2017/4/25

「“カオナシ”とコロンバイン」A  親子・家族

       〜コロンバイン事件から何を学ぶか

 教員という職業も一瞬先は闇、行事の引率に自動車が飛び込んできそうになったり、児童が信じられないような科学実験を自ら行ったり(例えばスプーンをコンセントに差し込む導体試験)、意味もなく高いところに上ったりとんでもなく危険な場所に行ったり――。
 時には児童生徒あるいは保護者から激しく挑発され、動けば余計なことをしたと言われじっとしていれば不作為の責任を問われ――。しかしそれらを恐れて細々とした点にまで気を配り始めると際限がありません。それこそ神経がもたない。
 そんなとき、私は心の中でいつもこんなふうに呟いて心を落ち着けました。

「子どもが死ななきゃ何でもアリ。後は何とでもなる」

 事故にしろ自殺にしろ、子どもが死ぬのが最悪であって、その点だけは確固として押さえ、後はある程度緩ませておかないと子どもも私たちも息が詰まってしまう、そういう意味です。

 しかし子どもが死ぬより、さらに悪いことが実際にはあるのです。
 1999年の4月20日、アメリカ合衆国コロラド州の平凡な母親、スー・クレボルトの身に起こったことがそれです。
 息子が大量の人殺しをした挙句自殺する――。


【スー・クレボルド: 息子はコロンバイン高校乱射犯――母として、私の伝えたいこと】
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 私はまず、犯罪者の肉親が公共の場に出てきて話をするということに驚かされます。
 日本でも加害者の肉親が突然の取材を受け、そこで思わずしゃべるとということはあります。しかし正式な講演会で、犯罪者の家族が事件を語るというのはちょっと例が思い浮かびません。

 個人主義のアメリカでは、日本よりも“個人と家族は別人格だ”と思ってもらえる可能性が高いような気がしますが、それでもこれほどの重大犯罪です。家族がいけしゃあしゃあと公衆の面前で事件を語るのは、容易なことではないでしょう。
 この講演でスー・クレボルトも三つの課題があると言っています。

 一つ目はその会場に事件の被害者やその家族がいるかもしれないということ。
 二つ目は息子の自殺を語ることで人々の理解ばかりか同情まで求めることになるかもしれないこと。
 そして三つ目は、語るべき結論が「あの時点で母親にできることは何もなかった」という、無責任とも自己弁護ともとれるものであること。
 以上です。
 それでもスー・クレボルトは語らなければならなかった――それがこの講演の耐えがたい重さです。

 私の姿を見て話を聞くことで、更に苦しみ、絶望し、怒り、悲しみ、憎み、呪う人がいるかもしれない、しかしだからこそ私はここに立って理解したことを語らなければならない――それがこの女性の贖罪なのです。


【コロンバイン高校乱射事件】
 コロンバイン高校乱射事件はスー・クレボルトの17歳の息子ディランと同い年のエリック・ハリスによって起こされた事件で、12名の生徒と1名の教師が無慈悲に殺されました。自殺した二人を含めると15人の死者です。
 重軽症者は24名。中には深刻な後遺症を残した人もいます。
 事件の概要についてはスー・クレボルトの講演を聴けば大方のことは分かりますが、いくつかの点で補足しておく必要があります。

 ひとつは、彼らが「トレンチコート・マフィア」と呼ばれるグループに属し、黒のトレンチコートを着て現場に向かったこと。
 最初報道されたときは一種の不良グループのように思わていましたが、実は “いじめられっ子”の自衛組織みたいなもので、彼らはそんなふうに守り合わなければならないほど執拗にいじめられていた、苦しい状況にあったのです。

 もうひとつは事件後エリックの遺体から大量の抗うつ薬が検出されたこと。つまり重大な精神不安を抱えていたこと、そしてその後、事件に関わって抗うつ薬と暴力性・衝動性の関連が疑われたことなどです。


【学ぶべき教訓】
 私たちはときに、安易に「子どもの犯罪(準備)に気がつかないはずがないじゃないか」とか「本当に子どものことを見てたのか?」とか、あるいは「愛情が足りなかったんじゃないのか」などと言ったり思ったりします。
 教師だと直接本人(保護者)に言いうる立場にいたりします。
 そんなときはこのスー・クレボルトの、落ち着いた、静かな、しかし救いのほとんどない講演を思い出すことが必要でしょう。

 是非とも見てください。

 スー・クレボルド: 息子はコロンバイン高校乱射犯――母として、私の伝えたいこと

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