2017/2/28

「2月末日」〜明日が元日だったらいいのにな  歴史・歳時・記念日


 2月が終わります。
 古代ローマ暦では1年は3月から始まるので2月が最終月。そこで今月を28日または29日として一年の日数を合わせました。――と言えば半分は分かったような気になりますが、やはり「何で3が1なんだ?」という疑問が残らないでもありません。

 もちろん、
「そりゃ年度が4月始まりなのと同じようなもんだよ」
と言われれば引き下がらざるをえませんが、
「だったら今の3月を『1月』という名前にすればすべて丸く収まるじゃないか」
という別のアイデアが浮かんで袋小路にハマります。


【3月を「1月」に!!】
 3月を「1月」と呼ぶと、まず「一か月は28日」問題がとても簡単にクリアできます。現在の2月が「12月」に改まるわけですから、「年末だから日数を調整しようね」で間違いなくすべての人を納得させられます。

 第二に、英語の表記”September”,” October”,” November”,” December”の説明がとても容易になります。
 ”Septi,”Octo”,”Novem”,”Decem”はそれぞれ「7」「8」「9」「10」を表すラテン語ですから「7番目の月」=”September”(現在は9月)はすんなりします。“October”は現在10番目の月ですが、“October”=「10月」と頭に入れてしまうと”octopus(=八本足の生き物)”、” octave(8度音程)”との整合が取れなくなってしまいます。
 “November”,” December”も同様。欧米の方々にも便利、日本人の私たちには英語月名が少し覚えやすくなりそうです。

 第三に現在の3月が「1月」になったその初日、つまり元日に年賀状が届くと 「梅にウグイス」は実にぴったりくる(現在の日本で1月1日に梅の咲いている場所がどれだけあるのか? ウグイスの鳴く里がどれくらいあるのか?)。
 「初春」「新春」という言葉も素直に受け止められる。「明けまして」に「冬が明けて」の印象が加わってさらにいい感じ、やはりこれは時期を移さなくてはいけない。
(ついでに言うと12月の24日は暖冬でスキー場の開けない年もありますが、現在の2月24日が12月24日なればほぼ確実に雪国全部に雪がある、したがってサンタも来やすいことになります)

 困るのは大晦日が現在の2月28日ないしは29日になってしまうために大三十日(おおみそか)という呼び名に合わなくなってしまうことぐらいですが、今だって12月31日を「おおみそか」と言っているので気にしなくていいでしょう。


【これほどの名案がなぜ採用されないのだ?】
 自分でも唸ってしまいそうなこの名案!!
――そうは言っても私が思いつくくらいですから(ローマ帝国時代から考えると)過去に何億人もが同じことに気づいたはずです。なのになぜ採用されなかったのか?
 日本の「睦月」、欧米の”January”がなぜ「最初の月」になったのか、なぜ変えられないのか――。

 やはりもう少し勉強してみる必要がありますね。



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2017/2/27

「死を恐るるなかれ」C〜一期一会  人生


 義姉が診てもらっている病院は私の家から車で30分ほどのところにあります。義姉自身はそこからまた1時間ほどのところに住んでいるので、ここしばらく、会うのはいつも病院です。ただしこの一か月余り様々な事情があって、先週金曜日は久しぶりに顔を見ることになりました。

 恐れていたのとは違い、髪は薄くなったとはいえ病気を感じさせぬ豊かさで、風邪予防のためのマスクを除けば病人らしい様子はほとんど見えません。同伴の義兄もマスクをつけ、ほんとうに若々しく仲の良い夫婦という印象です。

 様子を聞くと抗がん剤の副作用はほとんどなく元気とのこと。しかし、
「(腫瘍マーカーの)数値が上がっているのよ」
と少し嘆きます。
 他には自分自身、病気を感じるようなものはまるでないとため息をつきます。
 順番が来ないので娘のシーナ(義姉にとっては姪)のことや義姉の孫の話だのをして小一時間も過ごし、待たされた割にはあっというまの診察を終えて戻ってくると、
「変わりないって。白血球の値が下がっているから風邪をひかないよう、インフルエンザにかからないように言われた」
 何か呆気ない話です。
 けれどたぶんこんなふうにしばらくは進んで行くのでしょう。


