2017/10/24

「見てきたもの」〜「箱根ラリック美術館」と「彫刻の森美術館」  芸術


 箱根へ行ってきました。
 一日目は箱根ラリック美術館の見学、それから箱根湯本の温泉宿に一泊して、二日目は彫刻の森美術館という簡単な日程です。
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【箱根ラリック美術館】
 箱根ラリック美術館というのは、アール・ヌーヴォー、アール・デコの時代に生きたフランス人のガラス工芸家、ルネ・ラリックの作品を展示する美術館です。

 アール・ヌーボーとかアール・デコというのは19世紀末から20世紀初頭にフランスやアメリカを中心に流行した美術の様式で、鉄やガラスといった当時の新素材を利用して工芸・建築・グラフィックデザインなどに展開した一大芸術運動でした。

 私はこの方面に詳しくないのですが、アール・ヌーボーといったら乳白色の厚手のガラス地に濃い色で植物を描いた花瓶とか、あるいはステンドガラスのようなランプシェード、そして先日、国立西洋美術館に来ていたミュシャのポスターなどが思い浮かびます。総じてブルジョア世界の高級生活文化といった感じのもので、豪華で装飾に過ぎる感じがしないわけでもありません。

 それに比べたらアール・デコの方は多少庶民的で(あくまでも比較上)、三角形や四角形の緻密に組み合わされたカットグラスとか幾何学模様の細かい門扉や浴室の壁、あるいはモダン建築といったものが思い浮かびます。

 19世紀末から20世紀初頭の、期待と不安、栄華と退廃の入り混じった不思議な芸術で、日本で言えば江戸川乱歩の小説に出てくる帝都大東京の印象、外国で言えばシャーロックホームズやエルキュール・ポアロの闊歩する旧市街、H・G・ウェルズ原作の無声映画「月世界旅行」に熱狂する人々、そうした雰囲気の世界です。

クリックすると元のサイズで表示します ラリック美術館の一番の呼び物はラリック自身が装飾を手掛けたオリエント急行の豪華サロンカー、その実車が展示されていることです。中に入って豪華な座席にゆったりと座り、ポアロの解いた謎の事件(「オリエント急行殺人事件」)やジェームズ・ボンドと殺し屋との格闘(「ロシアより愛をこめて」)などのことを思ってひとり悦に入っていたりしました(あ、家族も一緒ですが)。

 アール・ヌーボーもアール・デコも私はさっぱり好きではないのです。しかしどんな場合も行って損な美術館、美術展というものはそうはありません。それなりに楽しむ方法はいくらでもあります。
 客車のトイレを見て、
「あら、当時からもう洋式だったのね」
と言った家人の言葉に、思わず吹き出しそうになる自分を必死に取り繕ったというようなことも含めて、面白いことはいくらでも起きるのです。


【彫刻の森美術館】
「ラリック美術館」は初めてでしたが「彫刻の森美術館」は二度目です。
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 ただし彫刻も工芸同様苦手な世界で、知っている彫刻家と言ったら思いっきり古いところでミケランジェロ、ずっと手前にきてロダン、なぜか知っているマイヨールとジャコメッティ、この箱根で覚えたヘンリー・ムーア。
 日本人だと美術の教科書にあった高村光雲・光太郎親子、荻原守衛、中原悌二郎、そしてどこかで出会って気に入って、なぜか覚えている朝倉響子、それで知識払底です。
 じゃあまるっきりダメかと言うと案外そうでもない。

 絵画と違って彫刻や工芸など立体芸術は360度ぐるっと回ってみたり上から覗いてみたりするものなので、写真や図版では満足できず、どうしても本物をみないと始まりません。
 それだけに敷居が高いというか、取っ掛かりが悪いのですが、レプリカでもいい、小さなやつでいい、そばに置きたい、机に乗せて観賞したいと思うような作品は少なからずあります。

 彫刻の森美術館について言えば、ロダンの「バルザック」や朝倉響子の「アリサ」といった作品のことです。
「16本の回転する曲がった棒」なんて小型のものを机の上でぐるぐる動かしたらどんなに楽しいだろう、そんなふうにも思ったりします。
 ただしレプリカだって結構な値段がしますので、いつも迷いながら、しかし諦めて帰ってきます。

 今回の彫刻の森美術館、着いた時にはすでにかなりの雨が降っていたのですが、野外展示場を進むにしたがって台風21号がらみの風雨がどんどん激しくなってきて、ほんとうに大変でした。そんな中、野外彫刻の前で作業をしている人が何人もいて、例えばニキ・ド・サン・ファールという作家の「ミス・ブラック・パワー」では、巨大なハンドバッグをロープで地面の金属棒に固定したりしていました。台風対策です。
 そんな光景はめったに見られないのでさっそく写真にしようと思ったのですが、傘が風にあおられて支えているだけでも難しく、残念ながら撮ることができませんでした。

