2015/7/8

「無法地帯に生きる」  政治・社会・文化


 中国と北朝鮮の趨勢に興味があると書きました。
 どういうことかというと社会主義を標榜しながら貧富の差が極限まで開いてしまった中国、そして自国民の困苦にほとんど頓着せず、スキー場やら遊園地をつくる一方で原爆やミサイルを開発してきわどい外交チキンレースを続ける北朝鮮、このふたつが最終的にどういう決着をつけるのか、見てみたいのです。
 
 昔は東西冷戦、そのシンボルであるベルリンの壁がどうなくなるか、それを考えていたのですが、1989年、あっけなく壁が崩壊すると「ああこんなふうに終わるのだ」と改めて政治の不思議、歴史の奥深さを感じたものです。両国の決着も案外あっけないものかもしれません。あるいは全世界を巻き込んだ大変な事件となる可能性もあります。そうではなく、時間をかけてゆっくりゆっくり変化していくのかもしれません。
 中国も北朝鮮も今の状況のまま延々と続くはずはありません。だから最後まで見ていきたい(とは言っても両国が明日にも崩壊するような話が出てからかれこれ20年以上たちますから、私の生きている間はこのまま、というのもありうる話です)。

 5日に国民投票があって、ギリシア国民はこれ以上の緊縮財政にノーを突きつけました。チプラス首相はこれに力を得て、「これでヨーロッパに対して強い態度で出られる」と自信を見せています。
「だけどオマエ、金、借りてる方だろう?」と私の心の中の常識は言います。
 私の生まれ育ってきた環境の中では、返せないような借金をしまくった側はかしこまらなければならないのです。偉そうに「返せねェから借金を減らせ」とか、「返してやるからその前にもっと貸せろ」とか言ってはならないのです。
 ギリシア問題の不快さと不可解さは、そうした(私にとっての)非常識に由来します。

 IS(イスラム国)はほんとうに国家として生き残る気があるのか? これも最近、首を傾げる話です。
 これだけグローバルな時代にあって、サッカー観戦の子どもたちの足を切ってしまったとか奴隷制の復活だとか、あるいは集団虐殺だとか遺跡破壊だとか――世界がそんなことを認めるはずがありません。少なくとも表面上は、正式な国交を結ぶ国は出てこないはずです。
 そうなるとISは、そもそも永続的な国家などつくる気がないか、中国を後ろ盾に生き続ける北朝鮮のように、どこかのスンニ派国の隠れた支援を受けながら鎖国的な国家をつくりあげるか、二つにひとつしか生き方がないようにも思えるのです。

 少し以前、私はこんなふうに思っていました。
 イラクからフセインが消え、リビアからカダフィが消え、北朝鮮から金一族が消えていく、そうすれば世界は徐々に平和になって行く。
 しかしアラブの春はこの地域をますます難しいものにし、ロシアは力ずくでクリミアを奪い取り、中国は南シナ海に平然と進出する、ISは無法の限りを尽くしギリシアもわがままをやめない――国際政治は21世紀の現在も無法地帯なのです。
 心して見ていきたいと思います。

*ただしこれらの問題を一気に解決する方法を私は知っています。それは世界が日本になればいいということです。けれどこのことは、また別に考えましょう。
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