2017/11/30

「日馬富士、相撲やめるってよ」〜横綱の品格・教師に求められる高い道徳性  教育・学校・教師


 日馬富士が引退を表明しました。
 初場所の番付編成会議が昨日の午前9時から予定されていたので、その前にはっきりさせる必要があったのです。実際もう事態を盛り返せる状況はなく、早めの引退表明は賢明であったと言えるでしょう。

 私は別に相撲ファンではありませんし特に日馬富士に肩入れしているということもありません。ただしこの一事をもって引退に追い込まれるのはあまりに惜しい、2〜3場所の出場停止程度でもう一度チャンスをやってもよかったと残念に思っているのです。
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 勧告が出そうになって自ら引退というのは、悪行の限りを尽くした(と言っては言い過ぎかもしれませんが)朝青竜と同じです。それでいいのかという思いがあります。

 同じ暴力と言っても2007年に起こった「時津風部屋力士暴行死事件」のような組織的、意図的なリンチでもありません。
 いわば(こう言っては語弊があるかもしれませんが)、同じモンゴルからやってきた者同士の、酒を飲んだ上での兄弟喧嘩みたいなものです。

 もちろん日本の殺人事件の半数以上は家族間で起こっているのですから、兄弟喧嘩とはいえ放置できない場合もあります。しかしそれは内々で十分に話し合ってから、「それでも兄貴は許せん」というなら警察の手を借りればいいのであって、“殴られた直後にプイッと出て行った弟が、病院に寄って診断書をもらってその足で警察署”ではまとまるものもまとまりません。家が持ちません。

 貴ノ岩のけがは医療用ステープラーで10か所とめるというもので、最初報じられた「右中頭蓋底骨折、髄液漏」に比べたら問題にならないくらい軽いものですが、カラオケの大型リモコンで殴られたものですから“なかったこと”にもできない大きさです。ですから被害届が出たことについては文句ないのですが、果たして「引退」にまで持ち込む事案だったのか――。


【横綱の品格・教師に求められる高い道徳性】
 相撲ファンでもなければ日馬富士ファンでもない私がなぜこの問題にこだわるかというと、似たような事件が学校にも山ほどあるからです。

 長い教員生活の中で、これまで多くの先生方が教職を去っていくの見てきました。
 定年退職はもちろん、結婚や出産を機に辞められる方、継ぐべき家業に戻らざるを得ない人、他にやりたい仕事がある人、病気で続けられなくなる人、殉職と言っていいような亡くなり方をする人、そして不祥事によって免職になる人――。
 後の方の三つについてはそれぞれ言いたいことがあるのですが、今回の事件に被せると「不祥事によって懲戒免職になる人」の中に、日馬富士同様、“免職にまで追い込む必要があるのか”と思わせる事例がいくつもあるのです。

 例えば、前の晩のアルコールが残って引っかかる酒気帯び運転。残り方にもよりますが一律に懲戒免職というのは重過ぎる懲罰でした。
 教師の懲戒免職というのは退職金等々はもちろん、教員免許までなくなってしまうのです。
 懲戒解雇となったプログラマーは別の組織でプログラマーになれますし、違法行為を行った医師も弁護士も免許や資格はなくなりません(専門分野での違法行為は別)。

 しかし懲戒免職となった教員は二度と教壇には立てないのです。免許を利用した職業(例えば予備校講師)にもつけません。日馬富士と同じく“引退”です。
 
 あるいは「体罰」も教師が学校を去る契機となることがあります。
 一口に「体罰」と言っても児童生徒の何らかの“罪”に対して、“罰”としての暴力や苦役を強いる教師は稀です。処分される“体罰教師”の多くは、実際には頭に血が上って暴力をふるっただけで、刑事上も「暴行罪」もしくは「傷害罪」となります。日馬富士と同じです。
 しかし暴力に至る事情は様々で、中には生徒の激しい挑発によって怒りを誘発された教師もいます。友だちを危険な目に合わせてるのを見て、瞬間的に手が出て加減のできなかった人もいます。