 そんなことも含め、いろいろあった二日間でした。
 



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2017/10/23

「箱根に行ってきました」  思い出

   〜信じられない人と信じられない宿の思い出

 WBA世界ミドル級タイトルマッチと台風21号と選挙結果が気になる中、21日・22日と事情があって箱根に一泊旅行に行ってきました(選挙は期日前投票済み)。
 一日目は箱根ラリック美術館の見学、箱根湯本の温泉宿に一泊して、二日目は彫刻の森美術館という簡単な日程です。何しろ雨の降り続く中で自由が利きません。
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 箱根はおそらく三十数年ぶり、三回目です。

【とんだ豪傑の話】
 初めて訪れたのはまだ独身の頃、東京でサラリーマンをしていたときのことです。
 箱根のどこを回って何をしたかまるっきり覚えがないのですが、確か会社の同僚との日帰り旅行で箱根湯本の駅で現地集合に遅刻した先輩を待ったこと、その先輩が二日酔いでしかも前日と同じ格好で現れたこと(背広に出勤カバン)、そして帰りの電車の中でふざけて若い同僚を投げ飛ばし、投げられた方が肩を骨折してそのまま新宿で入院したことなどが思い出されます。
 もちろん飲んだ上の狼藉です。しかも投げられた方は翌日から別会社に正社員としてし出社することになっていて、おかげで入社初日は新会社の上司に向こうから来てもらい、保険手続きなどをしてもらうという、慌ただしくも悲惨なスタートとなってしまったのです。

 投げた先輩は乱暴な人ではなく、元司法浪人で頭も切れ、話もとても面白いなかなかの好人物なのですが、とにかく酒が好きで週に三日は臭い息をしながら出社してくるような人でした。
 それくらい朝はいい加減なのに、会社の創立メンバーのひとりで多少の遠慮もあったのか、あるいは酒さえなければいい人という思い込みもあったのか、あまりとやかく言われることもなくきたのですが、あまりにも頻繁に遅刻するのでさすがの社長も腹に据えかね、いつだったか厳しい指導をしたことがあります。

 小一時間余りもこってり絞られて社長室から出てきた彼は、すっかりしょげた様子でまっすぐ私のそばまで歩いてきて、横に座ると、
「Tさん、私、今、社長にこっぴどく叱られて『仕事に差し支えるなら酒なんかやめてしまえ』と言われたんですが・・・・」
「はい」
「私はですね、酒を飲むために働いているんで、仕事のために酒を断つというのは本末転倒だと思うんですがどうでしょう?」

 どうでょう?などと聞かれたって、そんな社会規範に反するような難しい問題を投げかけられても、まだ若造だった私には返答のしようがなく、愛想笑いを凍りつかせたまましばらく相手を見ているだけでした。

 まだ若い同僚を骨折させた時点では酔いが相当に回っている状態でしたが、さすがに翌日には醒め、病院を訪れて平謝りに謝ったようです。しかしそれでも酒を控えるということはありませんでした。

 その年の秋、高雄山にハイキングに行った際も(もちろん背広に通勤カバンで)朝から飲みっ通しに飲んで、山道を登るうちに崖で足を踏み外して数メートル落下、そこで柵に引っかかってようやく止まりました。ただし顔は左の額から右の顎にかけて有刺鉄線の針がフランケンシュタインの怪物のごとく突き刺さり、さらに酔って暴れるために腕や手や、体のあちこちに突き刺さって血だるま状態。

 しかし酒の力というのは恐ろしいもので、本人は痛みを全く感じないのか、医者に行くと言っても「まだもう少し飲まんと行けん」とか言って大騒ぎする、ようやく山から引きずり出し(材木の山出し状態)、嫌がるタクシー運転手を説き伏せて、シートが血で汚れないように私たちの上着で体をぐるぐる巻きにして、やっとのことで病院に投げ込みました。
 そこでもアルコールのせいで、止血にも苦労したみたいです。

 その翌年、私は地元の田舎町に戻って教員となり、以後“先輩”との音信はなくなってしまいました。しかし噂によると数年後、40代で結婚をして一児の父となったそうですから世も捨てたものではありません。
 奇特な女性というのはどこの世界にもいるものです。多少生き方に改善があったのならいいのですが。


【あんな宿は以後見たことがない】 
 二度目の箱根行も中身はほとんど覚えていません。印象に残っているのは宿だけです。教員になって間もなくのことだったと思います。

 箱根というのはおそらく日本一宿代の高い温泉街で、しかもシーズンオフというものがありません。一年じゅう混んでいて一年じゅう高い。そこにフリで出かけたのですから、私がいい部屋に出会わなかったのもしかたありません。ただしそれにしても世の中にこういう宿が存在し、こういう部屋があるということを発見をしただけでも、意味ある旅でした。記憶に残る旅。

