2018/1/18

「部活動に熱中する優れた教師たち」〜アクセルを踏ませたまま、ブレーキをかけてはいけない 1  教育・学校・教師


 一昨日夜のネットニュースに「運動部活 中学、休養日を週2日以上 平日1日2時間程度」(2018.01.16 毎日新聞)というのがありました。

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【部活動の制限はいまに始まったことではない】
 それによると、
 運動部活動に関するガイドライン(指針)を検討するスポーツ庁の有識者会議が16日、東京都内で開かれ、中学では休養日を週2日以上とし、1日の活動時間を平日2時間、休日3時間程度までとする指針の骨子が大筋で了承された。
とのことです。

 先に進むと、国が活動時間の上限を示すのは初めてとありますが、すでに20年前の1997年、文部科学省(当時は文部省)による「運動部活動の在り方に関する調査研究報告」の中でこんな記述がありますから初めてではありません。

  我々としては,[1] (注:「平成8年調査の結果から」)に示した調査結果の分析も踏まえ,次のような休養日等の設定例を示し,各般の参考に供するところである。
〔運動部における休養日等の設定例〕(参考)
 中学校の運動部では,学期中は週当たり2日以上の休養日を設定。
 高等学校の運動部では,学期中は週当たり1日以上の休養日を設定。
 練習試合や大会への参加など休業土曜日や日曜日に活動する必要がある場合は,休養日を他の曜日で確保。

  (中略)
 なお,効率的な練習を行い,長くても平日は2〜3時間程度以内,休業土曜日や日曜日に実施する場合でも3〜4時間程度以内で練習を終えることを目処とする。長期休業中の練習についても,これに準ずる。 (第2部―第2章―1―[2] 考 察)

 つまり部活動の時間制限、休日制限は20年も前に指示されていたのです。
 それが守れなかった、
 なぜか。

 これについて部活動問題の「専門家」としてしばしばマスコミに登場する内田良名古屋大学准教授は「守られなかったのは、やりたい先生がいるからです」と説明します。

 やるからには強くしたい、親からのプレッシャーもある。

 見るともなく見ていたニュースの一部で言葉遣いもニュアンスも違うかもしれませんが、おおざっぱにそんな内容です。間違っているとも思いません。
 しかし部活動をやりたがる先生たちにも様々な類型があり、ことはそう簡単ではありません。

 いくつか見てみましょう。

【純粋に競技を愛する人々】
 有森裕子や高橋尚子、鈴木博美、千葉真子らを育てた小出義雄監督がその代表です。

 小出監督は高校卒業後、家業(農業)に従事していたものの陸上競技への思い断ち難く、22歳で順天堂大学に進学し、箱根駅伝に3年連続出場。卒業後は千葉県の高校教員に採用され、県内の高校を異動しながら多くの選手、指導者、トレーナーを育成し続けました。
 1986年には市立船橋高校を全国高校駅伝で優勝に導き、翌々年教職を辞してリクルート・ランニングクラブ監督に就任。のちに積水化学女子陸上競技部監督に移籍しましたが、この間に有森や高橋を育てたのです。

 最初からオリンピック選手の育成に携わるつもりだったわけもはないでしょう。陸上競技を心から愛し、手に入れた技術や指導力で目の前の子どもを育て続けた結果、次から次へと機会に恵まれていったわけです。

 体育大学や体育学科、あるいは有名な大学運動部出身の教員の中には、こういう人たちがたくさんいます。
 もちろん自身が選手として活躍できればいいのですが、オリンピックや世界選手権レベルとなるとできるのはごく一部です。多くは競技者としての道を諦め、普通の生活に戻っていくのですが、それでも一生運動にかかわっていきたいと考えると、体育科の教員は絶好の職業と言えます。

 子どものころから必死に取り組んできた世界、一時は生涯をかけようとまで思った世界ですから傾ける情熱が違います。研究熱心で労を惜しまず、全身全霊をかけて後進の指導にあたる、その意味ではとても尊敬できる人たちです。
 音楽大学を卒業して音楽科の教員となり、吹奏楽や合唱に驚くべき力を発揮する教員も同じです。


【生徒指導=人間を育てる糧として】
 覚せい剤で人生を誤った元読売巨人軍の清原和博氏は自身のことを、
「野球がなければ極道にしかなれなかった男」
と言ったりします。事件を考えるとそうした自己認識はかなり正確だったとも言えます。

 学校は基本的に勉強をするところで、しかも圧倒的に座学(机の前に座って学ぶ学習)が中心の世界です。しかしその座学が全く向かない子たちがいます。
 座っていることが苦手な子、読み・書き・計算が馴染んでいかない子、勉強よりも楽しいことがたくさんある子――そういった子たちは学校に来ていること自体が苦痛です。しかし義務教育はもちろん高等学校だってなかなか行かないで済ませるというわけにはいきません。

 授業に集中できない、授業で輝けない、恥じしかかけない子どもの中に、しばしば間違った方向に進みそうになる者がいます。それを救ったのが運動、といった話はあながち珍しいことでもありません。
 ドラマ「スクール・ウォーズ」のモデルとなった伏見工業高校ラグビー部がその代表で、監督の山口良治氏には後に悪いうわさが付きまといましたが、話半分だとしても大したものです。

 元大関の千代大海龍二は、
 九州でも1、2を争う勢力の暴走族「十二単」を率いていて大分の龍二の名を九州全土に轟かせ、大分県警内でも有名になる。さらにやくざ数人と喧嘩したところ、相手のやくざに気に入られ、スカウトされたことがあった。佐賀県出身で同年代のはなわ曰く「大分の龍二と言えば僕でも知っている位の凄く有名な人だった」(Wikipedia)
 そのくらい本格的なワルでした。関取になってからもテレビに出るたびに「アイツだけは許せない」と画面を睨みつける人が何人もいたという伝説が残っています。

 しかし格闘技には才能があって(だから喧嘩にも強い)、小学校5年生の時には柔道歴1年で全国大会3位、中学3年生の時は年齢を偽って出場した極真空手九州大会で3位にもなって言います。ですから角界に入ってもすぐに頭角を現すことができました。

 千代大海は部活と無関係ですが、学校にはミニ千代大海やミニミニ千代大海みたいな子がいくらでもいます。勉強がまるでダメ、乱暴なので人間関係もダメ、誰も相手にしてくれない、けれど運動だけは得意で生き生きとしている、そういう子たちです。

 学校のどこにも寄る辺がなくてかろうじで部活動で崖っぷちを歩いている――そういった生徒に対しては学級担任も部活顧問も本当に気を遣います。天から降りてきた一本の蜘蛛の糸を切ってはいけないからです。
 その子たちの活躍の場を教師は奪ってはいけない、十二分に活躍の場を与えて、学校生活を全うさせなければいけない――それが一部の部活顧問の情熱と誇りです。

「そんなこと言ったって誰もが清原和博や千代大海になれるわけではない。運動で生きて行けるのはごく一部じゃないか」
――それは全くその通りです。
 しかし運動選手としては中高で終わったとしても、その時期に“不良”にならなかったことには大きな意味があります。
「デビューさせるな」と私は言いますが、”非行少年“のレッテルを張られずに卒業することは、その子の人生に重大な影響を与えるのです。

 以上はとても教育的な、高尚な理由で部活に熱中する人たちです。もちろんそこまで立派でない理由で部活動に熱中する教師もいます。私もその一人ですが、明日はそのお話をしましょう。

                               (この稿、続く)




  
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