2015/9/30

「いのちのこと」I〜翌日から  親子・家族


 出産の翌日、エージュは休みを取って一日シーナの病室で過ごしました。
 カーテンで囲い込んだあんな狭い空間で何をしていたのかは謎ですが、何をするというでもない時間を、いくらでも過ごせる夫婦のようです。
 赤ん坊には「ハーヴ」という名がつけられした(もちろん仮名。本名は普通というよりむしろ古風なものです)。出産のはるか以前から男の子だとわかっていましたから、名前を付けるのは早かったのです。

 ハーヴが生まれた翌日はエージュがいたので遠慮もしましたが、エージュが帰った後もこれといった用事があるわけではありません。朝晩一度ずつ面会し、何か用があるかないか聞くだけです。ただしそんな短い会話の中にも、新しい報告がいくつかあります。

 昨日は保育器に手を入れて赤ちゃんに触らせてもらった。

 今朝は時間外に哺乳の様子を見せてもらった。

 午後、保育器に手を入れて哺乳させてもらった。

 明日は調子が良ければ保育器から出して哺乳できるかもしない。


 そんな小さな、普通の出産だったら当たり前のことがいちいち喜びなのです。私はなんだか切なくなりました。

クリックすると元のサイズで表示します 木曜日の夕方、看護師に何くれと世話をやかれている保育器の中のハーヴの姿を、新生児室の窓から見ることができました。シーナはこんなふうに言います。
「私の武器は声だけでしょ? お腹にいるときからずっと話しかけてきたから、ハーヴは私の声ならわかるの。でもガラスの外からじゃ声も届かない。だから念力を送るの。
『その人(看護師)はいい人だけど、お母さんじゃないから間違っちゃだめよ』ってね」
 私は笑って言います。
「そんなことあるかよ、鳥じゃねえんだから」
 しかしその気持ちがわからないわけではありません。

「お父さん、私ね、短い期間だけど特別支援学校の先生をやってきて本当に良かったと思っている。たくさんの親子を見てきて、結局は愛がすべてだとわかるから。
 どんなに重度の子でも、親に愛があればその子は幸せだし目いっぱい能力を伸ばせる。親に愛さえあれば必ず何とかなる。ハーヴに何かの障害が残っても、私は何とかやっていける」
 そこで私は言います。
「ハーヴはね、シーナとエージュの子として生まれたというだけで幸せを保証されたような子だよ。父はそう思うけどね」
 
 しかしシーナは産後の数日を、そんなふうに前向きに、素直に過ごしていただけではありません。
 会いに行くとベッドに横たわったシーナは必ず耳にアイポッドのイヤホンを入れていて、そのたびに肩をたたいて目を開けさせなくてはなりませんでした。24時間、人と話すとき以外は眠る時間も音楽を流している――それは母子同室の赤ん坊の声を聞かないで済むようにするためでした。「私は嫉妬している」――それも、シーナの口から初めて聞く言葉です。
「ほかの赤ちゃんはみんな産着を着て、新生児室の中ですやすや眠っているでしょ。それなのにウチの子はその向こうで、紙オムツだけの裸ん坊なんだよ」
 笑いながらもそんなふうに嘆くシーナを見て、ああその感じ方は私にはないなあと、妙に感心したりもした。

 少し長い話をしたり飲み物を飲んだりするために談話室に来ると、折あしく赤ん坊を挟んで新米のお母さんと見舞客が話を始めることがあります。
「もうホントに勘弁してほしい、一晩でいいからゆっくり寝させてって感じ。2時間おきに目を覚まして泣くんだから、だれかに預かってもらいたい――」
 それは新米のお母さんにありがちなことだし、愚痴を言いながらも本気でないことは十分わかります。しかしそれが耳に入っているとしたら、シーナはどう感じているのか。
 私は少し、その若い女性を憎んだりします。
 それでも金曜日になると、ハーヴは保育器を出て、シーナの乳房からも直接母乳を飲むまでになりました。


                                (この稿、続く)