 さすがに最近は懲戒免職になるほどの体罰は少なくなりましたが、教育委員会が免職にしなくてもそれと同等の私刑がネットやマスコミによって行われることがあります。

 教室の新聞を破った男子児童が“他の児童に命令された”と言い訳したので、「やれと言われたら何でもやるのか?飛び降りろと言われたらやるのか?やらないだろ、やったらいけない事をやれと言われてもやらないんだ」と叱責した教師は、「窓から飛び降りろ」と命令したことになります。
 絶対に手が出せないとなると生徒の方はやりたい放題で、教室内で教師を殴ったり蹴ったりする様子がSNSで流されたりします。


「横綱には高い品格が求められる――」
 それはそうですが相撲協会は朝青竜の時はかなり我慢できました。
 さらにその昔の話をすると、品格のカケラも幕内優勝の経験もない相撲取りを躊躇なく横綱にしてしまったこともありました。その人はやがて親方と喧嘩して、仲裁に入った女将さんを突き飛ばしてケガをさせ、そのままどこかに出奔して角界から消えしまいました。

 最近で言えば白鵬は(私の一番好きなお相撲さんですが)今場所も含めて、時々妙なことを言ったりやったりしますが、品格を理由に懲戒の対象となったことはありません。
 「横綱の品格」は揺れ動くもののようです。

 今年の秋場所、一人横綱として大逆転で優勝を飾り重責を守った日馬富士は、たった一度の落ち度で「品格に欠ける横綱」として角界から去っていきます。

 一方、「その職業的特性から、高い道徳性が求められる」教師の方は、“高い道徳性”のために処分されることはあっても、それにふさわしい尊敬を勝ち取ることはありません。年中小さくなって職員室片隅で、受話器を手に深々と頭を下げ、
「申し訳ありません。今週中に何とか、給食費の方を払っていただけませんでしょうか」
などと頼み込んでいます。

 何とも割り切れない話です。


 
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2017/11/29

「日馬富士問題を生徒指導する」〜もめごとの解き方  教育・学校・教師


 今朝になって「日馬富士引退の意向」のニュースが入り、以下の記事が意味あるものかどうかわからなくなりました。
 おそらくこれで日馬富士は起訴猶予となりますし、相撲協会は処分を見送ります。

 起訴猶予になった場合の“被疑事実”について、どういう扱いになるのか私は知りません。しかしそれは“裁判によって確定した事実”ではありませんし当面は“裁判によって訂正されるかもしれない事実”でもありませんから、公開されることはないように思われます。
 相撲協会も調査しない。

 相撲協会内で起こった事件については協会内で調査しない、事実は明らかにされない、これが貴乃花親方や貴ノ岩の望んだことだったのでしょうか。

(以下、本文)


 九州場所が終わって週が明けたらテレビのワイドショーは日馬富士一色。NHKの7時のニュースでさえトップがこの問題ですから、いかに国民の関心の高い事件なのかと、ある意味感心させられます。
 しかも事件発覚から二週間以上も経っているというのに事件そのものがわかっていない。全容どころかイメージさえつかめないのです。
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【これまでの経緯】――詳しい方は飛ばし読みを――
 第一段階はスポーツニッポンのスクープ記事。
 貴ノ岩が日馬富士にビール瓶で殴られて「右中頭蓋底骨折、髄液漏」という衝撃的なもので、私の頭の中には昭和30年代の日活映画で、石原裕次郎がキャバレーの喧嘩に巻き込まれ、後ろから思い切りビール瓶で殴られて気絶する、といった場面が浮かんだりしました。

 その上での「全治2週間、5日の入院」というのもすごい話で、テレビのコメンテーターの、
「普通の人なら死んでしまうかもしれませんよ。でもね、力士たちは鍛えているうえに毎日頭同士をガーンとぶつけているわけですから、だからこの程度で済むんですよ」
といったまことしやかな話をウンウンとうなづきながら感心していたりもしたのです。

