2015/8/31

「愚かな理性主義者たち」@  教育・学校・教師


 夏休み中のテレビ番組で、出演者の一人が「修身」の復活を話題にしていました。ユニークなのはまず大人に読ませてその価値を理解させ、戦前の道徳教育にたいするアレルギーをなくしてもらうという点です。
 確かに「修身」は実際に読まれたり検討されたりしないまま忌避されているふうがあります。提案者は“読めば大半の人が感心し「修身」に対する恐怖感ないしは嫌悪感を払拭することができる”と確信しているようで、大人の認知を経たうえで、学校に導入しようという腹づもりかもしれません。
 それに対して出演者の一人が、
「しかし今の日本の教師のレベルで教えてもなあ・・・」と嘆き、
 別の一人が、
「だからどんな教師が教えても有効な教科書というものが必要になる」
と続けます。

 私はそのとき、頭の中が数か所、一瞬に焼けて断線するのを感じました。何も手にしていなかったからよかったものの、コーヒーカップでも持っていたら我が家のテレビが重大な危機にさらされるところでした。
 普通の人ならともかく、社会的に影響力のあるこの人たちが、そんな愚かなことを口にしては困るのです。
――こいつら教育も学校も修身も歴史も、何もわかっていない。
 私は品のいい性質なので口にこそしませんでしたが、腹の底は煮えくり返っていました。

 しかし、とりあえず穏やかなところからいきましょう。いくつも腹の立つことのある中で、最も怒りのレベルが低い問題から扱いましょうということです。

「『修身』も、忠君愛国といった国家主義あるいは軍国主義的な部分を除けば非常に良いところがある。親孝行、兄弟や友だちを大切にしろといった点は現代にも通じ、重要な徳目であるといえる」
 ときおり耳にする話です。これは「教育勅語」を支持する立場も同じで、文中の「修身」を「教育勅語」に置き換えると全く同じになります。
 確かに、「教育勅語」の、(口語訳で)
「父母に孝行し、兄弟仲良くし、夫婦は仲むつまじく、友達とは互いに信じ合い、行動は慎み深く、他人に博愛の手を差し伸べ、学問を修め、仕事を習い、それによって知能をさらに開き起こし、徳と才能を磨き上げ、進んで公共の利益や世間の務めに尽力し、いつも憲法を重んじ、法律に従いなさい」
といった部分が悪かろうはずがありません。

「修身」に出てくる吉田松陰や上杉鷹山、ジェンナーやナイチンゲール、野口英世といった偉人の物語も、同じように悪いはずはないのです。「木口小平は死んでもラッパを口から離しませんでした」といった話は使いようがありませんが、内容の大半は道徳的に「いい話」なのです。
 しかしそうした「いい話」なら、19世紀以前まで戻らなくても、いくらでもあるでしょう。

 吉田松陰や上杉鷹山の代わりに新渡戸稲造や白洲次郎はどうでしょう(このあたりは異論があるかもしれません)。ジェンナーやナイチンゲールの代わりにマザーテレサや「国境なき医師団」、リンカーンではなくネルソン・マンデラ、野口英世ではなくて山中伸弥。直近の話題で言えばマララ・ユルフザイなどは年齢的に身近で、とても扱いやすいはずです。
 市井の人なら新大久保駅で線路に落ちた人を救おうとして自らも命を失った日本人カメラマンと韓国人留学生の話、御岳山噴火の際こどもを守って噴石の盾になって亡くなった人たち。自分の命の危険も顧みず奮闘したということであれば東日本大震災のエピソードの中には、いくらでも題材がありそうです。

 実際に、各教科書会社から出版されている道徳の副読本(*)には素晴らしい、心温まる物語が満載です。しかし一般の教師たちはそれでは物足りず、さらに有効な教材を探してあちこちで奮闘しているのです。

