2016/3/30

「トランプ・マジックの話」  政治・社会


 改めて辞書で調べて「ああ、マジックというのはやはり魔法・手品なんだな」と感心したり首を傾げたりしています。魔法と手品ではだいぶ感じが異なるからです。
 魔法といえばやはりタネも仕掛けもなく、魔法使いや魔女たちの才能や修練によって成し遂げられる奇跡や表現のことです。人間業ではありません。
一方、手品の方はタネも仕掛けもあることが前提で、その「タネや仕掛け」をどう悟られないかが勝負どころの人間業です。
 手品師が“魔法”だと言って芸を披露するのは嘘つきな話ですし、魔法使いが“手品”だと言って奇跡を見せるのも卑怯な話です(私はMr.マリックは後者ではないかと長く疑っています)。


 さて、アメリカ共和党の大統領候補者指名を争うドナルド=トランプ氏がとんでもないことを言い出しました(ずっと言っていますが)。「日本がアメリカの防衛義務を負わないのに、なぜアメリカが日本を守る必要があるのか」といったことは早くから発言していましたが、ここにきて、日本が在日米軍の駐留経費を大幅増額せねばアメリカは撤退する、日本も韓国も自分の国くらい自分で守れ、金持ちなんだから原爆も自分たちで作ればいいじゃないか、とか言いだしたのです。

 3か月前ならどうということはないのですが、今や共和党の候補となり次期大統領の座も視野に入ってこようとする人の発言です。実際に大統領となって言葉通りに行動するとも思いませんが、駐留経費の大幅増額だとか在日米軍の大幅縮小といったことぐらいはやろうとするでしょう。そのとき日本はどう対応するのか。空いた米軍の穴を自衛隊の大幅増強によって埋めようとするのか――。

 今のところトランプ大統領が実現する可能性は五分五分以下です。
 しかし確実なことがあります。それはアメリカ大統領候補が日韓の原爆保有を訴えても彼の支持率は落ちないということです。一定のアメリカ国民は、日本が原爆を保有すると考えてもさほど抵抗感がない、そのことをトランプ氏は証明してみせたのです。
 これまで考えてみたこともなかった話です。アメリカが自らの負担軽減のために日本を見捨てるかもしれないという話はありましたが、見捨てる代わりに原爆の保有を認めるという、ある意味、非常に筋の通った話をしたのはトランプ氏が初めてです。論理としてこれほど納得できる話はありません。

 一方、日本国内にはこの話を願ってもない吉祥として受け取る人々がたくさんいます。アメリカが日本の再軍備・核保有を認めるなら、トランプでも花札でも何でもいいや――そう思える人たちです。この人たちは今こそ絶好の機会と勢いづいているのかもしれません。日本が英米・フランス・ロシア・中国と肩を並べ、強い経済力と軍事力で世界に影響を与えられる国家に成長できるかもしれないからです。

 それがトランプ氏が私たちに見せた、深刻なマジックです。


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2016/3/27

「ちょっと心が闇」〜教員人事が発表されて  教育・学校・教師


 先日、新聞に教員人事の一覧が載っていて、さまざまに考えることがありました。
 ああ、あの人はこんな地方に行ったのかとか、教育庁の仕事をするようになったのかとか、おやおやもっと若いと思っていたのにもう定年退職なのかとか――思いはさまざまです。特に昇任人事にについては心穏やかではありません。
 この人もいよいよ校長かとかあの人が副校長になるのかとか、そういったことです。
 教員になるような人は皆真面目でよく努力しますから誰が管理職になってもよさそうなものですが、おのずと力量に差はあります。昇任者の欄に、当然名前のあるべき人がおらず、そうでもない人の名前を発見するのは、何とも歯がゆい思いです。