 私の感覚だと「全治2週間」と「全治3週間」の間には天と地ほどの差があって、「全治2週間は医者が頼まれていやいやつけるけがの程度(かすり傷)」、「全治3週間は本物の大けが、掛け値なしの大事」といった印象があるので、「頭蓋骨が割れ、髄液が漏れ出ていてもかすり傷」という相撲取りのターミネーター的強靭さに目のくらむ思いがしていたのです。

 ところが第2段階で日馬富士や白鵬の証言が出て、「素手で十数発、ビール瓶では殴っていない。カラオケのリモコンでは殴った」となってまたまた首をかしげなければならなくなります。
 素手で「右中頭蓋底骨折、髄液漏」にしてしまうのですから、考えようによっては横綱の腕力はとんでもなく凄い、とも言えます。それとともに素手で殴られて折れてしまう貴ノ岩の頭蓋骨もいかがなものか、といった疑念もわいてきます。

 さらに第3段階で元旭鷲山のダバー・バトバヤルさんが来日して、貴ノ岩と電話で話したら、
「(貴ノ岩は)とにかく何もやっていない。みんなで話をしている最中にスマホをいじったら突然日馬富士に殴り掛かられて、素手や灰皿、カラオケのマイクで40〜50発も殴られた」
という話になります。
 証言が出るたびに普通は互いに歩み寄ってくるはずの内容が、どんどん遠ざかってしまう。

 そうこうするうちに元旭鷲山の語ったことは全て伝聞で、実は電話でも話していなかったという話が出て来て、「ああ、やっぱりな」と思っていたら今度は謎の“関係者”の証言として「カラオケのマイク、灰皿、ビール瓶、とにかくテーブルの上にあるものはかたっぱし使って殴った」というようなことにもなっていく。

 最近のネットニュースでは「カラオケ機器(まあ、マイクやリモコンはカラオケ機器には違いないけど本体で?)で殴った上にアイスピックを振りかざした」というのまで出てきています。そうかと思うと、「いやいやいや、アイスピックを手にしたのは貴ノ岩の方で、それで横綱たちに向かって『あなたたちの時代は終わった』と言ったのだ」とシッチャカメッチャカ。

 そもそも事実だけを辿っても、暴力事件が起きたのが10月26日で警察に被害届が出たのが10月29日。警察から相撲協会に問い合わせがあったのが11月2日、貴ノ岩が入院したのが11月5日、「右中頭蓋底骨折、髄液漏、全治2週間」の診断書が書かれたのが11月9日と、ほんとうに分かりにくい話なのです。

 もちろん、とりもなおさず被害者側の貴ノ岩、あるいは貴乃花親方が生の声で発言しないからこういうことになるのですが。


【問題は警察では解決しない】
 相撲協会に話を持ち込んだらもみ消されるとでも思っているのでしょうか、貴乃花親方は誰にも相談もせずに警察に被害届を出し、以後は「警察の捜査を優先させる(それが終わるまで一切何も話さない、貴ノ岩にも話させない)」の一点張りです。しかし警察が全容を解明するかと言ったらそれは間違いです。

 警察の捜査するのは事件の有無、暴力とケガの因果関係、加害者の意図といった具体的事実であって、暴行に至った心情とか情状とかは主たる対象ではありません。もちろんこれだけ注目を浴びている事件ですから徹底的な捜査をするに決まっていますが、それは真実の一側面にすぎないのです。
 警察は捜査の結果を検察に渡し、検察は起訴・不起訴を決めます。起訴されたらあとは裁判所の判決で「懲役2年執行猶予3年」とかになってそれで終わりです。
 しかし日馬富士にとっても貴ノ岩にとっても、角界全体にとってもそれで終わる話ではありません。

