2017/9/29

「学校の(痛)快談」  教育・学校・教師

  〜(goo)今では信じられない!昭和の常識ランキングA
 
 9月25日のgooランキング「今では信じられない!昭和の常識ランキング」で特に上位に挙げられたのが学校に関する項目でした。

8位 部活中などに水を飲んではいけない 98票
19位 学校で先生にゲンコツやビンタされても問題にならなかった 63票
20位 学校給食に鯨肉が出ていた 62票
21位 給食にご飯がなく、パンかソフト麺だけ 60票 
22位 真冬に小学生が男女問わず上半身裸で乾布摩擦 59票
44位 牛乳に溶かして飲むミルメークが給食に出ていた28票
48位 小学生のなりたい職業として野球選手の人気が高かった 19票


 ただし「今では信じられない」となるともっと驚く項目はいくらでもあるはずです。

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 例えば、
「中学校の男子は校則で全員丸刈りだった」
とか、
「スカート丈に決まりがあって毎週先生が物差しを使って測っていた」
とか、
「体育の授業の前には男子が教室内で、女子は廊下で着替えていた」(*1)
とか、
「日直当番はストーブに火をつけるための薪をもって登校した」
とか。

 あるいは、
「カレーには肉の代わりに鯖缶のサバが入っていて、お椀の中で細かな銀のウロコがキラキラ光っていた」
とか、
「脱脂粉乳という生暖かく中途半端に甘いミルクが毎日出され、とんでもなく不味いのでお代わりをすると英雄だった」
とか――。
(*1)三番目の着替えについては、男子の場合、ズボンを脱いで一瞬パンツ姿にならなければいけなかったため。女子はスカートの下で運動ズボンに着替えればよかった。上着は頭から被って、その下から見事にブラウスを引き抜いた。

 しかしそうした極め付きのものが載ってこないのは、やはり選択肢を作成した人の限界なのでしょう。印象としては30歳代の担当者が、自分自身の経験と他人から聞いた話を混ぜ合わせて出した、といった感じ。
 「学校給食に鯨肉」が出たり「男女問わず上半身裸で乾布摩擦」をしたりしたのはものすごく昔のことですし、「ミルメークを給食に出ていた」なんて昭和も最終盤のことです(昭和42年発売。ただし全国に広まるには少し時間がかかった)。
 そもそも「ミルメークは今はないのか?」という問題もあります。 

 考えてみると昭和は64年(元年と64年はそれぞれ一週間しかありませんでしたから実質的には62年)も続きましたから一言でくくるのは厄介なのです。


【昭和中期・後期】
 昭和20年までの学校と以後の学校が違うことは誰でも想像できます。では後の44年間はおおむね似たようなものだったかというとそうではありません。何となくではありますが、昭和50年までの30年間(*2)とあとの14年間とでは、ずいぶん雰囲気が違っているように感じるのです。学校ばかりか社会全体が違っていて、学校はそれを反映しただけだと言えるのかもしれません。
(*2)この30年間も「戦後」と「ポスト戦後」で別れると思うのですが、私が子ども過ぎて実感として分からないのです。

 具体的には第一次オイルショック(高度経済成長期の終焉)が昭和48年(1973年)11月。
「いい高校からいい大学に進学して、いい企業に入れば幸せになる」
と言えば今も昔も馬鹿にされますが、少なくとも高度経済成長期に「いい高校からいい大学に進学して、いい企業に」入れば“豊かになれる”ことは確実でした。電気冷蔵庫や電気洗濯機、自家用車や家が買えて、生活が楽になるというのは事実だったのです。

 努力すれば幸せになれる――必ずそうなるとは言えませんが、少なくともそう信じることのできる時代でした。それが昭和48年に突然終わった――。
 それと同時に私たち日本人の欲望にも、限界が来ました。「これが手に入れば幸せになる」といったモノやコトがほぼなくなったのです。
 