 世の識者たちは現代道徳の副読本を読んだこともなければ、おそらく「修身」の教科書にも当たったことがありません。比較検討すれば、「修身」の復活に意味も可能性もないことはすぐに分かるからです。それなのに一端の論理を重ねて今の日本の教育を批判する――私はそれを「マスメディアの自虐的教育観」と呼んでいます。
 ただし、私の想像に反して”識者“たちがすべてを承知の上で敢えて「修身」に戻れというなら、そこには道徳的価値以外の何かの目論見があるはずです。

*「道徳」は「教科」ではなく、「教科」の上位に立つもので「学校の全教育活動を通して行うべきもの」とされているために教科書はありません。その代わり授業の助けとして各社から「副読本」が提示されています。

*私だって「教育勅語」くらい原文で読める――そういうところを見せたくて、一度はそのまま載せたのですが、旧漢字満載の記述はブログ上で文字化けした上に、その部分以降は消えてしまいます。まさかドイツで「我が闘争」が出版できないように、我が国でも「教育勅語」が扱えないようになっている、というわけではないでしょうに。ちょっと悔しいです。


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2015/8/28

「寝屋川事件の不思議」  教育・学校・教師


「寝屋川事件の不思議」と言っても事件そのものの謎という話ではありません。テレビに出て来る専門家やコメンテーターはなぜあんなに推理を外してなお、のうのうと出演し続けられるのか、という不思議です。
 そもそも遺体の遺棄現場に二台の車が行き来していた(らしい)という段階で、「十代の少年不良グループ」とか言っていましたが蓋を開ければ四十代の、おそらく単独犯。

 二人が拉致された時間も、自転車が有料駐輪場に自転車の置かれた午後3時以降、ということになっていましたが、これも結局、午前5時過ぎのかなり早い段階、というふうに変わってきています。
 2月に川崎で起った中一少年殺人事件と同様のグループを想定したようですが、そもそもあんな猟奇的な殺人を集団で行うことは簡単ではありません。誰かが怯え、誰かが止めています。それができるのはカルトだけですが、中学校1年生とカルトではやはり距離がありすぎるでしょう。車二台といった時点で普通なら「遺体の始末に困った犯人が友だちを呼びつけたな」と考えるところですが、頭の中に川崎の事件があるとそうした考え方はできなくなるのかもしれません。

 拉致の時刻にしても、あれほど携帯の好きな子どもたちが午前6時過ぎから午後3時まで、一回もLINEを開かず返信もしないのはその段階ですでに制圧されていた、そう考えるのが当然でしょう。中高生ならほとんどそう推理するはずです。
「ボクなら、(携帯を)見られるものなら絶対見ている」

 たぶんあの晩、少女は二度と帰らないと強い決心をして家を出たのです。ひとりでは心細いので少年も誘いました。泊まるところには困りません。なにしろ簡易テントがあって何度も宿泊体験をしてきたからです。
 しかしここで誤算が生じます。雨です。簡易テントは雨を透過してしまいますから中はビショ濡れ。宿泊というわけにはいかなくなったのです。家には絶対に帰りたくありません。
 そこで知り合いにメッセージを送り、あるいは直接電話をして泊めてくれるよう依頼するのですが、深夜の急な頼みに応えられない友だちや、そもそも眠っていて気がつかない友だちがいって宿探しはいっこうにうまくいきません。二人はしかたなく家出掲示板のようなサイトにもメッセージを上げることにします。
 午前5時過ぎ、早起きをした犯人はネット上の依頼に気づいて返信し、契約を結びます。車を走らせ早朝の寝屋川駅で声をかけると二人は簡単に乗り込んできます。知らないおじさんではなく、ネット上で知り合いになった親切なおじさんだからです。

 以上は容疑者が逮捕される以前に私の娘のシーナが私に語った推理です。これだと犯人が人気ない寝屋川駅で子どもを拾えると考えたことや、中学生が二人もやすやすと犯人の手に落ちた理由が説明できます。
 もちんそれが当たっているとは限りません。しかし年がら年中スマホに触っている中学生とFacebookやTwitterが大好きな中年男が、ネットで知り合っていた(またはそのとき知り合いになった)という可能性にまったく言及しない“専門家”というのはいかがなものかと思うのです。

