2016/10/19

「日本語の創造者たち」B〜和製漢語の話  言葉


 「レガシー」「ダイバーシティ」「ワイズスペンディング」「ホイッスルブロワー」
 最近、ニュースの中をやたらと飛び回っている言葉ですが、それは最初たった一人の女性の口から発せられたものでした。小池百合子東京都知事です。

 めったにないことですが、私はときどき強烈に、もっと英語を勉強しておけばよかったと思うことがあります。読んだり書いたり会話したりするためではありません。「英語なんてそんなにやってはいけません」「使ってはいけません」と主張するためには、よほど英語ができなくてはならない、そうでないと単に僻んでいるとか、劣等感の裏返しだとか受け取られかねない、そんなふうに思うからです(こういう言い方自体、すでに相当に屈折しているみたいですが)。その点、高校時代はおそらく日本で一番の英語遣いだったと自負する藤原正彦さんの英語批判には説得力があります。

(さて、話を戻して)しかし小池知事の使う英語、あれはもう少し何とかならないものかと、私は思うのです。

 確かに、英語と日本語は一対一の関係ではありませんから、「遺産」と「レガシー」は同じものではありません。「遺産」と言えば古いものが“今、残っている”ことに重心があり、「レガシー」は私の印象だと“残す”ことの方に重きがあるように思います。しかしニュアンスの違いは文章として補えばいいことで、例えば「負の遺産として残したくない」「将来、良き遺産となるように」といったふうに言えばいいだけのことです。

「レガシー」と言えば小池知事は楽でしょう、しかし受け取る側はとりあえず意味を調べ、「遺産」との違いを感じ取ってしっくりくるまで心の中で訓練しなくてはなりません。そしてそれが終わるまで、小池知事との本質的なやり取りはできなくなります。
 こちらが遅れた分、彼女は勝者の気分を味わっているのでしょうか、それともそれが彼女の機先の制し方なのでしょうか。
 もちろん「ダイバーシティ」はそれまで日本になかった概念ですから英語を使いたがる気持ちもわからないではありません。しかし「ワイズスペンディング」は「賢いお金の使い方」だとか「正しい予算執行」だとか、その場にの状況に合わせていくらでも言い替えがきくでしょう(ここでケインズを持ち出すのはさらに嫌味です)。
「ホイッスルブロワー」に至っては、なぜ「内部告発者」ではいけないのか全く理解できません。

 もちろんそれは小池知事に限ったことではなく、このところ長く続いた日本の傾向です。かくいう私だって努めて日本語を使おうと考えるようになったのはここ10年余りのことで、それまでは安易に、あるいはわざと、難しい英語単語を使って煙に巻くことも少なくなかったのです。ただしそれでいいのか。

 あれもこれも何もかも英語、そのおかげで話がさっぱり分からない――
 ルー大柴というのは私の最も嫌いな芸人の一人ですが、もしかしたら現代日本を戯画化して見せる(おっと! カリカチュアなんぞと言いそうになったゼィ!)天才なのかもしれません。
 彼の描く“ルー語の世界”こそが、現在の日本なのかもしれないのです。

 明治時代はそうではありませんでした。
 外国語をそのまま口にしたり文章にしたりすると困るのは昔も今も同じです。「ダイバーシティ」と言われても何の印象も浮かばない(それどころか私みたいに「潜水夫の町」を思い浮かべるバカもいるか)のと同様に、明治の一般民衆は、例えば“Love”と言われても何も思い浮かばなかったのです。日本には“Love”に相当する感情も言葉もなかったからです。
 男女が互いを「恋うる」ことや「惚れる」ことや「懸想する」ことはありましたし、親子兄弟の間で年少者を「愛でる」ことや「愛おしむ」こともありました。しかし男女間と年少者に対する気持ちをいちどきに表す言葉も感情もない、ましてや神の恩寵まで加わると全く理解できないのです。
 しかし明治はだからと言って外国語をそのまま使おうとはしませんでした。日本語化することに情熱を傾けたのです。その際、当時の文化人には漢文に関する深い造詣があり、国民の多くが表意文字である漢字を自由に使えたことが有利に働きました。
“Love”の表現するところは、「愛おしむ」ことであり「恋うる」こと、だから「恋愛」はどうかとか、――そうなると”I love you”は「我は汝に恋愛す」か? ――いやそれは無理だろう、ここは「愛してる」ではどうか? ――そんなやり取りしながら次々と言葉をつくっていったのです。
“Love”に何の印象も持てない明治人も、「恋愛」にはすぐに反応できました。「愛する」という言葉が生まれたおかげで、欧米人に近い愛の形も生まれてきます。そうやって外国語を咀嚼し、消化して、日本語と日本人の感情はさらに豊かになっていったのです。

                                    (この稿、続く)

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