 電気冷蔵庫・電気洗濯機の普及率がほぼ100%になり、電気掃除機とカラーテレビの普及率が90%を越えたのは昭和50年(1975年)のことです(主要耐久財の世帯普及率の推移)。高校進学率が90%を越えて頭打ちになったのもこの時期でした。

 以後、時代はすっかり変わり、昭和の最終盤のバブル期も含め、頑張って何かを手に入れれば幸せになるという時代は二度と戻ってこなかったのです。
「荒れた学校」が穏やかになり、「登校拒否」という名で不登校が社会問題となり始めたのもこのころからでした。


【誤解される昭和】
「今では信じられない!昭和の常識ランキング」に戻ると、
「学校給食に鯨肉が出ていた」「真冬に小学生が男女問わず上半身裸で乾布摩擦」は明らかに昭和50年以前の話です。

 クジラ漁は昭和41年(1966年)ごろをピークとして資源減少とともに次第に縮小され、昭和51年(1976年)には各水産会社ごとの操業はやめてしまいましたから学校給食に回ってくるはずもありません。
 ついでに言うと、もしかしたら「学校給食に鯨肉が出ていた」はものすごく高級な食材が食べられたという驚きをもってランキングされたのかもしれませんが、この場合の“鯨肉”はそういうものではありません。ものすごく固くて不味くて、半分以上は大きな塊のまま飲み込まなくてはいけない、そんなものだったのです。ちっともうれしくなかった。

「真冬に小学生が男女問わず上半身裸で乾布摩擦」も小学校の1・2年生までで、おそらく昭和40年代にはなくなっていたと思います(少なくとも私の住む地域では)。

 誤解といえば「部活中などに水を飲んではいけない」は部活に限ったことではありません。「運動中に水を飲むと疲れる」というのが当時のスポーツ界の常識で、学校ばかりか世間一般でも水を飲まないことが奨励されていました。
 伸身で行う腹筋運動やうさぎ跳びも、昔は常識だったのです。それだけです。


 ところで「給食にご飯がなく、パンかソフト麺だけ」はどういう思いでランキングされたのでしょう。
「パンやソフト麺だけでかわいそうだな」ということなのか、単純に不思議だったのか――。

 戦後30年近くもパンとソフト麺だけだった学校給食に、米飯が入ってきたのは昭和51年(1976年)のことでした。
 子どもたちにおいしいご飯を食べさせたいという(当時の)文部省の思いやり――ではありません。余剰米対策です。

 日本人の食生活の変化によって昭和40年代に米が余り気味になり、昭和45年(1970年)からは生産調整を行ってきたのですがそれでも間に合わず、古米・古古米処理の妙案として学校給食が注目されたのです。
 米飯給食を始めるには米を炊いて保管(保温)する施設が必要ですから、こんな事情でもない限り予算を回すはずはないのです。

 対米公約である企業の週休二日制を促すための学校五日制、ダイオキシン対策のための焼却炉の廃止、「タバコのない社会」推進のために学校敷地内禁煙――国が何かをしようというとき、まず学校を思い浮かべるのは今に始まったことではありません。
 
「学校で先生にゲンコツやビンタされても問題にならなかった」
 私の中学校時代の同級生は先生に殴られて鼓膜を破られたり前歯を折られたり・・・さすがに隣のクラスの悪ガキが奥歯を折られた時には私たちもビビリました。
 やられた分くらいはやり返してもいいはずだと思って教師になった(冗談です)とたん、世はすさまじい勢いで体罰撲滅の方向に流れ始めて今に至っています。

 もちろん体罰なんかない方がいいに決まっています。しかし体罰という「有効な抑止力」を失って、私たちは途方にくれました。それに代わるものがなかったからです。

 平成以降の先生たちは、それを言葉だけでやってしまうのですから大したものです。
 

                             (この項、続く)



