったのかもしれません。

 あるいは、「この子にはこういう面もあるから、これからも気をつけて見てやってくださいね」とか「キミたちは誤解しているけど、この子、本当はこうなんだ」とか、「三年間こんなふうに見えたと思うけど、こういう事情もあったんだ」とか、もう担任の手の出せないところに行ってしまう子どもたちのことを、互いに頼みたい気持ちもあったに違いありません。
 そしてこういった文を42人の生徒全員について書いたわけです。

 すでに書いた事実も、書いた内容も忘れていた程度のものです。それに25年前の私なんて(責任を取らないとは言いませんが)今の私とはまったく別人みたいなもので、関係ありません。そういう自分を誉めったって自画自賛とか自慢とかにはならないでしょう。

――そんなふうに言い訳をしておいて、

「やっぱ先生たち凄いや。生徒のことをよく見ている」








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