 私は以前、
「若いころの“がん”は『生きるか死ぬか』の二者択一だが、この年で罹ってもそれは『癌か心筋梗塞か脳溢血か長命か』といった四者択一のひとつでしかない、長すぎる長命はむしろ苦痛である」といったことを書きました(2016.08.05「メメント・モリ」〜死を忘るな)、。
 その気持ちは今も変わりありません。

 先日紹介した文芸春秋今月号『私はこのがんで死にたい』で近藤誠医師も、
 直前まで元気で瞬時に死ねたらラクでしょう。しかし、ボケないこともピンピンコロリも、現実にはなかなか難しい。脳卒中や心筋梗塞での突然死を望んでも、生き残ってしまうリスクがあります。脳卒中だと後々、身体が不自由になって、リハビリを余儀なくされることもある。僕自身は、そこまでしていきたいとは思いません。
 と言っておられます。

 しかしそれらすべては年寄りだから言えること、自分についてだから言えることであって、若い人、他人に対して言えることではありません。ましてや“がん”にかかったばかりの人に「がんで良かったね」とは言えるものではないでしょう。
 家族となればなおさらです。

 しかし一方で自分のことであれ家族のことであれ、死は身近なところにあっていつでも受け入れ可能なものにしておかなければならないという気持ちは今もあります。
 一期一会。
「今日死んでも、明日死なれてもかまわないように、その時その時を生きなさい」
と言われてもそんな厳しい生き方はできませんが、心の隅のどこかに、置いておかなければならないことだと感じているのです。



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2017/2/26

「常識はなぜ働かなかったのか」〜デコポン2号  政治・社会


 10年ほど前、北朝鮮が長距離ミサイル・テポドン2号を打ち上げた翌朝、一番で登校した5年生の女の子がいきなり職員室に顔を出して、
クリックすると元のサイズで表示します 「先生! 大変! 大変! 北朝鮮がデコポン2号を打ち上げたんだよね!」
――ま、デコポンなんて平和なものは打ち上げないと思うが・・・。


 膨大な情報に曝されている子どもたちが、何に興味を示してどんな情報を採用し、どんなふうに利用するかは予想できません。しばしば彼らは私たちの想像を軽く飛び越えてしまいます。
“VXごっこ”とかいって友だちの顔に背後から雑巾をかぶせたり、嫌いな子のいじめに使ったりしないか――心の隅で少し警戒しておいた方がいいかもしれません。いざことが起こったときに瞬間的に反応できるように。

 あるいはそうではなく、中学校や高校ではもっとまじめな観点から質問してくる子どももいるかもしれないので答えられるだけの用意はしておいた方がいいでしょう。
 最新のファッションや音楽については疎くても構いませんが、社会問題や国際問題にあまりにも無知だと教師としての威厳に関わります。
「VX? 紫外線対策だっけ?」
では話になりません。


【オウムの反省】
 幸い(とは言えませんが)、VXは私たちに馴染みの深い物質です。
 22年前、オウム真理教による一連の事件の中でサリンとともに使用され、再三耳に届いてきたものだからです。もっとも使用例がひとつだけでしたからサリンほどは有名になりませんでしたが。
 それでもVXがサリンと同じような化学兵器であると知っていることは、今回のニュースを見るうえで特別な意味を持ちます。それは「(毒物が)VXなら必ず国家レベルの犯罪だ」とすぐに思うことができるからです。簡単に作れるものではないのです。

 私たちは23年前、とんでもない過ちを犯しました。1994年の6月に起きたいわゆる松本サリン事件の際、警察・マスメディアとともにほとんどの日本人が第一通報者を疑ったのです。
 この事件については様々に考察されていますので詳しくは調べていただければいいのですが、私が今でも悔しく思うのは、「サリンは民家の裏庭で簡単に合成できる」というガセネタ――今でいうフェイク・ニュースを簡単に信じてしまったことです。