2

2017/9/28

「来週のキミたちを楽しみにしている。トランプがんばれ!」  教育・学校・教師

       〜9月末の希望と憂鬱
 
 いよいよ明日で9月の授業日が終わります。ということは4月から数えて6カ月、平成29年度の前半が終わるということです。

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【来週のキミたちを楽しみにしている】
 土日休業を挟んで来週の月曜日、元気良く登校してくるはずの児童生徒は、今日明日のこの子たちと同じではありません。同じであってはいけません。
 学年後半の、やがて新学年・新しい学校・新しい世界へ進む、その出発準備を始めようとする子どもたちなのです。そうでなくてはなりません。

「横綱は横綱になってはじめて横綱らしくなる」と言われるように「地位が人をつくる」「役が人をつくる」ということがあります。有名な「ピグマリオン効果」もある。親や教師が子どもを定義づけ、そうなるよう期待することで、子どもはそうなる――そうした面があります。

「衣替えで夏服を整理して、来週、新しい服装で登校してくるキミたちは、今日のキミたちと同じじゃない。もう今年度を折り返してしまった、立派なこの学年の児童(生徒)なのだ。引き返すことはできない。
 もしも今、まだまだ自分はこの学年にふさわしくないなと感じているなら、たった2〜3日しか残っていないけど、その間に一気に成長してもらわないと困る。
 しかし大丈夫。
 “火事場の馬鹿力”といっていざというときは普通にはない力が出るものだ。それにそれでも無理っぽかったら、せめて“そういうフリ”ができるようにしておこう。“フリ”をずっと続けていくと、案外早く身につくものだからね。

 私も来週は“年度後半の先生”に生まれ変わってくる。そしてキミたちをちょっと大人扱いすることにしよう。だけどもちろん、それはキミたちに幼い行動があったら叱るってことなんだけどね。
 キミたちはまだ子どもで、すごく大切なことでもすぐに忘れてまったり頑張り切れなかったいするときがある、そんなとき、その大切なことを思い出させ、後ろから“うんこらしょ!”って押し上げるのが私たちの仕事だからだ。

 頑張ろう、来週のキミたちに期待している、来週の週明けをこころから楽しみにしている――」


【気持ちが重い】
 さて、今日は昨日の続きでgooランキングの「今では信じられない!昭和の常識ランキング」について、特に学校内の常識、例えば「真冬に小学生が男女問わず上半身裸で乾布摩擦」(22位、59票)といったことについて書こうと思っていたのですが、事情があってなんとも気持ちが重く、軽く楽しい文章を書ける気がしなくなって内容を保留することにしました。

 どのくらい気が重いかというと昨年11月9日、アメリカ大統領選挙の開票が始まる直前(2016/11/9「アメリカ大統領選挙の憂鬱」A〜子どもに説明できない)と同じくらい気が重いのです。

 それは昨日、「民進党と希望の党が事実上の合流に向けて最終調整に入った」というニュースが流れたからです。マスコミ各誌各局によって様相がだいぶ違うのですが、小池百合子代表が大連合のトップとなり、その場合は東京都知事を辞し、自ら衆議院選に立候補するといいます。
 そうなると政権交代もありうる強烈な布陣です。しかし今の政権交代は困る。


【日本の不幸】
 思い返せば「阪神淡路大震災」の際の首相は村山富市社会党委員長、「東日本大震災」のときは菅直人民主党代表でした。何も政権は常に自民党になければならないというわけではありませんが、危機の時だけは別、官僚を使いこなす経験の乏しい人たちに内閣は任せられないという思いがあります。その意味で二つの震災が、政権担当者としては素人に近い人たちの元で起こったということは、日本にとって二重の不幸だったと思うのです。

 そして今、二つの震災に匹敵するような大きな危機が日本に迫っています。
 北朝鮮問題はおそらく一年以内に一応の解決をみます。戦争か内部崩壊かそれともコントロールの利かない核ミサイル大国の誕生か、いずれに帰趨するか分かりませんが、今のままで済むはずはありません。その危急存亡の秋、「トランプさんはじめまして」「プーチンさんはじめまして」では話にならないと思うのです。