3

2015/9/29

「いのちのこと」H〜その日の夜  親子・家族


 その日の夜、シーナの夫のエージュも駆け付けます。仕事の終わったその足で電車に乗ったようです。
 エージュには出産前後から何通かのメールを送っています。
「シーナ、今、分娩室にはいりました」
「2時25分。今、生まれたよ」
「ご実家に電話しましたが誰も出ません。エージュ君からお知らせください。3172グラムでガンガン動き回っています」
 そしておよそ40分後、
「今、医者から説明があって新生児仮死と言われたようです。生まれてしばらく(3〜4分程度)泣き声がせず、心配な状態でした」
(私はここでウソをついています。仮死でいた時間は3〜4分ではなく、私の計測でも「5分」です)
「今日は保育器で過ごし、明日の検査で外に出て来るようです。疲れもありますが、シーナは傷ついているようなのでよろしくお願いします」
「追加の説明があり、母子ともに感染症の疑いがあり、並行して治療するみたいです」
 現代の父親ですから電車に乗ると同時に検索をはじめ、新生児仮死や感染症についても十分に調べたうえで、エージュは病院に着いたと思います。

 感染症については書き漏らしたのでここに書いておきます。
 出産直後、担当の看護師にアプガー・スコアについて訊ねた際、こんなことを言われました。
「お母さんに熱があったので、もしかしたらと思ったのですがやはり赤ちゃんにも感染症がありました。並行して治療しますので保育器は2〜3日伸びそうです」
 私は母親の風邪が胎児にもうつったというような話かと思ったのですがそうではありません。新生児感染症は赤ん坊が何らかの菌またはウィルスに侵されることで、病原は特定されないかする必要がありません。羊膜と羊水に守られていた胎児は免疫が極めて限定的でいわば免疫不全の状態にあります。したがって通常は無害なものも含めて、あらゆる菌・ウィルスが病原となるのです。
 感染は風疹のように母体から菌が直接に移送される場合もあれば出産中の産道感染、あるいは出産直後の院内感染もあります。シーナの場合は出産前、すでに母体自身が発熱していたことから、小さな破水があった際に産道から菌が入ったと考えられます。いずれにしろ母子ともにそのための治療が必要だったわけです。
 厳密にいえば新生児仮死の経過観察に1日、感染症治療のために合わせて3日、保育器の中で過ごす必要がありました。シーナが赤ん坊を抱くのはまだまだ先のようです。
 
 夜、エージュを病室に案内して私はしばらく遠慮します。二人の時間をとってあげたかったからです。夕方、赤ん坊を見たことでシーナはずいぶん元気を取り戻しましたがエージュと話すことでさらに元気になったように思えました。
 そのまま20分、30分と待って、私は少しやきもきし始めます。エージュはその夜我が家に泊まることになりますから病院を出る時間ぐらい決めておきたかったのです。今帰るならそのまま車に乗せればいいし、もっと遅くなるなら改めて迎えに来ればいい、それが知りたかったのです。
 しばらく待っても病室から出て来る様子がないので、しかたなくこちらから顔を出そうと思ったころ、廊下を通りかかった看護師が声をかけてくれました。
「あら、お父さんとお母さん、新生児室に赤ちゃんを見に行っていますよ」
 走らない程度に大急ぎで廊下を抜け、新生児室のガラスの中を見るとエージュとシーナは中で白衣を着け、二人並んで嬉しそうに保育器をのぞき込んでいます。ほんとうに幸せそうでした。赤ん坊は新米のパパとママの方に顔を向けています。
 あとで聞くと、
「私たちのこと、見てるよね」
「うん、わかっているんだね」
 といった会話をしていたようです。しかしもちろんそんなことはありません。目など見えているはずはないのですから。
 しかし親には親の感じ方があるようです。


                                 (この稿、続く)
2

2015/9/28

「いのちのこと」G〜その日の午後b  親子・家族


 病院についたとき、妻もすでに学校に戻り、シーナは一人でベッドに体を横たえていました。
「大変だったね。でも赤ちゃん元気で良かったね」
 そう言うと、
「見たの?」
「ああ、保育器に入れられてからシーナが分娩室を出て来るまで、たぶん15分か20分くらいあったよね。その間ずっと見ていた。元気よく手足を動かしていたよ」
 するとシーナはゆっくりと私から顔をそらし、寝返りを打って向こう側に体を向けると、意外なことを口にします。
「いいなあ」
 え?と私は聞き返します。「シーナだって見たじゃない」
「見たことは見たけど、コンタクト外しちゃっているし眼鏡も持ち込んでなかったから、ホントはほとんど見えていなかったの」
 それでようやく合点がいきました。