 日馬富士には進退がかかっています。被害者の貴ノ岩も今後、何事もなかったかのように土俵に上がり続けることは難しくなるでしょう。
 モンゴル国内の世論がどう流れていくのかわかりませんが、悪くすればどちらか一方は一生母国へは帰れません。
 貴乃花親方と相撲協会の間にあいた亀裂を、今後どう繕っていったらいいのか。
 ファンの一部は、事件にうんざりして相撲自体に対する興味を失いつつあります。


【どちらがウソをついているのか】
 ではどうしたらよかったのか。

 事件の三日後、貴乃花親方が貴ノ岩の言い分を聞いただけで、警察に被害届を出したのはいかにも拙速でした。
 私はかつて「子どもの話を聞いて学校にねじ込むときは、十二分に注意しなさいよ」といった内容の文章を書いたことがあります(「いじめだ、万引きだ、喫煙だ、でも………オレやってないもん」)が、トラブルがあった時、その一方の証言だけで物事を判断するのはとても危険なのです。

 もちろん証言者がウソをつく場合があります。けれどそれより厄介なのは証言者が主観的事実に基づいてしゃべっているにもかからわず、本人も聞き取る人間も、それが理解できていないといった場合です。

 例えば、
 日馬富士は「横綱の白鵬関が説教しているのにスマホを取り出していじっていたのでカッとなって殴った」と言い、貴ノ岩は「みんなで話をしている最中、スマホをいじっていたら突然日馬富士に殴り掛かられた」と言う。どちらかがウソをついているとしか思えない状況ですが、案外主観的事実を語っているにすぎないのかもしれません。

 白鵬が説教をして貴ノ岩が「ハイ」、「ハイ」と一つひとつ丁寧に返事をしたあと一呼吸があって――、
 そのとき白鵬は「これでオレの説教は終わり」と思い、日馬富士は「次はオレ」と考え、貴ノ岩は「やれやれ終わった」と思う。
 その時の貴ノ岩の、あまりにも吹っ切れた表情を見て日馬富士は呆れる。
(コイツ、本気で謝ったつもりなのか?)
 呆れて二の句がつけないでいると、その短い間が貴ノ岩には十分な「終了合図」となる。
 日馬富士に怒りの炎が点く。
(たった今、白鵬関に説教されたことも忘れて――)
 貴ノ岩の心は、すでに両横綱のもとにはない。
 そのとき貴ノ岩のスマホにメールが入る、貴ノ岩は中身を確認する。
 日馬富士の堪忍袋の緒が切れる。
 日馬富士、貴ノ岩を殴る。
 貴ノ岩、何の前触れも理由もないのにいきなりやられた(と思う)。


【現場検証のススメ】
 そうした行き違いを正す方法は、お互いに自分の感じたものを出し合うしかないのです。
 できれば全員で現場に戻り、だれが何を言ったか、最初から、逐一やってみればいいのです。
 酒もツマミも注文したものはすべてテーブルに並べ、酒は飲むわけにいかないので水で代用しながら、店に入っていくところから行う、限りなく“その日”を再現する――それだけでもしかしたら、アイスピックがその場になかったことが確認され、「(日馬富士は)殴った上にアイスピックを振りかざした」とか「いやいや貴ノ岩の方がアイスピックを手にして横綱たちに向かった」だのといった話はなくなってしまうかもしれません。
 それぞれの思いを確認しあうこともできます。

 加害者と被害者を同じ場に立たせて現場検証を行うといったやり方は、交通事故を除けば警察だってできないでしょう。不慮のことがあってもいけませんから。
 しかし学校はそれができます。だから私はしてきました(2016/2/12「現場検証のすすめ」a 〜子どもたちの危機E以下)
 そして相撲協会もできたはずです。
 現場検証といった仰々しいことをしなくても、両方から話を聞くというのは、どうしても必要なことなのです。

 貴乃花親方は間違っています。相撲協会の枠の中で、まずできること、すべきことをしなくてはなりませんでした。それが“正義”を行うということです。丸め込むとか隠蔽とかについては、それが起こりそうになったらそのとき抵抗しても遅くなかったはずなのですから。