【トランプにも頑張ってもらわなくちゃ】
 一方合衆国では、ここ一週間ほどのトップニュースは「トランプ v.s. NFL」問題で、北朝鮮は2番手以下に押しやられているそうです。トランプについてはここにきて、さらに「ロシア・ゲート捜査の進展」「側近の私用メール問題」など足をすくわれそうなニュースが次々と出てきています。

 私は一貫してドナルド・トランプが大嫌いですが、ふたつだけいいことがありました。
 ひとつはトランプ当選のおかげで誰も「トランプが大統領だったらこの問題も簡単に解決してくれたに違いない」という幻想を持たずに済むことです。
 もうひとつは、彼が日本の首相の言うことをよくきく点です。おそらく各国元首の中で現在のアメリカ大統領にこれほどの影響力を持っているのは安倍首相だけでしょう。歴史的に見ても、アメリカ大統領が日本の首相にすり寄ってくるなどということは例がなかったと思います。

 安倍首相は口を開けば「戦争は絶対に避けなければならない」と言っていますが、さらに避けたい別のことも考えているのは明らかです。それは、
「北朝鮮が望むように核保有国として米・英・仏・ロ・中と同じ地位を保証され、数年間戦力を拡充をしたあげく、ロシアがクリミアを併合したように韓国を併合すること」
 北朝鮮を追い詰めるために影でトランプを操っているのも、安倍首相かもしれません。

 せめてあと一年、日本の総理が安倍晋三で、米大統領が日本の言うことをよくきくトランプであることが日本の外交にとってとても大切なことだと思うのです。


【ついでですが】
 ついでですがそれとは別に、私は小池百合子という人を信用できない人だと思っています。
 それは例えば今回、
「これまで若狭さん、細野さんはじめとする方々が議論してこられましたけれども、リセットいたしまして」
と簡単に仲間の努力を切る怜悧さ――かつて自由党の小沢一郎党首を軽く切り捨てたり、オリンピックのボート競技会場問題では宮城県の村井知事をさんざん踊らせてから紙くずのように放り出したりと、昔からのやり方です。

 あるいは一度決まったことも根本に戻ってひっくり返す政治手法――オリンピックの競技会場問題、築地問題等々。しかし結局はほとんど元の状態に戻って来る。

 そして英語を多用して普通のコミュニケーションを回避するやり方な――そういう人、多くはありませんが私の周辺にもいます。

 どれをとっても冷淡で面倒くさい人です。
 しかしそれを言い出すときりがありませんから、今日のところはやめておきます。

 いずれにしろ希望の党と民進党の合流が単なる統一名簿の作成にとどまるのか、はたまた野党の大連合となってその上に小池さんが乗るのか、知事を辞任して総選挙に出るのか、早ければ今日じゅう、遅くとも一両日にははっきりすることです。
 気を取り直し、落ち着いて見て行きたいと思います。



2

2017/9/27

「煙立つ都」  歴史・歳時・記念日

   〜今では信じられない!昭和の常識ランキング(goo)@
 
 一昨日(9月25日)のgooランキングに「今では信じられない!昭和の常識ランキング」というのがあって面白く読ませていただきました。

 それによると、
1位は「電車内でタバコが吸えた」(136票)
 以下、
2位「1ドルは360円」(134票)
3位「電車のトイレは線路上に垂れ流し」(132票)
4位「飛行機でタバコが吸えた」(109票)
5位「病院の待合室でタバコを吸っている人がいた」(103票)
となっています。

 調査方法は、
 gooランキング編集部が「リサーチプラス」モニターに対してアンケートを行い、その結果を集計したものです。
 有効回答者数:500名(20〜30代男女各250名:複数回答)

となっていますが、要するに数十の選択肢に対して投票を求めた結果なのでしょう。
 私でもさらに「客車の乗車口には扉がなかったので、乗客はしばしば走り始めた列車に飛び乗ったり、完全に停車する前にプラットホームに飛び降りた」とか「醤油や砂糖が切れると隣の家に借りに行った」とかいくらでもできるのですが、際限なく聞いても負担になるだけですからある程度のところで切り上げたと思われます。
 それでも十分おもしろい結果が得られています。

