2016/3/3

「いじめ隠しはない、しかしいじめは増え続ける」〜自分の目で見る➈  教育・学校・教師


 学校に関するあらゆる数字・統計の中でもっとも不思議なもののひとつは「いじめ(発生/認知)件数の推移」です。
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 世の中にこんなへんなグラフはそうはありません。
 そこでこの奇妙なグラフを学校によるいじめ隠しの証拠と考える人もいます。

 94年、06年、12年と間を置いて爆発的に報告数が増えているのは、それぞれの年および前年に起きた「いじめ事件」(93年:山形マット死事件、06年富田林市いじめ自殺事件、11年大津市中2いじめ自殺事件)に際して、文科省が徹底報告を求めた結果だというのです。

 しかし考えてみれば文科省が言ったからといってそう簡単に隠した数字が出てくるものではありません。学校が本気で隠そうとしているなら「言われた」程度で数値を変える必要はありませんし、迂闊に増やせばむしろ「隠していた」と疑われかねないからです。できるだけ前年並みで押さえておきたいのが人情です。
 もちろん文科省がきちんと査察をして掘り出せばいいのですが、全国で3万に及ぶ小中学校のひとつひとつを数日ずつかけて調べるなどできることではありません。
 文科省が調べたから増えたわけではなく、実はこれも基準が変わったことによる変化なのです。

 1985年(昭和60)、初めて行われた調査の際、学校はどのレベルで報告したらよいのかわからないのでなんでもかんでも一切合切を計上しました。その結果、全国で15万件超という想像を絶する数になってしまいました。あまりにも多すぎて対応できないほどの数です。
 そこで文科省はあわてて報告基準を示し、「学校として事実を確認しているもの」の文言を入れたのです。その結果、翌86年には三分の一近くまで激減します。「事実を確認している」となればそこまで多くはないのです。

 ところで、学校のいじめ調査というのは放っておくと毎年減っていく仕組みになっています。なぜなら問題が解決しなくても一定数が卒業してしまうからです。問題を抱えたま中学校に進学してしまう、高校に進んでしまう、そうなるとその分、いじめの件数は自然消滅してしまいます。もちろん減った分をきちんと掘り起こして補充し続ければ数値は変わりませんが、教師もただ新たな「いじめ」の出現を待っているわけはありません。指導した分、新たないじめの芽は早期に摘み取られることも多く、したがって順次減っていくのです。それが86年−93年の変化です。ところが94年にまた基準の変更が行われるのです。

 いじめ調査の基礎となる「児童生徒の問題行動等生徒指導上の諸問題に関する調査」の記述から再び「学校として事実を確認しているもの」が消え、代わりに
「個々の行為がいじめに当たるか否かの判断を表面的・形式的に行うことなく、いじめられた児童生徒の立場に立って行うこと」
 という文言が加わりました。客観的にいじめかどうかを判断するのではなく、“被害者”の側に立って判断せよという意味で、これによって“いじめ”だと言えばそれはカウントしなければならなくなったのです。94年の急増はそれを反映したものです。
 しかしそれでも卒業生を出すたびに報告数は減ってくる。すると2006年、今度は“定義”から、「一方的に」「継続的に」「深刻な苦痛を感じている」などの文言が消え、単に、
「当該児童生徒が、一定の人間関係のある者から、心理的、物理的な攻撃を受けたことにより、精神的な苦痛を感じているもの」
 となります。
 ハードルはぐんと下げられ、報告件数は爆発的に増えます。それともに報告された数値は「発生件数」から「認知数」に代えられます。学校が報告しているのは単に教師が把握した数に過ぎない、それは氷山の一角であって発生した数(発生数)は膨大に隠れているはずだという意味です。
 
 2012年の急増は文言の変更によるものではありませんでした。2011年に滋賀県で起こった大津市中2いじめ自殺事件の深い反省によって、文科省がさらなるいじめの掘り起こしを求めたからです。具体的にはアンケートを繰り返し行い、そこで訴えられたものは基本的にすべて「いじめ」として計上するようになりました。
 昨日のいじめっ子が今日やられる側に回っても、もちろんそれはいじめです。

 当時は実際にいじめがなくても「いじめゼロ」と報告するのが気の引ける雰囲気がありました。学校規模に応じてある程度の数字がないと嘘つきみたい思われる気がします。数字が異常い多い学校があるとその数にびっくりするとともに、正直な学校だと思い込むふうもありました。
 上のグラフの奇妙はそうやってつくられたものです。

 改めて見ると基準が変わるたびにいじめの認知件数は飛躍的に増加しています。それは教師の把握できる「いじめ」は氷山の一角で、陰に隠れたいじめを掘り出すことが大切だという考えに基づいているからです。
 今後も掘り起こしの工夫はさらに重ねられるでしょう。したがっていじめ事件は今後も永遠に増え続けることになります。
 

参考:「いじめの認知件数」国立政策研究所

                                 (この稿、次回最終)
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