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2017/11/28

「我が家の事情で国会に物申す」〜国会の加計問題と我が家の家計問題A  政治・社会


 あまりにもいろいろあるのですっかり忘れていましたが、今年6月ごろはニュースをつけるたびに国会は「モリカケ問題」で、しかも一向に進展しないことに私たち欲求不満を抱えていました。
「国会はモリカケばかりでなく、他のことも審議もしろ」との国民の声に対し、議員から「いや他の審議もやっているのだが、テレビが扱ってくれない・・・」と戸惑いの声が聞こえたほどです。
 国会に昭恵夫人を呼べ、加計孝太郎氏を招致しろとか言ったってそこから何かが出てくる気配はまるでなく、国民は倦いていました。
 そして総選挙が終わり、ほとぼりが冷めたかとと思ったらまた始まるようです。いったいどうなるのか・・・。
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【加計学園問題の根幹】
 我が家のウサギの件がありますので「モリカケ」のうち森友の方を横に置いて(をい!)、加計学園問題について簡単に復習すると、
 昨年11月、岡山市の学校法人「加計学園」が愛媛県今治市に獣医学部を新設することを国が認めた際、その手続きをめぐって加計学園理事長の友人である安倍首相、あるいは首相側近による不適切な関与があったのではないかとする疑惑
のことを言います。

 具体的に言えば、
1、 獣医学部設置をめぐる手続きの中で安倍首相の便宜供与はあったのか。
2、 あるいは首相側近の忖度による圧力はあったのか(「総理のご意向」などとする文書の内容は正しいのか)
3、 そもそも獣医学部の新設は必要だったのか。
4、 必要だったとして、加計であることの妥当性はあったのか(同じく獣医学部新設を目指していた京都産業大学は意図的に外されたのではないか)。
といったことになります。

 この4項目のうち現在手に入る資料で説明できるのは3番だけで、これについてはすでに一般的な証明がなされています。
 代表的な説明によると、
 確かに、地方、なかでも獣医学部を備えた大学のない四国では、とりわけ検疫などに携わる公務員獣医師の不足が深刻です。しかし、データで国際的に比較すると、「日本全体では獣医師は不足していない、むしろ多いくらいである」ことが分かります。だとすると、問題は獣医師が特定の地域や職種に偏っていることにあるはずですが、獣医学部の新設という「供給の増加」で臨むことは、解決策としては疑問が大きいといえます。
加計学園問題に関する単純な疑問「日本では獣医師が不足しているのか?」:データでみる国際比較

 しかし国土の大きさや畜産の在り方、求められる技術水準などが全く異なる諸外国との比較において、獣医師は足りているから十分だというのは乱暴な論理で、例えば牛100頭の牧場をひとつ相手にするのと、20頭の牧場5つを対象にするのとでは全く異なってきます。
 さらに問題が
 獣医師が特定の地域や職種に偏っていること
である以上、全体の数字を見ても意味はありません。

 上の記事では結論として
 獣医学部の新設にこだわるより、給与・待遇などの改善を含め、「地方の公務員獣医師」というポストに人材をリードしたり、民間の獣医師に公的業務に協力してもらったりするためのインセンティブを考える方が、はるかに効率的・効果的ではないでしょうか。
を提示していますが、それができるならとっくにやっているはずです。

 昨日私が計算したように町の動物病院の月収が300万円弱だとして、一般の動物病院にはあまりない時間外勤務手当など考慮すると年にざっと5000万円。それだけ提示すれば四国のド田舎の公務員獣医師になってくれる人も出てくるかもしれません。しかし四国のド田舎(四国の方、すみません。加計学園をあつかっているのでそういう言い方になります)にはそれだけの財力がないから問題になるのです。