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【煙たなびく国】
 ランキングを見てすぐに気づくことは、トップ5の中にタバコに関するものが三つも入っていることです。
 この「タバコ」ネタは6位以下にもかなりあって、「映画館でタバコが吸えた」(7位)、「職員室で先生がタバコを吸っていた」(13位)、「会社の中でタバコを吸いながら仕事をしていた」(15位)とすべて上位にランクされています。
 12位には「子供でもお酒やタバコが買えた」というのもあります(もちろん“お使い”で買いに来ているだけで自分用ではありません)。

 確かに私が子どものころは、男たちはどこでもタバコを吸っていました。
 レストランで吸う、バスの待合室で吸う、歩きながら吸う――。
 私の中学校の理科の先生などは授業中、ルツボを乗せた三脚の下にアルコールランプを滑らせ、その炎でおもむろにタバコに火をつけると、
「ようく変化の様子を見てろよ〜」
 私は熱心に、先生がタバコを吸う様子を観察していました。


【見慣れた風景=「チンダル現象」】
 記憶に残る限り私が初めて観た映画は、父に連れられて行った「皇室と戦争とわが民族」(1960)です。その最初の方に神武天皇の弓先に金のトビ(金鵄)がとまる場面があって、その燦然と輝く姿がもうもうと立ち昇る観客席の煙の向こうにくっきり浮かんでいるのを今でも覚えています。座席につくなり大人はすぐにタバコに火をつけるので、映画の始まるころには周りが雲の中みたいになるのです。

 とにかく大変な煙の量で、映写機からスクリーンに向かう光の束がゆらゆらと揺れるのが見えます。「チンダル現象」です。
 この現象を説明するのに今は「森の中で、木漏れ日が空気中の水蒸気に反射して、光の筋のようになって見える現象」とか言いますが、昔の子どもには「映画館で見えるアレ」で済みました。
「朝、雨戸の隙間から差してくる光が、部屋の中の空中のホコリに当たって光の筋のように見える現象」
でもよかったのですが、今は雨戸もなければ(あっても隙間がない)「チンダル現象」が見えるほどの埃っぽい部屋というのもありません。
 密閉性の高い現代住宅では外から入ってくるホコリもほとんどないし、あっても掃除機で吸い取ってしまうからです。昔は今よりもずっと丁寧に、回数多く掃除をしましたが、ホウキで掃く掃除など半分チリを舞い上げているようなものですから、いつでも室内は埃っぽかったのです。


【街は都会も田舎も煙の中】
 全身にタバコくさい匂いをつけて映画館を出ても、外がきれいな空気に満たされているわけではありません。車がバンバン排気ガスを出して走るので別の煙の臭いが鼻を突く。工場も平気で煙突から煙を、ガンガン噴き出していました。
 田舎に住む私ですらそうでしたから、都会はさらに大変だったに違いありません。

 ただし昭和も40年代になると、雪国では冬はゴムにピンを打ったスパイクタイヤが増え、それがアスファルトを削って粉にしてしまいます。春になって道が乾くとそのアスファルトの粉末がもうもうと舞い上がり、排気ガスと相まってとんでもない匂いと汚れをまき散らしました。車が走り抜けるたびに黒い粉が土埃のように立ち昇ったのです。

 また車道と歩道の段差のところには、無数の白や茶色のチップが転がっています。捨てたタバコのフィルター部分です。吸い残しのタバコの部分は雨風に傷んで崩れ流されてしまいますが、フィルターは残る、それもものすごい量で残る。


【昔の人なんかちっとも偉くない】
 近年、訪日する外国人観光客が増えて、皆一様に街の清潔さを誉めてくれますが、ほんの40年ほど前の日本はそんなものではなかったのです。
「DNAに染み付いたような高い美意識・道徳性、昔から日本人は・・・」
などと平気で言う人がいますが冗談じゃない、それはここわずかの間に急速に仕上げてきたものなので、昔の人間はそんなに立派じゃなかった。それは覚えておいていいことです。
(ただしだからと言って喫煙者が蛇蝎のように嫌われ、蔑まれる現代の風潮がいいとは必ずしも思わないのですが)