 言うまでもなく教職は野心家の選ぶ職業ではありません。富や名声が欲しい人は他に行っているのであって、教員になるのはそれぞれ子どもが好きだったり教えることが好きだったり、あるいは数学・社会・国語といった教科に惚れ込んでいたり、教育という仕事が価値ある活動だと信じ込んでいたりする人ばかりです。もちろん、公務員だから安定していいとか、子ども相手だから苦労がなくていいとか、長期休業があるからいいとかいった理由で教職を選ぶ人もいますが、そういった人はたいてい手痛いしっぺ返しにあいます。子どもはそんなに甘いものではありません。いつかそれなりの教師に成長していくしかないのです。

 ですからこの世界で若いうちから教務主任、副校長、校長と出世していこうという人はほとんどいませんし、そもそもナベブタ社会(広範なヒラ教員の真ん中で鍋蓋のツマミよろしく管理職が乗っている)と言われるような構造ですから、管理職への意欲の起きにくい世界なのです。私などは若いころ、管理職というのは教育の第一線を退いてボンヤリ立ち尽くす愚か者だと思っていました。

 しかしそんな私が、少しだけ考え直す機会が二度ほどありました。ひとつは三十代の半ば頃、とても尊敬していた先輩と話をしている最中のことです。どういう経過だったのか、
「先生、本気で校長になりたいと考えたこと、ありますか?」と訊くと、
「そりゃあなりたいですよ」と答えます。
当然「なりたいなんてこと、あるはずがないじゃないですか」とくると思っていたのでびっくりしていると、
「だって自分の考える教育理念を十分に実現しようとしたら、校長になるしかないじゃないですか」
 ああ、なるほどと思い、“そういうことならオレも校長になってもいいかな”と思ったりもしました。それが一回目です。

 二回目は、それから4〜5年たってからのことです。
 あまりにも奔放にやっている私を心配してか、これも尊敬する別の先輩がこんな話をしてくれたのです。
「別に校長・副校長になる必要もないし、そのために頑張るというのも教員らしくないけど、あえてその道を塞ぐこともないと思いますよ。
 人間は案外弱いものです。周囲が次々と管理職になって行く中で指をくわえて見ているのは、一定の年齢になると案外しんどいことなのかもしれません。それにもっとしんどいのは、自分より年下の、力のない管理職の下につくことです。“将来、あのバカが校長になっても、その下で前向きに働く”。その覚悟がないなら、管理職への道は一応開けておくのがいいかもしれませんね」

 私は教育学部の出身でもなければ、ずいぶん回り道をして30歳で教職についた人間です。出世という面から考えるとかなり不利な経歴です。しかしだからこそ校長にならなくても平気でいられる――「ま、教員になるのも遅かったし、そもそも10代のころから教員を目指してきたきちんとした教員ではないからいいかな」といったエクスキューズのある人間だ思っていました。
 将来、管理職になることはないだろうし、ならなくてもかまわないし、なる必要もない――そう思っていましたが、先輩の口から出た下品な表現、
“将来、あのバカが校長になっても、その下で前向きに働く”
は小さな刺のように心の奥底に突き刺さったままでした。私はそうしたことにも平気でいられるほど強い人間ではないのかもしれないと思ったからです。

 新聞の昇任人事の欄を眺めながら多くの先生の顔を思い浮かべ、ああ、あのA先生もB先生も、C先生も結局管理職への道に乗らず、いつか“あのバカ”が校長になったとき、その下で働くんだろうなと思うと心がひしゃげます。
 ただし、もちろん、A先生もB先生もC先生も皆、私よりはずっと人格者ですからこんなひねくれた考え方はしないでしょうが。


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2016/3/23

「世界は・・・」  政治・社会


 ベルギーが危険な国だという認識は、少なくとも一年前にはなかったはずです。フランスだって1年前はそうでした。

 2013年9月、トルコのカッパドキアで二人の女子大生が強盗に襲われて1名がなくなりました。そのときの印象は「トルコだって100%安全な国ではない」といったものです。