 なにが変かというと、とにかく玄関から部屋に行くまでの廊下が半端なく長い、途中何回かクランクを折れて小さな階段を上がったり下りたりしながら、右に曲がり右に曲がり、最終的にたどり着いたのはおそらく玄関のすぐ隣り、つまり大枠で四角く一周してきた感じなのです。別にそうやって一段高い位置とか一段低いところに移ったというわけではありません。とにかくもう少しお金をかけて造作を直せば、玄関まで10数メートルという場所へ延々200メートルも歩いたのです(帰りにも確認したので間違いありません)。

 さらに驚いたのは部屋そのものです。
 そもそも案内所で相談したときに、部屋に選択の余地がなく、
「トイレと内風呂付の部屋しかなくて、少しお高くなっていますが」
と紹介されたのが、少しどころかとんでもなく高く、それを我慢して入った部屋の構造がどうにも理解できないものだったのです。トイレがとんでもないところにあある。

 古いタイル張りの、内風呂としては大きすぎる浴室の、湯船の向こうの壁にトイレのドアがある、しかもかなり高い位置に。つまりかけ流しで24時間湯の入った湯船の縁に立ち、落ちないように風呂をまたいで扉を開け、中に入るトイレなのです。
 どういう設計思想でこれがつくられたのか。
 半分寝ながらトイレに入ろうとしたら行きか帰りのどちらか一回は湯船に落ちるだろう、そんな恐怖を感じざる代物だったのです。

 いまだったらすぐに写真に撮ってSNSに晒すところですが、当時は高価なフィルムをそんなものに費やす余裕がなく、証拠は残っていません。返す返す残念なことをしたと今は思います。

 もうあの宿は残っていないでしょうね。



【付記】

 村田は勝ってよかった。

 自民党はあそこまで勝たなくてもよかった。



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2017/10/20

「誰が教師を悪魔に育てたか」  教育・学校・教師

  〜福井県池田町中2自殺事件調査報告書を読んで

 最近ニュースになっている「福井県池田町中2自殺事件」は非常にわかりにくいものです。

 事件は、
 ことし3月、福井県池田町で中学2年の男子生徒が校舎から転落して死亡し、これについて町の教育委員会が設置した第三者委員会は、担任などから繰り返し厳しい指導を受けたことで追い詰められ自殺したとする調査報告書を公表しました。2017.10.16 NHK Web news
というものですが、各紙各局のニュースを調べても自殺に至るような深刻な問題が見えてきません。
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 記事にある内容は例えば、
「担任らから英語などの同じ課題を何回も与えられた」
「本生徒は、『副担任が宿題未提出の理由を言い訳だとして聞いてくれない』などと不満を述べた」
「副担任に宿題を提出しに行ったが、私が悪いんでしょと、ぶつぶつ言われた」
「副担任が、課題が出ていない、期限も過ぎている、どうするつもりかなどと問い質したところ、本生徒は、遅れたのは生徒会や部活動のためとした。副担任は、『宿題ができないなら、やらなくてよい』と言った。本生徒は『やらせてください』と言い土下座しようとした」

とか――。

 生徒はこの副担任を相当嫌っていたようですが、それには伏線があり、小学校時代、当時は家庭科の担任であったこの女性教師との間にトラブルがあってそれをずっと引きずっているのです。それは何かというと、
「当時ミシン掛けで居残りをさせられ、帰りのバスに間に合わなかったことがあり、生徒は家族に『副担任は嫌だ』と言っていたという」

 担任のとの関係も悪く、
「本生徒は、同委員会の担当であった担任から、大会当日の挨拶の準備が遅れたことなどを理由に、校門の前で、大声で怒鳴られた。目撃していた生徒は、(聞いている者が)身震いするくらい怒っていた、すごい怒鳴っていた、本生徒が可哀想と感じたなどと述べている」
 あるいは、
「平成29年1月か2月ころ、毎月1回開催していた月曜日の生徒会の日に、本生徒は職員室の前で、担任から『お前辞めてもいいよ』と大きな声で叱責された(叱責の原因は明らかではない)」
 そのために生徒は、
「僕だけ強く怒られる。どうしたらいいのか分からない」
と嘆いていたといいます。
 
 たくさん叱られて大変だな、とも思いますが、これで自死に追い込まれたと結論づけられるとそれはそれで戸惑います。この程度の叱られ方をする生徒なら、学校中にいくらでもいるからです。私の経験から言えば、少なくとも4〜5人はいる。