                          (この項、続く)



2

2017/9/26

「生きている間に、そんなに大したことは起こらない」  人生

   〜杞憂―空からなんでも降ってくる、地に穴が開く
 
 先日、当ブログで「日本の上空を飛んでいくミサイルが何かの故障でバラバラになって落ちてくるかもしれないって言っている人もいるけど、それを心配するなら毎日空を飛んでいる飛行機から部品が外れて落ちてくるとか飛行機そのものが落ちてくるとか、あるいは人工衛星が落ちてくるかもしれないとか、そういうことも恐れなくちゃいけないよね」2017/9/19「金正恩を子どもたちにどう教えるか」)と書いたらさっそくKLM(オランダ航空)が機体の一部を落とし、大阪市内を走行中の乗用車にぶつかったというニュースがありました。

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【毎週のように飛行機の部品は落ちてくる】
 まるで予言したみたいで珍しいこともあるものだと思ったのですが機体の一部が落下するという事故は意外に多く、年平均で50件もあるのだそうです。ほぼ週1回。

 しかもそれは国内の航空会社に限ったことで、今回のKLMのようなケースは入っていません。だから正確には、いったいどれだけの数の部品が落ちているのかは分からないようなのです。
 もっとも多くはビス一本といった小さなものであったり、確率としては海や山中に落下する可能性が圧倒的に高いですからそう心配することはありません。

 さらに、落ちてくるといえばビルの壁の一部や看板の部材、高層住宅のベランダに干した布団だの近くのグランドから飛んでくる野球のボールだの、よくある例では鳥のフンだとか車が跳ね上げた小石だとか、心配をしはじめたらきりがありません。


【サンタクロースに蹴られた話】
 私は高校生の頃、彼女と待ち合わせたデパート前で、壁に設置中だった巨大なクリスマス飾りを頭に受けたことがあります。ロープで釣り上げている途中で手を滑らせて落下してきたものです。
 ものすごい音がして首がガクンとなり、とんでもない痛みで頭を抱えてその場に座り込んだのですが、駆け寄ってきた地上の作業員は、
「兄ちゃん大丈夫だよな!」
とか言って素知らぬ顔で作業のやり直しをし始める始末。
 気絶するとか大出血するとかすればよかったのですがそれもなく、私も子どもだったのでそのまま黙って引き下がってしまいました。

 昔はそれで済んだのです。思えば「作業中」の標識すらなかった。
 サンタにプレゼントをもらった子どもは多いと思いますが、巨大サンタに蹴られて気絶しそうになった人間は私くらいだと思います。


【地が割れる】
 危険はもちろん上空にあるだけではありません。
 杞の国の人が「天地の崩墜して、身寄する所亡きを憂え」たように、そして昨年の博多駅前の事故の例もあるように、地面が消えてしまう可能性だってあるのです。

 これも私自身の話ですが、学生の頃、ゼミ合宿でとある高原のセミナーハウスに泊まった際、夜の宴会でしこたま飲んで泥のように酔い、そのまま自分の宿所に歩いて帰る道すがら、360度の満天の星に感激してジャンプしたら一瞬で視界が暗転し、何も見えなくなった――気がつくと道路の脇の側溝に落ちていたのです。
 側溝と言っても山の崖側の溝で深さはゆうに私の首ほどもあって、ひとりでは這い上がれず友人たちの手を借りてようやく引き上げてもらいました(翌朝見たら友人たちも血だらけだった)。しかし落ちた瞬間は、何が起こったのかまったくわからなかった――。


