2017/4/20

「子どもの不思議」A  教育・学校・教師

            〜排便と言葉

 孫のハーヴはつい先日ようやく1歳10か月になりました。
 初めて寝返りをしたのが10ヵ月、ハイハイは一歳1ヵ月から、歩き始めが1歳4ヵ月と万事ゆっくり目で乳幼児健診のたびに再検診になっています。
 生まれたときに小さな事故があったので(2015/9/24「いのちのこと」E〜その直後以降)そのことは常に心の隅に引っかかっていますが、母親のシーナがおおらかに育てていますので、まずは順調といったところでしょう。
 その「順調に育っている」という範囲の話なのですが、ハーヴは今もオムツをしていてウンチが出たことも伝えられません。

【なぜ排便のことは遅れるのだろう】
「トイレットトレーニングは2歳になった夏から」とか言いますし「躾は2歳半から」という言葉もありますから、人間としては問題ないのですが、他の動物のことを考えると首を傾げざるを得ません。
 だって馬なら出産直後に歩き始めますし半年もたてば離乳、1歳になると人を乗せて歩く練習をはじめ、早い(速い?)仔は2歳半で稼ぎ始めます。3歳で億単位の金を稼ぐ馬だって珍しくはありません。
 ところが人間の場合は、正式に稼ごうとしたら15年以上も(中学卒業まで)待たなくてはなりません。あまりにも非効率です。

 ハーヴに話を戻すと、「ウンチが出そう」と言えるまでにはまだ時間がかかるにしても、「ウンチが出た」くらいは言ってもよさそうなのに言えない。これが私には理解できない。
 排便をする前とした後では、オムツの内部環境は著しく変わっているはずです。ですから「ウンチした?」と聞かれたら答えることができてもよさそうなのに、できない。
 要するに全体的なコミュニケーションの力が不十分なのだと考えてもいいのですが、その他の場面ではけっこうなやり取りのできる場合も少なくありません。


【言葉は理解できている】
 例えば夕食を終え、ひと段落してからシーナが、
「バーブ、お風呂よ。お父さんと行っておいで」
 と声をかけると、一瞬立ち止まって考えるふうな様子を見せ、それから遊んでいたおもちゃを元の場所に戻し、出入り口で待つ父親のエージュのところに行って抱っこをせがみます。浴室は階下にあるので自分では行けないからです。
 抱っこされると首をひねってシーナを見、バイバイと手を振ります。そのままおとなしく連れられて行きます。

 一応やり取りとしては完璧です。親の言葉の意味を理解して、期待される行動をきちんととれます。他の場面でもこんな調子で、大まかなところは家族の一員としてあまり問題なく日々を過ごせます。
 しかし排便の部分だけは、新生児のころとほとんど変わりありません、成長が遅れる――なぜだろう?


【もうひとつ】
 お風呂の事例に絡んでもうひとつ不思議なのは、人間の場合、言葉がつかえるようになると生活は飛躍的に便利になり欲求も叶えられやすくなるはずなのに、子どもの言葉の発達はあまりにも遅いということです。
 ハーブが使える“意味ある言葉”は10個にも及びません。しかもそのうち四つくらいはしばらく喜んで使った後でやめてしまったので、むしろ退化したような印象まであります

 親たちが優秀でハーヴの欲求をうまく拾い上げてくれ、そのために語彙を増やす必要はない、そう言ってしまえばそれまでですが、親の言葉はたいてい理解できているのに、意思の表白の方はぐんと遅れる、そこが分からないのです。

                                       (この稿、続く)



1



teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