【毒ガス・サリンの簡単な作り方】
 私は当時かなり熱心な「松本サリン事件ウォッチャー」だったのでよく覚えているのですが、当時マス・メディアはこぞって「裏庭で金属ボールを使って農薬を調合しているうちに、誤ってサリンを発生させてしまった(と本人が言っている)」と報道し、8ヵ月の後の地下鉄サリン事件が起きるまで誰も疑いませんでした。
 テレビのワイドショウは繰り返し“専門家”を出演させ、「サリンは少々の科学的知識と原材料があれば自宅でも簡単に合成できる」といった話をさせていました。その原材料がほとんど入手不能という話は事件が終わるまで出て来ません。だれもそこまで調べなかったのかもしれません。

 被疑者は化学に素養のある人で、家の物置から数種類の農薬が発見されたことで不審は一気に高まります(あとで聞くとそれはバルサンとスミチオンという、家庭菜園や庭園のある人なら必ず持っているいそうな農薬でした)。さらに被疑者とされた人の、とても冷静で落ち着いた人柄も、この時ばかりはかえって疑念を掻き立てたのです。

 のちに富士山麓のオウム真理教総本山に捜査が入り、サリン製造工場である第七サティアンの内部が公開されて初めて、「ああ、サリンを製造するってこんなに巨大な工場設備が必要なんだ」と驚かされます。


【働かなかった常識】
 しかしそれはそうでしょ、サリンが自宅の裏庭で数種類の農薬を混ぜてできるようなら、世界中でサリン誤発生事件が起きていても不思議ありません。テロリストはこぞってスミチオンとバルサンと金属ボールをもって世界を駆け回っていたはずです。

 サリンは簡単には作れない、だから青酸カリのような管理システムもなければトイレ掃除の際の「塩素系の洗浄剤と酸性タイプの洗浄剤を混ぜて使用しないでください。有毒な塩素ガスが発生します」みたいな注意書きも見かけない、ちょっと考えればその程度は理解できたはずです。
 なぜそんな常識が発動しなかったのか。
 なぜ私たちはああも簡単に騙されてしまったのか。
 なぜ“専門家”たちはあんな無責任な話し、マスメディアはそんなフェイク・ニュースを流し続けたのか――。

 以来すべてのニュースは眉に唾をつけて接するようにしていますが、それでもしょっちゅう騙されます。

「アメリカ大統領選はクリントン勝利で決定」
「トランプは就任後、現実的な政策に転換する」
「トランプ大統領の七か国入国禁止に全米の批判が殺到している」




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2017/2/24

「相模原事件の癒しがたいパラドクス」〜差別は深まったのか  教育・学校・教師


 神奈川県相模原市の障害者施設「津久井やまゆり園」で19人が殺され27人が負傷した事件について、横浜地検が植松聖容疑者を殺人など六つの罪で起訴したと新聞記事に出ていました(2017.02.24 毎日新聞「相模原殺傷 殺人罪などで植松容疑者を起訴 横浜地検」など)。

 今月20日までの鑑定留置で、自分を特別な存在と思い込む人格障害「自己愛性パーソナリティー障害」との鑑定結果が出ており、地検は集めた証拠と総合して完全責任能力があると判断した。

 事件当時、メディアは、
「経済効率最優先の風潮の中で、人の価値は“いかに効率的に社会の役に立つか”で測られるようになっている。そうした観点からみると重度心身障害者は抹殺すべき存在となる」
とか、
「異質のものは排除しなければならにという狭量な社会の風潮が変わらない限り、この種の事件は繰り返し起こる」
 とかいった声を拾い、相模原事件の背景に差別を容認する社会的風潮があることを強く印象付けました(例えば2016.08.02 毎日新聞「記者の目 相模原殺傷事件」)。
19人が殺害された相模原市の事件は障害者を狙った典型的な「憎悪犯罪」(ヘイトクライム)だ。特異な人間が起こした突発的な事件ととらえるべきではない。憎悪犯罪には必ずそれを容認する社会の闇が背景にある。

 差別をなくすことはジャーナリズムの重要な仕事です。それが結局差別は減らせず、むしろ深まった――そう主張するようではメディアの敗北でしょう。

 しかし実際、社会的差別はかつてより広がったり深まったりしたのでしょうか?