【杞憂――生きている間は大したことは起こらない】
 私には子どものころ、「死」が怖くて仕方のない時期がありました。

 自分が死ぬのが怖い、父が死ぬのが怖い、母や弟が死ぬのが怖い怖い、友達が死ぬのが怖い。「死」は年じゅう目の前にぶら下がっている感じで、朝、家を出るときは家族に、夕方学校を後にするときは友だちに、内心いちいち今生の別れを告げているようなありさまでした(このうちの誰かとは、明日は会えない・・・)。

 NHKの大河ドラマのキャストが発表されたりするとそれが不思議でたまらない。特に主演の俳優たちはなぜ一年も先の自分の命を確信できるのだろう、来週はもう死んでいるのかもしれないのに、そのとき制作者や演出家・共演者にかける迷惑は半端ではないはずなのに、なぜ平気で引き受けられるのだろ、そんなふうに考えていたのです。


【子どもたちよ、生きていくことはそんなにたいへんなことではない】
 人間は案外死なないもものだ、と気づいたのはずいぶん後になったことです。
 人間はかなりしぶとい。

 ミュージシャンのジョニー大倉はホテルの7階から落ちても死なず、俳優の窪塚洋介もマンションの9階から「飛んで」死ななかった。元衆議院議員の三宅雪子という人は4歳の時ハワイのホテルで、45歳の時東京のマンションで、それぞれ4階から転落してしかも元気で活躍しています。
 私の叔父はガンで余命宣告を受けてから九十余歳の今日まで、30年近くも元気で生きています。「ボケてますます盛ん」と、これも90歳近い叔母が笑いながら嘆きます。
 私も、大病から20年が過ぎました。

 子どもたちよ、いろいろあるが、生きていくことはそれほどたいへんなことではない。その気になれば面白おかしく暮らしていくことはいくらでもできる。安心して前へ進んでいきなさい。

 それはあの頃の私自身にも言ってあげたいことです。



2

2017/9/25

「結局、金でしょ」  教育・学校・教師

   〜学校における働き方改革の困った行方
 
 昨日の朝日新聞に『登下校の見守り「学校以外が担うべき」 文科省が方針』 という記事が出ていました。

 文科省の中央教育審議会の特別部会が、教員の長時間労働解消の方策として授業以外の11の仕事を、「教員のみが担える」「学校で教員以外が担うべき」「学校以外が担うべきだ」などに分類し、登下校の見守りや見回りについては「学校以外が担うべきだ」として保護者や地域住民の仕事として位置づけ、校内清掃は「基本的には教員以外が担うべきだ」として「合理的に回数や範囲を設定すべきだ」と提案したそうです。
 一方、給食指導は「基本的に教員のみが担える」に分類し、そのうえで教室ごとではなくランチルームで子どもたちが一斉に食べることなどによって、教員の負担を軽くできるとしたというのです。


【特別委員会の基本的な考え方】
 私はこうした記事の出たときはできる限り原典にあたるよう心掛けているのですが、今回の「方針」については出典を探すことができませんでした。
 文科省のサイトでは「学校における働き方改革特別部会(第4回)」が先週金曜日(9月22日)に開かれたことになっていますから、おそらくそこで話し合われたことなのでしょう。近々サイト上にもアップされるかと思います。

 ただこの話し合いの元となったであろう資料は、第三回特別部会のページにありましたのでリンクを貼っておきます(参考資料3 教員の行うべき仕事とは”指導文化”への挑戦と役割分担の検討(試案)(妹尾委員提出資料))注目は5ページの図版です。

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 どういう図かというと、まず縦軸に「子供の命・安全への関わり(高低)」をとり、横軸に「教員の専門性の発揮状況(高低)」をとります。
 そのうえで、命・安全への関わりが低く専門性も低いものはPTAや地域へ、命・安全性への関わりは高いが教員でなければならないというようなものでない場合は外部専門機関との協力で、その他を「教員のみが担える」仕事として学校に残そうというものです。

 なるほど専門家(学校マネジメントコンサルタント、アドバイザーだそうです)はこんなふうに考えるのかと感心しました。確かに道理です。


【学校に残っているものはすべて必要なものだ】
 ただし妹尾氏が分かっていないことは、学校のように歴史の深い制度が抱え込んでいるものには、それなりの必然性があるということです。