 10月17日のNHK「ニュース9」のキャスターは、
「報告書を読むと、教師たちにどんどん追い込まれていく生徒の様子が分かります」
と言っていましたが、肝心のニュース報道からはそれが伝わって来ません。


【小さな傷でも繰り返し与えればダメージになる】
 もちろんそのひとつひとつは小さくても、朝から晩まで、繰り返しやられれば心は傷みます。しかし報道された具体的な項目をまとめても、そうした様子は見えてきません。

(平成28年)
5月26日 登校しぶり。「副担任が宿題未提出の理由を言い訳だとして聞いてくれない」などと不満を述べた。帰宅後母に対し、「副担任に宿題を提出しに行ったが、私が悪いんでしょと、ぶつぶつ言われた」と話した。
10月9日 大会当日の挨拶の準備が遅れたことなどを理由に、校門の前で、大声で怒鳴られた。
11月18日 副担任は、「宿題ができないなら、やらなくてよい」と言った。本生徒は「やらせてください」と言って土下座しようとした。
(平成29年)
1月か2月ごろ 生徒会の日に職員室の前で担任から「お前辞めてもいいよ」と大声で叱責される。
2月上旬 忘れ物をした生徒を担任が強く叱責。
3月6日 担任から課題未提出の指導。早退を求める。
3月7日 登校しぶり。「送る会は最初から関わっていないので内容がよくわからない。担任から『どうなってるんや』と聞かれても、答えられない。僕だけ強く怒られる」
3月13日 宿題を提出できないことに関する副担任とのやり取りの最中に過呼吸を訴える。
3月14日 中学校で自殺。


 公表された内容は大体これくらいで、やはり「朝から晩まで繰り返し」という印象はありません。起きた事象がすべて記録されているわけではありませんし隠蔽された部分もあるかもしれませんが、それにしても事件それぞれの間が空きすぎていて「自殺に追い込まれた」といった雰囲気は感じられないのです。

 結局、私たちは、
「自殺という事実がある以上、それに相ふさわしい残酷な事実があるはずだ」
という推測をもって自分自身を納得させるしかありません。ほとんどのワイドショーの司会者はそうしていました。


【生徒は苦しかった】
 実はこの事件には、テレビや新聞報道を見ていただけでは絶対に分からない事実があったのです。それは一昨日、事件のあった池田町がサイト上に公開した「池田町学校事故等調査委員会 調査報告書(要約)」を読んで初めてわかったことで、そこにはマスメディアがあえて報道しなかった重大な観点が提示されています。

 小・中学校の担任からの聴き取りや本生徒の書いた文章から、本生徒は、バランスのよい文字を書くことや、マスの枠内に文字を収めることが苦手であることがわかる。また、文章を書くことも得意でなく、自分の考えを論理的にまとめて文章表現することを苦手にしていた。 一方、小・中学校の担任・教員からは、本生徒が感情のコントロールが不得手であることが報告されている。また、真面目で、優しく、努力家であるが、対人関係が器用ではない一面もあり、本生徒は対人関係で傷つくことも多かったと思われる。その結果、独り言が増え、ひとりで抱え込む姿がしばしば目撃されている。これらの点から鑑みると、専門機関での診察や検査を受けておらず断定はできないものの、本生徒には発達障害の可能性が想定される。
 それですべて合点がいきます。

 生徒が「小学校時代に居残りをさせられて、バスに乗り遅れたことがある」といったつまらない理由で副担任を毛嫌いしたことも、
「宿題ができないなら、やらなくてよい」と言われて「やらせてください」と言いだして、土下座しようとした、といった極端な反応も、
 ミシン掛けや宿題や、学校行事のあいさつ文など、必要なことがなかなか間に合わないことも、
 私が見てきたある種の子どもたちに特有な共通点です。

 そして同時に、「(たぶん生徒会を)お前辞めてもいいよ」と言われて本気で辞めなければならないと思い詰めた可能性も、「僕だけ強く怒られる」と本気で思い込んで苦しんでいたことも容易に想像できます。

 3月の過呼吸事件の様子を、もう少しく詳しく引用しましょう。
 平成29年3月13日(月)、朝の会後、本生徒が副担任に、「宿題を出せません」と申告した。副担任が理由を聞くと、部活で怪我をしたためと説明した。副担任が何日も前だからできたはず、どこまでやったのかと問い、課題をみたところ、本生徒がやってあると説明したところもできていなかった。わかったよと言うと、本生徒は「やったんや、やったんや」と言いながら泣き出し、過呼吸だと言って副担任にビニール袋を求めた。
 ほんとうに切なくなるような状況です。たかが宿題をやっていないことがバレただけで、中学2年生の男の子が泣き過ぎて過呼吸になるのです。陰惨としか言いようがありません。


