2017/3/15

「教員不祥事――私には名案がある」  教育・学校・教師

 また不祥事があり、処分者が出ました。もうウンザリするその気持ちさえも萎えました。
 県教委はまたもや校内研修を指示し、各校はとっくに賞味期限の切れた研修内容を繰り返し、「集団の結束力の重要性」や「個人の自覚の大切さ」を確認しあって報告することでしょう。
 そしてそれぞれはまた、たまりにたまった仕事に戻っていきます。
 しばらく平和です。次の不祥事が起こるまでは。


【女性教師諸君!! 立ち上がりたまえ!!】
 ところで教育公務員と呼ばれる人の半数以上は女性なのに、日々マスコミを騒がせる教員不祥事の実行者のほとんどが男性教員だという事実、誰だって気づいていますよね。

 もちろん交通事故や違反、公金の扱いといった不祥事で女性の名前の出てくる場合もありますがそれは極めて少ない、どう見たって男性の方が圧倒的に多いのは事実です。
 しかも内容は大半がわいせつ事件。、少々の体罰。
 強盗だ、殺人だ、傷害だ、窃盗だのといった話は(ないわけではないが)まず聞かない。

 ひとことで言ってしまうと、教員不祥事というのは男性教員がやっているわいせつ事件のことなのだと、心の中でそんなふうに思っている女性教員は少なくないでしょう。

 だったら言えばいいのです。不祥事研修の席を蹴って、
「要するに男の先生たちがスケベなことをやらなければ教員不祥事の8割くらいはなくなっちゃうわけでしょ? だったら私たちは関係ないじゃん! 私たちだって忙しいんだから好きにさせて! 男の先生だけで深く反省してちょうだい! そして二度と私たちを巻き込まないで!」
 そのくらいは言ってもいいはずです。
 けれどそんな話はどこからも聞こえてこない。要するに女の先生方も皆、真面目に、誠実に、長い長い不毛な研修に付き合ってくれているのです。


【私に名案がある!】
 どうしたら男性教員のわいせつ事案を減らすことができるのか――。
 私には名案があります。それは簡単なことです。なぜ男性がわいせつ事件を起こすのかというところから逆算して考えればいいのです。

 やってみましょう。
 なぜ男たちはわいせつ事件を起こすのか――それは満たされていないからだ――だったら正当な方法で満たされるようにすればいい。
 それで終わりです。
 要するに既婚者の夫婦関係がうまくいっていて、独身者の恋愛環境が整っていれば最低でもわいせつ事案の半分は消えてしまう、それは考えるまでもないことです。生活に満足し、性的に飽和状態なら他に手を出す余裕もなくなります。

 ただし世の中のすべての人が良き夫婦関係を持ち、あるいは良き恋愛関係を営むという訳にはいきません。配偶者とうまく行っていない人も、恋人のいない人もたくさんいます。
 そのうえ現代はインターネットなどで不断に性的刺激が加えられる時代です。
 刺激はあるのに具体的・現実的解消策がない―それは極めて危険な状況です。


【そうだ! 風俗に行こう!】
 一般的にそうした場合、男たちは繁華街に繰り出し、あるいは風俗店に通ってしばらく時を稼ぎます。不遇な時期が終われば家庭の雰囲気が変わったり恋人が できたりする日も来るかもしれません。
 ――ところが教員にはその道がない。

 大都会ならまだしも、私の住むような田舎では繁華街も小さく、風俗店も少ないか全くない。規模が小さいからうっかり入ろうとすればすぐに目撃されてしまいます。
 とんでもない変装をしてものすごく注意深く入店したとしても、店内で従業員として働く昔の生徒や現在の保護者にバッタリ遭うという超危険な状況も予想されます。昔の生徒や現在の保護者ならまだしも “今の生徒”という絶体絶命も、場合によってはありえます。
 とても風俗で憂さを晴らしましょうという訳にはいきません。

 では教員の場合はどうしたらよいのか――。
 もう極わめてまっとうな道しか残っていません。家庭に帰し、恋人の元に戻させるしかないのです
 人と人が仲良くなるためには、少なくとも一定時間一緒にいて同じ空気を吸わなくてはなりません。一緒にいるから起こる問題も、だから始まる喧嘩もありますが、別々にいるよりははるかにましです。

 端的に言って、彼らには時間を与えなくてはなりませんが、おりしも昨日の新聞にこんな記事がありました。
『中学教員の約半数が「過労死ライン」 県教組調べ』(朝日新聞デジタル2017.03.14)

 こんな状況で「健全な家庭を営め」「彼(彼女)は見つかったか」「早く結婚しろ」といっても無理でしょう。刑事事件を起こす代わりに教員同士の不倫くらいで乗り切ってくれてもいいのですが、それすらも時間がなくて思うに任せない――。

 かくして私の“名案”もお蔵入りです。


【八方塞がり】
 教員の家族が学校教育の“銃後”みたいになって妻が家庭を守ることに汲々とし、独身の教員が24時間教育に身を捧げ尽くしているような現状では、 何かが根本的に変わるということはないでしょう。
 この先も不祥事が繰り返され、起きたときにはしっかりと恭順の姿勢を示し、教員の指導・反省も繰り返し行う。しかし内心では 、膨大な仕事をさせる以上、教員によるわいせつ事件は起こっても仕方ない“学校教育上のコスト”として織り込んでいく――そうした現在のやり方を続けるしかないのかもしれません。
 政府もそれを承知の上で、小学校英語だのプログラミング教育だのと教師の多忙に拍車をかけ続けているようなのですから。

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