 その直前(わずか三日前)、ブエノスアイレスで開かれたIOC総会で東京と最後まで競ったのはトルコのイスタンブールでした。東京に決まった瞬間、エルドアン大統領が安倍首相に近づいて握手を求めます。どちらに決まってもそうしようという約束があったからです。とても印象深い風景でした。しかしここで押さえておかなければならないのは、2013年の時点で、トルコは7年後のオリンピックが開催できる国、それだけ平和で経済的に安定してきた国と目されていたという事実です。日本やスペインと五分で勝負できる国、それが当時のトルコで立っていた位置です。それからわずか2年半。
 2020東京オリンピックも問題山積ですがイスタンブールに決まらなくて良かったと、IOC委員たちも胸をなで下ろしていることでしょう(ついでに、リオデジャネイロもやめときゃよかったと思っているかもしれません)。

 世界は瞬く間に変わってしまいました。パリで大規模テロがありベルギーであり、トルコは間もなく内戦状態に入っていくかもしれない――そう考えるとユーラシア大陸の西側に安心して旅行のできる場所がなくなってしまったような気がします。

 地政学は「地理的な環境が国家に与える政治的、軍事的、経済的な影響を巨視的な視点で研究するもの」(Wikipedia)と説明されます。18世紀のカントに始まり第二次世界大戦まで力を持っていた政治学上の理論です。ただしそれは世界大戦終了とともに力を失い、やがて用をなさなくなったと考えられていました。少なくとも私が政治学科の学生だった40年前には「地政学」は死語扱いでした。

 広大な土地を奪い合う時代は終わり、実質的な支配権を広げるにしても傀儡政権を樹立したり経済的に自陣に引きずり込んだりするのであって決して“併合”といったやり方はしない、それが冷戦時代の大国どうしのやり方でした。プラハの春を潰したソ連はチェコの併合を考えなかったし、ベトナムに深くかかわったアメリカもインドシナ半島を自国に組み入れることは考えない、それが20世紀後半の“進んだ”やり口で、併合だの植民地だのは旧式の人間の考えることだったのです。

 まさかロシアがクリミアを併合し、中国が西沙諸島や南沙諸島で島嶼を基地化する時代が来ようなど、まったく想像もできないことでした。
 ISはシリアとイラク国内に版図を持った新たな国を築こうとしています。しかも外国のジャーナリストを平然と斬首し、奴隷制を復活するなどして、千年たっても諸外国と協調しないという強いメッセージを発信しています。この分で行くとチャンスがあれば、クルドもまた自らの国をもとうとするでしょう。
 北朝鮮もチャンスをうかがっています。

 さて、私の人生はそう遠からず終わります。しかし私の子どもや教え子たちはだ数十年もこの地球上に生きていかなければなりません。
 私たちの世代がこの世界に残すものが、混乱と戦争、悲惨と絶望だけということにならないように、今、ほんきで考えるべきことがあるはずです。

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2016/3/20

「週刊『デス・ノート』とKの話」  政治・社会


 先週の水曜日、新聞広告での週刊文春の見出しを見ていたら「ショーンKの嘘」というのがあって、「お、ショーンさん明日から大変だぞ」と思っていたら明日どころではない、その日の朝のワイドショーからニュース番組はこの話題でもちきりになってしまいました。

 ショーンさんの対応も早くていきなり全面降伏。中途半端な言い訳はせず、あっという間にすべての番組から降板ということに相成ってしまいました。もちろんショーン・川上が男らしいという話ではありません。
 宮崎謙介衆院議員のようにトボけてもダメで、ベッキーのように舐めた対応をすれば二の矢、三の矢で息の根まで止められかねません。そのことは芸能人、政治家、すべての人々が思い知らされたことです。
 デス・ノート「週刊文春」に睨まれた以上、不正直は命取りになります。少なくとも誌面に出た事実についてはさっさと認めて謝っちゃう、それしかありません。そうすればそれ以上、攻められることもないはずです。