【一方、教師の方も困っていた】
 学校で最重要の価値は「平等・公平」です。
 これをきちんと守れないと「エコヒイキ」と言われ、生徒から最も嫌われる教師となります(もちろん自分がエコヒイキされる場合の抵抗感は少ないみたいですが)。
 したがって教師はAに対して行ったことをBにも行うよう厳しく自分を律します。極端に言えばミリ単位で一致するよう気を配るのです。
 Aに許したことはBにも許さなければならない、Aに禁止したことはBにも禁止しなくてはいけない。

 この不文律には例外もあって、それは「全員で納得できる合理的な理由がある場合」は別になります。
 例えば「給食は残さず食べましょう」というルールは全員に共通のものですが「アレルギーがあるから牛乳は飲めない」となれば例外扱いできます。「嫌いだから飲めない」は理由になりません。

 池田町で自殺した生徒にはできないこと、うまくいかないことがたくさんありました。大部分は障害からくるもので本人も苦しんでいたのです。
 けれど同時に、学校というのは児童生徒の前にハードルを置いて「さあ跳べ」という場所です。叱咤激励し、無理強いすることが日常なのです。「できなければいいよ」「うまくいかなければそのままで」というわけにはいかないのです。

 ですからほんとうは、生徒が発達障害という診断を受け、それをクラスで公表したうえで「この子のこういう部分については認めて行こう」「ときどき宿題や課題をやってこないこともあるけど、それは障害特性で本人が怠けているわけではないから気長に見て行こう」、そんなふうに生徒同士、教員同士、そして学校全体で合意して、みんなで対応していけばよかっただけなのです。そうすれば担任も怒鳴らずに済んだ、できないことを無理強いせずに済んだのです。
 しかし障害の重さや様相によって、それが可能な場合とそうでない場合とがあります。池田町ではそうはいかなかったのかもしれません。


【もちろん感情の問題もある】
 池田町の自殺した生徒にはできないこと、うまくいかないことがたくさんありました。本人も苦しんでいたのです。しかし外見は必ずしも“たいへん苦しい切ない子”だったとは限りません。
 20年前に私が初めて担任したアスペルガーの子どもについて、主治医が説明した障害特性は次のようなものでした。 
「我ままで身勝手、何もしない癖に、プライドは高い」

 その後たくさんの子どもたちと会ってそれがすべてではないことはわかりましたが、20年前の担任の子はまったくその通りでした。
 同情したくてもあまりにも可愛くない、可愛くないけど同情し、支えていかなければなりません。ですから頭に来た時は一歩引きさがり、職員室かなにかでしばらく頭を冷やして、それから再び戦場に戻るのが常でした。大変なのは教師も同じなのです。

 池田町では生徒から「ネチネチとしつこい」と表現される副担任は早々に諦めてしまったみたいで、「宿題ができないなら、やらなくてよい」と言ってみたり、どこまでやったのかと問い、課題をみたところ、本生徒がやってあると説明したところもできていなかったにも関わらず、深く追及することもせずに「わかったよ」と言ってしまう根気のない態度でした。

 しかし担任の方はそうではなかったようで、いつまでも大声で怒鳴り、締め上げようとします。もちろん私のように本気で頭にきているときがあり、それと同時に力づくでやらせようという思いもあったに違いありません。
 それが事態を事件へと導きます。


【けれど教師にも学校にも同情はしない】
 報告書は二人の教員を次のように断じます。
 専門機関での診察や検査を受けておらず断定はできないものの、本生徒には発達障害の可能性が想定される。 本生徒の場合、小学校当時に比べ成長を見せていたことなどから判断は容易でなかったとは思われるが、その可能性を意識していれば、本生徒への対応は変わっていた。また、発達障害の有無に関わりなく、本生徒の状況をよく観察すれば、本生徒の課題未提出や生徒会活動の準備等に対し、厳しい指導叱責が不適切であることに気づくことはできた。
 しかし、担任、副担任とも、本生徒の性格や行動の特性、気持ちを理解しないまま、宿題等の課題提出や生徒会活動の準備の遅れを理由に、担任は大声で叱責するなどし、副担任は執拗な指導を繰り返した。


 私はこの結論に異論を差し挟むつもりはありません。
 20年前の教師ではないのです。どうやってもうまくいかない児童生徒がいたら、発達障害の可能性を考え、医療に繋げることも含めてありとあらゆる手を打たなければならないことは今日の常識です。それを怠ったという意味で責任は免れないでしょう。

 そして同時に、問題を学校全体のものとして職員会議のレベルまで引き上げ全員で考えようとしなかった同僚にも責任があり、そうした体制を築かなかった校長の責任は最も重いと言えます。これを機に、福井県教委ももう一度指導の見直しを図る必要があるでしょう。


