2017/6/14

「超売り手市場の狭間で」C(拾遺)  教育・学校・教師

   〜アルバイト学生はどこに消えたのか

 現在の雇用状況と私たちの子どもたち(教え子や元教え子)について考えてきて、一応ケリをつけたつもりだったのですが、突然積み残したことがあることに気づきました。

 この一連の文章の始まりは、予約を入れようと思った居酒屋が休業で、どうも原因は人手不足らしいということでした。居酒屋と言えば学生アルバイトの華――というか、要するに授業に差し支えず短時間で高収入ということで、学生ばかりが目立つバイト場所でした。そこが休業に追い込まれるとすると、一体学生アルバイトはどこに行ってしまったのか。
 そう言えば外食産業は、今や学生よりも外国人が目立つ場となった感じがあります。

 もちろん「超売り手市場だから」というのがひとつの答えですがそれは正規社員の話で、アルバイト学生を正規にしてしまうのでバイトが足りないというような事情はなさそうです。


【学生は働かなくなったのか】
「景気が回復基調で親の収入が増え、そのぶん仕送りが増加したのでバイトに出なくてもよくなった」
 これもひとつの仮定ですが、アベノミクスの努力にもかかわらず賃金が上がってこないことは周知のとおり、それも答えになりません。
 そこでネット検索に頼ると、やっぱり出てきた、
「今の学生はものを欲しがらないから金もいらない」
です。
 確かに思い当たる節もあります。

 私は高度成長の末期に青春時代を送った者です。正確に言えば「さあ大学生だ! 青春だ! 精いっぱい学んで遊ぶぞ!」と張り切って花の東京に出てきたら、突然のオイルショックで経済成長は止まり華やかな雰囲気はしぼんでしまった、それにもかかわらず脳天気な私たちは前時代を引きずっていて、派手で、エエカッコウシイで(←この言葉、今の人たち分かるかなあ?)、見栄っ張りな生活を送っていたのです。

 具体的に言えば、髪を伸ばし(パーマ代がかかった)、花柄の粋なシャツを着てブランドのジーンズをはき(穴の開いたのをいつまでも履くという訳にはいかなかった)、デートは小粋なラウンジかバー(居酒屋はオジさんの行くところ)、私は持っていませんでしたが仲間ウチの何人かは立派なマイカーのオーナーで、逗子だの鎌倉だのへはしょっちゅう出かけていました――そういう生活を、精いっぱい背伸びして行っていたのです。

 ですからもちろん見えないところではバイトをせざるを得なかった。
 案外楽で実入りの良かったのは庭師の手伝い。さらにその上を行く高収入はたった一日で潰れてしまった地下鉄の工事現場(電話がないので直接断りに言ったら「兄ちゃん、せっかく来たんだからあと半日働いていけ」と言われて泣く泣く現場に行って、今度はほんとうに殺されそうになった。プロはどうしてあんなにうまく土砂を一輪車にうず高く積めるのだのだろう?)。

 そんなみっともない姿をしても、いい格好をしたかった。
「白鳥は優雅に泳いでいるように見えても、水面下では激しく必死に水をかいているのだ」
――『巨人の星』の花形満がそんなことを言ったと思うのですが、とにかく一生懸命働いて、目いっぱいカッコウをつける、それが私の青春時代です。

 ところが今の子たちはムリをしない。
 等身大で生きているというか、ファッションにもさほど興味はなく床屋に行くのも面倒。買い物に行くのも面倒なので母親が送ってくれるTシャツやジーンズを何の抵抗もなく着ている。
 飲みに行くのはもちろん居酒屋。今の女の子は居酒屋デートもまったく気にしないし、そのそもデート自体あまりしたくない、面倒で。
 冬のスノボーや夏の海水浴は、行ってもいいけど行かなくてもいい。車は維持が面倒、原付くらいならあったら便利だけどダメならチャリ、それもダメならゆっくり歩いていくさ――とこれでは頑張ってバイトに行く気にもなりません。

「行ってブラックバイトだったら怖いじゃん?」

 以上、東京で何をしているか分からない我が家のバカ息子、アキュラのことを念頭に書いてみましたが、確かにこれだと金はかかりません稼ぐ気にもなりません。


【それでも学生は働いている】
 しかし結論から言うと、それでも学生は今も働いているのです。アキュラもそれなりに気の長いバイトをしています(ついでみたいに学生もやっているけど)。

 確かに高度成長期やバブル期と違って彼らは身の程を知り、見栄も張らず、堅実に生きていますから使う金も少なくて済みますが、昔と違って親の仕送りも抑えられているので、皆、ちょっとしたプチ苦学生なのです。皆、昔と同じように頑張って働いています。

 では、それでもなおアルバイトが不足するのはなぜかというと、それは単純な話、パート労働の求人自体が急速に増えているからなのです。

 1973年のオイルショック以来、企業は一貫して正社員の数を減らし、可能な部分は次々と派遣社員かパート労働に切り替えて行きました。その傾向は平成不況を経て、2008年のリーマンショックでさらに顕著になり、その数は厚労省が統計を取り始めた1972年のなんと22倍といいます。大変です。

 一方、求人に応募する方は減り続けます。
 団塊の世代の頂点はリーマンショックの年が60歳の定年です。以後も続々と人数の多い層が職業人としての生活を辞めて行きます。パートとて同じです。そしてそれに合わせるように、大学生の数も頭打ちから減少へと転じようとしています。

 パートの求人が飛躍的に増えて応募人口が減っているのですから、アルバイト不足が深刻なのも当然です。

 ならば激烈な時給競争が始まってアルバイト生活がぐんと良くなるかというと、それもそうではありません。なにしろデフレ脱却がうまく果たせず、ものの値が挙げられないので時給も頭打ちなのです。したがって高給でバイトを呼び寄せる力のないところは、儲かっているのに休業という理不尽な目に遭うことになるのです。

 このことが子どもたちの未来にどういう影響を与えるのか。
 外国人労働者に門戸を開かなければならないのか、機械に頼るのか、はたまた経済の規模自体を縮小する方向に進むのか。
 もう少し勉強してみたいと思います。


参考 
「アルバイトが足りない」は“本当”なのか?〜データで概観する「人手不足」

中小企業の人手不足の原因とは?アベノミクスで雇用改善してるのになぜ?
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