2017/12/31

「お世話になりました」〜2017年を気分よく終わらせるために  政治・社会・文化


 2017年の最後の記事が、今年最も気分の悪い事件(大相撲問題)というのも面白くないので、ひとこと挨拶をして終わりにします。

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 2017年、お世話になりました。
 今年は私にとって、
「この先、数年間はこんなふうに暮らし、生活の様式はさほど変わらないだろうな」
と目星のついた一年でした。
 あれこれ野心もなく、淡々と過ごす日々、それだって悪くはありません。結構やることはありますから。


 しかし私が淡々と動かなくても、時代はこれから大きく変化するはずです。

 22日に書いたように、なんといっても「『平成の終わり』の始まり」です。歴史が動かないはずはありません。

 それと同時に、来年の今日(大晦日)の東アジアの状況が、いまと同じはずもありません。
 私の予想だと金正恩氏はもう国際政治の表舞台にいませんし、それにつれて中国や韓国・日本の勢力関係も変わってきます。
 トランプ氏が播いた悪しき種は芽を吹き、じわじわと世界中に弦を伸ばしているはずです。
 日本は・・・大方の予想に反して、なかなか悪くないかもしれません。
 いずれにしろ生きるに値する、見応えのある一年になる気がします。

 時代がこの先どういう方向に進むのか、それを予測しないで子どもを育てることはできません。世界の行く末を読んで、子どもに伝え、子どもとともに考え、長い時間をかけて対処していきたいと思います。

 一年間ありがとうございました。

 一生懸命書いているブログですが、近ごろアクセス数も減り(内容がつまらないからシジャ!の声あり)、私自身営業活動に出たりしている始末ですが、今後も誠実に更新していきたいと思います。
 2018年もよろしくお願いします。



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2017/12/29

「忖度報道の行方」〜日馬富士暴行事件と2・26  政治・社会・文化

 
 22日の記事で今年は終わるつもりでしたが、昨日貴乃花親方の処分が出て、様々な方面からの多様な意見を聞くうちに、いろいろ考えさせられるところがあって文を書く気になりました。

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 様々な意見というのは例えばDIAMOND ONLINEの『貴乃花親方バッシングに見る相撲協会とマスコミの「狂気」』のような記事です。タイトルにある通り、相撲協会と結託したマスコミによって貴乃花親方が袋叩きにあっている現状を憤る内容なのですが、これが私の見方とは著しく異なる。

 私の方は同じテレビのワイドショーやニュース番組を見ながら、貴乃花支持者であるMC、リポーター、コメンテーターが狂気めいた擁護論を振り回していると感じていたからです。理不尽なまでに貴乃花親方に肩入れし、モンゴル力士や相撲協会を叩いている、そんな印象です。
 振り返ってみましょう。


【物言わぬ親方、百万言を語る】
 もとを質せば最初は11月14日に発覚した「日馬富士暴行事件」、つまり単純な暴力事件でした。誤解のないように言っておくと、“単純な”というのは加害者と被害者がいてその関係がかなり明白で、理の大部分が被害者側にあるという意味です。
 ただし翌日の興行にも出ているくらいでケガの程度は軽く、その段階ではまだ日馬富士の処分も、重くても2〜3場所の出場停止くらいというのが大方の見積もりでした。
 日馬富士は何と言ってもこれまで一度も問題を起こしたことのない立派な横綱ですし、9月場所を大逆転で優勝し、一人横綱としての責任を果たした功労者ですから相撲協会が粗略に扱うはずがない、とみんなが考えたのです。

 それがここまで大きな問題になったのは、一も二もなく貴乃花親方の“ダンマリ”――いや正確に言えばその“ダンマリ”をいいことに、貴乃花親方に仮託して自分の思いを叫び続けたマスコミ各誌、出演者たちの思惑のためだったと言えます。

「貴乃花親方は星の回しあいや八百長にまみれた現在の大相撲に、一石を投げ込もうとしている(に違いない)」
「その八百長試合の申し合わせの場がモンゴル会である」
「大体地方巡業とはいえ、明日の対戦を控えた力士同士が一緒に酒を飲むなど、常識としてあり得ない」
「この戦いは貴乃花親方と白鳳グループのガチンコ勝負だ」
「貴乃花親方は張り手やカチアゲを多用する白鳳の取り口に重大な異議申し立てをしている」
「貴乃花親方は純粋に自分の弟子を守ろうとして孤独な戦いをしているのだ」
「真の相撲道を希求する貴乃花親方と、稼ぎ頭のモンゴル人横綱に傷をつけたくない相撲協会との最後の決戦」