【だがこれはハラスメントではない、いじめでもない】
 ここまできちんと調べてみると、事件の姿は実によく見えてきます。私が手にすることの出来たのは報告書の「要約」だけですが、マスメディアの方にはさらに詳しい本編があって担当者は読んだはずです。それにもかかわらず、ニュース報道から「発達障害」を外すことによって事件をとんでもない方向にリードしようとしています。

 現在ネット上に飛び交っているのは、ひとりのいたいけな生徒を集中的に追い詰めた悪魔のような二人の教師の物語です。彼らは尋常ならざる言葉の暴力としつこさによって、生徒を3階廊下の窓へと誘い込み、そして蹴落としました。教員にはそういうヤツがいるのです。しかも二人は現在もノウノウと教員を続けています。

 彼らを殺人者として吊るし上げろとあちこちで言論の狼煙が上がっています。名前が特定され、校長・教頭とともに晒されようとしています。
そこには事件を教訓として、より良き道を探ろうといった意志はみじんも感じられません。
 マスメディアがつくった道はそこへと続いているのです。



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2017/10/19

「たくさんの中からひとつを選ぶ。ふたつにひとつ」  

          〜選択肢の問題

 誕生日が近いというので、妻が私を靴屋に連れて行ってくれました。スーツのための革靴はいいものを持っているので、ジーパンにも合うような普段履きを買うつもりで出かけました。

 靴屋に着くなり、私は棚の上に光り輝く、私好みのバックスキンの茶色のシューズを見つけます。値段を見るとそれこそ目玉が飛び出るほど高価なのですが、妻が「いいから、いいから」と言うので甘えました。
 さらにその上、「もう一足、運動靴はどう?」と妻が言うので運動靴の棚を見ると、そこにも光り輝く私好みのウォーキング・シューズが――。こちらもいい値段でしたが迷わず買うことに決めました。
 その間、約5分。
 すごいでしょ?
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(買った運動靴。バックスキンの方は注文生産なので後日引き渡し)

 本来決断力のない私が、なぜそんなに早く決めることができたかと言うと、そもそも選ぶ対象がなかったからです。

 その店にはカジュアル・シューズと言ってよさそうなものははせいぜいが10足。運動靴に至っては5・6足しかありません。似たようなものは並べてないのでそれぞれ個性的、印象も機能もずいぶん違うのでひとつ選ぶと他は全部「気に入らない」枠に分類できます。とても分かりやすい選択でした。
 値段についても大して選択肢があるわけではないので、軽く清水の舞台から飛び降りることができます。後悔なんてあとですればいい――。


【アリス】
 選択肢と言えば私は昔、「アリス」という童話を書いたことがあります。短いものなのでここにも載せます。

アリス

 ある日アリスは一人の女神に出会いました。
女神はアリスに向かって、こう言いました。

『アリスよ、あなたの願いを一つだけかなえてあげましょう』
 そこでアリスは答えました。
『ドレスがほしいの』
 女神はさらに言います。
『それではここに100枚のドレスがあります。どれでも好きなものを一つお取りなさい』

 アリスはすっかり喜んでさっそくドレスを選び始めましたが、何時間かかっても選ぶことができず、すっかり困ってしまいました。

 本当に困り疲れ果てたところに一匹の悪魔が訪れ、
「アリス、お前の悩みは分かってる。オレが97枚奪ってやろう。この97枚はつまらないドレスだ。お前は残りの3枚の中から一つだけ選べばいい」
 そう言います。

 アリスは程なく1枚のドレスを選び終わると、小さくこう呟いたのです。
『悪魔って本当にステキだわ』


 この童話の言わんとするところは、「100枚のドレスから1枚を選ぶ選択は、結局のところ99枚を諦めることでしかない」ということです。3枚から1枚を選ぶなら、諦めるのは2枚で済みます。

 私は若いころ自分のことを天才だと思っていましたから(ただし何の天才かは分からない)進学や就職の際には大変苦労しました。早い時期に凡才と知って自分にできそうな2〜3の職業からひとつを選べばよかったものを、天才だと誤解したために諦めなければならない可能性が山ほどあるように感じたのです。自由というのはシンドイものです。
 「アリス」の原型はそのころ考えました。

 しかし選択肢は少なければ少ないほど幸せ、というわけには行かないのももちろんです。


【投票日が近くなって】
 私が現在悩んでいるのは、選挙区選挙で誰に投票しようかという問題です。

 5人にいる立候補者のうち、3人は圏外ですからここに入れれば死票です。訴える政策にも賛成できません。

 抜きんでた二人は紙一重の接戦を展開していて、どちらが勝つのか予断を許さないのですあが、とりあえずその前に、とにかく二人とも人格に問題がある、と 私は感じているのです。
 どちらにも入れたくない。

 最悪の場合は白票とも思っていますが、今のところは思案中です。

 それにしても小選挙区制――責任ある野党を育て、二大政党制という安定した形態を整えると説明されますが、共和党か民主党か、労働党か保守党か、といった選択肢がふたつしかない制度の、どこがいいのか私にはさっぱりわかりません。

 昔の中選挙区制みたいに、支持政党は別にあるのに、反対党に一票入れ少しお灸を据えるといった匙加減ができませんから、小選挙区制は本当に悩ましいいところです。

 白か黒か、右か左かといった二者択一は、もともと日本人には不向きかとも思うのですがどうでしょう?