【「地方の公務員獣医師」の不足に「供給の増加」で臨むことは、解決策となるのか】
 私はなると思っています。そのよい例が弁護士です。

 2006年の司法制度改革によって弁護士はそれまでの2倍以上の速さで毎年増加しています。かつて3%前後だった合格率は現在20%を越えて、7倍以上も楽になったのです。
 7倍も楽になったのに合格者が2倍にしかならないことにはからくりがあって、受験者が激減しているのです(2003年=45,372人、2016年=6,899人「司法試験の受験者数、合格率の推移と難易度」より)
 「弁護士が増えすぎて食えない」ことが定評になるとともに実際に「年収300万円の弁護士」が出現しはじめると、司法試験は何年も浪人して合格すべき資格ではなくなってしまったのです。受験者が激減するも当たり前。まさに弁護士受難の時代です。

 しかしそれは地方にとっては天恵でした。
 都会で食えない新米弁護士たちは地方に流れて来てそこで開業します。弁護士がグンと身近になったわけです。
 弁護士事務所のテレビ・コマーシャルなんて以前は全く考えられないことでしたが、今は平気で流れています。いざというときは(名前だけにしろ)知っている弁護士がいるというのは心強いことです。
 「過払い金」などという言葉は聞いたこともありませんでしたが、無料相談を受け付けてくれることで試してみようという人も増えているはずです。
 弁護士の供給増加は、確実に地方に恩恵をもたらしたわけです。

 獣医師だって同じです。供給が増えて競争が始まれば「動物病院では食えない獣医師」が出てきて当たり前です。診察料だって下がるかもしれません(ここが私のねらい目)。
 さらにそれでも不安定になると、“だったら収入は少なくても安定した公務員獣医師へ”、しかも“慣れた愛媛県で”という人が出てきても不思議ありません。というか必ず出てきます。
 不十分な給与で人を引き寄せるにはこれしかありません。


【獣医師ばかりでなく】
 獣医師ばかりでなく、人間相手の医師だって同じだと私は思っています。
 医師の供給過剰で開業医が苦しくなれば、多少収入が下がっても勤務医に戻ろうとする人は多いでしょう。
 全体の収入水準が下がれば、大病院はそれまで10人に支払っていた同じ賃金で11人を雇えるようになるかもしれません。その分、一人ひとりの勤務負担は減ります。
 どうせ勤務医なんて給与は高くても使う暇がないのです。給与が1割下がっても負担がそれ以上に減れば受け入れる余地はあるはずです。

 そんなに増やして医師や獣医師の技術レベルが下がったら困るという人がいるかもしれませんが、大丈夫、医学部や獣医学部の合格水準はべらぼうに高すぎます。多少落としたくらいでは私のようなアホの入る余地は生まれません。

 以上、なんとかウチのウサギの治療費が下がらないかと、あれこれ思案した老人のたわごとでした。

 あとの問題は、岩盤規制かな?




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2017/11/27

「ウサギの治療費がかさむという深刻な問題について」〜国の加計問題と我が家の家計問題@  政治・社会


 家で飼っているミニウサギのココアが病気だという件については少し書きました(2017/11/15「さまざまな病気についてあれこれ学んだ話」)。診察料が薬代も入れて6000円にもなったのです。
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 それから10日後、状況が良くなったわけではないのですが薬が切れたため、再び動物病院に出かけました。
 前回と同じようにエコーであれこれ見たもののよくわからず、ただしトイレシートについた血のシミから、どうやらこれは子宮ではなく、膀胱から出たものらしいとのことでした。そこで「次に来るときはおしっこを採ってきてください」と言われ、厚さ2ミリで1センチ四方くらいの固いスポンジに、長さ10センチほどの柄のついたモップ様のものを渡されました。
 その値段がおそらく100円。まず頭に浮かんだのがそれでした。
 前回と同じ診察と薬、それに“モップ”が加わって6100円だったからです。どうやら動物の場合は初診料というものがないみたいで、このぶんだと毎回6000円前後はかかるのかもしれません。


【三度目の(ちょっと)正直】
 先週の土曜、その“モップ”にたっぷり尿をしみ込ませて三回目の受診にいくと、顕微鏡で調べてから、
「おしっこ、だいぶ汚いですね」
(すみません。しつけが悪いもんで)

「膀胱結石の始まりか、膀胱炎かもしれません」
(あ、そういう意味ですか)

「それと、腎臓に薄い不明の空間みたいのがあって、腎盂腎炎という可能性もあります」
(要するにおしっこの関係だけれど何の病気か、今日も分からないというわけですね)

「いずれの場合も現在の治療でいいわけですが、腎盂腎炎だとしっかり治したいですね」
(え?長引くわけ?)