 しかし私の知る限り、一か月半にわたるそうした議論の際中、貴乃花親方は一言も発していなかったのです。まさに忖度だけで番組を盛り上げ、紙面を埋めていたのです。

 やがて視聴者の一部は相撲協会にガンガン抗議の電話を入れ、それを聞いて横綱審議委員会の北村正任委員長も白鳳の取り口について苦言を呈する。本来の暴力事件はいったん影を潜めます。
 そうこうしているうちに危機管理委員会の中間報告が出て、それが「加害者寄り」だと非難される。
「被害者が何も言わなければ加害者寄りにもなるよな」
という一般論はまったく通用しなくなります。
 さらに記事のネタがなくなりと、貴ノ岩事件は実は最初から白鳳によって仕組まれたリンチだったとか、一度は消えたアイスピックを振り上げた関取がいたといった話まで蒸し返され、どこまで話が広がるかまったく先が見えなくなってしまいました。


【人は自分の想いを軸に忖度する】
 “忖度”だけで物事が動くということは、これまでもなかったわけではありません。その深刻な例は「2・26事件」です。

 首謀者のひとりの磯部浅一は事件半年後、日記(「獄中日記」)の中で次のように叫んでいます。
「今の私は怒髪天をつくの怒りにもえています、私は今は 陛下をお叱り申上げるところに迄 精神が高まりました、だから毎日朝から晩迄 陛下をお叱り申しております、天皇陛下 何と云ふ御失政でありますか 何と云ふザマです、皇祖皇宗に御あやまりなされませ」
 磯部が怒っているのは彼らの起こした「天皇のための昭和維新」を天皇自らが潰してしまったことです。

 磯部浅一はまさに「憂国の士」でした。日本との日本国民と天皇一家のために身も心もささげるつもりだったのです。
 その自分がこんなに真剣にこの国のことを考えているのに、そして天皇陛下は当然「現人神」として自分たち以上にこの国のことを深刻に考えてくださっているはずなのに、なぜ世の中はよくならないのか――。

 答えは簡単でした。
「それは天皇陛下と自分たちの間に、漢奸たちが側近として立ちはだかっているからだ」
「その漢奸たちを排除すれば、天皇陛下の意思と自分たちは繋がり、あるべき政治の姿が実現するに違いない」
 天皇の重臣たちを暗殺しながら、小指の先ほども自分たちを反乱者と思わなかったのはそのためです。勝手に天皇の想いを忖度し、自分たちと同じだと思い込んでいたのです。

 私はこの一か月半、空転する「貴ノ岩問題」を眺めながら、それを思い出していました。人は自分の想いを軸に忖度するのです。そしてそれはされる側の人間が否定しない限り、果てしなく増幅できるものなのです。


 今日の段階でメディアの一部は「これは全面戦争の始まりだ」といった見方をしています。貴乃花親方は地位保全を求めて裁判所に仮処分を申請するだろうということです。しかしそれも“忖度”でしょう。親方は全く違うことを考えているのかもしれません。あるいはまったく何も考えていないのかもしれません。
 しかしいずれにしろ年明けは「貴乃花親方は相撲協会を二つに割るのか」「親方はクーデターを起こせるか」といった立ち位置から議論がスタートするはずです。親方が何か言わない限りは。


【もう素直に相撲を見ることはない】
 一連の忖度報道で大相撲は大きく傷つきました。

 モンゴル人力士に対する社会の目が、これほど冷淡なものだということを、私は初めて知りました。
 私自身は白鳳のファンだったのですが、星の回し合いや八百長試合の同元のような存在だったという印象(私は信じませんが)は、これからも払拭されることはないでしょう。
 モンゴル人力士を見る目も変わってきます。幕内力士の三分の一にも及ぶ勢力ですから、大相撲全体を見る目も違ってくるに違いありません。
 貴乃花部屋以外の相撲取りはガチンコではないという印象も、角界にとっては大きな損失でしょう。もう素直な気持ちで大相撲を見ることはできません。


 その他言いたいことは山ほどありますがやめておきましょう。
 九州場所の千秋楽で白鳳が「日馬富士関、貴ノ岩関を再び土俵に上げてあげたい」言ったとき一緒になって心からうなずき、「来年も大相撲をよろしくお願いします」と言って万歳を始めた時、心の中で一緒に万歳したのは私です。

 その行為は相撲協会理事会から「品格のないもの」として厳重注意を受けました。あの日福岡国際センターでニコニコしながら万歳をした観衆も同じですが、私も「品格のない人間」と認定されたわけです(会場にいなかったので全国に顔が知られなくてよかったですが)。

 これ以上なにかを言えばさらに品格を疑われそうなので(っていうか、そもそも私の品格ってまだ残っているのか?)
 今日のところはこれでやめます。
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2017/12/23

「更新しました」〜給食は休憩ではありません  教育・学校・教師



「キース・アウト」

 給食指導に関する優れた記事が、西日本新聞にありましたので紹介します。
  ↓ 
2017.12.23
「給食は休憩ではありません」10分で食べ終える先生 泣く、席を立つ…児童の素顔が噴出する時間