 おかげでさっさと認めたショーン・マクアードル川上氏の評判はすこぶる良く、今週になって、詐称はあったがコメンテーターとしては非常に優秀な発言をしていたとか(私はそうは思わない。世の中の他のコメンテーターと同じくらい平凡なことしか言っていなかった)、大変な努力家だったとか、腰の低い誠実な人柄だったとか、もう明日にも復帰のレールが敷かれそうな雰囲気になっています。
 中にはこんな記事もあって、
 今頃になって「そういえば、彼のコメントは分かりにくかった」「薄っぺらいコメントだと前々から思っていた」と(中略)非難をするということは「コメントはよく分からなかったけど、経歴のしっかりした人だから、考えもせず話を信じていた」という、肩書きに目がくらんだ自分を露呈するようなものではないでしょうか。
 そこまで言うのはいかがでしょう。
 説得力を持たせる材料として、肩書きが有効なのは間違いありません。ですが、それを妄信したあげく、真実が露呈したら「やっぱりね!前々からさ〜」と態度を変えるのは、我々日本人の学歴&肩書きコンプレックスが透けている気がしませんか。

 日本人に学歴&肩書コンプレックスがあるかどうか、あるとしてもそれが日本人特有のものかどうかは別として、しかしあの肩書がなくてもショーン川上氏が東京のキー局の看板ニュース番組のコメンテーターとして活躍できたかどうかというと、そんなことは絶対にありません。甘いマスクの声の良い人間など、放送局の内外にいくらでもいるからです。
 そして甘いマスクと声の良い人間が世の中にいくらでもいるように、社会全般に広く見識を持ちよく努力する人間もいくらでもいます。しかしテンプル大学で学位取得後、ハーバード・ビジネス・スクールでMBAを取得、パリ第一パンテオン・ソルボンヌ大学に留学して世界の七か所でコンサルタント業務を続けているハーフでテレビに出られる人は、そうはいない。
 ショーン・マクアードル川上氏がコメンテーターとしてテレビで活躍できたのは、まさにその華々しい学歴と経歴があったからで、学歴や経歴、肩書に目がくらんだのはテレビ局です。そのテレビ局が何の反省もしていないというのに、私たちがコンプレックスの持ち主として糾弾されてはかないません。

 テレビは反省する代わりに、「だけどショーンKはきちんとしたことを言っていたし、基本、いいやつだったよな」と擁護(自分たちのことも)し始めていますが、彼が再びテレビで偉そうなことをしゃべることはあってはなりません。彼に学歴や十分な職歴がないからではなく、嘘つきだからです。
 そんな単純なことも忘れられそうになるのは、ほんとうに情けない。

 それにしても週刊文春、すごい! 私も何か書かれないように注意しておきましょう。


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2016/3/17

「卒業」  歴史・歳時・記念日


 県内のあちこちから卒業式のニュースが届いています。いよいよ別れの時です。
 英語で言えば“graduation”、「卒業する」は“graduate from”です。・・・と、そんなふうに書いて、このブログは今年度で11年目、おそらく過去10年間、毎年この時期には“卒業”をテーマに書いているはずなのに、“graduation”については一度も調べてなかったことに気づきました。当たり前すぎてその気にならなかったのかもしれません。
 しかしどんなことにも一度は当たってみるべきですね。Webの和英辞典を見ると、こんなふうに書いてあります。

・“卒業”〈学科課程を終えること〉 graduation; completion of a course (of study)

・卒業する
graduate from 《Yale》
complete a course
leave 《school》

・中学を卒業する
complete the junior high school course
leave junior high school

用法
graduate は 《主に英国で用いられる》 では大学 (university) を卒業するのに限られる. 《主に米国で用いられる》 では各種学校や高校を卒業するのにもこの語が用いられる. なお, be graduated from … の形は今ではあまり用いられない