 「ガンです」とか言われ、「手術代はン万円?」とかいった覚悟までしていたので投薬療法ですむならありがたいくらいなものですが、それにしても6000円の治療費が今後何回も続くとなるとちょっと考え込んだりもします。
 もとを質せばタダでもらってきたウサギなのですから。

 話題にしている“ココア”は、お兄ちゃん(弟かもしれない)の“ミルク”とともに5年前に生まれたミニ・ウサギです。ペットショップがその年のクリスマス・プレゼント用に売り出していたのですが半年たっても買い手がつかず、困っていたところにちょうどウサギを必要としていた妻が訪れてケージごと無料で引き取ってきたのです。

 それが1羽20万円もする希少ウサギだったら1万円も2万円も惜しくはないのですが、無料のウサギに1回6000円もの治療費を使うのは何となく割り切れません。しかしだからといって苦しんでもいい、死んでもいいというわけにもいかないでしょう。

 今回もいくらかかるのかと恐る恐る請求書を見ると、
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 要するに超音波診断が高いのですが、尿検査の簡易検査だって何かの試験紙にペロッと浸けただけですし、顕微鏡だって私にも使えます(小学校で理科を教えたことがある)。そもそも3回やって病名も特定できない超音波診断検査って何なんでしょう? 3回で9000円ですよ。
 電気代やジェル代金が高いわけではなく、ほとんどが技術料だと思うのですが、あえて若者言葉で言えば、 
「これって、儲けすぎジャネ?」
ということになります。 


【嫉妬に基づく収入計算】
 待ち時間を含めて病院にいた時間は45分ほど。その間に訪れた患者は三人(というか2匹と1羽)。それを元に一日16件に対応すると仮定して、一件6000円で1日10万円ほど。一か月26日の診察で260万円です。
 他人の懐を計算するのは卑しいことですが、国の過労死基準をはるかに越えて働いていた教員時代を思い出すと、この差にはちょっと素直になれません。

 もちろん他にも高収入の職業はいくらでもあって、そこにはそれなりの理由があるはずです。
 獣医さんの場合も大変な勉強をして全国に16しかない獣医学部入らなくてはなりませんし、6年制大学ですので高卒の人に比べると6年間も無収入状態です。その分の補償もしなくてはなりません。
 しかしそうは言っても聖路加病院の日野原先生のように、その気になれば普通のサラリーマンより40年以上の長く働けますから、その分の収入も考えると獣医師や医師の収入はやはり多すぎるのかもしれません。
 開業医と勤務医の違いもあるでしょう。

と、あれこれ考えるうちに、
「あれ? そういえば加計問題どうなっていたんだっけ?」
と不意に思い出したりもしてきたのです。


                               (この稿、続く) 



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2017/11/24

「美の共振」〜展覧会をはしごしてきたC  芸術


 日曜日(19日)に行った国立西洋美術館の「北斎とジャポニスム HOKUSAIが西洋に与えた衝撃」と東京国立博物館の特別展「運慶」について書いています。
 続いて北斎。
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【ジャポニズムとは何か】
ジャポニズムとは何かというと、
「19世紀後半、写真の発明などによって行き詰っていたヨーロッパ芸術が、日本の浮世絵などの影響のもと、それを咀嚼し、昇華させて作り上げた芸術及び文化潮流」
と要約することができます。
 Wikipediaなどを見ると「日本趣味」といった表現が見られますが、あくまでも日本の影響を受けた「西洋の芸術」です。

