2016/6/8

「躾の問題」c〜メラビアンの法則・心にヤスリをかける  教育・学校・教師


「3歳以上だったら言葉で話せば必ず分かります」(尾木ママ)といった専門家のアドバイスにもかかわらず、私たちは言葉だけの指導に限界を感じています。一般人にとって、口で言って分からない子をどう分からせるかというのは、“専門家”の想像を遥かに越えて大問題なのです。
 今回の北海道の事件に際して「これは虐待です!」と叫んだ尾木ママに、多くの人々が当惑したのもそのためです。そりゃあ山の中への置き去りしたのは悪いかもしれない、でも、だったらどうしたらよかったのか――何度訊ねても”専門家“は「時間をかけても親が向き合って、何が悪いのか理解させないと意味がない」と繰り返すだけです。
 私の不満はそこにあります。それで人並み以上の収入を得ているのだからもっと我々にできそうなことを言ってほしい、置き去り以外の有効な道を示せ、ということです。

 もちろん私も子どもを山に置き去りにしたり家の外に出す指導が良いと思っているわけではありません。まったく逆で、それはもうすべきではないと考えています。人権的な意味合いではなく、効果が薄いばかりか危険ですらあるからです。
 置き去りにするような指導に絶対的な効果があったのは、家の外は百鬼夜行、山の中には悪霊・精霊・鬼・化け物が住んでいると信じられた時代、あるいはそういうふうに育てられてきた子どもについてだけです(例えば私の娘は、お寺の法話に通っていた関係でかなりの年齢になるまで百鬼・亡者を信じていました)。
 しかし現代の普通の子は違います。
 幼少のころからアウト・ドア・スポーツに親しんできた子を山の中に置き去りにしても昔ほどの効果はないでしょう。数十m歩けば繁華街といったところに住む子どもを、外に閉め出してもあまりいいことはなさそうです。そして現在はもうひとつ、一歩間違えば(それどころか半歩、三分の一歩でも間違えば)虐待で通報されてしまいます。
 今回の北海道の事件でも、最終的に誰が一番懲りて誰が一番「二度とすまい」と反省したかと言えばもちろんお父さんです。子どもへの指導で親が反省するような羽目に陥ってはいけません。
 
 それでは子どもに恐怖感を与えるような指導はしてはいけないかと言うとそれも違います。
 子どもは年を下れば下るほど言葉による指導が難しくなります。そこにはどうしても言葉や論理によらない、意識の下に直接刷り込むような指導が必要になってきます。そのとき多用するのが恐怖の表情と恐怖の声です。


 ひところ流行したメラビアンの法則は「人の行動が他人にどのように影響を及ぼすかというと、話の内容などの言語情報が7%、口調や話の早さなどの聴覚情報が38%、見た目などの視覚情報が55%の割合であった」という実験結果によって提唱されたもので、別に「7-38-55のルール」とも言ったりするものです(Wikipedia)。そこから「人は見た目が9割」とか「あなたは第一印象で55%損をしている」とかいった話になりますが、すこし誤解されている面もあって、メラビアンの研究はそもそも「感情や態度について矛盾したメッセージが発せられたときの人の受けとめ方について」と条件付きで展開されているのです。簡単に言うと、「へらへら笑いながら怒る」とか「重々しく冷たい口調で優しいことを言う」とか、言語情報・聴覚情報・視覚情報のいずれかの組み合わせが矛盾して発せられた場合、受け取る側は主としてどんな情報を頼りに判断するのかという研究なのです。そう言われると、ある意味とても分かりやすい。
 例えば、
 ニコニコ顔の女の子が明るい声で「殺しちゃうゾ!」と言っても青くなって警察に駆け込む必要はありません。しかし冷たい表情をした男が押し殺したような声で「おめえ、いい車に乗ってるじゃねえか」と言ったらとりあえず逃げておいた方がいいでしょう、決して本気で車を誉めているわけではなさそうですから――
ということです。

 子育てを考える上でメラビアンの法則が示唆するのは、少なくとも表情は明確に叱っていることを示さなければならないということです。できれば声や口調も同じものでなくてはなりません。極端に言えば中身などなくてもいいのです(どうせ7%しかないのですから)。
「そんなことをしたら他の人が迷惑でしょ?」とか「困るでしょ?」「悲しい想いをするでしょ?」といった言語内容は、おそらく三歳児以下には全く通用しません。この年代の子どもたちには「他者には自分とは別の、まったく異なる内的状況・目的・意図・知識・信念・志向・疑念・推測といったものがある」ということも分からなければそれを推測する力もないからです。5・6歳でも分からない子は分かりません。
 また“迷惑”といった抽象的なことは8歳・9歳でも理解できない場合があります。
 つまり、尾木ママの信念に反して、小さな子に言葉で話すだけでは絶対に分かってもらえないのです。

 子どもを叱るときは怖い顔をして、低い声、落ち着いた口調でゆっくり話さなくてはなりません。それでも恐怖が足りないと感じたら怒鳴りあげ、まくし立てます。
「それは決してしてはならないこと」として子どもの心に恐怖とともに刷り込んでおかなければ、その子や周囲の人々の命に係わる場合だってあるのです。

 その子の個性や成長の度合いを見ながら、子どもの心に丁寧に傷をつけて磨き上げること、それを私は「子ども心にヤスリをかける」と言っています。
 子どもの心をまったく無傷のままに育てようとする試みは必ず禍根を残します。

                                   (この稿、続く)


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