【学校が努力してきた】
 私はそう思いません。そうした考え方に強く抵抗します。
 障害者差別にしても民族差別にしても、あらゆる意味で差別問題は昔よりずっと良くなっています。差別をなくすことは学校にとっても重要な使命ですが、私たちも諸先輩方も後輩たちも、差別解消のために膨大な時間とエネルギーと知恵を使い、努力してきました。それで社会が悪くなるはずはないのです。

 少なくとも昔に比べたらはるかに差別のない社会を実現した――そう信じているからブログでも2回に渡って扱い(2016/7/27「狂気のラスコーリニコフ」〜、2016/8/31「モンスター」〜)、相模原事件は一般化できない、特別な人間による特別なできごとだと言ってきたのです。

 それから7か月がたち、今回横浜地検は「自己愛性パーソナリティー障害」という診断を確定させたうえで、容疑者の起訴にこぎつけました。
 しかしその判断はさまざまに矛盾を生じ、軋み音を起こす決定でした。

【相模原事件の癒しがたいパラドクス】
 まず、植松容疑者は自らが「生きる価値がない」と主張した障害者の中に身を置くことになります。いわば仲間入りするのです。
 人格障害というのは簡単に言ってしまうと「通常の社会生活が困難なほどの性格のゆがみ」のことですが、それは知能や身体に課題を抱え「通常の社会生活が困難なほど」という意味でまったく同じです。
「自分が『生きる価値がない』として殺した範疇に、自分もまた属していた」
 この矛盾に植松容疑者はどう対処するのか、見て行きましょう。

 翻って私たちは、“植松容疑者の生きる価値”について考えを巡らさなければなりません。
 彼は人格障害を抱えた――その意味では間違いなく“障害者”です。障害がある以上、少なくとも理屈の上では彼を守らなくてはなりません。

 しかし一方で、彼は19人を殺害して27人を負傷させた犯罪者でもあるのです。その事実に照らし合わせれば当然、死刑が相当でしょう。

 しかしその犯罪の根には人格障害があるのです。
 うっかり「あいつは不幸しか生み出さないから死んだ方がいい」と言ってしまうと、まさに植松容疑者の論理にからめ取られることになります。

 彼は生きる価値がないのでしょうか? 
 守るべき存在なのでしょうか?

 難しい問題です。



*「人格障害」を「パーソナリティ障害」と言い換えるのは対象者が子どもの場合、「子どもに『人格』というほどの統一的なものはあるのか」といった議論を避けるためのようです。
 また、自己愛性パーソナリティー障害は10に分類される人格障害のひとつで、「自分は特別な存在だという肥大した自己意識」に囚われる障害で、容疑者が大島衆議院議長にあてた手紙とよく符合します。
 NHKのニュースでは「自己愛性パーソナリティー障害を含む複合的な人格障害」といった言い方をしてましたから、反社会性パーソナリティ障害など、事件を説明しやすい障害名は複数探せるでしょう。




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2017/2/23

「死を恐るるなかれ」B〜がん  人生


 一週間ほど前、国立がん研究センターが主要な16部位の“がん”について、10年生存率の調査を行って結果を発表したという記事が出ていました(2017.2.16 産経新聞「がん10年生存率58.5% 5年は69.4%、改善進む がんセンターが公表」)。

