2016/5/9

「『感動ポルノ』の不安と憂鬱」付録  政治・社会


 このブログはもともと学校内で先生方に見てもらうために書いた原稿を、あるときからネットに上げたものです。ですから週日アップが基本で、土・日・祭日および長期休業中はお休みにしてきました。
 退職して児童館の仕事を始めてからも、子どもの長期休業は児童館の繁忙期(朝から子どもが来る)ですから、それまでと同じように学校のリズムでやってきました。その調子でずっと同じようにやってきたのですが、一昨日・昨日と、土日にもかかわらず二日続きで記事をアップしました。そこには浅〜いわけがあるのです。

 今回の熊本地震に際し、当初からそうとうイライラしていました。
 熊本・大分の方々には失礼なのですが、私はこうした危機状況の時にこそ国家・国民の実力が出ると思っていて、わが国は理想的な形で被災地支援・復旧・復興を果たしていく、世界に範を垂れる、理想が理想ではなく実現可能であることを世界に知らしめる、そう信じて疑わなかったのです。大切なのは誰かが「初めの一歩」を踏み出して見せること(「乗り越えること」)、災害対策の理想が夢物語ではなく実現可能だと理解すれば、皆がそこに突っ込んでくる、そう信じていたのです。

 にもかかわらず今回はなにかが違う、過去の震災から学んでいない気がする、見当違いのアドバイスが横行する、そんな感じがしているのです。

 例えば今回は全国から押し寄せる支援物資・ボランティアに対してハナから及び腰で、現地から聞こえてくるのは「まだ来なくてもいい」「送らなくていい」「もう送らなくていい」「支援とニーズのミスマッチ」――そんな話ばかりです。
 その一方で「食べるものがない」「水がない」「寝る場所がない」「人手が足りない」・・・。
 いったいどうなっているのか、さっぱりわかりません。
 しかし現地に行かない私が言うのでお門違いかもしれませんが、ことはもっと単純だった気がするのです。

 現在の日本だと放っておいても物資や人は集まってくる(いい国です)。だとしたらそれをきちんと配分すればいいだけです。
 しかし非常時ですから行政の仕事は一気に二倍三倍になっていて対応しきれない。だったら物資の集配のプロにボランティアを頼めばいい、道路がだめで車が通れないならバイクの所有者にボランティアを頼めばいい。それでもだめなら自衛隊の大型ヘリを使えばいい、それでも足りなければ在日米軍に頼めばいい、オスプレイなら大型ヘリの2倍くらいの物資を3倍くらいの早さで運んでくれる――それらは当たり前のことだと思うのです。
 しかしそれにも関わらず、現地からは頓珍漢なニュースばかりが飛び込んできます。

 私は国が行った「プッシュ型支援」というのは正しい方向だと思っていますが、マスコミを通して伝わってくるのは「シャンプーや歯ブラシ、ウェットティッシュが欲しいのに食料が来た」とか「自衛隊の給水所があるのに水が運び込まれた」とかどうでもいいような細かな文句ばかりです。
 食料が余って困る避難所は外で腐らせればいいのです。水が余って邪魔なら側溝に流せばいいのです。非常時ですから「もったいない」などと言っていられません。そもそも食料や水が余って困るようなところは、その時点では大した問題ではなかったのです。
 それよりもなくて困っているところに食料や水が届くことが大切。飲まず食わずのひとが十人が救われるなら、千食二千食すてられるのもまったく惜しくありません。だって非常時なのですから。
「十分ストックのある赤ちゃん用紙オムツがまだ届く。今必要なのは大人用のオムツ」――だったら赤ちゃん用は野ざらしにしてあとで誰かに引き取ってもらえばいいのです。だめなら廃棄です。なんといったって非常時なのですいちいち細かいことは言っていられません。

 それを――届いた水や食料で助かった避難所に行って取材すればいいものを――、歯を磨いたり髪を洗ったりできるほど余裕のある避難所ばかり回って行政の不備を訴えるのは卑怯です。

 4月末になってイラついたのは、「ボランティアはルールを守って」報道のラッシュです。
 確かに仰ることはごもっとも、しかし例えば「ボランティアは宿泊および食事は自分で用意すること」とか言われても素人にはどうしたらいいのか分からないのです。
 おにぎりや弁当を三日分持っていくというわけにはいきません。カップ麺などを抱えていくことはできても、アウトドアの愛好家でもない限り湯沸かしの道具をなどありません。 
 宿泊は?――電話も通じない状況で、どう予約を取ったらよいのでしょう。
 というわけで意欲は急速に萎えていきます。

 阪神淡路大震災の時だって東日本の時だって、ボランティアに参加した人たちはみんながみんなきちんとした装備や準備をして出かけたはずはないのです。
 勢いで出かけ、食事も泊まるところもなく、一部は不満を訴えて顰蹙を買い、嫌われ、しかし大部分は、おそらく現地で噂を聞いたりボランティア仲間と相談したりしながら情報を収集し、それでなんとかしたのです。そうやってみんな覚えたのです。

 熊本地震では当初からボランティアの受け入れに及び腰でした。そしてようやく受け入れ体制ができあがったころに、メディアを介して送られたメッセージは、
「ルール・マナーを守ることができる、高い道徳性を持った人だけが来なさい」
 その代表が『感動ポルノ、就活ネタ作り…GWに被災地へ殺到する「モンスターボランティア」』です。

 そんな言われ方したらボランティアになんか行けないだろう。そんなレベルの高いことを言われても普通は対応できない、こんな調子だとあっという間にボランティア不足になるぞ――。
 そういう思いがあって「『感動ポルノ』の不安と憂鬱」という文章を書き始め、長くなったのでa,b,cと三回に分けて5月6日の金曜日、そして9日月曜日(今日)、10日火曜日にアップしようとしたのです。

 ところが、7日土曜日夕方のニュースを見ていたら早くも「ボランティアが不足」みたいなことを言っていて、それで慌てました。
「こんなことをしているとボランティアが足りなくなるかもしれない」という内容を「足りない」報道のあとに出すわけにはいかないからです。
 そこで書き溜めてあった記事を土日にもかかわらず二日続きでアップしました。

 それが原則を曲げた、私の「浅〜いわけ」です。
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