2017/1/26

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2017/1/26

「学校給食の話」B  教育・学校・教師

     〜食の道徳 、給食が不味いという子たち

 月曜日の「報道ステーション」の特別企画「全国学校給食甲子園、優勝は足寄町学校給食センター」は、元テニスプレーヤーの松岡修造さんが足寄町学校給食センターを訪ねるというものでしたが、その最後の場面で、スタジオのキャスターが、「これはまるで道徳教育ですね」といった話をしていました。私は少し喜び、やや苛立ちました。
 喜んだのは全国に語ってくれたこと、苛立ったのは「今頃そんなことを言っているのかよ」という気持ちからです。

【食の道徳】
 学校の教育活動のほとんどすべては道徳教育的です。週一回の「道徳」の時間はもちろんのこと、数学や英語といった教科教育の場でも「きちんとひとの話を聞きなさい」とか「順番を守りなさい」「発言者に敬意を払いなさい」といった調子で不断に道徳教育が行われています。
 さらに学習指導要領では年間35時間しかないことになっている特別活動の時間が道徳の実践教育の場として使われています。食育も当然道徳的になります。

 すべてのものに命が宿っているという立場から「(その命を)いただきます」と言わずにいられない心性、
 手前に置いた一膳の箸を結界として、その先にはすべての命の営みがあるということ、
 一回の食卓にどれほど多くの人々の努力と想いが込められているか、人々が「馳せ」「走り回って」用意してくれたものに「ご馳走様」と感謝せずにはいられない気持ち。

 それらは「三大栄養素はバランスよく摂りましょう」といった知識とともに、最優先で子どもに伝えられるべきものです。
 そのことも含めて、学校教育が道徳教育の塊だということについては、もっと宣伝されてしかるべきです。


【嫌いと言え!】
 さて、昨日紹介した昨年の週刊新潮(2016年7月14日号)に「ズワイガニから松阪牛まで! 豪華すぎる学校給食のメニュー一覧」は、驚いたことに全文がいまネット上で見られるのでぜひ参照していただきたいのですが(http://www.dailyshincho.jp/article/2016/08140551/)、 「劇的なまでに美味しくなっている」と新潮が絶賛する給食を、まったく評価しない人がたくさんいます。

 ひとつはさらにレベルを上げなくてはだめだと考える立場。週刊現代2016.09.28『「学校給食」の不都合な真実…こんなものを子供に与えていいわけない!』がその代表です。
 しかし最も多いのは子ども自身の声です。昨年のクリスマスの上毛新聞『給食「残す」前橋で4割 高崎では残飯処理費が年2600万円』はそのことを如実に語っています。

 記事では子どもたちが給食を残す理由を
「好き嫌いや苦手」が49%で最も多く、「量が多い」15%、「食べる時間が足りない」14%、「おいしくない」6%と続いた。
と紹介しています。納得できる数字です。しかし困ったことに、子どもはしばしば嫌いな食べ物を「不味い」と表現したりします。
「どうして残すんだ?」
「だって不味いんだもん」
 こんな言い方です。
 そんなとき、私の場合は常に「不味いのか? 嫌いなのか?」と尋ねるようにしました。不味いという情報が広がって賛同者が2〜3人で来たりすると、何も考えずに食べていた子たちも「不味い」という方向で味を検証しなおしたりします。それでは困るのです。
「不味いのか? 嫌いなのか?」と訊くと子どもの方は(周囲においしそうに食べている子がたくさんいるわけですから不味いとは言えず)「嫌いです」と訂正してくれます。そこがつけ入る隙です。
「だったら不味いと言わず、嫌いと言え」
「それに嫌いなものを好きになれとは言わんが、出てきたものだ、せめて半分は食べろ」
と突き返します。たいていの場合は半分は食べられます。そしてほとんどの場合それは食わず嫌いですから“半分”食べているうちにいつか全部食べられるようになったりします。

 もっともそれが通用するのは小学校の中学年以上、1・2年生で好き嫌いが多い子となると簡単には食べてくれません。給食のある保育園や幼稚園だと、さらに難しいことになります。

                               (この稿、続く)

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