2016/2/1

「鬼のいる世界」  教育・学校・教師


 先週のNHK「所さん!!大変ですよ」(毎週木曜日午後10時55分〜午後11時20分)は「衝撃映像!あの“怖い鬼”が消えちゃった!?」という話でした。

 どういう内容かというというと、秋田県のにかほ市でナマハゲに似た神事「アマノハギ」が子どものいる家から拒否されるようになったというものです。
特に夫婦の一方が地域外から来た人の場合に顕著で、「鬼が怖いからいい子になる、というのは教育上いかがなものか」といったことが拒否の理由のようでした。
 おかげでアマノハギ役の青年たちは事前に子どものいる家に電話を入れ、「1月11日にアマノハギ、呼んでくれねえかと思って電話したんだけど」ということになり、
「ビビらせるとか、そういうのはしねぇで、なるべく優しくしてくれって言えば、本当に優しくするし・・・」
ということで、了承を得た家にのみ行くようにしているみたいです。

 また、怒り、おどかしたまま帰ってしまったかつてのアマノハギと異なり、一度驚かしたあとは掌を返したように優しくなり、ドリル帳を手に取って「よくやっておるな」と褒め、算数の問題を出して(その瞬間、子どもを抱っこしていた若いお母さんが顔を隠して吹き出しそうになるのをこらえているのがおかしかった)答えられるとまた誉め、最後は和気あいあいとした雰囲気で帰っていきます。
 古くから伝統を守ってきた年配の元アマノハギも、「時代に合わせなければ伝統は生き残れない」と肯定的な見方をした上で、「それにしてもここまで来るとは思わなかった」と半ばあきれ顔でした。
 
 私は以前、「鬼から電話」というスマホアプリ(鬼に電話して叱ってもらう)を紹介し、
「果たしてこれでいいのか」
少々批判めいたふうに書きました(正確に言えば批判したのではなく、判断を保留したのです)。しかしそれは「問題が起こるたびにスマホアプリの鬼に叱ってもらうのはいかがなものか」といった意味で、一年に一遍やってくる生身の鬼(ナマハゲ・アマノハギ)のことを言ったのではありません。

 人間の心に常駐して、正義を行わせ悪をコントロールする存在を私たちは「道徳心」と呼んでいます。同じものを「神」と呼ぶ人もいますが、役割としてはナマハゲ・アキノハギも同じです。
「一年に一遍やってきて心の中に深く居座り、『良い子になれ』と強制するナマハゲ・アキノハギ」
 同じ番組を見た私の娘のシーナも「いいなあ、ウチにもアマノハギ来てくれないかなあ」とか言っていましたが、そうした伝統を持たない地域の中には心から羨ましがる人も少なくないはずです(シーナ自身は小学校低学年のころ、お寺の境内で行われたラジオ体操のあと、必ず聞かなければならなかった法話の中の、地獄や因果応報の話が怖くて神経質に宿題や勉強をやり続けた記憶をもっています)。

 もっともそうした非科学や伝統は教育の世界から排されるべき時代になっているのかもしれませんし、アキノハギも絶対になくてはならないものでもありません。
 地域に鬼がいなければ親が鬼になって子どもの心に常駐すればいいだけのことです。
 シーナも私もそれが面倒でアマノハギにあこがれているだけなのです。
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