2016/4/11

「私が仕事を辞めたいくつかの理由」C  教育・学校・教師


(「私が仕事を辞めたいくつかの理由」5――他にやること、やりたいことがある。)

 70年以上昔の田舎で大学に進学できるのは、基本的に勉強のできるお金持ちの子弟だけでした。どういう人が金持ちだったかと言うと、これも基本的に資産家と企業経営者、豪農です。
 資産家と企業経営者の子弟なら卒業後、家に戻って次ぐ仕事があります。しかし豪農の息子が家に戻っても百姓と言うわけにはいかないでしょう。
 次男三男なら都会に残ってサラリーマンという手もありますが、家父長制の時代にあって家を継ぐ長男坊はどうしても田舎に戻らざるをえない。そうした地域エリートの就くべき職業のひとつとして考えられたのが教員です。これだとステータスも高いし獲得した知識も使えます。

 私が新卒のころ、先輩のお宅に招かれて行くとそこはとんでもなく立派な古民家で、ほとんど文化財なので改築もできないと嘆いている例がいくらでもありました。こうした先輩たちの多くは父親も教員で、農地改革で土地を失い、普通の農家になった現在も教職と農業の二足の草鞋を履いてきたのです。そこそこに大きな田畑があるので田植えや稲刈りの時期にはほんとうにたいへんそうでした。
 現在の私の周辺で、仕事を辞めて農業にという人たちの大半がそうした境遇にあります。在職中はたいへんでしたが、今となれば継ぐ仕事があるというのは悪いことではありません。

 私は違います。3代続いた生粋のサラリーマン一家(威張ることじゃない)で、教員になったのも三代目の私だけです。農業の知識もなければ収入を生み出す田畑があるわけでもありません。
 ただし私の親が土地を買ったとき、ついでに買わされた1アール弱の畑がります。農地法の関係か何かで、土地の道路側半分を住宅用地として売り出す際うしろ半分が取り残されてしまった――そんな感じの土地です。1アール弱というのは本格的な農業が行えるほどではなく、家庭菜園というには広すぎる中途半端な土地ですが、これまで見よう見まねで農業らしきものをやってきました。それをきちんとやってみたい。
 勉強しなおして、土づくりからしっかりやってみたい。
 それが「私のやりたいこと」のひとつです。

 ついでに、
 よせばいいのに「実のなる木があったらいいな」という妻の要望に従って植えた桜桃やプルーン・柿などが絶望的な状況で、これも何とかしたい。
 プルーンは毎年大量の実がなるのに収穫するとすべてに虫が入っていて食用になりません。桜桃に至っては鳥との収穫争いに常に敗れ、20年ほどで食したサクランボはわずか10粒ほどです(1粒を四つに分けて4人で食べたことがある)。
 家を建てた時には庭に樹木を配するのが流行りでしたが、今やそれが負担になっています。これも何とかしなくてはなりません。

                               (この稿、別の表題で続く)


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