2017/10/10

「ペットと『ありのままの最期』」  人生

     〜死をどう考えるのか@ 

 子どものころ、ペットのしていた犬に悲惨な死に方をされ、以来ネコより大きな動物は飼うまいと決めていました。

 ところが5年前、東京でマンション住まいをしていた娘が転居に際して飼っていたウサギを連れていけなくなり、また同じ時期、別な事情で妻が二羽のウサギを貰ってきて、結局突然、わが家は三羽のウサギのオーナー家族になってしまったのです。私が面倒を見ています。
 なぜなかよくわからないのですが、それまでも、中途半端な植物マニアの息子が置いて行った大小の鉢の面倒も見ていましたから、さしずめ私はこの家の「生き物係」なのです。

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 朝は植物に水をやってから三羽のウサギのトイレ掃除、エサや水の入れ替え、それから一羽ずつ朝の散歩。
 しかしウサギは犬のようにきちんと歩くことはできませんから、畑の隅にドッグランならぬラビットランをつくり、長いロープを渡してそこにハーネスのリードをくくりつけ、自由に行き来できるようにしました。

 一羽につき30分、三羽で総計1時間半。その間私はラビットランのすぐ横で、本を読むなどして時間を過ごします。わが家の近辺には野良猫が闊歩していて、しばしばウサギを狙うのでその場を離れられないのです。
 一年中というわけではありません。ウサギは寒いのも暑いのも苦手ですので(ワガママ)、夏の日中、冬期間は外に出すことができないからです。

 現職のころはこれがなかなか大変で、朝は5時までに朝食と出勤準備を済ませ、6時半まで遊ばせてそれから職場に向かうという忙しい日々を送っていました。しかし生き物を飼うのですから、それくらいは我慢しなくてはならないでしょう。
 そのウサギの世話が、しかし最近、重荷になっています。


【私の周りの“命”】
 もちろん仕事を辞めてからは世話自体は楽です。“散歩”も8時過ぎで構いません。問題はそういった具体的な手間ではなく、まもなくこの子たちとも別れることになるだろうという心理的な負担です。
 ウサギの寿命は6〜7年、娘のウサギは今年で7歳、妻の連れてきた二羽は6歳です。三羽ともそう遠からず寿命が尽きます。子どものころ悲惨な死なせ方をしたペットの犬のことが思い出されます。

 唐突ですが私の母は卒寿(90歳)、また義理の姉がステージ4のガン宣告を受けてからちょうど1年になります。昔、大病をした私だって分かりません。
 そんな状況で、ウサギの命を気にして毎朝「ウン、生きてるね」から一日を始めるのはなかなか気が重いのです。

 ペットを飼うという仕事はやはり周囲に“生”が満ち満ちていて、「誰も死なないと思い込んでいる」「死についてまったく考えずに済む」――そういう時期に済ませておくべきことなのかもしれません。
 子どものころ犬を死なせてそれだけで心の負担になったというのに、自分自身も含めた人間の命について考えなくてはいけない時期に、ペットの命のことを考えるというのは、人間にとってもペットにとっても失礼です。そして重荷です。


【NHK「ありのままの最期」】
 命と言えば日曜日の午後、総合テレビでNHKドキュメント「ありのままの最期 末期がんの“看取(みと)り医師” 死までの450日」という番組をやっていました。今年9月18日の遅い時刻にやっていた番組の再放送です。

どういう内容かというと、NHKのサイトによれば以下のようになります。
 始まりは2年前の12月。末期のすい臓がんで余命わずかと宣告された医師がいると聞き、取材に向かった。田中雅博さん(当時69)。医師として、僧侶として終末期の患者に穏やかな死を迎えさせてきた「看取りのスペシャリスト」だ。これまで千人以上を看取った田中さんの「究極の理想の死」を記録しようと始めた撮影。しかし、次々と想定外の出来事が…。看取りのスペシャリストが見せてくれたありのままの最期、450日の記録。

 番組の初めの方で、医師でもある田中住職はNHKとの打ち合わせで「放送の枠は・・・」と問われ、
「放送は全部終わって私が死んでお葬式の後くらいでいいんじゃないですか」と笑いながら答えます。また繰り返し
「死ぬのは怖くない」
「看取った患者から“死に方”を学んだから」

 そう語る住職に、NHKのクルーは言葉で語られた通りの、「究極の理想の死」を予感し取材を始めます。けれど“死”はやはりそう簡単ではなかったのです。


【しかし、次々と想定外の出来事が…】
 一番の誤算はNHKが、そして田中住職自身が、当然あると思っていた夫婦の意思統一が全くなかったことです。

 番組の早い段階で、食事時に死を面白おかしく語る夫婦の様子を映して、ナレーションは言います。
「間近に迫った死を深刻にとらえすぎない、夫婦の暗黙の了解だった」
 そんなふうに茶化しながら、しかし本当にぎりぎりの、具体的な問題についてはむしろ避けていたのかもしれません。

 田中住職は自らの死について、ふたつの条件を出していました。
 一つ目はDNR(蘇生措置の拒否)。心肺停止に際しての人工呼吸や心臓マッサージを含め、一切の延命措置はしないこと。
 第二に、持続的鎮静。最期の時は耐えがたい苦痛を抑えるために麻酔薬で意識を低下させ、そのまま眠らせ続けてほしい、そうした処置をとってくれということです。

 しかしあれほど多くの死を看取ってきたにもかかわらず、それを「どの瞬間に、どういうタイミングで行うか」ということについてはしっかりと話し合ってこなかったようなのです。

 人工呼吸器をいつ止めるか、胃ろうをいつやめるかといった形で、これまでとんでもなく多くの家族が苦しんできた点が、簡単に見過ごされてきてしまった――時期については当然分かっていると、そんな誤解があったようなのです。
                             (この稿、続く)

*なお、番組全編がyoutubeで見られますので、興味ある方はご覧ください。
 ありのままの最期 末期がんの“看取(みと)り医師” 死までの450日 0918 2017(50分)


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