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2017/10/18

「あのお父さんは怖いけれど厳しくありません」  教育・学校・教師

      〜アキラの弁明

 それはもちろん普通の人はひとりかふたりしか子育てをしないし、仮に5人6人と育てたとしても子どもにはそれぞれ個性がありますから、同じように育てたつもりでも同じには育たない、その意味では親はすべて子育ての素人のまま生涯を送るわけで、うまくいかないのもあたりまえです。

 それが当然なのですが、それにしても、子育ての下手な人はあまりにも下手で、天才的な人は天才としか思えないようなやりかたですんなりと問題をすり抜けて行ったりします。その差は何なのでしょう?

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【先週の芸能ニュース】
 先週の芸能ニュースの筆頭は、
「(物まね芸人清水アキラの3男)清水良太郎容疑者、覚せい剤取締法違反で警視庁に逮捕」
でした。
 デイリー・スポーツの記事によると、
 物まねタレントの清水アキラの三男で、タレントの清水良太郎容疑者が12日までに覚せい剤取締法違反の疑いで警視庁に逮捕されたことが分かった。
(中略)
 良太郎容疑者は2月に俳優の遠藤要とともに違法賭博場への出入りが報じられ、芸能活動を謹慎。6月に仕事復帰した際には「本当に世間をお騒がせして申し訳ありませんでした。ここから新たな気持ちで仕事に励んでいきたい」と陳謝したばかりだった。2017.10.12 デイリー・スポーツ
とのこと。

 芸能人のボンボンにはありがちな話で、ワイドショーでも同情的な話は一切出てきません。当然ですね。
 ただし父親の清水アキラに対してはさまざまな意見が出ていて、
「2回もやらかすとは親の教育が相当悪かった証拠」
「親の七光りでちやほやされてきたんだろ」
「親の力でちょっと謹慎してすぐ復帰」

と批判する人もいれば、
「親が謝罪する姿を見て、いたたまれない」とか、
「30歳にもなろうという息子の責任まで取る必要はないだろう」とか、
「あの涙の姿は本物だ」とか、
 同情の声はむしろ芸能界内部から出ているようです。

 ただし、(ざっと見で私の見落としかもしれませんが)清水アキラ氏の謝罪会見の中にあった、「うちは人の家以上に厳しくて、何かあればひっぱたいたりしてたんで
 という言葉に引っかかって何かを言おうとする人はひとりもいないようで、だから私が一言申し上げます。
 何かあればひっぱたく家は、厳しい家ではありません。


【あの家のお父さんは怖いけれど厳しくありませんよ】
 私が若いころ、先輩の先生(教員としては先輩ですが実は年下)から教えてもらった珠玉の言葉です。ひとりの女の子の指導に困っていた時、その子のお兄さんの元担任だった人が言ったのです。
 
 私はすぐにその意味を理解しました。
 その子の父親は何かがあるとすぐに怒鳴り上げて殴る人で、私の悩みもそこにあったからです。いきなり暴力になるので親に相談できない、そのくせ普段はほったらかしなのです。娘は常に、相当危険な場所を歩いているというのに・・・。

 では厳しい親というのはどんな親なのか――。

【厳しい親】
 私は以前、サイトの方でこんな文章を書いたことがあります。
 マスコミは「教師は丁寧で懇切な指導をする代わりに、すぐに決まりをつくってそれに頼ろうとする」などと平気で言うが、「決まりだから」と言えば子どもはすぐに従うと思い込んでいるのかもしれない。
 そんなことはない。
 どんな場合でも、決まりは守る方より守らせる方がしんどいものだ。
 どのくらいしんどいかは、指定暴力団と警察の関係を見ただけでも分かる。組織力も投入資金も、警察の方が圧倒的に上だ。

「明日から毎日3時間ずつ勉強しろ」と叫ぶ以上、親は翌日から本当にやっているか確認しなければならない。
 少なくともとりあえず、3時間は息子のそばにいなければならない。
 それも1年365日毎日だ(もちろん、3時間学習ができるようになったら目を離してもいい)。