 “5年生存率”というのはよく聞く言葉ですが“10年生存率”という言葉には馴染みがないので不思議だなあと思っていたら、要するにがん治療の進歩により5年以上生存する患者がかなり多くなったため、10年後も見ないと実態が分からないという話だそうです。
 かつては“がん”がぶり返すことなく5年間生存できれば「ほぼ治った」と考えることができた(乳がんのみ10年または12年)のに、今は10年見ないと治ったかどうかは判断できないうことです。

【“がん”が治るということ】
 それではなぜかつては『“がん”がぶり返すことなく5年間生存できれば「ほぼ治った」と考えることができた』のかと言うと、グラフの縦軸にがん患者の数をとり、横軸に年数をとって経過を見ていくと、“がん”の悪化や再発・転移によって徐々に生存者が減っていくのに、ほぼ5年たつとそのグラフがフラットになる、つまり5年以上たつと再発して亡くなる人が極端に少なくなるのです。そこで「ほぼ治った」とみなすわけです。
 それが10年も見なければならなくなったのは“がん”が治りにくくなったのではなく、昔だったら5年以内に亡くなったはずの人が、今や5年を越えて生存できるようになった、あるいは治ってしまうようになったというからです。
 医療の現場は日進月歩です。

 全体の治療成績も記事にある通り、全がんの5年生存率は69.4%、10年生存率で58.5%ということですので、もはや“がん”が絶望的な病ではないことは明らかです。10年以内に4割がなくなってしまう病気なら、他にもたくさんあるでしょう。“がん”だけを恐れる必要はありません。
*ただしこの数字は全がんの生存率であって“がん”の種類や患者の年齢によって大きなばらつきがあります。詳しくは(前回の調査について書かれた古い記事ですが)週刊現代2016.04.「これが本当の「ガン10年生存率」だ〜部位別・年齢別に一覧表にまとめました」)を参考にしてください。

“がん”は最初の発症した部位で“肺がん”だの“肝臓がん”だのと言う名前がつきますが、その場にとどまる限りはさほど恐ろしい病気ではありません。がん化した部分をそっくり取ってしまえばいいのですから。
「イボが大きくなってみっともないから取ってしまいましょう」
といった程度の話です。しかしそうはならないのは一にも二にもそれが転移・再発するからです。


【転移・再発】
 実は転移も再発も同じもので、最初に発生したのと同じ場所で再活動すれば「再発」、違う場所で活動を始めると「転移」と言います。がん細胞は転移した先でも元の“がん”と同じ性質を持ちますから(肝臓がんは肺に転移して発症しても肝臓がんということ)、転移も再発のひとつには違いありません。

 ではなぜ転移・再発するのかと言うと、これがよくわかっていないのです。
「がん細胞は弱くて壊れやすいので初期からバラバラになり、血液やリンパ液やに混じって全身に広がり、そこに留まる。本来“弱い”細胞なのでほとんどがその場で死んでしまうが一部が生き残り、やがて眠りから覚めて一気に増殖し始める」
 と、そんな説明がなされるのですが、なぜ生き残るがん細胞があるのか、なぜ眠るのか、なぜ改めて眠りから覚めるのか、再発する人としない人がいるのはなぜか、すぐに再発する人とたっぷり時間が過ぎてから再発する人との違いは何か、それらがうまく説明できないのです。


【女王アリのがん】
 私自身は“がん”の「弱くて壊れやすい」とか「猛然と増える」とかいった印象から昆虫のアリみたいなものを想像しています。

 アリが人間の身体の中で巣をつくり猛然と増えている――それが“がん”が大きくなっていく過程です。そうは言ってもアリですから弱く壊れやすくバラバラになりやすい。バラバラになってこぼれた一部は、そこから血液やリンパ液に混じって全身に広がっていく、行った先で次々と死ぬ(何しろ小さくて弱いものですから)。

 放射線や抗がん剤によって、健康な細胞よりも先にがん細胞が死ぬのも同じ理屈です。なにしろアリですから、弱く崩れやすい。強い刺激を与えると何億という数のアリが大量死し、一貫すべてが滅びたかのように姿が見えなくなる――“がん”が消えた、治ったと思わせる瞬間です。