 
*スマートフォンではうまくリンク先へ進みません。
 下の方へ記事を探してください。



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2017/12/22

「ご苦労様でした」〜終業式、2017年のまとめと”時代の終わり”が始まる予感  教育・学校・教師


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 長かった2学期が終わります。先生方、ご苦労様でした。

 学校を去ってだいぶ経ちますので、具体的なあれこれやその時の雰囲気といったものもだいぶ思い出せなくなっていますが、終業式の日、子どもたちを帰宅させて教室に戻り、やり残したことはないかと全体を見回すときの静寂と安堵は、確かな体の感覚として今も蘇らせることができます。
 これから1〜2時間、教卓や職員室の机の周辺を整理して、忘年会の会場へ向かう交通手段を算段しながら2学期全体を振り返ってほっと一息つく。
 いい時間でした。

 もちろんその日のうちに何らかの問題が発生する確率はゼロではないのですが――。


【2017年のできごと】
 2学期の終わりは1年の終わりです。
 年度を中心に回る学校にとって「一年の振り返り」というのはちょっとなじまないのですが、それでも思いを巡らせると、今年もやはりたくさんのことがありました。

 野際陽子さんと小林麻央さんが亡くなり、浅田真央さんが引退しました。宮里藍さんも引退し、安室奈美恵さんが引退することを決めました。
 SMAPがバラバラになり、清水富美加さんやも堀北真希さんもいなくなりました。日馬富士が暴力事件を起こして角界を去り、さまざまな噂で相撲界自体もボロボロになりました。

 トランプ大統領が誕生し、ソニーの新型aiboが生まれ、史上最年少の中学生プロ棋士が出現しました。
 大リーガー大谷翔平が誕生し、上野にシャンシャンが生まれました。
 9秒98の新記録も生まれた。

 豊田真由子議員が全国の禿頭男性を敵に回して奮闘しました。モリカケ問題と豊洲問題はずいぶん長引きました。
 衆議院選で一時は過半数割れと言われた自公政権が圧勝し、「希望の党」は彗星のごとく現れたかと思ったらあっという間に消えた(印象)
 小池百合子人気はロフテッド軌道でした。

 北朝鮮のミサイルがガンガン打ちあがって「Jアラート」が鳴り響きました。 金正男氏が白昼堂々と空港で暗殺されました。けれど国際社会は何もできなかった――。

 米国ラスベガスで乱射事件があり(死傷者500名以上)、日本では座間市で9人をバラバラにするという猟奇的な事件が起こりました(現実が想像を軽々と飛び越えてしまった)。

 九州北部豪雨をはじめとする水害が多かった。
 姉弟のように顔の似た二人、ブルゾンちえみと清宮幸太郎が目立った。
 天皇退位法案が可決して平成の終わりが視野に入った。
斜体は、私が特に興味を感じたもの)

 ほんとうにいろいろあった一年でした。

 もちろん何もない平和な年なんてあるはずはないのですが、世界の最強国アメリカにトランプ政権が誕生したことや、北朝鮮が核保有の一歩手前まで来たことなどは、世界や歴史を変える大きな事件の前触れかもしれません。

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【予感――“時代の終わり”が始まる】
 私は社会科の教師で、中でも日本史が専門でした。さらに近現代史が得意の範疇で、長年、明治・大正・昭和・平成と勉強してきました。ところがあるころから、年号が変わることには単に名前が変わること以上の意味があるのではないかと思うようになったのです。
 年号が変わると時代そのものがまったく違ったものになってしまうのです(2013/9/11「年号や世紀が変わることへの思い」)。

 しかも前の年号の最後の2〜3年は新時代を予感させ、新しい年号の最初の2〜3年は前時代を引きずるといった感じになります。

 例えば明治時代の最重要テーマである条約改正の、最後の交渉(関税自主権の回復)は、明治43年に始まっています。いわば明治の「終わりの始まり」が43年だったわけです。

 大正は第一次護憲運動(大正2)に始まり、普通選挙法(大正14)で役割を終えます。その大正14年は、悪名高き治安維持法のできた年でもあります。
 昭和の匂いがするでしょ?

 昭和2年、金融恐慌が起きて大正のノホホンとした雰囲気は一気に吹き飛ばされ、一朝にして昭和らしくなります。

 昭和の終わり、いわゆるバブル景気は昭和61年に始まって平成3年まで続きます。つまり足かけ3年ずつを昭和と平成に跨いだ社会事象だったのです。

 今回は初のケースですが「平成」が31年で終了することが決まっています。つまり今年は「平成最後の3年間」の始まりの年だということになります。
 今年から再来年にかけてのできごとは、平成を終了するものと同時に新時代の方向性を示すものなのかもしれません。

 そう考えると、例えば先ごろ決定したイージス・アショアの導入――。設置完了まで5年ほどかかるそうですが何か嫌な感じはしません?
 もっとも第2回東京オリンピックは新しい年号の2年目ですから、新時代は平和で調和の取れた明るい時代になるという可能性もないわけではありません。

 時代を、じっくり見ましょう。

 では皆様、良いお年を!!


*「アフター・フェア」は例年学校のカレンダーに合わせるように書いています。ですから私も年末年始休業です。
 ですが学校の先生方がそうであるように、休み中もしばしば出て来て、何か仕事をするのかもしれません。その時はよろしくお付き合いください。





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