 思えば18年前、いわゆる神戸児童殺傷事件の際、マスコミは犯人中学生が逮捕される直前まで「黒い服をきた、がっちりした体形の30歳前後の男」を追っていました。
「学校殺しの酒鬼薔薇」ですから学校に対する深い恨みを持って殺人を犯したことになっていましたが、中高生だったころの恨みを10年以上も保ち続ける人間というのが私には想像できませんでした(本気だったらもっと早くに行動を起こしている)。眉唾だなあと思っていたらやはり犯人は違っていた(そういう私も二十歳前後の犯人を考えていたのですが)。
 
 そのころもそうでしたが、今もマスコミの“専門家”たちは、息をするのようにいい加減な言葉を口にして生活の糧をえているのです。

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2015/8/27

「ローズマリーの赤ちゃん」〜児童館の子どもたちA  教育・学校・教師


 今の仕事に就く前は「毎日保護者と顔を合わせるのは毎日プレッシャーをかけられるようで気が重いなあ」とか思っていたのですが、そんなことはまったくありません。
 たいていの保護者は“とにかく預かって”もらえればいいのであって、安全にケガなく返してくれればそれ以上は望んだりしません。もちろん中には「家ではまったく勉強しないので、せめて児童館では宿題くらいはやらせてください」とおっしゃる方もいますが、家で勉強しない子は児童館でもやらない子です。
《ご自分にできないことを、人に望んではいけません》
 そう心の中で呟きながら、しかしオクビにも出さずニコニコと「努力します」と答えておきます。

 学校とは異なり、毎日保護者の顔を見る機会がある――そのことの影響は、しかし確実に私の中にあります。それは子どもの成長を“家族”という枠の中で見る習慣がついたということです。学校にいる間は「その子がどう育つか」「その子の将来はどうなって行くか」ということが中心的課題だったのですが、「その家族はどう生きていくか」「その家庭はどうなって行くか」ということが常に心にあるようになったのです。

 もちろんよくできた、素直で前向きな、誰にでも愛されるような子の家庭は問題ありません。私の意識の中からも消えてしまいます。
 病気を抱えている子や、発達障害などでしょっちゅう周囲に迷惑をかけているような子の親御さんも、ある意味、問題がないといえます。なぜなら課題がよく見えていて、覚悟もあれば、行うこと・行くべき方向がよく見えているからです。たいへんですが、不安にはなりません。
 そうではなく、私のこころの中に澱のように落ちているのは、大きな問題の芽が見えながら、十分な指導や対応がされないように見える子どもたちです。将来ほぼ確実に大変なことになる、親も本人も塗炭の苦しみを味わうことになる、そんなふうに思わせる子どもたちです。
 そんなに大勢いるわけでもありません。たぶん20人か30人にひとり、いるかいないかといった割合で存在する、欲望を押さえられない、平気で嘘をつく、尊大で子どものくせに大人を恐れない、そしてけっしてみずからは働かない子たちです。
 私と同じように教員からこの世界に入った一人の口を借りると、
「“無礼者!”と怒鳴りつけたくなるような子がいくらでもいる」
といった言い方になりますが、“児童館での姿は、その子が親からも学校からも自由になったとき見せる姿”ですから、放っておくととんでもない人間に育ってしまう可能性があります。親はそのことを知らずに養育しています。
 ウグイスはしばしばカッコウに托卵されることはありますがヘビに卵を預けられることはありません。しかし人間の世界ではそれに似たことが起きるのです。映画「ローズマリーの赤ちゃん」では実際に悪魔の子を懐胎させられてしまいますし、邦画「積み木崩し」では非行に走った娘を悪魔が憑いたように描きました。それはありうべき感じ方です。
 考えてみればたかが10歳12歳の子たちです。1歳2歳はまだ夢の中と考えれば実人生は始まって10年足らず。それがなぜこれほどまでになってしまったのか。