 ところが巣を離れて遠くに行った先でも死なないアリがいる、放射線でも抗がん剤でも死なないヤツがいる――数億という大量のアリが死んだあとなのでまるで、実はごく少数のアリが見えないかたちで残っている、死なない――。
 なぜ死なないかというとそれが女王となるはずのアリ、つまり女王候補アリだからです。数億の働きアリに紛れてほとんど見えないのですが、彼女たちは明らかに他と異なるありで強くしぶといのです。
 その女王候補アリがやがて成熟して、ある日突然、大量の働きアリを生み始める――。
 これは「がん幹細胞仮説」と呼ばれるもので、私が女王アリに譬えたのは、繰り返し分裂して自分のコピーを生み出す“がん幹細胞”、いわばマザー・エイリアンです。

 とてもしっくりとくる分かりやすい仮説ですが、だからと言って再発する人としない人の違い、早く再発する人と再発までに時間のかかる人の違いまでは説明するものではありません。

                               (この稿、続く)
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2017/2/22

「死を恐るるなかれ」A〜運命の日  人生


 昨年11月の木曜日、義母が94歳で亡くなりました(2016/11/11「白鳥の歌」〜義母の指)。諸般の事情によって翌日が通夜、葬儀はその次の日という忙しい日程になりました。

 義母の死はほぼ予定されたものだったのである程度の期間を見て準備も整っていましたが、その中で“ここしかない”という一点を狙い澄まして義母は逝ったような気がします。というのは亡くなった翌日、長年義母の面倒を見てきた義姉が、深刻な事情で病院に予約を入れていたからです。

 亡くなるのが一日早かったら二日後の葬儀と重なり、一日遅かったら予約当日ですからどちらにしても診察に行けなかったのです。
 まるで、
「明日を通夜にするから予定通り病院に行ってきなさい。通夜だったら午前中は空いているでしょ」
と指示するかのような死でした。

 ですから私は「これはきっと運がある、おばあちゃんは義姉のためにこの日に逝ったに違いない」と思ったのですが、運命はそんなに甘く優しくはなかったみたいです。

 その後数回の検査・診察を経てついた診断名は「胆管がん」。女優の川島なお美さんを死に追い込んだものと同じ病気です。しかも肺に転移がありとりあえずは手術不能ということでした。


【胆管がん】
 胆管は肝臓から胆汁を十二指腸に運ぶ管で、いわば肝臓の一部です。
“沈黙の臓器”と呼ばれる肝臓につながるものですから当然がんに罹っても症状に出にくく、(私の記憶違いでなければ)昔は開腹して「がんがあったら“見つかってよかったね”、なかったら“がんじゃなくて良かったね”と言うしかない」、それくらい難しいものでした(現在は胆管まで届く内視鏡を使って検査するみたいですが)。

 基本的な抗がん剤は三種類しかなく、しかも組み合わせて使うので投与は二通りしかないことになります(ゲムシタビン+シスプラチン、ゲムシタビン+S-1)。
 12月の末から一か月以上かけて最初の方法を試し、成績が良くなかったので二番目の方法を試している、それが今の状況です。


【義姉】
 私より一つ年上ですがどう見ても10歳以上は若く見え、40代のころには実の娘と姉妹だと勘違いされたほどの美人です。勝ち気でがらっぱちで、言葉は汚いのですが心優しい人で、私の娘のシーナは第二の母のように慕っていました。
 20年前は私の勤務の関係で三世帯(義理の両親・義姉夫婦・私の家族)一緒に暮らしていましたから、実際“第二の母”も誇張ではないのです。

 長く病んだ老母(私にとっては義母)に尽くし、ようやく解放されたときでした。
 本人の結婚が早かったこともあって二人の子はずいぶん前に成人し孫も三人という状態――つまり私もそうですが、私以上にこの世に未練を残さず済む立場と言えます。
 それだけにかえって難しい。

                              (この稿、続く)


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