 2017/11/16「日本にあこがれる魂」でも書きましたが、カメラの発達などによってヨーロッパの写実主義に限界が見えた時、様々なヒントを与えたのが日本の浮世絵をはじめとする絵画だったのです。

 考えてみると、
「絵の視点は画家の目の高さでなくてはいけない」
「遠近法に忠実で立体感がなくてはなくてはならない」
「物には影がつきものだ」
「事物は本物そっくりでなくてはならない」
「対象は樹木などに隠されてはならない」
「描く人物や物は画面からはみ出してはならない」
「動物や虫たちはそれ自体を描くものではない」
 日本の浮世絵を見たとき気づかされたのは、そうした知らないうちに身についてしまった西洋画の様々なルールです。逆に言えば画家たちは、そうした制約から一気に自由になる可能性を浮世絵の中に見たのです。

 その影響力の大きさは、パリに留学した日本人画学生に対してモネの言った、
「お前は日本に生まれながら、パリで何を学ぼうというのだ」
という言葉からも理解できます。

 モネは繰り返し繰り返し浮世絵を模写し、木々の間から見える風景や高い位置から見下ろす町並みといった浮世絵から構想を得た作品を多く描いています。
 「踊り子」で有名なドガは、今回の美術展のポスターにある通り、「北斎漫画」に登場する相撲取りの後ろ姿に魅かれ、腰に両手を当てる踊り子の姿を繰り返し絵の中に登場させます。
 セザンヌは故郷のサント=ヴィクトワール山を様々な視点から繰り返し描いています。今回、私は初めて知ったのですが、それはセザンヌ流の「富嶽三十六景」だったに違いありません。
 エミール・ガレの工芸品、電気スタンドや花瓶、飾り棚にも、北斎はふんだんに現れます。

 
【北斎を生み出した国の国民として】
 今回の「北斎とジャポニスム HOKUSAIが西洋に与えた衝撃」にはそうした事例がしつこいほどに提示されます。
「富嶽三十六景」をはじめ、「富嶽百景」「百物語」「北斎漫画」など、北斎ほど西洋の画家たちに研究されつくした日本人画家はいません。そんな北斎を生んだ国の人間として、私は非常に誇り高く思うのですが、美術展を企画した国立西洋美術館館長の馬渕明子さんはそうではないとおっしゃいます。

「葛飾北斎は確かにすごいが、それを吸収、発展させた西洋の芸術家たちがすごい。どちらが勝ちという問題ではないが、北斎を生んだ日本美術を誇るなら、その後、日本が北斎や北斎に連なるものを大事にしなかったことも反省しなくてはならない」

 確かにその通りです。
 私個人について言えば、浮世絵などの日本の絵画に心惹かれるようになったのは、ここわずか10年余りのことです。十代とは言いません、せめて40歳代になる以前に日本画の魅力に気付いていたら、もっと、もっと豊かな人生が送れたものを、と悔いるばかりです。
 この気持ち、若い人にも伝えたいものです。


【様子】
「北斎とジャポニスム HOKUSAIが西洋に与えた衝撃」は来年1月28日(日)まで、国立西洋美術館で開催されています。今のところものすごく混んでいるというわけではありませんが、会場の最初の部分の展示はほとんどがガラスケースに入った“19世紀の西洋の書籍に描かれた北斎”ですので離れたところが観ることができず、来場者が全員最前列に向かってしまうためとんでもない混みようといった感じになります。
 もったいないですが展示作品は山ほどありますから、ざっと眺めて先に進むのもいいかもしれません。

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2017/11/23

「教諭が生徒からかうLINE 上田市教育長が謝罪」  教育・学校・教師

「キース・アウト」――更新しました。

2017.11.23
教諭が生徒からかうLINE 上田市教育長が謝罪


先生方!!生徒はあなたのスマホを狙っている!!

 生徒が教師のスマホをのぞき見したら、LINEでとんでもないやり取りをしていた。
 そのとき、学校は、教育委員会は・・・。

※スマートフォンからはうまく飛べません。リンク先の下の方を探ってください。

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