 つまり“graduate(卒業)”は高校や大学の課程を終えることで、小中学校を終えるのは“complete(修了)”なのです。英米の場合、基本的に高校までが義務教育ですから、勉強を完全に終了することだけが「卒業」であって、それまでの過程は単なる「修了」だと、そんなふうに考えるのかもしれません。
 日本はそうではありません。小中高そして大学と、校種を変わるごとに「卒業する」、つまりその課程を完全に閉じるのです。その意味の違いについてはもう少し考えてみましょう。

 ところで「卒業式」を英語で言うとどうなるのか。
 分かり切ったことですがそれでも念のために調べてみると、当然“a graduation ceremony”は出てくるものの、他に、“graduation exercises”“the commencement (exercises)”などというものもあります。

“commencement”は見慣れない単語なのでこれも調べると、驚いたことに最初に出てくる意味は「開始,始まり; 初め 〔of〕.」なのです。
 学業の終わりではなく、新しい人生の始まりという考え方なのですね。

 どちらがいいということではありませんが彼我の違いについて、また改めて考えてみましょう。

 卒業生のみなさん。
 ご卒業、おめでとうございます。


* 例年の通り、「アフター・フェア」は新年度の入学式の日までお休みします。何かあって気が向けば、その間に更新するかもしれませんが。




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2016/3/16

「枝葉と花が多すぎて」b    言葉


 研修会の講師をやったのだけれど、結局うまく行かなかったというお話を書いています。

 私もこれまで何十回となく様々な講演会を聞いてきましたが、眠くなる話のいくつかは明らかに情報過多が原因です。重要な話がいくつも出てくるのですが、多すぎて聴衆がついていけないのです。
 そこで私のように極端に話題を絞り、数本の柱を立ててその枠を越えないように話そうという配慮も生まれるのですが、数本の柱だけで90分、持つわけはありません。必然的に枝葉をつけ、形を整え、花を咲かせ・・・となっていくのですが、おそらくそこがうまく行かなかった。内容を絞っても装飾過剰だと、結局何が語られたのかわからなくなるのです。
「面白かったけど何も残っていない」というのは、そんなふうにして生まれた状況なのかもしれません。

 ところで、長い長い話であるにもかかわらず、いつまでも倦むことなく聞いていられる言葉の世界があります。浪曲や講談、落語といった話芸です。そこには「間(ま)」や「テンポ」や「流れ」といった様々な工夫があるはずですが、プロはそれをどんなふうに作り上げているのでしょう?

 先日、「日本の話芸」(Eテレ 毎週日曜 午後2時 | 再放送 毎週月曜 午後3時 / 総合 再放送 毎週土曜 午前4時30分)という番組で(今話題の)桂文枝師匠が「別れは突然に・・・」という落語をやっていました。かなり面白い新作落語ですが、文枝師匠はこの話を10年にわたって少しずつ変えながら、今も毎回練り上げ作り上げているそうです。
 時代が変われば客も変わる、その時代時代に合わせて改編しているうちにいつか話は話芸の高みへと向かっていく、そんな説明が付け加えられていました。

 そう言えば私が聞いた講演の中でもっとも心に落ちたものは、講師自らが、
「今日の話、昨日、近隣の〇〇市でやったものとまったく同じですが、もしかして、昨日も私のところにいらした方、居られます?」
とか聞いていました。
 そうなのです。人気の講師たちはいつもほぼ同じ話をあちこちでしている、そしてそれが誠実な講師なら、常に繰り返し発展させているのです。だから面白いのです。
 私のようなど素人がぽっと来て「うまく行かなかった」と傷ついてそのまま消えてしまうのとはわけが違います。

 しかし、・・・と私は思い直します。
 そうなると、あの、のちに某都道府県知事をやって汚職で辞任したA氏や、外国に住む日本人女性を描いてベストセラーとなったB女史、そして超有名な書家のC氏、あの人たちの話はまったくつまらないものでしたが、あれは何だったのでしょう?

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