 これだけ多忙な世界になると不必要なものは自然になくなるか形骸化します。
 簡単な例で言えば30年近く前にとんでもない苦労をして作成した「全教科・全授業時間におけるカリキュラム」。今はそんなものがあったことすら忘れられているでしょう。
 あるいはこれも20年ほど以前、当時の文部省の突然の発案で作らされた「絶対評価の基準表」。カリキュラムより大変で、各学年厚さ5センチほど資料となって資料室の隅に眠っているはずですが誰も利用していません(使うためには必要な改定もしてきませんでしたから)。

 忙しい場所では不要なものは淘汰される、それが原則です。逆に言えば今学校に残っているものは基本的にすべて必要なものなのです。

「提出物のチェック、簡易な採点」は児童生徒の命・安全に関わらないし専門性も低いように見えるかもしれませんが、その子の学習状況を確認し問題の間違え方・思考の形を分析するのは専門性の高い仕事です。

「清掃」は教員でなくてもできる仕事です。しかし30人の子どもを平等に、時間いっぱい働かせる仕事は素人ではできないでしょう。「清掃指導」は極めて専門性の高い仕事なのです。

「学校徴収金の集金」はその子の家庭の経済状況、金銭に関する考え方、保護者の社会性を知る上でやはり必要な仕事です。全部を手放すことは難しい。

 もちろん必要なすべてを囲い込む必要ないので一部は外に出してもいい。しかし今度は誰が引き受けてくれるのかという問題が残ります。


【多すぎる仕事を誰にやってもらうか】
 教員の時間外労働問いとすぐにやり玉に挙げられる部活動。例えば吹奏楽の指導ができて、毎日夕方2時間ほど(土日はいずれか3時間ほど)指導に来てくれる人材を、吹奏楽部を持つすべての学校で揃えるなんてことは絶対にできません。
 全国にある中学校はおよそ1万。代表的な文化部である吹奏楽と合唱を合わせれば必要な顧問は1万を軽く越えるでしょう。運動系の部活はさらに多くの専門家を必要としています。

 普段の登下校の見守りはすでに外部委託(ボランティア)の進んでいる部分です。しかしその責任者であるPTA会長による誘拐殺人などという事件があって、むしろ学校に戻ってきそうな気配があります。

 いやそもそもPTA活動の負担の大きさから、脱会者が次々と出そうな状況で、さらに仕事をお願いするなんで、できることではありません。
 先生たちの仕事が多すぎるからPTAや地域住民にやってもらうというのはあまりにも安易です。内容によってはPTAを破壊し、地域を遠ざけかねないからです。


【結局、金でしょ】
 そうなると大量の予算を確保して、金で専門家を雇いやってもらうしかなくなります。

 「清掃」は児童生徒より清掃業者の方がはるかにうまくやってくれます。登下校の見守りや校内安全は警備保障の専門家に頼めばいい。テストの採点や分析はベネッセ・コーポレーションあたりに頼めば喜んで全国展開で対応してくれることでしょう。
 ただし金はかかる。

 願わくばそうした予算をもって正規の教員の数を増やしてくれる方がありがたい。その方がよほど安く、連絡も齟齬なく丁寧な仕事ができるに決まっているからです。

 結局、「仕事が増えて労働が過重なら人を増やすしかない」が原則であって、それをボランティアに頼もうなどという図々しい考えは、民間企業はもちろん普通の公務員でも考えないことです。

 アホくさい検討も、もういい加減に終わりにしてもらいたいものですね。




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2017/9/24

「更新しました」  教育・学校・教師


「キース・アウト」


2017.09.24
中3「教科書理解できない」25%…読解力不足


 妙な研究で、中学生の学力が低いように印象づけるのはやめていただきたい。
 メディアは研究の価値をしっかり(多少でもいいけど)検証すべきだ。
   
 *携帯ではリンクがうまくつながらない場合があります。
  リンク先の下の方まで探してみてください。






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