 もちろん私も注意したり叱ったり、諭したり誉めたり、優しく抱きしめたりします。それでは全く不十分です。
 その子たちに必要なのは十分に暖かい家庭でやさしさに包まれて日々を過ごすことです。家族から支持され、期待され、愛おしまれる――それらは私には用意できない。けれど大きな問題が起らない現状では、話しても親も理解しません。
 さて、私はどうしたものか。

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2015/8/26

「児童館の子どもたち」  教育・学校・教師


 私の児童館には近隣の小学校の児童のおよそ三分の一が登録しています。しかしその全員が毎日来ているというわけではありません。おけいこ事があるから今日は来ないとか、お父さんが水曜日休みなので水曜は来ないとか、あるいはお祖父ちゃんが遊びに来ているとか本人が病気で学校を休んだとか、様々な理由で3割ほどは来館しませんから、学校の児童の2割強が放課後の児童館を利用していることになります。
 また、登録児童は無作為に抽出されてくるわけではないので一定のバイアスがかかっています。
 例えば、家にお祖父ちゃん・お祖母ちゃんのいる三世代家族の子は来ません。母親が専業主婦かそれに近いパートタイマーの場合も来ません。ひとり親の家庭の子は多く、ひとりで家に置いておける高学年の子は少ないという傾向があります。もちろん高学年でも「一人で家に置いておけない」から児童館に来ているという子もいます。私がそう思うのではなく、保護者がそう言うのです。
「もう、先生! この子ったら家に置いておいたら何をするのかわからないので、来月からもう一度児童館にお願いすることにしました」
《児童館は収容所じゃないのだけどな》
と思いながらも、厚労省の「放課後児童健全育成事業」いわゆる学童保育は就労支援の制度ですから、子どもが心配で働きに出られないようでは困ります。家で何をするのかわからないような子は児童館でも何をするか分からないのでとても心配なのですが、一応、喜んでお引き受けします。
 登録児童の数に比例して私の収入も増えるというなら、もろ手を上げて歓迎するところですが、微々たる固定給で働いていますので、“喜んで”は顔だけの話になります。

 児童館の先生たちは「子どもたちは三つ目の顔で過ごしてる」という言い方をされます。学校とお家庭とも違った第三の顔という意味です。
 確かに、カリキュラムや日課がしっかりして何を求められているかが分かりやすい学校や、長い年月の間に「その子仕様」に変形した家庭と異なり、児童館というのは枠も緩くかなり自由に過ごせる場所です。それだけに「自由意思で何でも決められる場で、その子はどう振る舞うか」ということが見やすいところでもあります。しかし第三の顔というほどのものではなく、その子の持つひとつの側面が強調されているにすぎません。そしてその側面というのは、おそらく大人になり家庭からも学校からも自由になったとき、その子が社会に対して向ける面なのです。

 ところで、同じ子ども相手でありながら学校と児童館で何が一番違うかといえば、それは毎日お迎えに来る保護者と顔を合わせるということです。
 制服のまま、作業着のまま、急いでお母さんたちは迎えにきます。迎えは必ずお父さん、というご家庭もあります。迷彩服で跳び込んでこられたお父さんにはさすがに驚きましたが、遅刻ギリギリなので、真っ直ぐ慌ててきたという自衛隊勤務の方でした。
 そうしたお父さんやお母さんの後ろ姿を見送りながら、私は予言者のような気持ちになることがしばしばです。
「良いお子さんを持たれましたな、きっと暖かい未来が待っている」
 そう思える時はいいのです。しかし暗澹たる未来しか想像できない場合もあります。
「お母さん、確かに今は生活することで精一杯だ。けれど今、どんなに貧乏をしても、あるいは不本意に家族や他人に膝を屈するようなことがあっても、この子のために十二分な時間を持ちしなければならないことがある。
 もう遅いかもしれないが、万が一にも間に合わないとも限らない。今、たっぷりと時間と愛情をかけてこの子を何とかしなければ、あなたとこの子の将来は、とんでもなく惨めで暗く、苦しいものになってしまうかもしれないのだ」
 しかしそう感じながら、私は具体的にその子と保護者を動かす権限を持っていないのです。

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