 たとえ側にいることができても(ホントにできるか?)「見ている」ことと「やらせる」ことは別問題だ。
 考えているフリをしているだけの息子の頭の中を、どう管理して行けるのだろう?
 結局、一月ほどほったらかしにしておいて、「あれほど『やれ』と言ったじゃないか」と怒るしかなくなる。
 息子からすれば30日間我慢して勉強するより、1〜2時間怒られてる方が絶対楽だ。

 怒鳴りまくって暴力をふるう「恐ろしい親」はけっこういるが、毎日チェックし続ける「厳しい親」はめったにいない。
 守らせることのできないことを平気で言うから、子どもは決まりなんか守らなくていいと考え始める(他に道がないものね)。

「ああ言えばこう言う事典」→「基礎編」→「『お前とは話にならん!!どうでもいいから、明日から毎日3時間ずつ勉強しろ!』……7」→「7、できもしないことを言うからあとで切羽詰る」)

 厳しい親はブレるということがありません。誤りがあれば訂正するかもしれませんが基本的には頑固です。
 自分の中に価値観が確として確立していて、それを守るためには全力を尽くします。

 それは武道の達人のような人で、身の回りに価値観に抵触するような危険があると、反射的に体が動きます。
 例えば「嘘をつかない」ことに重きを置いているとしたら嘘をつかれた瞬間、あるいは嘘の匂いのした瞬間、間髪を置かず戦闘モードに入り徹底的に追及して容赦しません。事態が明らかになるまで、最も効果的な方法でいつまでも追求し続けます。
 したがって清水アキラ氏の謝罪会見にあったような次のような会話は成立しないのです。

(息子が)
「尿検査した」と(言うので)、
「お前大丈夫なのか」と聞いたら、
「いや何もない」と、
「お前本当に大丈夫なのか、万が一のことがあったらたいへんなんだから言えよ」と、
 そうしたら
「何にもないよ」ということで、その場は終わりました。
――その段階ではアキラさんは息子さんの言葉を信じていましたか?
 はい。



【効果のないことはしてはいけない】
 私は実践家ですので効率を考えます。
「お前大丈夫なのか」と聞いて正直な答えが返ってくるようならもちろん聞きます。しかし不正直な答えの出てくる可能性があるなら絶対に聞きません。
 なぜなら「聞いて」「嘘をつかれて」「その嘘が暴けないまま終わる」ことは、その子に「嘘をついても通る」と教えることになるからです。そういう学習をさせてしまう――。

 少しでも怪しいと思ったら本人に聞かず、黙って警察に行って待たせてもらえばよかったのです。もちろん行ったところで教えてもらえるとは限りません(たぶん教えてはくれないでしょう)。しかしいざとなれば親父はそこまでやる、ということを息子に伝えることはできます。どうせ学習させるなら、学ぶべきことは「親父は騙せない」ということです。

 殴ることに関しても同じです。殴って効果があれば殴る。
(これには異論噴出かと思いますが、とりあえず聞いてください)

 古人の曰く、「ツのつくうちは叩いて教えろ」。
 ひとつ、ふたつと数えて九つまでは叩いて教えて構わない、叩いて教えなければわからないという教えです。数え年の九つですから今で言えば7・8歳というところでしょう。もちろん頭なんか叩いてはいけない、「お尻ペン!」で十分です。
 しかしそれ以上の歳になったら今度は絶対に叩いてはいけない、殴らない。

 道徳的な見地から言うのでも、「心に傷をつける」といった心理学的見地から言うのでもありません。費用対効果(コスト・パフォーマンス)があまりにも悪い、殴っても恨まれるだけだからです。

 清水アキラ氏の会見の中にこんな言葉がありました。
 闇カジノの時も、呼びまして、
「おまえはいっていたのか」と聞きましたら、
「行っていた」というので、
「夜中にどこ、ふらついてんだ」と俺に殴られた。
――殴った?
 はい。
――そしたら?
 黙ってました。


 黙ったまま、清水良太郎が何を考えていたか――容易に想像できそうな話です。
 大人なんか殴っちゃいけません。それで反省するような人はいません。
 大人を殴れば復讐されるだけです。


【誰が親を支えるか】
 最初に戻って、
 しかしそれにしても、子育ての下手な人はあまりにも下手で、天才的な人は天才としか思えないようなやりかたですんなりと問題をすり抜けて行ったりします。その差は何なのでしょう?
 その答えはわかりませんが下手な人が下手なのは、本人の責任ではなさそうです。「知らない」「分からない」「できない」のですから。

 そういう親には、正しいやり方を誰かが伝えなければなりません。
 そしてそれが最もやりやすい立場は、その子の担任保育士、担任教師、そして周囲の先生たちです。
 もちろん立場はやりやすくても、やることが簡単というわけではありませんが、他に人は存在しないのです。


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2017/10/17

「更新しました」  教育・学校・教師


「キース・アウト」

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