 車椅子で分娩室から出て新生児室の前を通り過ぎるとき、あれがシーナの赤ん坊だと教えてあげたのに、弱々しい声で「かわいい」と言っただけであまりこだわらなかったのは、ショックから回復していなかったと同時にほとんど見えていなかったせいもあるのです。
「じゃあ、これから見に行こう」
「時間外だから無理よ」
「無理じゃない。生んだ母親なんだから時間外も何もないさ」
 シーナは振り返ってまっすぐ私を見ようとしました。

 そこへちょうど看護師が現れて、身体の様子を聞き始めます。
 いくつかのチェック項目に答えた後、私が口添えするまでもなくシーナは言います。
「それと、お産のあとすぐに赤ちゃんが連れていかれてしまって、よく見ていないんです。できたら会ってみたいんですけど」
 看護師は、
「車椅子なら移動できそうですか?」と訊ね、シーナがうなづくと、
「じゃあ確認してきます。会えるといいですね」
 そう言って病室を出ていきました。

 シーナと赤ん坊の、改めての対面は二枚のガラス越しでした。一枚は新生児室の、もう一枚は窓辺に寄せられた保育器のガラスです。
 シーナの子は少し疲れた様子でしたが、時々手足をうごかしながら、こちらを見ています。保育器を窓際に移動する際、看護師がそのように向けてくれたのです。
 車いすに腰掛けて見上げていたシーナは、両腕で体を持ち上げると立ってガラスに体を寄せ、自分の生んだ子を見下ろします。
「かわいい」
 周囲への遠慮もあって小さな声でしたが、先ほどよりははるかに力強い口調です。
「かわいい」
「かわいい」
 なんども口にしながら、涙がその頬に伝って落ちてきました。細く緩やかな涙でした。

                               (この稿、続く)
2

2015/9/25

「いのちのこと」F〜その日の午後a  親子・家族


 赤ん坊は生まれてすぐに保育器に入れられ、シーナは病室に戻ります。私はさらにいくつかの場所に連絡したあとシーナに声をかけていったん職場に戻り、やり残した仕事を終えてからこんどは家に帰って必要なことを行います。それからまた病院です。

 必要なことのひとつは新生児仮死について調べておくことです。現代の母親のことです。その時間もスマート・フォンを手に、シーナは「新生児仮死」「仮死状態」とった言葉を検索窓に投げ込んで必死に画面の文字を追っているに違いありません。まもなく電車に乗るエージュも、長い旅のほとんどを検索と調査に充てるでしょう。私はその先回りをしなくてはならないのです。新生児仮死だとどういう問題があるのか、何がまずいのか――。

 アプガー・スコアというのは今から60年ほど前、アメリカの医学者ヴァージニア・アプガーが開発した新生児の健康状態を表す指標および判定方法のことです。それが明らかにするのは新生児の生存の可能性です。端的に言えば、アプガー・スコアの低い新生児は仮死状態から蘇生してもやがて亡くなる可能性が高いのです。その点でアプガー・スコアは現在も有効な指標です。
 しかし医学が進歩してかつては助からなかった命が長らえるようになってくると、アプガー・スコアに別の可能性が見えてくるようになります。障害の有無の予測です。

 心拍や呼吸のほとんどない状態で5分を過ぎると脳細胞は死に始め、多臓器不全も進行します。昔だったら多くはそのまま死に至ったのですが、現代の医学はそれを止めることができるようになってきているのです。その場合、障害が残る可能性が生まれます。
 ただしアプガー・スコアと障害の頻度や程度の関係は単純ではなく、かなり低いスコアでも障害が残らなかったり、障害が残った場合も新生児仮死が原因なのかそもそも先天性の問題を抱えていたのかは判別が難しいところです。
 ですから障害とアプガー・スコアについては“関係性が明らかでない”というのが正確な言い方になります。

 シーナの子の場合、1分後スコアが2点、5分後スコアが4点でこれはかなり低い。しかし7分後に8点と正常値をクリアしているから微妙です。今後、脳浮腫のような重篤な症状の出ない限り、死亡とか重度身体障害といったことは免れる可能性が高いといえますが、その先は分かりません。
 とにかく今は息をしていて、多少浅黒い肌をしているほかは他の新生児と変わりありません。様子を見るしかないようなのです。

 とりあえずそこまで調べて、私はもう一度病院に急ぎました。 

                            (この稿、続く)

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